【書籍⑧巻&コミック②巻、7月31日発売】クソゲー悪役令嬢~滅亡ルートしかないクソゲーに転生したけど、絶対生き残ってやる!   作:タカば

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慟哭(セシリア視点)

 リリィ様を見送ったあと、私はひとり寝室へと向かった。居室の数に制限のある空中母艦であっても、女王の私には広い寝室が用意されている。ドアを開けると、大きなベッドとクローゼットと、そして黒衣の男が私を出迎えた。

 漆黒の絹地に銀糸の龍を縫い取ったアギト国の豪華な民族衣装。夜の闇を吸い取ったような真っ黒な髪に、白い象牙の肌。瞼の薄い切れ長の瞳も、なんの光も返さない漆黒だ。

 

「……ユラ?」

「きちゃった♪」

 

 名前を呼ぶと、銀の龍を纏う男はにい、と薄い唇を吊り上げて笑った。

 

「どうやってここに?『乙女の心臓』は、女神の神威に守られた場所のはずなのに」

 

 シュゼット姫を艦に乗せたままにしているのも、それが理由だ。ふたたび邪神に惑わされた者に奪われないよう、特に女神の恩恵を受けやすい場所に保護していた。

 だというのに、最も警戒すべき邪神の化身が女王の寝室に入り込んでいるなんて、どういう理屈だ。

 

「女神は絶大な力を持つ割に雑だからね。抜け道はいくらでもあるんだ」

 

 ユラは微笑みながら私に近づいてくる。すぐ後ろにドアという逃げ道があるのに、私は一歩も動けなかった。

 ……動きたくなかった。

 

「ただ愛しの君に会いたい。加害せずそれだけ考えている分には、排除されないよ」

 

 応接間などと違って、寝室内はプライバシー配慮で監視カメラは配置されていなかった。いつも側に付き従っていたユキヒョウAIも、女子会に男が混ざるのは野暮でしょうと言って席を外していた。

 今ここにユラの存在を検知するセンサーはない。

 

「しらじらしい」

 

 そう言いつつも、胸が弾むのを抑えきれない。

 きっとユラがこの部屋に入れたのは、彼が世界のバグをつくやり方を知っているからだけじゃない。リリィ様たちが恋人と楽し気に過ごす姿を見て、彼に会いたいなどと心の隅で考えてしまったからだ。

 過酷な運命を与えておきながら、なぜいまさらこんな奇跡を起こすのか。

 世界は私に甘いのか厳しいのか、いまだによくわからない。

 

「本当に君の顔が見たかったんだ。次に会うのは、きっと戦場だから」

 

 すう、と白い指が私の頬をなでる。

 

「そして、その時が今生の別れだ。……僕は敗北し、命を落とすだろう」

「私達が負ける可能性は考えないのですか?」

「まさか!」

 

 はは、とユラは笑う。

 

「君は知ってるだろ? この世界の仕様を! 悪者は正義のヒロインに敗北すると決まってるんだ」

 

 負け邪神。

 かつて迷宮でユラが明かした設定だ。

 彼の言う通り、世界はハーティア勝利に向かって大きく動いている。この流れがいまさら変わるようには見えなかった。

 

「あ~あ、今回はかなりうまくいったと思うのになあ。また最初からやり直しだ」

「あなたは死ぬのでは?」

「こちろんこの体は次の戦闘で死ぬよ。でも魂は別だ」

 

 ユラはぞっとするほど暗い笑みをうかべる。

 

「僕の魂はまた、どこかの母体から生まれ直す。……何度肉体を滅ぼされても」

 

 すべての記憶を引き継ぎながら、輪廻の内を回り続ける。それがユラの魂に刻まれた運命だ。今回彼を退けたところで、災いの目はまたどこかで芽吹き、いつかふたたびこの国を脅かす。

 

「でもちょっと疲れたから、次の僕が生まれるまで何百年かかかるように調整しておこうかな」

「そんなこと、できるんですか?」

「僕の力の一部はアギト国民からの信仰心でできてるからね。滅ぶついでにアギト国を民族ごと根絶やしにすれば、復活しにくくなるんだよ」

 

 ぞっとするほど残酷なことを、男は笑顔で口にする。

 

「自分が何を言っているかわかってるんですか? あなたは自国の民を……」

「道連れにするけど何?」

 

 にい、と口の端を吊り上げて、ユラは私の顔をのぞきこんでくる。

 

「邪神の使徒だからと、勝手に押し付けられた国と民だ。どう扱ったって、僕の勝手でしょう」

 

 己に付き従う民になんの思い入れもないのだろう。彼の真っ黒な瞳にはいっさいの感情がなかった。

 

「どうせそこまでしたって、いつか必ずどこからか僕は生まれる。……君が誰かの子を産む姿を見ないですむ間くらいは、休ませてほしいな」

 

「誰かの子、って私は誰とも……」

 

「お人よしの君が国民全員からの跡継ぎ切望プレッシャーに耐えられるわけないでしょ。アギト国が滅んだあとなら、女神の力を放棄して無理やり子作りしても問題ないし」

 

 それは私も容易に想像できる未来だった。

 このままの運命を進めば、戦勝国の長として、いつか周りの懇願に折れて好きでもない人との結婚を受け入れてしまうだろう。

 

「君は情が深いから、子も、子の父親も無下にはできない。きっと愛そうと努力をしてしまう」

 

 はあ、とユラがため息をついた。

 闇をたたえた瞳が初めて感情を見せてゆれる。

 

「さんざん辛酸をなめて、大抵の苦痛には慣れてきたつもりだったのになあ。誰かが君に触れる様を見たくないなんて情緒が残ってたとは思わなかったよ」

「ならその前に奪えばいいでしょうに」

「……そんなこと、女神の強制力が許さない。ほんの少しでも害意を抱いた瞬間、僕はこの艦から放り出されるだろう」

 

 監視のカメラはごまかせても、女神の目からは逃れられない。

 私達はそういう風にできている。

 

「……愛しい君」

 

 ユラの薄い唇が私の頬に触れた。指先がさらりと髪に触れる。

 

「また会おう。……僕の最後の地で」

 

 にい、と禍々しく微笑んで、ユラは一歩後ろに下がった。そのまま闇に溶けるようにして姿を消す。

 静けさを取り戻した部屋に、私はひとり取り残された。

 

「……」

 

 つ、と涙が頬をつたった。

 

「あっ……」

 

 ぬぐおうと手をやったけれど、一度流れ出した涙は次から次へと溢れてきて止まらない。私はぼろぼろと涙をこぼしながらその場にへたりこんだ。

 

「あああああ……っ」

 

 どうして。

 なぜいつも私に与えられる運命はこうなのか。

 友も、家族もいる。

 私の周りにいるのは皆優しい人ばかりだ。

 きっと恵まれた環境なのだろう。

 けれど、自由だけは決して手に入らない。

 愛する人に想いを伝えることすら許されない。

 

「ふっ……う、……アあああ……」

 

 誰も見ていないのをいいことに、声をあげて泣きじゃくる。

 限界だった。

 女王として人の上に立つのも。

 聖女として人を導くのも。

 想いを押し殺して見ないふりをするのも。

 やらなくてはならない、と思っているのに。

 立ち上がるたびに、ただの少女の自分が押しつぶされていく。

 私はどうすればいいの。

 私の心はどう守ればいいの。

 

「……そうだ」

 

 ふと、胸に答えが落ちて来た。

 

「逃げちゃえばいいんだ」

 

 それは名案だった。




8月7日22時より、書籍&コミック同時発売記念配信をします。
媒体はXのスペースで!
詳細は活動報告を参照してください。

「クソゲー悪役令嬢コミカライズ②巻」
「クソゲー悪役令嬢書籍⑧巻」
7月31日より発売中!!!!


コミックも小説もめちゃくちゃ面白いので、購入応援よろしくお願いします!
詳細は活動報告に!



皆さまの応援が作品の寿命を延ばします!!!
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