彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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お久しぶりです。
大変長らくお待たせしました。
少しずつ更新の方を再開していければと思います。


それから、ご報告なのですが。
書籍化が決定いたしました。
皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。


来月、6月25日、発売らしいです。
詳細は今後のX(Twitter)などでお知らせさせていただければと思います。
あたらめて、今後とも何卒、よろしくお願いいたします。

X(Twitter):@sachihara_neko



エピローグb 鈴堂瑠璃と消えない初恋。

 

 

 ──まだ、聖女が異世界からやってくる前のことだ。

 

 

 時は夏休み某日の夕方。飛鳥の元後輩・鈴堂瑠璃の呼び出しを咲耶が受けたファミレス──会合のテーブルが散々に割れたキャットファイトの後。

 

「あっ、ちょ、サァヤ!?」

 

 店を出て行った咲耶を追おうとした芽々は、隣の瑠璃に呼び止められる。

 

「芽っち」

 

 長年の渾名で呼ばれ、渋々と席に戻った。まだ契約時間内(・・・・・)、ということらしい。

 

「まったく、芽々がなんでこんなことしなくちゃなんですか……」

「それは君が負けた(・・・)からじゃないか」

 

 隣で涼しげに言う彼女から、芽々は「けっ」と目を逸らす。

 

 

 ──芽々が二人を引き合わせることになった経緯は、瑠璃との長年の確執に遡る。

 

 鈴堂瑠璃は天才だ。何をやらせても努力無しで人並み以上の結果を出す。おまけに異様な霊感まで生まれ持った……が、あくまで普通の女子高生に過ぎない。何故なら彼女には、自分の生まれもった才能を活かす気がさほどないからだ。

 

 それなりに楽しく生きることにしか興味がない──ある意味で、芽々と同類の快楽主義者だ。

 

 そんな瑠璃とは、芽々は小学校の頃からの友人でありライバルだった。

 主にテストの点を競い合う仲だ。「負けた方が言うことを聞く」という賭けと共に。

 だが学年不動の一位の瑠璃に対し、芽々は学年の二〜五位をずっとうろちょろしている──積み上がったのは、七年の連敗記録だった。

 

 しかし「負けた方が言うことを聞く」という賭けについては、瑠璃から何かを請求されたことは一度もなかったのだ。

 

 ──この前の試験までは。

 

 

「やあ芽っち! 試験の結果が出たよ、早速見に行こうじゃないか! 今回はどれほど君が僕に迫ったか楽しみだよ! まあ僕はいつも通り何も勉強してないけどっ」

 

 夏休み前。

 いつも通り、上機嫌な瑠璃に廊下に引き摺りだされ試験の結果を確認した、のだが。

 

 

「…………あれ?」

 

「……ねえ、芽っち。なんだいこのひでぇ順位」

 

 

 落ちる声のトーン。

 瑠璃は真っ黒な目で、芽々を覗き込む。

 

 

 

「──ふざけてるの?」

 

 

 

 夏休み前の試験──丁度、芽々が異世界事情に巻き込まれていた時のことだ。

 本来瑠璃に向かっていた反骨心は異世界に向けられ、勉強そっちのけで魔法少女大作戦の準備をしてた。結果として、試験の順位を大幅に下げることになったのだが。

 そんな事情を瑠璃は知る由もないし、言い訳にもならない。

 

「負けたらなんでも言うことを聞くんだよね?」

 

「…………確かに、七年前に言った気がしますね。忘れてました。これまで請求されなかったので」

 

 瑠璃はきょとんとして、当然の顔をして答える。

 

「だって君が僕に勝てるわけないじゃないか。だからこれまでは健闘を讃えてノーゲームだよ」

 

「……は?」

 

 芽々は耳を疑った。

 

 ──今まで瑠璃は「勝ち負け」すら認識していない?

 ──屈辱の七年連敗の記録を意識しているのは自分だけ?

 

 ──それどころか、健闘を讃えて試合(ゲーム)すらなかったことに?

 

 芽々はブチギレた。

 

 だが、瑠璃は芽々の怒りをまったく解していなかった。

 

 人の感情に異常に勘が働くはずの瑠璃は、芽々の感情だけはさっぱりとわからなかった。

 芽々の瞳が常人とは違う作りをしているせいで、目から心を読み解けない。

 魔術の洗脳に対して耐性があるように、霊感混じりの読心にも耐性がある……寧々坂芽々の、数少ないオカルトの血の発揮どころだ。

 

 鈴堂瑠璃は人の心が読める故に世渡りも人付き合いも苦心したことがない。

 だが心を読めない相手、読む必要がない相手には、とにかく(・・・・)人の心がない(・・・・・・)という本性が出る。

 

 対外的には人気者の地位に君臨する文武両道眉目秀麗の次期生徒会長も、芽々にとっては性格カスの変態スピリチュアル女だ。

 

 

 ──お陰で、芽々は瑠璃と唯一対等に近い友人関係を築けているのだが。

 

 

 だからブチギレながら、芽々は答える。

 

「ええそうですね! 全面的に芽々の失態です! 敗北です! ですから聞きましょう、願いとやらを!」

 

 今回は異世界なんかにかまけたせいで敗北したが、もう魔法と付き合うことも金輪際ないだろう。

 対するべきは素敵な現実で、攻略すべきは目の前のいけ好かない女だ。

 その女の言いなりになる屈辱とそもそもこれまでは負けとすらカウントされてなかった屈辱、これを糧にし、次こそはこの女の横っ面をはっ倒してみせよう!

 と、闘志をメラメラ燃やした芽々だったが。

 

 

「じゃ、文月ちゃん連れてきてよ」

 

 

 ──自分と瑠璃の確執によりにもよって咲耶を巻き込んでしまったことを知り、テンションが奈落に落ちた。

 

 

 いや何が悲しくて強制軟禁(どうせい)カニ命名ヤンデレ女と腹黒スピリチュアルヤンデレ女に挟まれてキャットファイトを見せられないといけないんですか? 芽々何かしました? ちょっとテストで微妙な点取っただけじゃんそもそも芽々はるりさんをぶちのめしたいだけで学校のお勉強好きじゃないのにさぁ〜……という死んだカニの目でメロンソーダを啜ったのも束の間の話。

 

 セッティングした会合で、瑠璃が咲耶の地雷を思いっきり踏み抜くのを目の当たりにし、今に至るというわけだ。

 

 

 

 

 芽々はソファ席で、隣の瑠璃に悪態を吐いた。

 

「大体、なんですかあの占い! あれインチキでしょ。カードの出し方いつもと違うじゃないですか」

 

「そもそも文月先輩(・・・・)は芽々たちが昔から一方的に知ってる相手じゃないですか。陽南先輩の片想い相手だからって入念にリサーチしたでしょ、ちょっとスレスレなこともして。それを占いのフリして弱点突きやがって……」

 

「てか感情が読めるなんて言ってもるりさんが読めるのは、好意と敵意だけ(・・・・・・・)じゃないですか。特に、はっきりと読めるのは恋愛感情だけ。他は芽々相手じゃなくても勘でしかわかってないし、天然でホット&コールドリーディングしてるだけでしょ」

 

 だが、好意——特に、恋と愛に関することだけは百中(マジ)だ。

 

「『それが本当に恋愛なのか』なんて、ハッ、ちゃんちゃらおかしいですね。るりさんが二人の関係を読めている時点で『それは恋愛である』とバッチリお墨付きじゃないですか」

 

「……今日のるりさんは、意地悪でいただけません」

 

 瑠璃は溶けかけたアイスクリームをスプーンで弄りながら、顔色ひとつ変えず答える。

 

「意地悪なのは芽々じゃないか。僕が先輩のことずっと好きだったの知ってる癖に、ちょっと目を離してる間に他の女に肩入れするなんて」

 

「肩入れも何も、芽々が再エンカウントした時点でとっくにデキてましたよあの二人」

 

 おかわりのメロンソーダを啜りながら返す。

 喫茶店で再会した時点のことだ。あの頃はお互い、意識しないように意識していたようだが。

 既に間に割って入れない独特の空気感は出来上がっていた。

 

 ──自分でもわかるそれを、自分より賢いはずの瑠璃がわからないはずがない。

 

 

 

 芽々は深々と溜息を吐いて。

 

「ねえ、るりさん」

 

「芽々は恋愛がわからないから興味があって、るりさんは恋愛がわかるからこそ弄ぶ。人の色恋を食い物にする人間同士、同類でしたよね。……いえ、るりさんが芽々を同類にしたんでしたっけ」

 

 浅くはない仲だ。

 幼馴染の慎を除けば、最も付き合いの長い友人だ。

 いけ好かない面も多々あるが、それでも切れない腐れ縁。瑠璃が火を付け芽々が油を注ぐ、阿吽の悪友だった時期がある。

 

 だが寧々坂芽々は鈴堂瑠璃に甘くない。

 決して彼女の親友などではなく、『特別』扱いはしない。

 

「なんで、今日。あんなことしたんですか? わかってるんでしょう。あの人たちはとっくに相思相愛で付け入る隙などない。ここで弱みを突いたとして、今更揺らぐような関係ではない。それを、読める(・・・)るりさんがわからないはずがない」

 

 

「貴女は一体……何がしたいんですか」

 

 

 隣を見る。

 窓から差し込む夕陽に照らされる、悪友の横顔を。

 瑠璃は、薄い唇を上げて答える。

 

「さあ? 何がしたいんだと思う?」

 

 はぐらかすなと言おうとして。

 真っ黒な瞳が、こちらを振り向く。

 

 

「僕もね、わからないんだ(・・・・・・・)

 

 

 笑みは、歪みきって。

 その眼球はどろどろに溶けようとしていた。

 

「ねえ、芽っち。僕はどうすればよかったのかな。わかってても簡単に、諦められるわけないよ」

 

 

 

「──先に好きになったのは僕だったのに、さぁ」

 

 

 その感情は、心を読む霊感などなくともあきらかで。

 絶句する。

 

 

 ──この女は、そんな簡単なこともわからないほど愚かだっただろうか?

 

 

 恋はいかなる人間をも愚者にする。

 だが恋を知らない寧々坂芽々はその法則を解することもなく。

 冷ややかにメロンソーダを飲み干して、立ち上がる。

 

「それでは、以降芽々は埋め合わせに走りますので。きっぱり誰の味方かは示したことですし、二度とるりさんに与することはないでしょう」

 

「……まったく君は義理堅いのかそうじゃないのかわからないな」

 

「芽々は芽々のやりたいようにやります。ただ、契約(やくそく)は守るだけです」

 

 なんでも願いを聞く。

 たとえお遊びのような賭けだったとしても、そう言ったことは撤回しないのが芽々の主義だ。

 

 

「でも『先輩と結ばれるのを手伝え』とか、『あの二人の仲を引き裂け』とか、願わなかったるりさんのそういうとこだけは……芽々、好きですよ」

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 

 そして瑠璃は、誰も居なくなった席に一人残された。

 ぼんやりと店内を見渡す。このファミレスはかつて先輩が働いていた店で、何度も通い詰めた。

 内装も二年前と変わっていない。

 目を閉じればかつての光景が鮮やかに蘇る。

 

 

 

『センパイ二日ぶり! 売上に貢献しに来たよ』

『なんだ、瑠璃。また来たのか』

 

『ひな先輩、早くバイト上がって芽々に勉強教えてください』

『鈴堂に教えてもらえ。上手いぞ』

 

『なあ陽南! 聞いてくれ生徒会が忙しくてさあ……陽南も入ってくれよ〜」

『わかったわかった。二年になったら手伝ってやるから』

 

『ちょっと兄貴もセンパイも、天文部は放ったらかしなわけ?』

『いや、ハハ……』

『サボってるわけじゃないが。部員二人じゃ暇でな』

 

『ははん? さては寂しいんだー?』

『別に。全然』

 

『まったくしょうがないな〜。僕が高校生になるの。楽しみに待っててよね、センパイ!』

『はいはい待ってる。で、注文は?』

『いつもの!』

 

 あきれたように眉を下げて、先輩(かれ)が笑う。

 

 

『おまえ本当、好きだよな』

 

 

 

 

 目を開ける。

 席の周りには他に誰もおらず、テーブルの上、好きだったいつものアイスクリームはどろどろに溶けきってもう手が付けられない。

 

 ぽつりと呟く。

 

 

 

「……ずっと、待ってたのになあ」

 

 

 

 瑠璃はそのまま空っぽのテーブルで、夜を待っていた。

 

 

 

 

 ──待ち人は来ず。夏は、終わる。

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