彼女は窓からやってくる。(旧題:異世界から帰ってきたら、窓から入ってきた魔女と青春ラブコメが始まった。)   作:さちはら一紗

8 / 75
第八話 わたしはあなたを目で追う。

「なんで来た?」

 

 喫茶店の扉を開けるなり、わたしを出迎えたのは飛鳥の渋面だった。

 なんで来たのか、ってそれはもう。

 

「あなたがちゃんとできてるか……というのは、実はそんなに心配してなくて。友達のバイト先に行くって、憧れてたの。えへへ」

 

 飛鳥は無言で面食らったような反応をした。

 

「あ、もしかして嫌だった?」

「いや。驚いたけど、平気だな」

「そうよね。あなた、昔はお客が同級生だらけのファミレスでバイトしてたし」

「……」

「どうしたの?」

「……いや、そんなこともあったなって」

 

 その頃、わたしは令嬢ロールに全力だったので「ファミレスなんて全然行きません」という顔をしていた。ので、結局陽南君が働いている時には一度も行けなかったのだ。今思うと惜しいことをした、本当に。だから今度は同じ失敗はしない……! と、心に決めた。

 今のわたしはただの文月咲耶。陽南飛鳥の友人なのだから、バイト先に突撃するくらいわけない。『友達』の肩書き、それは結構免罪符。

 

「でもなんで来ちゃうかなぁ……」

「えっ」

 

 なんだか反応がおかしい。バイト先に来られたのが嫌なんじゃなくて、本当に何かよくない理由があるかのような。

「おまえ、夕飯食いに来たんだろ」

 

「ええ」と頷く。わたしは平日は、夜ご飯が遅くなりがちだった。なにせ、ひとり暮らしは五月から始めたばかりでまだ慣れていない。今日も全然、片付けが終わらなくて午後八時半(こんなじかん)。結局諦めて途中で放り出してきた。

 昨日、飛鳥を家に連れ込んだ時は綺麗だったのだ。でも、その後諸事情あって散らかしてしまった。ほら、一緒に夕飯を作る約束をしたということは……その度に衣装が必要じゃない? それは料理ができるほどにラフな格好でなければならないし。けれどちゃんとしていない格好を見せるなんて、わたしはごめんだ(たとえ、あいつの私服のセンスは破綻していたとしても!)

 かといって、気合を入れすぎているとは思われたくないし……と、悩んで深夜まで、ああでもないこうでもないと服を取っ替え引っ替えしていたら。当然のように散らかった。

 ふふ。浮かれ過ぎてて恥ずかしいわ、わたし。存在が。

 

 と、数秒意識を飛ばしていたら。

 

「あのな咲耶。この店にはな」

 

 飛鳥が神妙な顔でわたしに言う。

 

「カレーしかないんだ」

「……はい?」

 

「この喫茶店はカレー好きのマスターのこだわりで、飯のメニューはそれしかない。飯時は、完全にカレー屋として周りから扱われている」

 

 ……なるほど。どうりでコーヒーの香りと一緒に、スパイスのいい匂いがすると思った。

 

「え、わたし今日もカレー? 土日にあんなに作ったのに?」

「そうだよ。だから『なんで来た』って言ったんだよ」

 

 事前に言ってくれれば教えたのに……と飛鳥が哀れみの目で見た。連絡、相談は大事だと身を以て知る。

 ご飯がカレーしかないだけで、デザートの類はきっちりとあるらしい。それを夕飯代わりにする、という手もあるけれど。それはいけない。

 なぜなら人間は(・・・)ちゃんと(・・・・)ご飯を(・・・)食べなければ(・・・・・・)ならないから(・・・・・・・)

 

 わたしは覚悟を決める。

 

「大丈夫。心をインドにすれば何も問題はないわ」

 

 この前見たインド映画を思い起こして、合掌。わたしはカレーが大好き(自己暗示)

 

「よし」

 

 ととのった。

 

「よしじゃねぇよ。今おまえの後ろに一瞬インド見えたわ。才能の無駄遣いだなおい」

 

 

 

 わたしはカウンターの席に着く。

 隣の席には赤みがかった金髪(ストロベリーブロンド)の女の子がクリームソーダをつついていた。同じ学校の生徒だ、と気付く。つられてわたしも彼女と同じクリームソーダを飛鳥に注文する。

 店内で目が合った笹木君に会釈する。彼は遠距離から愛想よくお辞儀を返した。笹木君には放課後の一幕を見られたけれど。わたしはあまり気にしていなかった。元々、彼にはわたしが飛鳥と昼休みに屋上に行っているのがバレている。偶然見られてしまったのだけど『黙っておくよ』と言われて、本当に秘密にしてくれていた。口の堅い、いい子だ。

 

 注文が届くのを待ちながら、わたしは頬杖をついて飛鳥をそっと目で追う。わたしの後からぽつぽつと客が増えてきたので、彼がわたしに構うことはないだろう。

 友達が働いている姿は、日常の範疇の非日常って感じでいいなと思った。こういうのでいい、と思う。こういうのがせいぜいの範疇の非日常でいい。窓の向こうで倒れてるとかそんな非日常はいらないです。

 ……それにしても。飛鳥は喫茶店の制服が似合うなと思う。後ろ姿を見ているだけで飽きなかった。

 彼はあまり人に印象を残さない。多少は目立つ外見になった今でも結構、存在感が薄い。陽南飛鳥はどこでも自然と馴染んで記憶にさして残らない人間だった。多分、教室でひとりポツンと居るのはその特性のせいが三割くらいあると思う。地味、なのかもしれない。

 特に昔の陽南君は、眼鏡をかけていたし背も低かったから周りに紛れがちだった。それは実のところ「何の印象や違和感も残さないほどに見た目が整っている」という意味だとわたしは昔から密かに気付いていた。

 ──いや、恋愛感情特有の盲目かもしれないけれど!

 

 そのことに気付いているのはわたしだけ……だといいなぁ……でも多分そんなこともないんだろうなぁ……よく見れば気づくもんなぁ……と悶々とする。今は眼鏡もやめて、身長もとうにわたしを追い越してしまっている。異世界ボケさえ治ったら、それなりに女の子に相手にされるのではないだろうか。知らないけれど。別に、未来のことなんてわたしには関係ないけれど。……想像すると少し、腹が立つかもしれない。嫉妬とかでは、ない。

 

 ああでも。やっぱり似合っている、と溜息を吐く。

 

「一生制服着てればいいのに……」

 

 変な私服着るのやめろほんと。

 

 と、思った時。丁度飛鳥がカウンターの近くへと来ていた。

 わたしは気が付けば、スマホを取り出してカメラを起動していた。

 ……静かに気付かれないように、立ち姿にピントを合わせる。

 ふと、飛鳥がこちらを振り返る。わたしはびくりと、肩を震わせる。

 飛鳥はカメラ越しに「ハァ?」という表情をした後。

 ちょっと考えるように一瞬真顔になって、にかっと笑ってみせた。

 

 ──わたしは反射的にシャッターボタンを押した。

 

「いや、なんで今笑ったの⁉︎」

「カメラ向けられたら笑うのは常識だろ」

「それだけ⁉︎」

「それだけだけど?」

 

 ごく当たり前のことを言うように、そう答えて。何も気にしていないように、飛鳥はそのままカウンターを離れる。

 わたしは唖然としてスマホを握りしめたまま──ようやく、我に返った。

 

 ……いや、そもそもなんで撮ってるんだわたしは⁉︎

 

 完全に魔が刺した。未遂だけど「隠し撮り」だった。

 わたしはカウンターに突っ伏す。

 あぁぁ……やっちゃった……やっちゃった‼︎ こんな、こんなはずでは、こんなことをするはずじゃなかったのに!

 ぐるぐると渦巻く感情を抑え込む。だって、今のは言い訳がつかない。今のは「友情」なんて範疇じゃない。悪質な恋愛感情の「名残」が、先走っていた。

 わたしは罪悪感に苛まれる。昔はどんなに欲しくても、正攻法で撮られた陽南君の写真しか入手したことがなかったのに。

 ……いや手に入れてるじゃん。気持ち悪いなわたし。そういうところよ。まあ昔のスマホとか、異世界で木っ端微塵なのだけど! あれ、でもバックアップとか残ってる気がする。残ってるかな。そういや確かめてなかった、残ってたらいいな……じゃなくて!

 

 ああ、もう。認めるしかない。あるのだ、わたしにはどうしようもない悪癖が。ストーカー気質とでも呼ぶべきものが。わたしは所詮、わざわざ隣に越してくるし無意識で隠し撮りをしようとするような痛い女だった。監視だ心配だ友達だと理由をつけても。

 

 ──陰湿(これ)文月咲耶(わたし)の本性だった。

 

 自己嫌悪でスマホを抱えたままがくりと、首を落とす。

 写真は……消せない。でも、直視も怖い。

 はーー、と息を吐いて吸って、覚悟を決めて、確認する。

 けれど。

 画面の中、切り取られた彼の笑顔を見た時、自分でも驚くくらい、すっと脳が冷えた。

 

 ほんのりと暗い店内の中でも鮮やかな、彼の両眼。

 絵の具をぶちまけたような瞳の青色を、写真は現実よりも強調していた。

 その青を。指でなぞり、画面を爪でガリと引っ掻く。

 

 ──なんだ。昔と、全然似てないじゃない。

 

 浮かされていた熱が冷めていくことに、少しほっとして。

 けれど、それ以上に真っ黒な気持ちが湧いて、唇を噛んだ。

 口紅と血の味がする。けれどやはり、わたしの唇に傷が残ることはないのだ。

 彼が二度と、眼鏡をかけることがないのと同じように。

 

 

 

 

 わたしがひとりでじたばたとしていると。

 さっきまでスマホをいじっていた隣の女の子がこちらをまじまじと見ていることに気が付いた。

 ……もしかして、一部始終見られてた?

 わたしは先程までの醜態を誤魔化すようにこほん、と咳払いをして、素知らぬ顔をする。

 

「なにかしら」

 

 いや。なにかしら、じゃないのよ。

 赤い金髪の女の子は、ぱちぱちと瞬きをして、淡白に返す。

 

「いえ、知ってる人が隣にいるな、と思いまして」

 

 そう言って、彼女は自己紹介を始めた。寧々坂──その名前には、見覚えがあった。

 

「あなた、成績上位者にいなかった?」

「ご存知でしたか。照れますね。はい、勉強はそこそこ得意な方なのです」

 

 うちの学校はそれほど勉強に熱心でないのだけど、上位の成績は張り出されるようになっている。わたしは毎回必死で上位者に滑り込んでいるので、毎回きっちり確認するのだ。

 ……今回、飛鳥の名前がないと思ったらズタボロになってたのは記憶に新しい。

 寧々坂芽々、と名乗った同学年の少女は言う。

 

「咲耶さんですよね。よく駅前の本屋でお見かけしてました。それで、もしや気が合うのでは、と思っていたのです」

 

 そう言って、寧々坂さんはさっきまでいじってたスマホを見せる。画面に表示されていたのは電子書籍の一覧だった。

 本棚の開示。それは読書家にとって何よりも雄弁で赤裸々な自己紹介だと思う。寧々坂芽々の本棚は、漫画、ライトノベル、サブカル、文芸、古典に至るまで、ひしひしとセンスを感じさせるものだった。というか端的に、趣味が合う。

 うっ、と内心でたじろいだ。

 ──これは、あからさますぎる餌だ。わたしはわかっている。今更、「趣味が合いそうだから」という理由で、わたしに近づいてくる人間なんているものか。そうでなきゃ、五月になるまで友人を作ることに苦戦していない。

 だから、目の前の少女には目的があるはずで──、…………。

 

「……お話、してもいい?」

 

 気付けばわたしは、ほとんど素で答えていた。

 友達は、別にいなくても平気。それは虚勢じゃない、けど。趣味の合う誰かと好きなものの話をできるかもしれないという欲に逆らえなかった。

 

「ええ、是非。お近付きになりましょう」

 

 寧々坂さんはニコリ、と微笑んだ。

 ……ああ、うん。気付いてしまった。わたしは、多分。

 ──根本的に、ちょろいのだ。

 

 

 

 そうこうしているうちに、注文が届く。寧々坂さんはわたしの注文を見て、

「そういやクリームソーダのチェリーは、先か後かどっち派ですか?」と聞いた。

 

「え、最後……かしら? 大事に取っておきたいかな」

 

 わたしはアイスをソーダの中に沈めた。

 

「あ、ドロドロに溶かす派。そっちですか」

「……も、もしかして、飲み方間違ってた? わたし、こういうの初めてで」

 

 所詮は元庶民なので、素で生きてしまうと品性が抜け落ちてしまう。せめてコーヒーにしておけばよかった!

 

「ああいや。違うんですよ。単に芽々が、人の食べ方に興味あるだけなんです。ほら、ものの食べ方って、性格が出ません? 叙情的な食べ物ほど」

 

『叙情的な食べ物』とはまた、なんというか。変わった表現をする子だな、と思った。

 

「食べ物に叙情性なんて、ある?」

「んー、 そですね。わかりやすく言えば。食べ物に付随した〝文脈〟を食べるって意味です。斜に構えた言い方ですけどね」

 

「ほら、料理の写真を撮って、SNSに上げるでしょ?」と芽々は続ける。

 

「ご飯を食べてるんじゃなくて、結構みんな、文脈を食べてるんだな〜、って思うこと、ありません? たとえば。カワイイものは美味しいし、エモいものは美味しいし、人と食べるご飯は美味しいし、推しが食べてたのと同じものは美味しい、とか。お腹がちっとも空いてなくても食べたくなるのが〝意味〟だと思うのです」

 

 わたしは相槌を打つ。通じると踏んで話しているのだろうけど、初対面に話す内容にしては突飛じゃないか、とも思う。まあ、わかるのだけど。

 文脈とは何か。この場合、コンテクストが意味するのは共通認識、説明せずとも伝わる前提のことだろう。

 

「クリームソーダだと、『レトロかわいい』とか『ハイカラ』とか『あえて古いものに惹かれるのがカッコいいと思ってそう』とか、『エモいしか言えなさそう』とか、『逆にクソサブカル』とかが文脈ですかねー」

 

 寧々坂芽々は美味しそうにクリームソーダを飲みながら、嬉しそうに罵倒する。

 

「どうしてそんなこと言うの……?」

「当然、クリームソーダを愛してるからですが?」

「その愛、歪んでるわ」

「え、でも別にめちゃくちゃ美味しいってわけではなくないです? 人工甘味料味だし」

「え? 美味しいじゃない。メロン味」

「……ですね!」

 

 とにもかくにも。文脈とは『これってこういうものだよね』という、共有される認識のことだ。この場合は。

 わたしにはそれが理解できた。それには魔女として馴染みがある。──わたしの魔法は〝文脈〟を利用するものだから。

 

「もちろん、美味しいものは美味しいという大前提で。雰囲気にも味があるよねって話ですけどね」

 

 そしてやはり、彼女はどこか『似ている』と思った。口調はしっかりとしているくせに、どこか地に足のついていない話をするところ。寧々坂芽々は、飛鳥に少し似ているのだ。

 だから馴染むのかもしれない、とまで考えて。いや、わたしは別にあいつが変なこと言うの好きじゃないからな、と思った。

 ……昔の彼は、変なこと言わなかったはずなのだけど。

 

 

 

 

 

 隣の寧々坂さんと話に花を咲かせるうちに、夜も更けていく。何せ来た時間が遅かった。

 そろそろ帰らなければ、と立ち上がったところで。飛鳥がわたしに声をかけた。

 

「ちょっと待ってろ。もうすぐ上がるから、送っていく」

「いいけど……別に、ひとりで帰れるわよ?」

「ひとりで帰るなよ。夜道だぞ。あの辺の道、真っ暗なんだから」

 

 飛鳥はしかめ面で言う。心配されているのだろうか? わたし、普通の女の子じゃないのだけど。まあ、突っぱねるほど狭量でもない。

 

「わかった。じゃあ、裏口のあたりで待ってるわ」

「そうしてくれ。すぐに行く」

 

 鞄を取りに行くと、寧々坂さんがじっとこちらを見ていた。

 

「あの、不躾な質問いいですか」

「なに?」

「咲耶さんは、飛鳥さんと付き合ってるんですか?」

 

 その、問いに。わたしは、

 

「まさか。そんなわけないじゃない」

 

 寧々坂さんはかくん、と首を傾げて。「そうですか」と答え、それ以上は聞かなかった。

 

 

 ──聞かれた質問に、少しは動揺するかと思ったけど。

 微塵も照れる感情もなく。平然と答えられたことに安心した。

 

 わたしは片手で写真の入った端末、真っ暗な画面を握りしめる。

 

 ……そう。たとえ、わたしがどれほど彼に心を寄せようとも。

 

 ──そんな関係は、ありえないのだから。

 

 

 絶対に。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。