彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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エピローグa 君といつかの約束を。

 

 花火が終わった後、再び笹木たちと合流する。

 線香花火で花火の二次会を勝手に開催したり、そのまま公園で延々とどうでもいい話をしているうちに夜も更けた。  

 夜遊びとは悪くなったものだ。とはいえ祭りは無礼講、今日くらいはいいだろう。

 しかし真っ先に体力が尽きた芽々が公園のベンチで船を漕ぎ始め、お開きとなった。

 

「じいさんが車で迎えに来るってさ」

 

 笹木は芽々を手慣れたように背負う。

 

「これからだな」

「十一年目に突入」

 

 笹木は自虐気味に笑う。その物言いは何かを吹っ切ったようでもあった。

 面白がった分の責任は持って、手伝えるだけ手伝おうと思う。それはそれとして笑うけど。

 寝ぼけたまま大人しく背負われていた芽々だが。笹木の首にしがみついてむにゃむにゃと何かを言った後、バチッと目を開けた。

 

「……あれ? な、なんで芽々おんぶされてるんですか!? おろしてください! もう子供じゃないんですけど〜!?」

 

 じたばたと激しく抵抗する芽々。見た目幼いから違和感がなかったが。そういや芽々も立派に十七だったな。

 隣の咲耶に話しかける。

 

「確かに十七でおんぶはないな」

「えっ、されたい」

「あ? しません」

 

 なんだこいつ。

 

「なんでもお願い聞くって言ったのに!」 

「おまえもろくなこと考えないからなんでもは無しだよやっぱり」

 

 笹木を見習え笹木を。遊びの罰ゲームは遊びだと古今東西決まってるだろうが。純粋な私利私欲出してどうすんだよ。

 

「肩車ならしてやる」

「どういう基準??」

 

 肩車は高いので強い。一緒に三メートルになろうぜ。

 笹木が釈然としなさそうに芽々を下ろすと、芽々は不満げにぷいと笹木から顔を背けた。

 

「なんでさ。昔はよくやったじゃん」

「昔とは違うんですー! マコのにぶちんさん!」

 

 ……こいつらはこいつらで何かがズレてるよなあ。そのズレがおそらく進展しない原因な気がするが。確証がないままに口出しすることでもない。

 兄弟姉妹のような喧嘩とも呼べないじゃれ合いを始める幼馴染たちに肩をすくめる。隣で咲耶もまた苦笑していた。

 ま、どうにかなるだろう。そのうちな。

 

 

 ◇

 

 

 笹木たちとは別れ、駅に戻る。

 祭りの後だが、俺たちの使う路線は閑散としている。電車に乗り込むと終電近いのもあり車内は空いていた。いくつかの駅を過ぎる内、車両には俺たち以外には誰もいなくなった。

 

「わたしも眠くなってきちゃった」

「寝てもいいぞ」

「ん、そうする」

 

 咲耶が隣で静かに目を瞑ったのを見て、長椅子に背を預ける。

 窓の外を見やる。暗い夜空と町の光。写り込む自分の顔からは目を逸らし、流れる景色だけをぼんやりと眺める。

 車窓の景色には忍者でも走らすのが定番だろう。だが、自分の頭は走り去る景色に星が降るのをイメージした。

 夜空を引き裂いて隕石(ほし)が落ち、地表を捲り爆炎を巻き上げ町を砕く、終末映画のような光景を。

 ひとしきり想像の中ですべてを爆破して、はっと我に帰る。

 どうやら癖になっているらしい。不意に今、隕石が落ちてきやしないかと考えるのが。

 

 コツンと肩に触れる感触がして、窓から目を離した。左肩を見ると隣で眠ってしまった彼女の頭が乗っていた。

 少し近付きすぎではないか、と懸念するが。肩の上で彼女は安らかに寝息を立てていた。神経が太いのか耐性がついたのか。こいつ、聖剣気にしなくなってきたな。

 寝顔を眺める。すぐそばにある胸が規則正しく上下しているのを、触れた身体が布越しに確かな熱を伝えているのを確かめる。

 湿った長い睫毛が、流れる鼻梁が、わずかに火照った頬が、柔げな唇が、無防備に肩の上に預けられていた。簪の緩んだ髪からは、花のような香りに紛れて海の残り香がした。

 

「………………」

 

 この破壊力に比べれば隕石なんて。

 

(いらないな、そんなもの)

 

 窓の外で隕石が降り止んだ。くだらない妄想は掻き消えた。

 なんの変哲もない夜の町を置き去りにして車両は揺れる。

 だが。胸の内の()は、一瞬の錯覚であったかのように引いていった。

 溜息を吐く。彼女にこれほど近くに触れてさえ、波風が立たない理由を本当はわかっている。

 

 今の俺の自我は陽南飛鳥(むかしのじぶん)のものだと自認している。だが言動はこれまでの半年と同じように振る舞う方が馴染んだし、あの半年の自分も確かに俺自身だと認識している。

 人はそんなに変わらないものだ。というか、一度変わったら元には戻りきらないものだ。

 それでも、今の自分(・・・・)には許せないことがあるらしい。

 夢の中でもう一人の自分(・・・・・・・)が言ったことを思い出す。

 

『俺は咲耶とイチャつくことしか考えてない』

 

 ──それが一番に許せない。

 

 そう、強く思った。強い感情は呪いに変わる。たとえ魔法使いでなくとも、だ。

 消えた熱の原因はそれだった。

 要するに俺の深層意識は恋愛などにうつつを抜かす自分を許したくないのだ。のうのうと人を好きになる自分を。

『そんな資格があるものか』と、足下に張り付く黒い影が見えた。

 眠気のせいだ。夢現の幻覚だ。睡魔に朦朧と揺れる視界の中、自分の影を睨みつける。

 頭の中で吐き捨てる。

 

(──くだらない)

 

 自罰なんてなんの意味もない。そんなもので何かが救えるほど世界は易くないし、そんなもので自分のやるべきことは左右されないのだから。

 俺はもうただの人間だが、まだ勇者を辞める気はない。義理は果たすと誓った。魔女を救うために魔王を殺す。即ち最後まで世界を救いきる。その結果を手に入れることは絶対(・・)だ。

 ──ならば動機が下心だとして、一体何の問題があるだろうか?

 

 その理屈は正しくはないかもしれない。だが、少なくとも自分を慰めるために彼女への感情を殺すことが『正しい』とは思わない。

 ……なんて理屈では理解ってるのに熱が戻らないあたり俺の深層意識は軟弱だ。クソが。六道輪廻から出直せ。向き合え煩悩に。

 

 

 沈みかける意識の中。肩に乗る重みを確かめ、足元の影に答える。

 

「悪いな」

 

 これは開き直りだ。どうしようもない恥知らずだ。

 だけど俺は知っている。過去よりもよっぽど今の方が大事で、今は直ぐに過ぎ去ってしまうことを。

 ──どうせいつかは皆滅ぶことを。

 

 だから。青春ぐらい、謳歌したっていいだろ。季節のひとつにすら妥協してたまるかよ。

 

 

「俺は不謹慎だから、勝手に幸せになるよ」

 

 

『いいよ』とも『駄目だ』とも、もう聞こえない。

 目を、瞑る。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「寝過ごした!!」

 

 目が覚めたら知らない駅に着いていた。

 咲耶は手元のスマホで青褪めた顔を照らしていた。

 

「終電、完全に終わってるわ……」

 

 改札を出た、暗い駅前で二人頭を抱える。周りに何もない。店もない。山だ。

 どこだよここ……! というかなんで俺まで寝た……!

 ひとしきり謝ってはどうしようかと考えていると、咲耶がくすくすと笑い出す。

 

「ふふっ、揃ってよく寝ちゃうなんて。健康的ね? 背が伸びちゃうかも」

 

 魔女ジョーク。

 

「わたし、電車降り忘れるのも終電逃すのも初めて」

 

 咲耶はまったく気にしてないようで、それどころか、楽しんですらいた。

 

「タクシー呼ぶ? それとも……」

 

 そう言って彼女は視線を向こうへとやる。

 頭上、山中で星は眩しいほどだった。眼下、少し坂を下った先には町が負けじと光を瞬いている。

 どうやら俺たちの帰る家は、そう遠く離れてないらしい。

 

 

「──いい夜だから、歩いて帰っちゃう?」

 

 

 悪戯っぽい笑みで彼女は言う。ああ、そうだな。確かにいい夜道だ。

 行きの大荷物は芽々たちと別れる際に車に預けてあった。歩くに支障はなく身軽だが。

 

「足、大丈夫か。下駄だろ」

「靴擦れとは無縁よ。裸足だって平気」

「そうか。なら」

 

「──走るか」

 

「なんでよ!」

「冗談だよ」

 

 そのまま、くだらない話をしながら二人きり、夜道を歩いた。

 明日の話をして、明後日の話をして、来週と来月の未来の話をした。

 

「ね、もうすぐ文化祭じゃない?」

「そういや俺たち、高校生だったな。忘れてた」

「あっは! 異世界ボケ悪化してる!」

 

「そろそろ真面目に学生やるか」

「ええ、そうね。きっと忙しくなるわ」

 

 問題は山積みで、一寸先の未来がどうなっているかなんてわからないけど。

 大丈夫だきっと全部。今度こそうまくいく。

 すべての楽観は気休めだけど、思い悩むのは今じゃなくていいんだ。

 

 話しながら歩くうちにどちらともなく歩調は早まる。夜の坂道を笑いながら駆け下りる。

 かこんと鳴らした下駄がずれて、咲耶がよろめいた。

 

「きゃ」

「っと」

 

 想像はできたことだ。腕を取り受け止める。今度はちゃんと支えられたな、と六月の海を思い出す。

 

「ありがと。相変わらず鈍臭いわね、わたし」

「お互い様だ。俺も大概だからな」

 

 寝過ごしたし。

 

 咲耶を見る。夜目が効くおかげで彼女の姿ははっきりと見えた。

 

「簪、緩んでるぞ。落ちそうだ」

「ほんとだ」

 

 咲耶はしゃらりと簪を引き抜いた。浴衣の襟から覗くうなじの上に、ゆるく癖の付いた柔らかい髪が解けて広がった。

 引き抜いた簪と短くなってしまった髪をまじまじと見る。

 

「?」

 

 俺の視線に咲耶はしばし首を傾げた後。短くなった髪の先を摘み「えい」と赤い粒子を飛び散らせた。

 途端、宙に浮いた髪が淡く光りながら伸び始める。そういや魔女だから髪の長さは好きに変えられるのか。

 

「やっぱり長い方が好きかなって」

「どっちも似合ってたよ」

「そう? じゃあ間を取っちゃおうかな」

 

 胸のあたりのセミロングで止めた。

 

「……ああ、いいなそれ。すごくいい」

 

 以前の長髪よりも軽やかで、快活さと大人っぽさの中間の雰囲気がある。胸元で切り揃えられた毛先が光に透けて輝いて見えた。

 見惚れていると、またも上機嫌に咲耶は笑い出す。今日は箸が転がっても面白い気分らしい。

 

「あなたって、わたしのこと好きよねえ!」

「知ってるだろ」

 

 ……相変わらず心臓が高鳴ることはないが。そのうち、どうにかなるのだろう。

 

 こちらの気を知ってか知らずかにこにこと微笑む彼女を前にして、ふと考える。

 

 そういや。結局──俺たちの今の関係は何なのだろう?

 

 花火の際の彼女の告白は控えめに言ってプロポーズと解釈できるものだ。だが、多分咲耶にはそのつもりがない。というか、絶対ない。

 だって日常の延長線上で結婚とか言ってしまう奴だぞ。こいつは本当に、軽々しく一生を口にする。どうかと思う。

 俺が実質プロポーズの覚悟で受け取ったのにプロポーズどころか「恋してない」とか言って振って来やがった前科は記憶に新しい。

 

 ──咲耶は多分、これまで通りでいるつもりなのだろう。

 関係の再契約とはそういうことだった。

 だが、俺は。

 流石にこのまま現状維持というのは据わりが悪い。あれだけの言葉を貰っておいて、現状維持(このまま)などあり得るだろうか?

 などと考え込んでいたら。

 

「……付き合うか」

「え? ……えっ!?」

 

 口が滑った。

 

「い、いいの!?」

 

 咲耶は目を丸くし、動揺よりも心配の色濃い顔でおろおろとこちらを伺う。

 確かに俺たちは付き合えないはずだった。関係の定義とは呪いであり、「恋人」という甘ったるい関係は、不完全な自我を侵食する呪いに成りかねず、「付き合おう」という言葉すら危ういはず、だったのだが。

 口にしても特に何も異変がない。今まで告白した際のように、脳に爪を立てられるような錯覚がやってこない。

 ──ああそうか。俺の自我はもう不完全(・・・)ではないのだ。

 

 

「もう言えるんだよ、俺も。君が好きだってことくらいはさ」

 

 

 これまでみたいに冗談まじりでも反動覚悟でもなくて普通に、当然のように、言えるようになったのだ。もらったものを少しずつ返していけるように。

 眉を下げる。目を細める。彼女の手を、取った。

 

「だから、なんでもは聞けないが。いつかの約束くらいは聞ける」

「い、いつかって……?」

 

 まさか、忘れたとでも言うつもりだろうか。

 いつかの約束を口にしようかと迷って、流石に言葉には出せなかった。それに、言葉より行動の方がわかりやすい。

 

 浴衣の袖から覗く彼女の細い手を、取ったまま。

 その白い手の甲に。

 口付けを落とす。

 

 

「っ…………!!?」

 

 

 暗闇でもわかるほど、彼女は頬を赤く染め上げた。

 

「な、な、な……」

 

 震える声と潤んだ目で、「なんで」と問う。

 いつかって言ったろ。約束通りだ。満足したか?

 ……などと、軽口を叩こうとしたのだが。

 顔が上げられなかった。

 

「あのさ、咲耶。情けないこと言ってもいいか」

「……どうぞ?」

 

 

「…………めちゃくちゃ恥ずかしい」

 

 

 顔を覆った。

 いや、唇にキスは論外として手なら頬より難しくないと思ったんだ。そんなことなかった。全然恥。もう死にそう。なんだ今の。くそっ格好つけすぎた。

 俺ちょっとここ最近ずっと格好悪かったからな……。一度しくじったら格好がつかないんだぞ……。

 羞恥心に打ちのめされながら、指の隙間から彼女を覗くと。咲耶は頬を紅潮させたまま、静かに微笑んでいた。

 人が動揺しているのを見ていると逆に冷静になるのだろう。あるいは──キスは彼女の領分か。唇に浮かぶのは、余裕の笑みだった。

 

「……ふふ、真っ赤」

 

 潤んだ瞳を猫のように細めて。慈しむように揶揄う。

 ぐ、と息を飲んだ。

 

 咲耶はそのまま、キスされた手を口元に持っていき。

 こちらにはっきりとみえるように。柔らかな唇が、彼女の白い手の甲に。俺が触れた場所とまったく同じ位置に、ゆっくりと落とされる。

 

 

「間接キス……なんてね?」

 

 

 恥じらいと意趣返し。照れ隠すように意地悪く、彼女は言った。

 俺は顔を、覆ったまま。自分の胸倉を掴んだ。

 口付けは呪いだ。だが耐性はある。今更間接キス(このていど)、何の呪いにもならない。

 わかっている。なのに。

 目の前に火花が散った。火花は心臓に飛び火する。頭の血管に血が回り、ぐらりと煮えるような錯覚がする。

 それは呪いに似て、けれどそんなものとは別種の、もっと強くて鮮やかな、感情(・・)だった。

 

「は、ははは……」

 

 破裂しそうに鳴る心臓を押さえつけながら、羞恥と呆れがこみ上げてくる。乾いた喉で呻くように笑った。

 本当に、どうしようもない。

 

 ──ああ、こんなことで。

 

 

「どうにかなってしまった」

 

 







三章終了です。ありがとうございました。
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