【書籍⑦巻&コミック①巻、12月発売】クソゲー悪役令嬢~滅亡ルートしかないクソゲーに転生したけど、絶対生き残ってやる!   作:タカば

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虹瑪瑙

 私はポケットの中の『切り札』を握り締めた。

 多分、唐突にこんなもの出したら、絶対変だと思われる。間違いなく執事は止めるし、のんびり両親もさすがに不信感を抱くかもしれない。

 でも、闇堕ち前のふたりに会えたっていうのに、このまま見殺しにはできない。

 私は世界を救いたい。

 その中にはマヌエラも、ジェイドも含まれている。

 

「交渉は決裂ね」

 

 付き合いきれない、とマヌエラがローブの裾を翻した。私はその背中に追いすがる。

 

「待って! 家庭教師のお給料で足りないなら、私の宝物をひとつあげるわ! だから、私の先生になって!」

「子供が持っているようなおもちゃじゃ私は買えないわよ」

「おもちゃじゃないもん! ほら!」

 

 私はポケットの中から切り札を取り出した。

 それは、古い金細工のペンダントだった。優美なデザインのアクセサリーの中心には、虹色に輝く宝石がはめ込まれている。

 

「イリス……アゲート……?」

 

 金貨の魔女の顔色が変わった。

 イリスアゲート、別名虹瑪瑙。瑪瑙の鉱脈は数あれど、虹色の色彩を持つ瑪瑙はほとんど存在しない。滅多に市場に出回らない稀少な鉱石である。

 前世の世界ではただの宝石だったけど、この世界では強力な解呪の力を持っている。金貨の魔女マヌエラは、弟子にかけられた呪いを解くためにこの石を欲し、無理な取引をして命を落とした。守銭奴なのも、この稀少な鉱石を買う資金を確保するためだ。

 

「これは……本物? 国宝レベルの宝石だろ……まさかそんなものがここにあるはずが」

 

 私たちのやりとりを見ていた執事の顔色も変わる。

 

「奥様! このペンダントはハルバード家に代々伝わる逸品です。それをリリアーナ様に与えたのですか!」

「だって、この子がダンスのレッスンをがんばっていたから~」

「ステップを覚えたご褒美に、宝物庫のアクセサリーをひとつ、もらっていいって約束してくれたもんねー」

 

 うちは、ハーティア建国より続く名門、ハルバード家だ。

 国宝クラスの宝石のひとつやふたつ、宝物庫に転がっている。そして、うちの両親は私がせがめば、何でも与えてくれる人たちなのである。

 金で交渉できないなら、彼女が一番求めている宝石の現物を出すしかない。

 もちろん、この取引にはリスクがある。なんでこんな子供が、ピンポイントで最重要アイテムを持ってるのか、と不審に思われる可能性がめちゃくちゃ高い。周りも、「なんでイリスアゲート?」って思うだろうし。

 でも、このままマヌエラを帰すよりはマシだ。

 

「お前……本気でこの石を渡すつもりか」

 

 急にマヌエラの雰囲気が変わった。余裕のある美魔女ではない、どこか追い詰められた獣のようなまなざしで私を睨んでいくる。美人なせいもあって、正直怖い。

 でも、切り札まで切っておいて、このまま引き下がれない!

 私は顔を上げると魔女を睨み返した。

 

「そうよ」

「この石には俺の命と同じだけの価値がある。俺にこれを渡すということは、俺を丸ごと買うってことだぞ」

「お買い得ね。これをあげる。だから、私の先生になって!」

 

 私はマヌエラにペンダントを押し付けた。震えている手に無理やり握らせる。彼女は、深い溜息をついたあと、手の中にペンダントを握りこんだ。

 

「いいだろう……俺の命、売った」

「買ったわ!」

 

 その瞬間、マヌエラの輪郭が溶けた。頭の先からつま先まで、ぐにゃぐにゃの闇の塊になったかと思うと、また大きく伸びて人の姿をとる。

 再び私の前に現れた金貨の魔女は、男の人になっていた。

 

「へ……?」

 

 黒髪と黒い瞳、黒いローブは変わらない。

 でも、無精ひげを生やしたその顔は、父様たちと同年代くらいのちょい悪イケメンである。

 誰だお前。

 ちょい悪イケメンは、私の前に跪くと深く頭を下げた。私のドレスのスカートをつまんで、恭しくキスする。

 

「東の賢者、ディッツ・スコルピオは、ハルバード家の淑女リリアーナに魂を捧げ、生涯の忠誠を誓います」

「ほああああああ?」

 

 どういうことだってばよ!!

 

「あら~、マヌエラさんは男の人だったの?」

 

 母様が金貨の魔女、いや東の賢者ディッツを見て、のんびり首をかしげる。

 

「魔女の姿は営業用です、奥様。魔法薬を扱う商いは危険が伴いますので、身を守るために真実の姿を隠しておりました」

「ああやっぱり、何か歩き方がおかしいと思ってたんだ」

「旦那様! おかしいと思った時点で止めてください!」

 

 危機感のない元最強騎士の台詞に、執事が悲鳴をあげる。

 彼を雇いたいと言い張った私が言うのもなんだけど、執事にちょっと同情するわー。

 っていうか、東の賢者って何だよ。こんなの攻略本でもゲームでも見た覚えないぞ。

 魔法使いの描写って何かあったかなー……うーん、そういえば、ゲーム内で突然失踪した賢者がいたとかなんとか、そんな台詞があったような。

 マヌエラとして死んだせいで、表の世界では突然の失踪扱いになってたのかなあ。

 そういえばジェイド自身はマヌエラのことを『師匠』としか呼んでなかったなあ……。

 

 だから!

 

 話が始まる前に重要人物が退場し過ぎなんだよ!

 だからこそ、国が危機に陥ってるんだろうけどさ!!

 ほぼフルコンプしたはずのゲームで、新情報出て来すぎ!!

 まともなシナリオライターをよーこーせー!!

 いないからこうなってるんだけど!!

 

「お嬢は俺が女だったほうがよかったか? 必要ならまた姿を変える薬を使うが」

「別にいいわよ。ずっと変身するのは体に悪そうだし」

 

 外面を取り繕わなくなった反動だろうか? 元美魔女は非常にガラが悪かった。

 えーと、この人って弟子の命を救うために、自分の命を捧げた人なんだよね? ジェイドがことあるごとに師匠は素晴らしかった、って言ってたから、誠実で優しい人を想像してたんだけど。弟子目線からの尊敬する師匠フィルター怖い。

 私たちを見ていたクライヴの顔が悲壮感に歪む。顔色は青いを通り越して真っ白だ。

 いきなり性別も口調も変わるような人間、執事の立場からしたら、絶対お断りだよねえ。

 

「旦那様、今からでも遅くはありません。彼を追い出しましょう」

「でもねえ、決めるのはリリィだから」

「お、お嬢様……お考え直ししていただくわけには……」

「やだ!」

「お嬢様あああああ……」

 

 繰り返そう。

 ハルバード家で一番強いのは、私のワガママである。

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