【書籍⑧巻&コミック②巻、7月31日発売】クソゲー悪役令嬢~滅亡ルートしかないクソゲーに転生したけど、絶対生き残ってやる! 作:タカば
『ダガーの固定を確認しました。乗降用の通路を接続します』
白い猫の声で、アタシははっと我に返った。
自分が座っている変な椅子の周りには、女神によってもたらされたデンシキキとやらが所せましと並んでいる。そして、目の前には黒衣に身を包んだジェイドの後頭部がある。
状況に頭がついていかない。
なぜ自分は白銀の鎧、しかもダガーの後部座席に座らされているのか。
『おつかれさまでした、降りる準備が整いましたので、コクピットを解放します。シートベルトを外し、周囲の安全に気を付けてお降りください』
混乱している間に、ふっと周囲が暗くなる。一瞬あとに、ウィィ、と異質な音がして目の前の扉が開いた。ジェイドがさっと座席から降りてこちらに手を向けてくる。
なんだ、この手は。
意味がわからずジェイドを見ていると、しびれをきらしたのかジェイドはこちらの座席に手を突っ込んで無理やりアタシの体を引っ張り出した。そのまま、両腕に抱えられる。
なんで?
なんでアタシはこんなことをされているんだ。
「もちお、『ジェレミー・ダガー』の居室まで最短ルートをナビゲート。できるだけ誰にも彼女の姿を見せたくない」
『かしこまりました。乗員の通行を制限して人払いいたします。このまま最短ルートでお進みください』
「助かる」
アタシを抱きかかえたまま、ジェイドが走り出した。まっすぐに、艦内の部屋を目指す。ジェイドはハルバード家の側近としての部屋とは別に、ダガー伯爵家当主『ジェレミー・ダガー』としての部屋も与えられていた。
何かに追い立てられるようにして、ジェイドはひたすら走る。
アタシはされるがまま、彼の腕におさまっていた。
どうしてこうなった?
意味がわからない。
アタシがハルバード家に拾われた時、ジェイドはすでにご主人様の側近だった。彼のご主人様を見つめる瞳は特有の熱を帯びていて、恋をしていることが傍目にも明らかだった。
彼の恋慕は当然だ。
だって、相手は美しく気高いご主人様。
誰もが惹かれずにはいられない。
アタシだってその人柄に惚れこんで、絶対の忠誠をご主人様に捧げている。
結局ご主人様が選んだのは貴族の青年で、ジェイドを顧みることはなかったけれど、その献身が変わることはなかった。
むしろフランドール様とご主人様の間を取り持ち、陰ひなたなく尽くすようになった。
その誠実な姿にアタシは少しずつ惹かれるようになっていった。
忠誠を捧げるジェイドの生き方は、尊敬に値すると思ったから。
共にご主人様を支える相棒として、アタシもジェイドを頼りにするようになっていった。
最初の転機は、王立学園で迎えた。
ご主人様との接点を持ちたい貴族子弟からの縁談に辟易していたアタシに、ジェイドが婚約を持ちかけてきたのだ。
側近同士の結婚なら、ご主人様を取り囲む貴族のパワーバランスは変動しない。
アタシは縁談よけを手に入れることができ、ジェイドは既婚者として堂々とご主人様の側に永劫侍ることができる。
全員が得をする、いいことづくめの契約婚約だ。
別にアタシ個人が誰かに愛されるとは思ってなかったから、それでよかった。
婚約者という新しい関係の名の元にジェイドが少々口うるさくなったけど、我慢できない範囲じゃない。強引に始まった体の関係も受け入れた。
このまま、お互いに都合のいい相棒を続けていくものだと思っていた。
しかし新たな転機がそれを許さなかった。
彼が勇士七家の末裔、フェルディナンド・ダガー伯爵の子であることが発覚したのだ。
庶民の側近仲間だなんてとんでもない。
この国で十指に入る、由緒正しい高位貴族の跡取り息子だったのである。
断絶しかかっているとはいえ、勇士は勇士。国内人気は絶大だ。
当然花嫁は選び放題。
伯爵として独立すれば、対等な貴族としてご主人様に相対することができる。
新たな婿候補としてご主人様にプロポーズすることだって、可能なのだ。
アタシなんかとは全然立場が違う。
鈍いジェイドは突然環境が変わったことに戸惑っていたけれど、遠からず気づくはずだ。アタシと一緒にいても何の得もないことに。
むしろ、獣人で親なしの女との婚約なんか、伯爵様にはデメリットでしかない。
捨てられると思った瞬間、別れを切り出していた。
ジェイドの口から婚約解消を告げられるのが怖くて。その言葉が聞きたくなくて。
矛盾しているのはわかってる。
自分がこんなに、ジェイドとの婚約に執着してるとは思わなかった。
彼が愛しているのはご主人様。私はずっと側にいるために都合のいい駒で、この想いが報われることはない。
お互い報われない者同士、傷をなめ合ってることに安心していた。
愛されないのならせめて仮初の妻の座だけでも手に入れたかった、なんてあさましい欲望を持っているとは思わなかった。
愛しているから。
約束が大事だったから。
彼に壊されたくなかった。
どうせ壊れるならいっそこの手で。
そう思って拒絶したはずなのに。
なぜアタシは今、心の内を暴かれて、彼の腕に抱かれているんだろうか。
全然意味がわからない。
バン! と荒々しい音とともにジェイドが部屋に飛び込んだ。
背中でドアを閉めて、そこでようやく足を止める。
「……っ、は」
吐き出した息は、弾んでいた。