彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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第七話 メロンソーダを論じる。

 

 そして。作ってきたクリームソーダを前にして、寧々坂芽々は言う。

 

「それでは〝試験〟を始めましょう」

 

 喫茶木蓮のクリームソーダは、古式ゆかしい、ひねりのない一品だ。白い皿の上に、乗った緩やかなカーブを描くグラス。中はたっぷりと氷と透き通った緑の液体で満たされ、半円のバニラアイスで蓋をされている。てっぺんには、シロップ漬けの赤いサクランボだ。

 芽々は長いスプーンでサクランボを指し示し、試験内容を告げる。

 

「このチェリーを、食べるタイミング。それは、最初でしょうか、それとも最後でしょうか? それを、答えてください」

「なんだそれ。それは試験っていうより……」

「ええ、心理テストみたいなものです。芽々が知りたいのは、『貴方と気が合うかどうか』なので。飛鳥さんが何をどう見て、考え、感じるのかということを知りたいのです」

 

 それはまた不思議というか、面倒なことを言う。だが、深く狭い人間関係を求めるには利に叶っているのかもしれない。

 

「ま、軽く決めていいですよ。──でも、しっかり考えてくださいね」

 

 俺は芽々の意図を数秒、考えて。

 

「最初だな」

「ほほう。その心は?」

 

 品定めするように、芽々は眼鏡の奥で翠眼を細めた。やはり『考えて』というからには理由が肝らしい。そこはもう、想定通り。理由はちゃんと用意してある。

 

 

「まず、前提として。『このサクランボに自我がある』とする」

 

「待って」

 

 

 慌てたように話を遮る芽々。

 

「ま、え? いや、いきなり何言ってんだてめーですよ」

「なんだよ。聞いたのはそっちだろ。最後まで聞けよ」

「おかしいでしょ」

 

 芽々は絶望的な表情をした。

 

「いやだから、サクランボに自我があるとするじゃん?」

「如何様にも論を曲げない、とおっしゃる?」

 

 一寸の虫にも五分の魂、サクランボにも一分の自我だ。

 芽々は眉間を揉んだ。

 

「……お題を選んだ芽々が悪かったですね。諦めます。続きをどうぞ」

 

 促されたので、弁論再開。俺はサクランボを指差す。

 

サクランボ(こいつ)はクリームソーダの一部であり、構成要素、即ち大事なパーツだ。それに異論はないと思う」

「そうですね。無いとなんとなく物足りないですよね、わかります」

 

 芽々はこくこくと頷く。

 

「俺は来世がサクランボなら、将来はクリームソーダの上に乗りたい」

「は?」

「シロップ漬けサクランボ界ではクリームソーダの上は人気の就職先だ」

「頭メルヘンか?」

 

 丁寧語が消えた。何故。

 

「つまり、クリームソーダの要を担うこいつ(サクランボ)の自我、自認、自己同一性(アイデンディティ)、そして誇り(プライド)は『己がサクランボであること』よりも『己が〝クリームソーダ〟であること』にあると仮定できる。はずだ」

 

 ──と、ここまでが序論である。

 

「うううん?」

 

 首を折れそうなほどに曲げて唸る芽々。

 

「前提も仮定もおかしいんですよ。なんなの〜?」

「もしや通じてない、のか?」

「いや、わかります論理は。わからないのはおまえです」

 

「貴方」が「おまえ」になった。ごりごり失点を重ねている気がする。おかしいな。俺はただ、求められたことを求められたようにやっただけなのに。

 まぁ、通じているなら問題ないだろう。気を取り直し、続きだ。

 

「これまでの前提、仮定を踏まえて。もしサクランボを『最後に食べる』とすると、まずはどうする?」

「そうですね。まずは落っこちないように。敷かれたお皿の上にチェリーを置きます」

 

 そう言って芽々は実際にやってみせて、サクランボ抜きのクリームソーダを手に取った。グラスにはシンプルな緑と白のみが残っている。

 

「じゃあここで前提の見直しだ。俺は、サクランボがクリームソーダの大事な構成要素だと言ったが。実のところ、なくても『クリームソーダという存在』は成り立つんだよな」

「たしかに。上にチェリー乗せない店もたくさんありますよね」

 

 芽々は頷き、アイスの部分を掬ってひと口食べる。サクランボは受け皿の上にぽつんと置かれてたまま。主成分は、あくまでアイスクリームとソーダだ。

 

「そう、皿の上に除けられる。その時点でもう、サクランボはクリームソーダから除外されているわけだ。そしてこいつが、ようやく食べられる最後のときには。──グラスの中は空っぽになっている」

 

 芽々が手を止めた。

 

「クリームソーダの『存在をたらしめる主成分』はもうどこにもない。そうなると。皿の上に残されたこいつは、クリームソーダの要素なんかじゃなくて。

 ──もはや〝ただのサクランボ〟じゃないか?」

 

 かちゃり、とスプーンを置いて、芽々は視線で俺の言葉を促す。

 

 

「つまり、『己が〝クリームソーダ〟の一部である』という、自我の崩壊だ」

 

 

 店内のジャズ曲だけが流れるシン、とした空気の中で。

 

「あのですね」

 

 芽々が、深々と息を吐いた。

 

「人間は、チェリーの自我に共感できるようにできてないんですよ? 飛鳥さん」

「ただの仮定だよ。サクランボに自我があるわけないだろ。何言ってんの?」

「は? マジでどの口で言ってやがるですか。おまえの来世梅干しの種な。今呪ったんで覚悟しとけよ」

「くそっ、白米の上に乗るしかない」

 

 芽々はざくざくとアイスとソーダの間の凍った部分を食べながら、流し目を俺に向ける。

 

「でも、言ってることはギリギリわかります。芽々たちが好きなのはあくまでクリームソーダで、チェリー単体ではない。だから最後にぽつんと残されたチェリーに『意味はない』ってことですよね」

「そう。紆余曲折を経て、念願叶いクリームソーダとなったこのサクランボは、その結末を良しとするのか? いいや、しないだろう」

「そうですね。そうかなぁ……」

 

 結論。

 

「だから『一番初め』に食べる。そいつがクリームソーダの上に乗っているうちに。それが紛れもなく一部であると証明できるうちに。そいつが、そいつであるうちに」

 

 そして。芽々はゆっくりと瞬きをしながら、俺の答えを吟味する。

 

「──いいでしょう。『合格』です」

 

 ソーダをくるりとひと混ぜする。

 

「認めるのは癪ですが貴方の答えはエモーショナルだと思います。正直芽々はちょっとかなり好き。……文脈依存(ハイコンテクスト)すぎて、初対面だと思ってる相手にする会話ではないですけどね!」

「それは君が言うか?」

 

 先に妙な会話を仕掛けたのはそっちだろ。俺はむしろ芽々に合わせただけだ。

 

「いや釈然としねー」と芽々は頬を引きつらせた後。「ですが」と、指を小さな顎に当てた。

 

「その論理で考えると、芽々の答えは飛鳥さんとは真逆になりますね」

 

 真逆。それでも『最後に残す』ということか。

 

「なるほど?」

 

 理由はなんだ、と相槌を打つ。芽々はグラスに付いた結露をつつ、となぞりながら語る。

 皿の上のサクランボをつついて、芽々はいたずらっぽく俺を仰ぎ見た。

 

 

「たとえ器の中身が空っぽになっても、ソーダ一滴残らずとも。乗せられたその時からこのチェリーは〝クリームソーダ〟の一部です。それは揺るがない事実だと、芽々は知っている。──そう考える方が、エモいでしょ?」

 

 

「だから芽々は、最後に食べることにします」

 

 俺はその答えに、なるほど、と頷いて。

 

「さては、情趣のわかるやつだな」

「なんでもないことに『素敵』を見出すのが、楽しく生きるコツですからね」

 

「俺、やっぱり芽々のこと好きだわ」

「それはどうも。両思いですね、飛鳥さん」

 

 眼鏡の奥で目を細めたまま。顔色ひとつ変えず、芽々はしれっと返すのだった。

 

 

「あと芽々、シンプルに、好きなものは最後に取っておくタイプなので」

「あれ……もしかして、聞かれてたのってそんな単純なことだったか?」

「そうですよ。言ったでしょ『心理テストみたいなの』って。誰がいきなり『自我を論じろ』と言いましたか。誰だよ。おまえだよ。おまえが勝手に始めたんですよ。まじ意味わかんねー反省しろですこのアニミズム野郎」

 

 めちゃくちゃ早口で詰られた。

 

「ごめん」

 

 現世、難しいな。

 

 

 

「ま、それはともかくとして。どうぞこれからもよろしくお願いしますね、飛鳥さん」

 

 そう言って芽々は握手を求め、小さな右手を差し出した。

「ああ」と、俺は自然と握り返そうとして手を止める。右手には、今は薄い手袋を嵌めているが。その下は、いつも通りだ。

 

「……いや、今どき握手なんてしないだろ」

「そうですか? ま、いいですけど」

 

 芽々は気にした様子もなく手を下げた。

 

「あ、そうだ。今スマホ持ってます? 業務中だから持ってない、ですか。では後で友達登録しましょう。ふふ……死蔵のスタンプ、送りまくってやりますよ……!」

「秘蔵じゃなくて死蔵なのかよ」

「飛鳥さんのトーク欄なんか、使い道のないスタンプの墓場で十分です」

 

 あ、そういや咲耶と連絡先の交換、まだしてなかったな。ケータイをあまり使わないから忘れていた。アイツの電話番号は一方的に知っているんだが。

 などと話していると、ようやく奥から笹木が用を終えて出てくる。

 

「あ、芽々じゃん。来てたんだ、って……」

 

 笹木は俺と芽々を見比べた後。穏やかな顔立ちに、険しい表情を浮かべた。

 

「……芽々、さては陽南を困らせてただろ。ごめんな陽南。こいつ、気難しくて」

 

「うわっ(マコ)にバレた。って、ちがいますよ! 困らされてたのは芽々の方ですってば!」

 

 マコ……? あ、笹木の下の名前、(まこと)か。

 芽々の反論に、笹木は短い眉をひそめた。

 

「いや、陽南がそんなことするわけないだろ。多分。……しないよね?」

 

 笹木はいいやつだな。俺は力強く頷く。

 

「ああ、しない」

「は? なんですかこいつ。覚えとけよ」

 

 

 

「それにしても。二人の関係はなんなんだ? なんか、兄妹みたいに見えるけど」

 

 ああ、と頷いて、笹木と芽々は同時に互いを指を差した。

 

「こいつは、幼馴染で」

「ついでに、親戚です」

 

 合点がいった。というか、笹木の『幼馴染』って。

 

「そうか、芽々……おまえ、ひとんちに窓から入ってくる人種だったのか」

「なんですかそれ」

「いや、納得した」

 

 おまえも大変だな、笹木。

 

 

 

 と、その時。

 カランカランと音がした。しばらく客足が途絶えていた喫茶店の扉が開く。午後八時半。そろそろまた、波が来るか。

 客を迎えようと頭を切り替え、振り返る。

 

「……げ」

 

 扉を開けたのは、咲耶だった。制服ではなく黒のワンピース姿である。彼女は俺の姿を見た後、笹木たちの存在に気付き、よそ行き用の微笑みを見せる。

 そして唇だけを動かした。

 

 

 

「(来ちゃった)」

 

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