彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第十九話 おやすみなさい。

 

 決着が着いたのは夜明けだった。 

 異世界の風景と現世の建物が混在した、目の前に広がる光景は酷い有様である。概ね更地に還っていた。当然、俺たちの家も廃墟同然に破壊されている。

 魔女がバカスカ魔法を撃ったためだ。結界内の破壊は現世に影響しないとはいえ、やりすぎだ。全力でやるとは言ったが、本当に全力でやるかバカ。

 俺の目の前で家を破壊するな。ストレスで吐く。

 とはいえ、トラウマが刺激された精神ダメージ以外こちらに損害はなく。一方、眼前には魔力を使い果たして「きゅう」とへたり込んだ魔女と、両断された竜の死骸があった。

 これは、紛れもなく。

 

「──勝った!!!」

 

 夜明けの光の中、俺は勝鬨を上げた。

 魔女が敵に回っていたとはいえ、今回は聖剣があるし聖女もいる。回復役がいる今、ちょっと無茶な動きをしてどっかの筋が切れたとして問題はなく、負傷ごときで戦闘の中断を迫られることもない。当時の装備まで術で再現してくれたしな。

 となれば、異世界(むこう)でできた無茶も大抵は再現可能。万全の状態では負ける理由がない。俺が(・・)そう(・・)望まない(・・・・)限り(・・)

 

「いやあ、攻撃いくら食らってもいいって最高だな!」

「最高じゃないです……」

 

 上機嫌の俺に対し、聖女は抗議する。魔女たち同様、聖女の奇跡(まほう)も、神秘が薄い現世で行使するには燃費が悪い。聖女は一眼にも疲労困憊といったふうだった。

 

「貴方の戦い方、本当にきらいです……」

 

 ついギリギリを攻めてしまうんだよな。うっかり死ねたらいいな〜と考えてた時代の名残で。

 駄目人間すぎる。こんな駄目な俺が生き残れたのはひとえに聖女のおかげですね。

 聖女の頭に、ぽんと撫でるように軽く手を置く。

 

「助かった。ありがとう」

 

 ぱち、と瞬きをして目を逸らした。

 

「いえ」

 

 無表情に僅かに困惑が滲んでいるような気がする。頭は流石に気安かっただろうか?

 聖女は、透き通った青い瞳を揺らし、呟くように答える。

 

「お礼を言われるのは、初めてです……」

 

 ……そういやそうだったか。我ながらあの頃は腐りすぎだな。

 恨みも言い尽くしたことだ、ツケにしていた分の礼は後でまとめて伝えるとしよう。

 俺は屈んで、聖女に視線を合わせた。満面に笑みを作る。

 

 

「──というわけで、あと四セット続行だ。いけるな?」

 

 

 魔王の命は七つある。これまで俺が殺したのは三回だ。異世界で一回、六月の前回で一回、そして今。残り四回殺すまで魔王を倒したことにはならない。

 ──当然、最後まで徹底的にやるに決まってるよな?

 俺の戦闘続行残業宣言に、聖女はサッと青ざめ、ふるふると首を横に振った。

 

 

「ま、待って。わたしもう無理! 」

 

 へたり込む魔女が根を上げる。彼女も彼女で万全なのでいくら魔法を使っても正気のままのはずだが。

 

「流石に夜通し全力で魔法撃つのはキツかったっていうか、死に過ぎてもう、眠い……」

 

 

 ────は?

 

 

「何言ってんだおまえ」

 

 さっきまでノリノリで悪役ロールやってた女がこのざまかよ。おまえが俺を焚き付けたんじゃねえのかよ。

 

「喧嘩売っといて『疲れたからやめ』はないだろ! なあ! オラッ、立て。最後までちゃんとやれ。望み通り完膚なきまでに負かしてやる……」

 

 魔女は呻いた。

 

「わ、忘れてた……勇者(あんた)、厭戦気質のくせに一旦()ると止まらないんだった……! なんで呪ってもないのにバーサクしてるのよぉ……」

 

 今多分いい感じの脳内物質が出ている。アドレナリン酔いかもしれない。俺は酒などに酔いやすく、雰囲気にも酔いやすい。

 

 隣で死んでる最中(・・・・・・)の魔王が肩を竦める。

 

『やる気なのは結構だがね。戦闘続行は不可能というものだよ』

 

 竜の死体の上に霊体が浮き出ている状態だ。こいつなんで霊体でも芽々の顔なんだよ。肖像権で訴えられろ。

 

『ボクは魔女とは違って蘇生に時間がかかる。逆に蘇生中はどうやっても殺せない仕様でね。お互い手も足も出ないというわけさ』

「知らん。早く蘇生しろ。一切合切ここで片付けてやる」

 

 というか、だ。無敵状態だとしてもその浮き出てる霊体を斬れば死ぬのでは?

 

「確か『魔女』って本質的に悪霊みたいなものだろ。聖剣が『魔女殺し』なら、霊体も斬れるんじゃないのか? なあ聖剣! そうだよなあ! おまえは殺ればできるやつだ!」

 

 聖剣(うで)はミシミシと鳴った。

 

「いい返事だ! よし殺ろう!」

 

 魔王は『脳筋め……』と嘆いた。

 

「駄目です」

 

 背後から杖でボコられた。

 現世に固定化されたので斬れるタイプの幽霊少女(生きてる)はキレていた。こいつ、自分で回復できるから容赦なく暴力振るうんだよなぁ……。

 じっとりした目で恨みがましく俺を見上げる。

 

「聖剣の冷却期間なしの連続使用は推奨されません」

 

 ……? そういやミシミシ言ってるな。やたら熱を発してるし。

 

「壊れますよ。貴方が(・・・)

「俺が!?」

「現世で動かすのは相当無理をしているので。元々使用者に対して負担が重い武器ですが……」

「そういうことは、早く言え」

 

 呪いの武器め。いやうん、終わらせたらどうぞ持って帰ってくれ……。いらねえよマジで。

 

 

『というわけで、続きはお預けだ! 封印も解けたことだし、ボクは次回まで現世観光と洒落込もう。キミたちも精々青春(モラトリアム)を享受したまえ』

 

 魔王は目を逸らしたその一瞬の隙に。霊体を光に散らし転移──もとい、逃亡した。

 

『ついでに──最後に笑うのは(ボク)だということを、覚えておくといい』

 

 ……ご丁寧に捨て台詞を残して。

 

 なるほどな。最終決戦(五回分割払い)ということか。なるほどなるほど『最終決戦を何度でも』ってそういう意味だったわけね。あと四回あるのか、そっか〜。

 俺は足元の魔女を見やる。

 

 

「──全っ然最終決戦じゃねえじゃんコレ!!」

 

 

 魔女は地面に溶けたまま、人を煽る笑みを浮かべる。

 

「フフッ、言葉の綾よ」

 

 ロールプレイに全力なだけの魔女、曰く。

 

 

「──雰囲気出すためだけに言ったわ」

 

 

 このッ……ぬか喜びさせやがって……! 

 

 戦意が急速に萎えていく。脳味噌を弄るまでもなく冷静に返った。

 まあ、自滅のリスクを背負ってまで今すぐ取り立てることもない。分割払いだろうと魔法使いにとって契約は『絶対』だ。魔王が破ることはないだろう。

 

「つかアイツ逃げたよ。どうするんだよ」

「私が監視しておきます。どうせこの町からは出られません。封印はなくとも問題ないでしょう」

 

 魔王の後を追って転移しようとする聖女を引き止める。

 

「悪いな。アイツ倒して魔女解呪したら、聖剣(コレ)もすぐに返せると思ったんだが……」

 

 聖女には俺たちの関係も目的も伝えてある。戦闘中にアレコレとお互いの認識とか考えとか全部すり合わせておいた。もう味方だ。

 聖女は感情の機微には疎く、自ら何かを考えることはないに等しかったが、知識はそれなりに豊富だ。諸事情を知り『そういうことだったのですね』と聖女は合点がいったように頷いたあと、元々白い顔を更に顔面蒼白にしていた。

 そうだよ、おまえら俺に好きな女殺させようとしたんだよ。無いわ本当。世界がどれほどクソでも救うと決めてはいたが、それは流石に裏切って当然だよなあ!

 とはいえ、咲耶を召喚したのは聖女ではないので。そこは魔王に責任を取らせるとして、話を戻そう。

 

「おまえの使命が果たせるのは、大分先になりそうだ」

「構いません。聖剣の回収は確かに最優先事項ですが……半年は白都(うえ)をごまかしてみせます」

 

 その答えに驚いて、彼女を見る。細めた目を、見る。

 

 

「──それが、私の『やりたいこと』ですから」

 

 

 その口端にほんのわずかに微笑みを宿す、聖女はもう人形には見えなかった。

 

 ……ああ、俺はこいつをみくびっていたんだな。

 もしも異世界にいたあの頃、この同僚と分かり合うことを放り投げてなかったら。初めから手を組んで、もっといい現在(いま)を手に入れられたのかもしれない。

 だが、過ぎたことを言っても仕方ない話だ。

 ──だから今は、未来の話をしよう。

 

「なあネモフィリア」

「はい」

「おまえ、名前長いな」

「……」

「フィーでいい?」

「略しすぎでは?」

 

 呼べるのは四音が限度だ。それ以上は舌噛む。

 

 さて、ここにいる彼女は人間だ。つまるところ、あの世界の人類の代表(・・・・・)だ。

 だから話をしよう。

 

「なあフィー。滅べとか言ったけどさ、言うほど人類はクソじゃなかったと思うんだよ、俺は」

 

 知っているのだ。あの世界に、何かを守るために死ねる『正しい人たち』がいたことを。

 彼らは、自分が死にたくないだけで生き残って、挙げ句の果てに身勝手に死にたがるような俺よりもずっと、正しかった(・・・・・)

 

 考えていたんだ。もしも勇者候補だった彼らが全員生きていれば、人類も世界もマシだったんじゃないかって。ただ、それが叶わないほどにあの異世界は詰んでいた。それだけの話にしか、俺には思えないのだ。

 

「俺は魔王が世界を滅ぼす理由とか、おまえらの戦いの始まりとか、知ったことじゃない」

 

 所詮は異世界に召喚された部外者だ。俺たちの基準じゃ別世界の善悪なんて判別はできないし、その裁定を下せるほど傲慢じゃない。ただ、終末世界では勝ち負けだけが正しさを決めるのだ。

 だから。俺は望まれた役割を果たすことだけ考える義務感でも使命感でも罪悪感でもなく、役割を託して死んでいった奴らの遺志を尊ぶからだ。

 ──欺瞞だ。建前だ。だが綺麗事くらい支えにさせてくれ。

 

「俺は勇者だから、どうあがいても人類の肩を持ってやる。おまえらがクソだったのは世界が滅びかけていたからだろ? 全部終わった後なら、少しは上手く、やれるだろ」

 

 そんな綺麗事信じられるか、と性根が捻くれている俺は心の底では言ってるけど。それくらいは信じたいんだよ。

 ──それを信じるに足る根拠は、もう、思い出した。

 

 

「だからそこまでは、俺がやる。あとの世界のことは、おまえらが勝手にやれ」

 

「──はい」

 

 聖女は真っ直ぐに一礼をし、顔を上げた。

 

「それでは追います。ご用とあらば聖剣を通じていつでもお呼びください、勇者。……いえ、アスカ」

 

 

 ◇

 

 

 魔王も聖女も去り、結界は崩壊を始めた。

 竜の死骸も灰になって崩れ落ちる。現世では死体も維持できず、かつてのように爆散させる必要もないらしい。あの汚い花火、一周回って好きだったんだが。まあ花火撃てる魔女がもうへばってるからな。

 

 気付いた時には部屋の中(・・・・)に戻っていた。

 こちらの服装も現代のものに戻る。血や泥の跡もない。違いは右腕があることと、あとは──破壊はないにも関わらず、部屋の中が荒廃していることか。

 シンプルに、部屋が散らかってて汚い。

 しばらくの非常事態で生活が完全に破綻していた。

 異世界だのなんだのがなくても、普通に生きるだけで人生は割と大変だ。だがこの先の、楽じゃない日常回帰に思いを馳せるのは後でいいだろう。

 今は──目の前でスライムのようにぐにゃんぐにゃんに溶けてる咲耶のことだ。

 

「立てるか?」

「むり……」

 

 ……まあ、ちょっとやり過ぎたな俺も。右腕で触れないように、精神力の尽きた咲耶を米俵のように抱えた。

 

「これはこれでアリかも……!」

 

 肩の上で何やら嬉しげな声を上げているが、無視してそのまま咲耶の部屋に直行する。

 整理整頓されていると評するには、少々殺風景な部屋だ。だが棚には可愛らしいぬいぐるみが並んでいる。いつかゲームセンターで張り合って取ったそれを一瞥し、俺は咲耶を一人用にしては大きすぎるベッドに放り投げた。

 いい加減咲耶がソファで寝落ちするのは看過できない。クソ重かったけど。

 

「じゃあな。おやすみ」

 

 俺も自室に戻ろうと背を向けた、その時。くい、と裾を引っ張られた。

 ベッドに倒れ込んだまま、ぼんやりとした声で咲耶は言う。

 

「飛鳥も、ね?」

 

 何が…………?

 遅れて、咲耶が俺をベッドに引き摺り込もうとしているのだと気付く。

 

「隣で寝ればいいじゃない」

「!? いやっ、俺は聖剣あるから」

 

 蚊取り線香の隣で蚊が寝るようなものだぞおまえにとっては! うっかり死ぬぞ!?

 

「包帯巻いたら……我慢できるし」

 

 そんなもん巻いたところで触わると痛いことに変わりはないだろ──じゃない! 

 論点をミスった。そもそもなんで俺と寝ようとしてるんだ……!

 逃げの一手を打とうと、服の裾を掴む咲耶の手を解こうとして。

 じ、と不揃いの瞳が俺を見つめるのを、直視する。

 

「それでも。……一緒に寝よ?」

 

 傾げた小首。とろんと溶けた瞳。微笑む唇。甘い声。そのすべてが、引き留めにかかっていた。

 

「それは……」

 

 ずるだろ。

 

「大丈夫。襲ったりしないから」

「……台詞が逆なんだよアホ」

 

 咲耶は目尻を下げて囁いた。

 

「んー、ふふ。待ってる」

 

 そのまま二、三度瞬きをして、結局裾から手を離さないまま、咲耶はうとうととし始めた。

 

 

 しばし、突っ立って。

 寝顔を眺めて。

 大きく溜息を吐く。

 

「フィー」

「なんですか」

 

 青い粒子と共に現れる聖女。

 

「聖剣、いつでも外せるようにしてくれない?」

 

 ごめんな、くだらないことですぐ呼び出して。

 聖女は少し躊躇うように間を置いて、答えた。

 

「……いいのですか? 常時繋いでいないと精神制御は機能しませんが」

 

 それはつまり、都合の悪い記憶を忘れられなくなるということで。それなしで眠れば悪夢を見る、ということだろう。

 答える。

 

「いいんだ。もう忘れない」

 

 咲耶に掴まれたままの裾を見る。

 

「それに、このままじゃ一緒に寝れないしな」

 

 フィーの視線が、ゆっくりと寝台に向かい、吟味するような沈黙があった後。

 ぼっ、と生身の肌を真っ赤に染めた。

 

 

「………………はれんち、です」

 

 

 じっとりとした非難の目を向けながら、後ずさるフィー。

 

「違う!! そういうことじゃない!!」

 

 いや、何も違わないか!? あれ!!? 

 弁明の目処が立つ前に、彼女は姿を消す。部屋に声だけを残して。

 

「『権限の譲渡、完了しました』。……良き夢を祈ります」

 

 

 途端、ごくあっさりと腕は外れて、鞘に収まったただの剣に戻ったのだが。俺もさっきので我に返ってしまった。

 ……やっぱ自分の部屋で寝るか。

 誘惑に負けるのはよくないな、うん。堕落はよくない。

 鋼鉄の意思で掴まれたままの裾を振り払おうとした、その時。

 咲耶がぱちりと目を開ける。そのまま腕を強く引かれる。

 

「う、わ」

 

 抵抗する間もなく。ベッドの上に引きずり込まれて、抱きしめられる。

 鋼鉄はプラスチックになった。

 

 ……いいか、もう。そういうこと(・・・・・・)で。

 

 

 

 力を抜いた。

 

「おやすみなさい、飛鳥」

 

 ベッドに沈んで、浅い眠りに落ちていく。

 

「……ありがと。わたしに勝ってくれて」

 

 薄れていく意識の奥で、彼女の柔らかな感触と熱だけはずっと伝わっていた。

 

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