彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十二話 人殺しの分水嶺。

 

「聖女と交渉がしたい」と飛鳥が言い出した時、わたしは甘すぎると思った。

 あれをどうして同僚扱い仲間扱いできるのか。分かり合えるだなんてちっとも思えない。

 

 だってどう考えたっておかしいもの。

 聖女の回復術は死者蘇生の一歩手前に達する。飛鳥が妙に捨て身の戦法ばかりを取るのはそのせいだ。

 あれだけの回復術があれば、たかが腕がちぎれたくらいは治せるはず。現に今そうしてみせた。

 ならば、あえて治さなかったことには何が意図があるはずだ。

 ……どうせ聖剣と繋げたほうが強くなるとか、そういうくだらない理由でしょ。あの世界の人類なんて所詮そんなものだもの。

 そう思い至った瞬間に決めたのだ。

 

 ──あの聖女(にんぎょう)、殺そう。

 

 それが、わたしの本当の目的だ。

 

 だから交渉が決裂したなら願ったり叶ったり。

 勇者(あいつ)の辞書に復讐の二文字はない。復讐は魔女の専売特許だ。

 あいつが怒らないのならばわたしが代わりに(いか)ろう。報復はわたしが代わりに為そう。

 たとえ飛鳥に怒られても。

 

 ──そのくらいの愛情(わがまま)は、許されるでしょう?

 

 

 

 一方その頃──六畳一間の古城(ボロアパート)

 表の表札に『陽南』と書かれたその中は、異空間と化していた。

 

 魔女の結界によって作られた監獄。冷たく薄暗い、かつての魔王城を模した結界(へや)の中。鎖に繋がれた魔王は、少女の姿で呟きを溢す。

 

「どうやら始まったようだね」

 

 ()の様子を知覚して、彼は蜥蜴の瞳を細める。

 かつては寧々坂芽々の眼を通しても、得られる現世の情報は非常に断片的だった。だが現世で受肉した今、たとえ封印されていても、この町で()が起こっているかくらいはわかる。

 聖女の襲来も、聖剣が今ここに無いことも。

 そして今、聖女が現世に繋ぎ止められたことも。

 魔女が、聖女を殺さんとしていることも。

 

「とはいえ、ボクは何もしないのだけど」

 

 流石に封印されているので手も足も出ない。

 ──出す必要もない。

 

 

 牢獄の床は血で濡れていた。それは拷問の跡ではあるが、魔王の血ではない。

 何せ竜の身体に血は流れていない。あくまで、魔女の魔法による血糊に過ぎなかった。

 無意味な小道具、というわけではない。視覚的に拷問という呪い(・・)の効果が増すため、効果的ではある。咲耶のB級映画趣味が災いし、どうにも血糊がチープなことを除けばだが。

 

 そう、拷問もまた呪いである。痛みと血を持ってその精神に作用するのだから。

 だがその精神が擦り減るのは受ける側だけではない。

 人を呪わば穴二つ、呪いを行使する側もまた呪いに蝕まれるのが世の理だ。

 

「……まったく仕方のない弟子だ。(ボク)の口をこじ開けようとして、自分が擦り減っているのだから」

 

 他者の命を削るというのは、その行為自体が自らに跳ね返る呪いだ。そして日常と非日常を行き来することもまた、人間の精神を擦り減らす。 

 

 この一ヶ月と半分。ただ拷問をさせただけで、文月咲耶の正気は着実に削れている。

 言動がおかしくなっていることからもその効果は明らかだ。

 

 …………ほんとかな? 素でおかしいだけじゃなくて?

 

 いや、本来の理性と常識ある彼女ならば公衆の面前で「結婚!」とか口走らないだろう。

 

 ……でも正気が削れた結果惚気るのはおかしくない? そういう仕様じゃなくない? 

 

 魔王は訝しんだ。

 

 

 

 何はともあれ。

 極め付けは聖剣がないということだ。即ち魔女が角なしであることだ。

 あれは自らの狂気に耐え得るための人外の器官。ただでさえ仕込みが効いている今、文月咲耶の精神は脆い。

 あと、一線を(・・・)越えれば(・・・・)、狂気は容易く溢れるだろう。

 再び魔女に堕ちる。愛と我欲(わがまま)の区別のつかない、悪性へと。

 

 魔王は目を細めて、笑う。

 

「言っただろう? ──何もしなくとも、どうせボクが勝つ、と」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 額から流れる血を拭って、俺は両眼を開く。

 聖女に殺されかけた後、死ぬかと思う頭痛で意識が飛びかけていたので、咲耶が何か言っていた気がするけど聞こえなかった。

 

 なんだったんだあの頭痛チクショウ。

 頭ん中にドライバーをねじ込まれてゴリゴリ回されているような不快感。まるで呪術を食らったかのような──いや、不調の理由など考えている場合ではない。

 現状をようやく把握する。

 

 夜の境内跡に響く、硬質な刃の打ち合いの音。細い銀色の剣と、禍々しい赤の剣。

 片や形を変えた聖剣であり、片や魔術で出来た血の魔剣。それを振るうのは本来剣とは無縁の聖女と、魔女。

 目の前では二人の、物騒なやり取りが繰り広げられていた。

 

『私の願いは貴方を殺すことです』

 

 ──交渉は不可解に決裂した。

 それはいい、今はいいとして。

 まずいのは目の前の光景だ。思いっきり聖女に斬りかかっている咲耶だ。

 

『わたしの願いもあなたを殺すことなの』

 

 ──あいつ! そんなこと一言も言ってなかった! 一人で黙って決めやがったなあんのアホ!!!

 

 

 剣の腕は悪い意味で互角。相性は聖剣持ちの聖女有利。

 だというのに戦況は明らかに魔女が押していた。

 聖剣本来の使い手ではない聖女では、魔女の魔剣(のろい)を壊せない。

 

「……アハッ、大したことないわね聖女サマ!」

 

 剣戟の音に彼女の哄笑が混じる。

 赤い瞳は暗闇の中で爛々と輝いていた。

 

「いつもいつもいつも、目障りだったの。あいつの後ろで、相棒面して──それなのに、傷ひとつ綺麗に治せないで」

 

 瞳は輝いているのに、その声は虚だった。

 会話ではなく呪詛めいた独り言、あの様子には覚えがある。いつか俺と戦った時もああなった。多分あれは、既に一回死んでいる(くるいはじめている)

 聖女は表情ひとつ変えず、息ひとつ上げず、そのほとんどを機械化した身体は血を流さない。

 けれど着実に追い詰められていた。

 

「……っ」

 

 細い銀剣を握る腕が弾かれる。その瞬間、魔眼が光り聖女の動きを止める。

 

「──『死ね』」

 

 避けられない、呪詛と共に赤い刃が聖女の頭上へ振り下ろされる。

 その前に(・・・・)

 

 俺は、魔女の剣を左手で受け止めた。

 

「……は?」

 

 

 

 要は、タイミングを見て間に割って入っただけなのだが。

 眼前には剣を止められ目を丸くした咲耶。背後には聖女が、魔眼の硬直を解き一瞬の隙に姿を消した。

 どこかに転移したのだろう。ここで俺を殺すのを取りやめて一旦撤退できるのが聖女のいいところだよな。

 あいつは逃げ時をよくわかっている。俺も昔よく聖女に前線から引っぺがされた。

 

 咲耶が激昂する。

 

「なんで止めるの!?」

 

 止めるだろ。だって。

 

「あいつは人間だ」

 

 俺すら先まで知らなかった──おそらく忘れていた──が。

 聖女を殺せば文月咲耶が人殺しになってしまう。

 それだけは、絶対に、いけない。

 

「…………だから何!?」

「人を殺すのは駄目だ」

「今更ッ、綺麗事なんて!」

戻れなくなるぞ(・・・・・・・)

 

「…………え?」

 

 ──魔王め。師匠のくせに肝心なことは教えなかったんだな。

 

「おまえ言ってただろ、人を殺したことがないって」

 

『人を殺していないから、咲耶(おまえ)は悪くない』とかつて俺は言った。

 あの境遇を聞くに、魔女は本来世界を滅ぼすと決めた時点で正気を完全に失っていてもおかしくなかった。

 彼女の精神(なかみ)は人間のものではなく、怨霊のそれに近いと魔王は言った。

 だけど彼女はこうして、かろうじて正気で、人らしい精神性を保って、今もここにいる。

 後戻りできる存在であったのは、取り返しのつく存在であれたのは、彼女が『人を殺す』という絶対的な一線を越えてないからだ。

 

「あのな咲耶。知ってるか。殺人は脳に悪い」

「……その言い方、魔女(わたし)でもちょっとどうかと思うわ」

 

 咲耶が急に我に帰って突っ込んだ。おかえり理性。帰ってくるの早くて安心したよ。

 

 殺人は脳に悪い、と言ったが要は精神に悪いという話だ。

 人を殺すという行為はそれそのものが自らに跳ね返る呪いだ。

 命を用いる呪いが最も強く、人を殺せば呪われる。

 即ち精神に多大な負荷がかかる。

 

 

 でもそれを知らないのだ。

 何故なら、文月咲耶は(・・・・・)人を(・・)殺したこと(・・・・・)がない(・・・)

 

 だから。

 

「なーに勝手に手ぇ汚そうとしてんだよ! おまえの正気カッスカスのスポンジだろうが! あのまま殺ってたらマジで危なかったぞ!?」

「だ、だからってこんな止め方しなくてもいいでしょ!! 剣を、素手で握るなんてことっ……!!」

 

 咲耶の叫びと表情が妙に悲痛で、首を捻った。

 視線を、手で受け止めたままの剣に向ける。

 ……ああ、なるほど。刃が食い込んでると思ってるのか。

 

「普通に白刃取りだけど?」

 

 手をパッと離した。もう聖女もいないしな。

 当然手には傷ひとつない。(元々の以外は)

 咲耶は、安心か苛立ちかよくわからない苦い顔をした。

 

「あんた、変」

 

「いやぁ成功してよかった。失敗したら左手落っこちてるところだった。五分五分だったんだよなぁ〜」

「ば、ばかっ! バカバカ!」

 

 咲耶は半泣きになる。

 ……こいつ涙腺脆いよなぁ。映画見る時全然泣かない癖に。

 あえて慰めないし反省もしない。そこまでしてでも止めなければならなかった。

 咲耶がこれからも同じことをしようとするなら、俺も同じことをする。

 自分を人質に取ってばかりなのはどうにも情けないが。

 

「それはそうと。──助かった」

「……ん。今度は間に合ってよかったわ」

 

 交渉は最悪に決裂したが、きっちり毒は盛った。これで聖女は帰れないんだ。焦らずゆっくり追い詰めればいい。

 

「つかおまえ剣の振り方めちゃくちゃだったぞ。今度教えてやろうか?」

「は〜? ムカつく! 通販で木刀買っとくし!!」

 

 あっ、笹木に木刀弁償しないと。

 痛い出費だ。あと頭も痛い。まだ治らないのかよ。何これ。

 

 

 

 咲耶はぐすっ、と鼻を啜って。

 

「止血するから、こっちきて」

 

 と言う。

 ああ、そういや額切れてたか。

 手をやると、ぬるりと温かく嫌な感触がした。

 うへえ、と声が出る。俺は一体いつになったら前髪を短くできるんだ。

 

 血だらけになった手を見る。

 辺りに外灯はひとつもない。夜目が効くとはいえ限度がある。

 だというのに、手を染める色がはっきりと見えた(・・・・・・・・)

 

 赤い(・・)血の色が(・・・・)

 

 

「──づッ」

 

 

 頭の螺子を締め直されるような、頭痛。

 視界が明滅する。

 頭の中で声が反響する。

 

 

『世界を救え』

 

『さもなくば』

 

 

 その声の正体を知っている。

 手が、震え出す。

 無い右腕が捻じ切れる錯覚がする。

 

 

おまえが(・・・・)死ね(・・)

 

 

 ──思い出した。全部(・・)

 

 

「飛鳥……?」

 

 喉を、胃液が、迫り上がる。

 返事は、出来なかった。

 

 

 吐いた。

 

 

 

「飛鳥……!?」

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「ああ──こうなる前に、殺すべきだったのです」

 

 

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