【書籍⑦巻&コミック①巻、12月発売】クソゲー悪役令嬢~滅亡ルートしかないクソゲーに転生したけど、絶対生き残ってやる! 作:タカば
「王子、ハルバード侯の出陣が決まったそうですよ」
ヘルムートに声をかけられて、俺は読んでいた本から顔をあげた。
「聞いている。出陣式には俺も列席するよう、宰相から指示を受けているからな」
王立学園が閉鎖されてから一か月、王宮の自室に閉じ込められるようにして過ごしてきた。見送りでもなんでも、外に出て側近以外と話せるのはありがたい。
俺のうれしそうな様子を見たヘルムートは、不満そうにフンと鼻から息を吐きだした。
「それでいいんですか、王子」
「第一師団長であるハルバード侯は、王国軍を率いて魔の森の侵入者を討伐するんだ。国家の威信を託す者を、王族が見送るのは当然の話だろう」
「そうではなくて!」
望む答えを得られなかったヘルムートは、声を荒げた。
「ハーティアの国土が脅かされているんですよ。王子のあなた自身が討って出ないでどうするんですか」
「最強騎士が指揮するのに、俺の出る幕なんかないだろう。初陣も経験していない子供がついていっても、足手まといになるだけだ」
「だからって……王都にいて、どうやって初陣に出るんです」
ヘルムートはいらいらと爪を噛んだ。
このしぐさは最近始まったクセだ。
「王宮に閉じこもっていたら、ずっと子供のままじゃないですか」
「戦を経験していないのは、父も同じだ」
「それであの方が今、何と呼ばれていると思うんです」
側近の不敬な発言を、俺は聞き流した。
この部屋に他に誰もいなくてよかった。もし誰かの耳に入っていたら、ヘルムートを罰しなくてはならなかっただろう。
「有事の対応を宰相家にまかせきりの王室は、権威が落ちつつあります。今ここで戦功をあげなければ、ますます……」
「戦功が必要なのは、ヘルムート、君だろう?」
「ち、ちが……っ! 俺はあなたのためを思って」
「とりつくろわなくていい」
俺は首を振った。
「理由はわからないが、俺はどうやら王家の血を引いていなかったらしい。継承の儀を行えないから、遠からず失脚することになるだろう」
「……」
ぐ、とヘルムートが唇を噛む。
「そんな俺のそばにいては、お前も道連れになる。その前に、戦で大きな功績をあげて、別の主に仕えたい……そうだろう?」
ヘルムートは生粋の騎士だ。
武力以外に己の身を立てる術を持たない。
偽王子の側近という立場から一発逆転を狙うなら、戦場に出て活躍するほかないだろう。
「だが……」
こんな血気にはやった余裕のない子供を戦場に出して、功績をあげられるとは思えない。単身で敵陣に飛び込んで、袋叩きにあう未来しか見えなかった。
資格を持たない自分の人生に彼を巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思う。見放されてもしょうがない。だからといって、死地へ向かおうとする幼馴染を、そのまま見送ることもできなかった。
「側近を辞めたいのなら、しかるべき部署に異動させよう」
「待ってください。俺が望んでるのは、そんなことじゃ……!」
「安心しろ。従者の仕事を放りだした、なんて誰にも言わせない。お前の経歴に傷をつけず、穏便に離れられる理由をつけてやるから」
「そうじゃ……なくて……!」
「少し休む。お前も休憩してくれ」
側近の有様が見ていられなくなって、俺は踵を返した。寝室に逃げ込んで扉を閉める。物理的な壁に隔たれて、やっと大きく息をつくことができた。
「悪いな……」
何も持たない俺には、手を離してやることしかできない。
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「……オリヴァー、さま」
目の前でドアを閉められ、追いすがる俺の手は宙を切った。
気持ちの持って行き所を失ってその場に座り込む。
「ちが……ちがう……ちがうんです」
説明したいのに、口はうまく動かない。
戦功を求める気持ちは確かにあった。
実績をあげて地位を確保するチャンスがあるのは、王子の素性がまだ明らかになっていない、今だけだ。
人の生き死にが交錯する戦場ならば、万に一つ、逆転の可能性がある。
しかしそれは俺だけの話じゃない。
オリヴァーにだって必要なことだ。
今この瞬間、オリヴァーの正体が明かされたらどうなるだろう。
何の実績のない王子は、ただ血統を偽っただけの罪人だ。利用価値のない路傍の石として処分されるだろう。
しかし、戦場で大きな功績をあげた英雄であればどうだ?
彼の命を惜しむ者が出るのではないか。
生き残る余地がで残るのではないか。
「俺が目指していたのは……誰かの騎士じゃない、あなたの騎士だ」
騎士は生まれた時からのあこがれだった。
姫君を守り悪しき竜と戦う騎士物語を読んでは、英雄を夢見た。
仕えた相手は姫君ではなく王子だったが、それはそれでよかった。
民の上に立つ王のそばに控える騎士の姿は、俺の目標だった。
ただ主君に仕えていられればそれでよかったのに。
なぜこうなってしまったんだろう。
どこで道を間違ってしまったんだろう。
「結局さ、彼は器じゃなかったんだよ」
優しい声が耳に響いた。
「君という剣を使うに値しない」
「それは……」
顔をあげたら、『友達』と目があった。
彼は闇色の瞳を細めてにっこりと笑う。
「優れた剣には、優れた使い手がいなくちゃ」
一言ごとに、彼の言葉が優しくしみ込んでくる。
ああ、そうだったのか。
間違えたのは、そこだったのか。
「君がいるべき場所はここじゃない」
象牙の肌の手が、そっと俺の手に重なった。
「君にふさわしい主は別にいる」
手をひきあげられる。
行くべき場所があると思ったら、すんなり立ち上がることができた。
友達は漆黒の瞳をいっそう細めて、うれしそうに笑った。
俺もつられて笑う。
なんだ、こんな簡単なことだったのか。
「さあ」
手を引かれた。
俺は王子の部屋の扉に背を向ける。
「君のためのお姫様を探しに行こう」
「うん……」
外へとつながる扉に手をかけたら、ドアノブがいつもより軽く回転した。
まるで、決断を祝福するように。