【コミカライズ】クソゲー悪役令嬢~ 滅亡ルートしかないクソゲーに転生したけど、絶対生き残ってやる! 作:タカば
「お嬢様、見てください! あれが海ですよ」
馬車を降りたところで、御者のひとりが声をかけてきた。峠のてっぺんから下を見下ろすと、山裾の先に青く輝く海が見えた。
「海だ……!」
リリアーナとしては生まれて初めて、小夜子としても、子供のころ家族で海水浴に行って以来の海だ。懐かしいような、新しいような気持ちでどきどきする。
2年間の領主代行のご褒美として選んだ場所は海だった。
正確にはカトラス領、グラン・カトラス。ハルバード領のさらに南に位置するハーティア最大の貿易港だ。穏やかな海と温暖な気候のおかげで、古くから貴族の観光地として人気を集めている。快適な宿はもちろんのこと、海産物を使った地元グルメに輸入ものの高級ファッション、さらには劇場や夜の街といったレジャー施設も充実。侯爵家令嬢がバカンスを過ごすにはいい場所だと思う。
「水平線の先に陸地が見えない……話には聞いてたけど、まさか本当にこんな景色が存在するなんて」
おつきのジェイドが茫然と海を見つめる。うちに来るまでは、ディッツに連れられて各地を転々としていたって聞いてたけど、海は初めてだったみたいだ。
「生臭いにおいがします……」
横でフィーアが鼻を押さえて顔をしかめる。こっちも海は初めてっぽい。
「それは多分、潮のにおいね」
海岸までまだ距離があるはずなのに、獣人の鼻はもう海独特のにおいを嗅ぎつけてしまったらしい。でも、港町にだって嗅覚が鋭い動物はいるよね? 内陸部のハルバードで生活してたから、感じ方が違うのかな。
「慣れれば平気だと思うが、気分が悪くなるようなら、俺かジェイドに言え。症状を緩和する薬を作ってやるから」
ちゃっかり旅行についてきた魔法の家庭教師ディッツが言う。バカンス中はそんなに魔法の勉強とかするつもりないんだけど。
「カトラスは流通が盛んなぶん、珍しい素材がいっぱいあるんだよなー」
まあ、新薬を開発させるいい機会、と考えればいいのか……。
「峠を降りれば、グラン・カトラスに入る。移動は今日で終わりだな」
地図を片手に、フランが旅程を確認してくれる。本来私のお世話係じゃないのはフランも一緒だけど、こっちはちゃっかり枠じゃない。2年も一緒に働いてくれたお礼に旅行に招待したお客様枠だ。バカンスにかこつけて、未来に起こる悲劇を止める作戦の仲間でもある。
「やった! 今日はゆっくり眠れる!」
貴族のバカンス旅行だから、ちょくちょく宿場町に寄ってたし、テントで寝る時だってふかふかのクッションがあったけど、移動のことを考えずに眠るのはやっぱり落ち着く。
「カトラスの宿はどんなとこかなー、楽しみっ♪」
「宿? 何を言ってるんだ」
フランがいつものように眉間に皺を寄せる。
え? 旅行に来たら泊まるのは宿だよね?
どゆこと?