彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

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幕間1 七月初、同居における厳密なルール。

 夏の初め、退院後のことだ。

 一緒に暮らすことになった二人はリビングのテーブルに広げられた紙──同居における様々な雑事の当番表を前に、話し合いをしていた。

 

「これで当番が決まったな」

 

 飛鳥の対面で、咲耶が渋い顔をする。

 

「……ねえ、わたしが同居を申し出た理由わかってる?」

 

 飛鳥のQOLが低すぎて見てられないというのもあるが。退院したばかりの怪我人を放置できないというのが一番だった。だってまだ腕吊ってる。

 

「なんで普通に当番半分以上取ってるのよ。意味わかんないんだけど。流石にできないでしょ、料理とか」

 

「できる」

「???」

「俺は大抵のことは片手でできる。子供の頃からよく骨とか折ってたから」

 

「あんた昔から怪我が絶えないの!?」

「昔からツイてないんだよなー」

 

 悪運しか自信がない。

 

「わ、わからないわ……現世でそんなに怪我する?」

 

「たとえばでかい木があるとするじゃん」

「うん」

「登るだろ?」

「……うん」

「何故か枝が折れて落ちる」

「登ったからよね??」

 

 眉間を押さえた。

 つまり単純に無鉄砲らしい。

 

「わたしの知ってる日南君は大人しい子だったんだけど……」

「流石にこの調子じゃ早死にすると学んでな、中学からは大人しくしていた」

「後天的かぁ〜」

 

 それが異世界を経てどうなったかというと、無鉄砲も自制心も両極端にぶっ壊れた。今はめちゃくちゃアクセル踏むかめちゃくちゃブレーキ踏むかの二択しかない。おしまいの人間。

 

 咲耶は心配を通り越した呆れの目で目の前の男を見た。

 

(危なっかしい……)

 

 監禁したいな、と思った。

 なんかもう外に出したくない。首輪でも繋いじゃ駄目?

 と、ナチュラルに考えて(今魔女ってるな)と思って憂鬱になった。

 

(しないけど。自由なあなたが好きなので……)

 

 このへんも今更魔女堕ちしたくない理由だ。

 勿論、飛鳥がどうであっても愛せるしその覚悟はあるけど、できることなら「理想」でいてほしいというのが乙女心というもの。

 

 好きな人は格好いい方がいいよね。

 だからちゃんと憧れさせて。

 変なことあまりしないで。

 高いところ登るのやめなさい。

 

「というか治りが遅くなるより筋肉が衰える方が困るからもう普通に動かす。折れてないし」

 

 三角巾のマジックテープベリベリと外した。

 コラッ。

 でも言い分はわかるので目を瞑る。

 

 

 話を戻そう。

 

「というわけで当番については問題ない。

 問題はルール設定……」

 

 テーブルの上で両手を組み、飛鳥は神妙に言う。

 

 

「──特に、風呂と洗濯だ」

 

 

 水回りのルールかな? 

 大事よね、と咲耶は頷く。

 

「洗濯モノは完全にわけるとしてだな」

「えっ、お水勿体無い」

 

「完全にわけるとして」

「なんで? 思春期の娘?」

 

「完全に! わけるとして!!」

 

 迫真の表情に、「ああ」とようやく理解が追いつく。

 

「はいはいわかりました。ついでにわたしの下着は見えないように干します」

「よし」

 

 心の安寧は保たれた。

 

 咲耶はいまいちよくわからない、という顔をしていた。

 下着姿を見られることははしたないから避けようという社会通念こそあれ、咲耶にはそのへんの恥じらいの感覚があまりない。

 下着とか、ただの布じゃん?

 

 なにこのひとめんどくさ……と飛鳥を白けた目でじっと見つめて。

 ふと、思考に魔が刺した。

 

 

「飛鳥って変な柄のパンツ履いてそう……」

「なんだと……」

 

 

 突然の偏見とセクハラにキレかけた。

 だが、咲耶はあまりに真剣な様子で続ける。

 

「大丈夫? ふんどしとか履いてない?」

「俺をなんだと思ってる?」

「素面でふんどし履きそうな人」

「いねぇよそんな人間」

 

 まあとにかく。

 洗濯物は完全に分けるということで合意がなった。

 あくまで健全なルームシェアなのだ。同居ではあっても同棲ではない。同棲では、ない。

 清く正しくなくては申し訳が立たない。

 

 

「よし。残る問題は──風呂だな」

「それは一緒でいいんじゃない?」

 

「一緒()風呂!?」

 

 思考が止まった。引き伸ばされた一瞬の内に意識は地球を二周半回転し、「一緒に風呂?」という疑問が残像を大量に残した。

  

 

 一緒に、風呂に…………???

 

 

「ええ、一緒()お風呂に入ればいいと思うわ。連続で」

 

 すぅー、と息を深く吸った。

 俺の勘違いでしたね。ちょっと煩悩入ってたな。

 

「だってお湯もったいないし」

 

 咲耶は自分がご令嬢の端くれであることを完全に忘れてる顔で根拠を言う。

 まあそれはそうだな、と考えて。

 

「お湯? 一緒の、お湯……?」

「え、うん」

 

 脳の回路がバチバチと接続を始める。

 

 

「……それって、さ……実質混浴(・・・・)じゃん」

「はい?」

 

 

「同時じゃなくても同じ湯に浸かるのは……もう、混浴だろ!!」

 

 

 咲耶は、表情を消した。

 

「え、バカじゃないの? なにその発想変態っぽい。思春期?」

 

 普通に引いていた。

 バチッと我に返った飛鳥は自分の口走ったことを理解し、

 

(アアーッ!!)

 

 机に突っ伏した。

 

 キスの後遺症で脳が壊れていた。

 あとシンプルに一緒に住むという事実がキャパシティを越えていた。

 ぬるま湯のごとき目でこちらを見下す女。

 

「ち、違う! 風紀を考えるあまりに思考が飛躍しただけだ!」

「飛鳥も男の子なのね……」

「やめろそんな目で見るな」

 

 ちがう俺は変態じゃない……、と顔を覆った。

 脳裏で跳ねるイマジナリー芽々がニマニマ顔で「やーいむっつり」と煽る。

 寧々坂ァ……!!

 完全に八つ当たりである。

 

「今のはなかったことにしましょう」

「助かる……」

 

 

「というわけで。洗濯物はわたしが譲歩したのだから、お風呂はあなたが妥協して欲しいところね?」

 

「いや、風呂だけアパートに戻って入ればいいんじゃ?」

「あのアパート、シャワーだけで湯船ないじゃない」 

 

 家賃激安だからね。

 とはいえ銭湯に行くわけにもいかないので、最後に風呂に浸かったのはいつだったか思い出せないが、命は洗濯しなくても使えるものだ。問題ない。

 

 

「あんた、お風呂絶対好きよね」

「まあ……」

 

 好きか嫌いかで言ったら、めちゃくちゃ好き。

 

 咲耶はあきれ顔から一変、あくどい笑みを作り、誘惑を囁く。

 

「真夏に熱いお風呂に入って火照った身体をアイスと扇風機で冷ますのとか──絶対、好きよねえ?」

 

「ぐっ……」

 

 短くない付き合いだ。もう大体ツボ押さえられていた。

 ビシッと親指を風呂の方角に突き出す。

 

 

「お入り」

「うす」

 

 

 勝てない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 結局咲耶の残り湯に浸かることになったが、いざ入るとなると特に何も思わなかった。変態ではないので。(順番は公平に不正なしのジャンケンで決めた)

 

『あんたが変なこと言うから、わたしがちょっと気にしちゃったじゃん……』と、入る前に湯上がりの咲耶に赤い顔で詰られた。それは本当にごめん。

 

 あと、実際入ると「やっぱり家は風呂付きのを借りた方がいいな」と思った。マジで。

 なんで折角現世に戻ってきたのに風呂我慢してたんだろう? こんなに気持ちいいのに。今となってはもはや分からなかった。

 これを快楽堕ちと言う。

 人間は風呂の快楽に勝てるようにできていない。

 

 

 だが、風呂上がって脱衣所の大きな鏡を見た途端、頭が一気に湯冷めする。

 

 鏡を見るのはあまり好きじゃなかった。

 顔付きが変わったのには慣れたとしても……。

 青目、キモくない? 着色料かよ。

 写真はそこまで目立たないからいいとしても、鏡を見る度げんなりとする。

 向こうの世界を思い出させてくるこの目の色が、どうにも飛鳥は好かなかった。

 それに、傷のない箇所を探す方が難しい自分の裸体など見れたものじゃない。

 

 さっさと出てしまいたいところだが、流石に身支度に時間がかかる。包帯の類を全部外しているので。

 服より先に巻き直そうとしたところで、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。

 閉じたままでは声を通しにくいため、僅かに扉が開いた。数センチの隙間から、咲耶の声がする。

 

「飛鳥〜? ごめん、ドライヤー戻し忘れてた」

「ああ、悪い。ちょっと待っててくれ」

 

 と返した、その時。

 

「あっ……」

 

 咲耶のいつものうっかりで手を滑らし、脱衣所の扉が、全開になる。

 

 バチッと目と目が合う。

 上半身裸の男と、ふわふわの寝巻きの女の目が。

 

 

「ギャーーッッ!!?」

 

「ごっ、ごめんなさいっごめんね!?」

 

 

 ドスの効いた黄色い悲鳴をあげる男。

 わたわたと謝りながら慌てて背中を向ける女。

 まるでいつかと真逆の構図であった。

 

 

 速攻で服着た。

 ものすごい精神ダメージを喰らい、ヨロヨロと正座した。

 

「いや、無理。もう無理。実家に帰らせて頂…………俺実家ねえわ!?」

「うん、ごめん。落ち着いて。自虐やめて」

 

「見苦しいものをお見せして申し訳ない……」

「え? あんたが謝るの? おかしくない?」

 

 振り向いた咲耶は、両手を腰に当て一切の動揺を浮かべずに言う。

 

「うっかりやらかした方のわたしが言うのもなんだけど! 気にしてないから」

 

 その、あまりに堂々とした開き直りの様に。

 ようやく飛鳥は我に返った。

 

「それもそうだな。俺の裸なんて見てもな」

「そうそう、中まで見せ合った仲だし。特に何も思わないわ」

「……いや、本当に?」

 

 咲耶はしばし黙った。

 

 

 

「パンツ、意外と普通のだった」

「思ってんじゃねえか特に何かをよ」

 

 

 

 終わりだよ終わり終わり。

 同居無理。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 まあしかし。

 裸見た見てないで喧嘩するような仲ではない。なんならお互い見て見られてトントンである。

 ということで、大人しく和解。

 ちょっと建て付けがおかしくなっている脱衣所の扉は今度修理するとして、咲耶は当初の予定通りドライヤーを受け渡し、退出した。

 

 パタン、と扉を閉じ。

 

 そして。

 

 演技を解いた(・・・・・・)

 

 

 どっと体温が上昇し、汗が吹き出すような錯覚がする。

 耳まで真っ赤にして頬を押さえ、ばくばくと鳴る心臓の内で悲鳴を上げた。

 

(な、なにあれ! なにあれ! なにあれ!?)

 

 何も思ってないとか全霊で嘘だった。

 もう完全に目に焼き付いている。裸が。

 

 飛鳥は普段、ものすごくガードが硬い。

 その辺、少々潔癖というか几帳面というか。変な服を着るのとは別にして、身なりはきちんとしているので、不意に肌を見るということが殆どない。

 夏でも長袖が多いし水着とか絶対着ない。

 

 だから、多分。

 ちゃんと見たのは初めてだ。

 

 不本意に身体を見てしまったという罪悪感は差し引くとして。

 あっ意外と健康そうな身体してる、そういや鍛え直してたな〜とか、最近ちゃんと食べてるもんな〜えらいな〜とか、そういう感心と安堵が五割。

 だが、残り五割は……。

 

(なんか、なんかっ……!) 

 

 服越しに見るのとはまた違う、くっきりとわかる骨格や筋肉の形も、水も滴るなんとやらも、湯上がりに火照る肌も、なんか、全部。

 

 

(えっちだった……!)

 

 

 いっそ変なパンツ履いてたら我に返ったのに! なんで下着だけまともなの!? 空気読みなさいよ、ばかっ!!

 

 頭の中の魔女堕ちしてる部分が『今すぐ監禁して全部自分のものにするべきじゃない?』と囃し立てている。

 お黙り。恋する乙女は誇り高いので監禁して押し倒したりしません。どちらかというと押し倒されたい派です。

 

(……っじゃない!!!)

 

 へなへなと廊下に座り込み、熱冷めやらぬまま泣き言を呟いた。

 

 

「ルームシェアって、ちょっと……無理かも」

 

 

 考えたの誰。

 もう、馬鹿。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ──ニヶ月後。

 あれやそれやが片付いた後の某日。

 

「飛鳥ぁー、お風呂上がったー」

「ん、行ってくる」

 

 透け透けの部屋着で居間に戻ってきた咲耶から器用に目を逸らして立ち上がる男と、その背中をじぃーと見つめる女がいる。

 

「お背中流しましょうか? 付き合ってるし」

「はは。ふざけんなアホ。誰が頼むか」

 

 お互い平常心で軽口を叩く。

 最早特に何も思わない。

 

 

 

 なんか、慣れた。

 

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