千番台が弱いはずがない   作:haku sen

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リハビリがてらの一発ネタ。伊熊将監の性格を変えての原作再構成? と言えるのかな。
各用語にそんな説明を入れてないので、原作既読もしくはアニメを視聴するか、各用語を調べることをオススメします。




伊熊将監という男

 ──クソだ。

 

 何もかもクソだ。

 

 親もクソ。

 家族もクソ。

 友人もクソ。

 近所もクソ。

 人間もクソ。

 

 そもそも──世の中がクソだ。

 

 まるで、掃き溜めの中を混ぜ繰り回したような世の中。

 

 そんな世の中に生まれた自分も──クソだ。

 

 殴り殴られ、殺し殺され、文句なんて受け付けてない。文句が出る前に暴力が来る。

 

 親にも殴られ、赤の他人にも殴られ、殴り返せば全員が怯えたように自分を見る。

 

 何だよ。お前らが先にヤってきたんだろうが。

 

 殴られたから殴り返した。それの何が悪い。

 馬鹿にされたから殴った。それの何が悪い。

 弱いクセして口だけは一丁前のヤツを殴った。それの何が悪い。

 

 お前が悪い。お前が悪い。お前が悪い。ふざけるな。

 

 だけど、曲がりなりにも成長して、身体だけは大人になった自分にも、少しだけ分かったことがある。

 

 世の中がクソだから、周りのヤツもクソになったんだ、と。

 

 物事には順序があるように、結果には必ず原因がある。

 

 あれがこうなったから、こうなった。

 こうなるから、ああなった。

 

 世の中がクソになったから、そこにいる人間もクソになった。

 

 なら、世の中がこうなったのは……何が原因だ?

 

 分かりきってる。こうなったのはアイツら(・・・・)のせいだ。

 全部が全部、アイツらのせいだとは言わないが、大半はアイツらのせいだ。

 

 ──ガストレア。

 

 訳の分からないバケモノのせいで、世界は一変した。

 世の中の価値観が百八十度変わった。

 

 クソだ。こんな世の中も、こんな世界も。

 

 ──そんな掃き溜めの中で、もがく自分も。

 

 だが、クソはクソでも──ただ掃き溜めの中に沈むクソには成りたくない。

 

 他のヤツとは違う!

 

 そこらの有象無象どもとは違う!

 

 俺は、俺だ!

 

 馬鹿にするヤツはぶん殴る! 今までそうしてきた!

 

 だから、見下しているアイツら(ガストレア)が気に食わねェ!

 

 自分たちが強いって思っている、その面がムカついてしかたねェ!

 

 ──だから。

 

 唯一、親に感謝できるこの頑丈な肉体と腕っ節で、少しは綺麗にしてやろうじゃないか。

 

 他のクソどもとは違うことを見せつけてやろうじゃないか。

 

 俺が──伊熊(いくま)将監(しょうげん)が見せつけてやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──チッ、歯ごたえがねェ。準備運動にもなんねェぜ」

 

 形容しがたい紫色の液体が漆黒の大剣を伝って地面へと流れ落ちる。

 苛立ちを隠しもしない彼──伊熊将監の周りには大量のガストレアと思われる死骸が散乱していた。

 

 どれもこれも原型を留めておらず、縦に、横に、斜めに、杜撰な切れ口を残して寸断されている。

 中には側面から押し潰されたような死骸も転がっており、中身が至るところに散らかっていた。

 

『──将監さん。一、二、……五体のガストレアがそちらに接近してます』

 

「あ?」

 

 唐突に、耳にはめた小型のインカムから聞こえてきた、あどけなさが残る少女の声。

 将監が首を横に振れば、その少女の言うとおり二百メートル先からこちらに来る異形の生物たち。

 

 その光景に将監は眉を顰める。

 

「オイ、そっちはお前の担当だろう。──夏世(かよ)

 

 低く、咎めるような声で将監がそう言えば、インカム越しから聞こえてくる息を詰まらせたような声。

 そこから、彼女の──千寿(せんじゅ)夏世の怯えた感情がありありと伝わってくる。

 

『す…………すみません。さっきの戦闘で弾丸が切れてしまって。他の武装も……弾切れです』

 

「あァ? 節約しろって言っただろうがッ! つうか、あるだろう。弾を使わない(・・・・・)ヤツが」

 

『っ、で、でも、私は……っ! 私には、むり、ですよ』

 

「ハッ! 何言ってやがる? お前、アイツらと同じ──バケモンだろうが」

 

『────っ、私、は……』

 

 震えを含んだ声が鼓膜を揺らす。

 それに、将監は苛立たしさを含んだ舌打ちをすると、迫り来るガストレアに向き合った。

 

 くだらない。泣くぐらいなら、最初から出てくるな。

 これぐらいで泣くぐらいなら、最初から箱庭の片隅で座ってれば良かったんだ。

 

 あの日、あの箱庭で自分の手を取らなければ良かったんだ。

 

 イラつく。ムカつく。ヘドがでる。

 

 弱いヤツは死ぬ。弱いヤツから死んでいく。

 なのに、そういうヤツに限って出しゃばってくる。

 

 くだらない正義感。

 くだらない使命感。

 

 そんなものクソくらえ。

 

「──おおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 長身でガタイの良い将監の身の丈をも越える漆黒の大剣。

 それは、大きく、分厚く、重く、剣と言うよりかは“鉄塊”だった。

 人では振るうことすらままならない代物を、将監は思うがままに振るう。

 一振りすれば、二体のガストレが切り裂かれ、切り返しのもう一振りでもう二体の胴が切り裂かれる。

 

 そして、高く上へ掲げて振り下ろせば、最後の一体であるガストレアは紙切れのように両断された。

 

「……コレが最後か? だったら引き上げるぞ。依頼完了だ」

 

『っ、はい。そちらに、合流します』

 

 大剣に付着したガストレアの体液を振って落とすと、それを背中に背負うように納める。

 向かうは見上げるほど高い黒い壁。

 

『モノリス』と呼ばれるその黒い壁は、一定間隔で円を描くように設置されており、その内側はガストレアが入ってこられない安全圏になっている。

 

 だが、将監は昔からこれが鬱陶しく思えて仕方なかった。

 

 まるで、鳥かごだ。

 何が悲しくて、こんな狭苦しい鳥かごの中にいないといけないのか。

 

 無論、外の世界が危険なのは知っている。こんな仕事してればよく分かる。

 人類が仕方なく、この鳥かごに入っていることも知っている。

 

 だが、その中で共食いや争いをしているなど、とんだ滑稽だ。

 

 だから、億劫だった。そんな中に戻るのは。

 

「はぁ、はぁ……将監さんっ」

 

 鬱憤とした気持ちをしたまま『モノリス』へと向かっていれば、こちらに近寄ってきた小さい影。

 

 落ち着いた色の長袖のワンピースにスパッツ。ぱっちりとした眼元を赤く腫らして、怯えたようにこちらを見上げる夏世。

 だが、少し異質だった。

 

 あどけない少女の身体は弾薬ポーチや、不釣り合いな現代兵器が巻き付けられている。

 何処かの軍人が迷彩服と共に身につけている武装を、まだ幼い少女が身につけている異質さ。

 

 今では随分と見慣れたものだが、普通に考えれば異常と言える。

 

「チッ、早くしろ。依頼外のガストレアが寄ってきても面倒だ」

 

「わか、りました……」

 

 肩を上下させ、息も絶えている夏世。

 パッと見ただけでも分かるぐらい、疲労困憊だった。

 

 それはそうだろう。

 重火器を背負い、通用しにくい現代兵器で、這いずり回りながらガストレアと一人で戦っていたのだから。

 この世に生を受けて、まだ十年そこらの少女が、だ。

 

 しかも、彼女のウイルス因子はイルカ。『モデル・ドルフィン』と言った、正面切って戦うものではない。

 寧ろ、後方支援に特化した能力だ。

 

 いくら、彼女が『イニシエーター』と呼ばれる存在でも、重装備を纏って立ち回り、死ぬかもしれない緊張感の中で、戦えば疲労困憊になる。

 

 それは、鍛え抜かれた兵士とて変わらない。それと比べれば彼女たちが如何に異常か分かるだろう。

 

 だが、しかし。

 

 ──ガチャリ、と将監の後ろで金属が擦れ合う音がした。

 

「……おい、何やってる」

 

 振り返れば、夏世が地面へとうつ伏せに倒れていた。

 息はしている。寧ろ、空気を吸おうと大きく胸を上下させている。

 

 将監は冷めた目で、夏世を見下ろし、そのまま靴の爪先で軽く小突いた。

 

「こんなところで、寝てんじゃねェよ。アイツらの餌になりてェのか?」

 

 そうすると、夏世は少しだけうめき声を上げながら立ち上がろうと、両手を地面につけて持ち上げるが、震える腕では身体を持ち上げることも出来ない。

 

 もう動けない。でも、動かないといけない。

 頭では分かっていても、身体が付いてこなかった。

 

「……そうか、使えねェな。お前」

 

 そう言うと、将監はそのまま夏世から離れていった。

 

 遠のいて、消えた将監の足音が嫌と言うほど耳に残った。

 それと同時に、高鳴っていく自身の心臓。

 

 それが、まるで死神の足音に聞こえてきた。

 

 捨てられた。見捨てられた。

 

 悔しかった。

 悲しかった。

 恨めしかった。

 

 ──死にたくなかった。

 

 でも、もう身体も動かないし、唯一の望みも断たれてしまった。

 

 何で、自分がこんな目に遭わないといけないんだろうか。

 何で、自分がこんなにも苦しい思いをしなければいけないのだろうか。

 

 親に捨てられ、バケモノと言われて、身に覚えの無い恨み辛みをぶつけられ、挙げ句の果てには見捨てられて。

 

 もう、うんざりだ。

 

 いっそ、楽になれるなら────。

 

「──い、やだっ……! 死にた、く……ない……っ!」

 

 こんな、ところで死にたくない。

 アイツらに喰われて死にたくない。

 

 嫌だ、と死を拒めば拒むほど溢れ出す涙。

 胸の奥底から迫り上がってくる怒りと悲しみ。

 

 このまま終わりたくない。

 

 そんな夏世の願いが通じたのか……はたまた、神の気まぐれか。

 

 夏世は自分の身体が軽くなったのを感じた。

 まるで、空中に浮いているかのような不思議な感覚。

 

 ──いや、違う。これは。

 

「しょ、将監……さん?」

 

 霞む視界の中で映るのは、上下に揺れる景色と随分と下に見える地面。

 そして、何より見慣れた漆黒の大剣の剣先が見えた。

 

「……ハァ、寝てろ。口を開くな」

 

 何なんだ、この人は。訳が分からない。

 

 見捨てたと思ったら、戻ってきて。

 

 こんな状況を作っておいて、やっぱり助けて。

 

 全ての原因はこの人にあるというのに。

 こんな苦しい思いをさせたというのに。

 

 ──何で、こんなに安心するんだろうか。

 

 揺れる身体、伝わってくる体温、何故かそれが心地良い。

 

 恨めしい。憎たらし。ふざけるな。なんて自分勝手なんだ。

 

 でも、それと同時に安心した。助かったと思うと、心底安心した。

 そして、感じる、溢れる、この感情。

 

 ああ、そうか。──そういうことか。

 

 今まで、こうやって触れてくれた人はいなかったんだ。

 

 人の体温を感じることも、持ち上げられることも、ましてや、抱っこされることなど、夏世の記憶の中には無かった。

 

 例え、それがこんな人だとしても、血は通っている。体温を感じられる。

 

 喋って、意思疎通が取れて。

 触れて、体温を感じることが出来て。

 

 なんて勿体ない人生だったんだろう。

 今まで、こんなことも知らずにいたなんて。

 

「チッ……泣くぐらいなら、イニシエーターなんぞ辞めろ。お前、頭良いんだろうが。その頭は飾りかァ?」

 

 だって、仕方ないじゃないか。

 どうしても溢れて出てくる涙を止めるすべなんて、知らない。そんな知識、持っていない。

 

 でも、お陰でこの人のことを少しだけ分かった気がする。

 

 揺れる身体、心地良い体温、途絶えることの無い罵倒。

 それを感じながら、聞きながら、夏世はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 それから、将監と夏世のペアは順調に依頼を完遂していった。

 それに伴い、上がっていく『IP序列』。

 

 国際イニシエーター監督機構が規定、発行している、隊押したガストレアの数や上げた戦果などによって行われるランク付け。

 その位階がそのまま、強さに直結していると言っても過言ではない。

 

 全世界に何万、何十万といる『プロモーター』の中で将監と夏世のペアは【千五百八十四位】という上位の一握りまで上り詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの庁舎。

 その内部にある第一会議室の中では、多くの名のある『民警会社』が集まっていた。

 

 その会議室に来ていた彼、伊熊将監は自身のアイデンティティとも言える大剣を隣に立て掛け、自身もそれと似たように背中を壁へと預ける。

 

 そんな将監に近づいてくる一人の男性。

 三十代半ばのエリート然とした男性は将監の肩に手を置くと、苦笑いに近い笑みを浮かべて言った。

 

「将監、今回は……まあ、気に食わないだろうが、頼むぞ」

 

「……別に、問題ねェっすよ。このぐらい」

 

 素っ気なく返す将監に、男性──三ヶ島(みかじま)影似(かげもち)は、今度こそ隠しきれない苦笑いを浮かべた。

 

 彼は、正真正銘、将監が所属する『三ヶ島ロイヤルガーダー』と呼ばれる民警警備会社の代表取締役。

 つまり、将監にとっては社長と言える立場の人間だった。

 

 そんな立場の人間に将監は姿勢を直すどころか、気怠さを隠しもせずに返事を返したのだ。

 だが、影似も慣れているのだろう。それにはさして気にせず、言うことだけ言って指定された席に着くのだった。

 

 正直いって、将監は退屈だった。無論、仕事としてちゃんとやるつもりはある。

 ただ、護衛というのがいただけない。しかも、それには見栄が嫌というほど含まれている。

 

 影似も本当ならばもっと高ランクで、こういった場に相応しい人材に護衛を頼むつもりでいた。

 しかし、良識ある高ランクの者たちは全員出払っており、仕方なく粗暴が悪いが、高ランクである将監に白羽の矢が立ったのだった。

 

 こんな仕事、自分には合わない。それならば、まだ無心で剣を振っていた方が時間の有意義さを感じられる。

 

 不機嫌極まる、とまでは行かないものの、余り居心地が良くない将監。

 そんな将監の服を引っ張る小さな少女がいた。

 

「……あ?」

 

 将監が下を見れば、ペアであるイニシエーター、千寿夏世が困ったように目尻を下げて見上げている。

 

「将監さん、私……お腹が空きました」

 

 口元を引き絞り、腹部を両手で摩る夏世。

 その表情は割と深刻であり、とても困っています、と言わんばかりに訴えてきていた。

 

「…………知るかよ。てか、さっき喰ったじゃねェか」

 

 将監たちは此処に来る前に、外食している。

 何なら、影似社長がお金を出した割と高級な店で。

 

 味も、量も、こんな世の中にしては、随分と満足のいった良い店で食事をしたばかりだ。

 だと言うのに、この少女は腹が減ったと訴えてきている。

 

「でも……将監さん、どうにかなりませんか?」

 

 ウゼェ。

 

 というか、どうにかなるわけがない。

 頭の良いコイツがそれを分からないはずがないだろうに。

 

「喋るな、黙ってろ。そうすりゃァあ、少しはマシになる」

 

「なるわけないじゃないですか。馬鹿なんですか? あっ、そう言えば、将監さんは頭まで脳筋でしたね」

 

「マジでぶん殴るぞ、テメェ……!」

 

 怒気を滲ませて睨み付ければ、夏世は罰が悪そうに、何処か拗ねたようにそっぽを向いた。

 

 ──ウゼェ。

 

 将監は苛立ちを指先に込めると、それを夏世の額に向かって弾く。

 指先に感じる堅いながらも柔らかい感触とパチンッ、という音が響く。

 

「イタっ! ……暴力反対、です」

 

「だったら、黙ってろ。クソガキ」

 

 所謂、デコピンを食らった夏世は額を抑え、少しだけ瞳を潤ませながら将監を睨んだ。

 だが、これ次は本当に殴られると分かっている夏世は、それだけに留めて口を閉じると、将監の横にピタリに立ち並ぶ。

 それに、将監は軽く舌打ちをしながら、周囲へと視線を向けた。

 

 それから、少しして徐々に他の民警会社たちも集まり始め、雑談もそこそこに、残り二席を残して各会社の社長たちが席に着いた。

 そして、新たな来訪者を伝えるべく会議室の扉が押し開かれ、入ってきたのは制服を着た二人の男女。

 

 まだ、学生。それも本当に青臭いガキと言えるぐらいの二人組。

 

 余りにも場違いな二人組に雑談を止めて、睨み付けるように中にいた全員が二人組に視線を向ける。

 その視線に困惑した表情を見せる二人組。

 

 そんな二人に声を掛けるのは──将監だった。

 

「おい、ここはガキが来るところじゃねェぞ。さっさと帰りな」

 

 言い方はキツく、殺気を含むほどの視線を向けて言ったが、それは将監なりの気遣いだった。

 

 そんな分かりづらい気遣いに、二人組の男子生徒が庇うように女子生徒の前へ立つ。

 

 それが──将監の琴線に触れた。

 

「あァ? ……おい、聞いて無かったのかよ? ガキが来るところじゃねェんだよ。それとも、まさか民警です、とでも言うのか? ええ、オイ?」

 

 立て掛けていた大剣の柄を握り、それを肩に担ぐと、将監は静かに二人へ近づいていく。

 

「っ、ああ、そうだ。それより、アンタ、何者だよ。用があるならまず名乗れよ」

 

 彼──里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)は将監が発する威圧感を受け止めながらそう言った。

 だが、押されている。将監の殺気に軽く竦んでいるのが見て取れる。

 

 そんな蓮太郎の姿に、将監は笑った。

 

「ハッ、ハハハハッ!! 良いねェ、嫌いじゃねェよ。──お前みたいな、イキがった雑魚は……ッ!」

 

 会議室に突然、突風が発生する。

 

 否、その風は将監が振った大剣から発生したものだった。

 

「──ッ!? なっ、くっ!!」

 

 首筋近くで止まった巨大な漆黒の大剣。

 それを認識した蓮太郎は冷や汗を全身から噴き出しつつ、素早く飛び退くと、ベルトに挟んだXD拳銃を構える。

 

 しかし、拳銃を向けられた将監はどこ吹く風。寧ろ、今ここで撃っても、こちらが斬られるイメージしか湧かなかった。

 

 見えなかった。あんな巨大な剣なのに、一切見えなかった。

 確かに、目の前の男はあの大剣を振るえるだろう。それを認識させる体躯が目の前の男にはある。

 

 だが、それをあんな速度で、しかも、肩に担いだ状態からほぼ片手で振って見せるなど。

 

 ハッキリ言って、人間技とは思えない。

 

「将監! 何をやっている!」

 

 行き過ぎた行為に見かねた影似は将監の名を呼んで、席を立ち上がる。

 それに、将監は片手を振って、漆黒の大剣を肩に担ぐと、踵を返した。

 

「ちょっとした挨拶だろ。三ヶ島さん」

 

「あんな挨拶があって堪るかッ。大人しくしていろ!」

 

「へいへい……悪かったな、ガキ」

 

 最後に首だけこちらを向けて蓮太郎に謝罪の言葉を口にした将監。

 しかし、その言葉に謝罪の気持ちは籠もっておらず、寧ろ、何処か殺気めいたものがあった。

 

 まさか、こんな場所で殺され掛けるとは思いもしなかった蓮太郎は、後ろで見守っていた彼女──天童(てんどう)木更(きさら)から声を掛けられるまで、拳銃を降ろすことが出来なかった。

 

「いや、すまない。彼は少し短気でね。それと、こんな堅苦しい場が苦手なんだ」

 

 将監の雇い主である影似は、申し訳なさそうな表情を浮かべて蓮太郎たちに近づく。

 

「……飼い犬のしつけも出来ねぇのかよ、アンタは」

 

 思わず嫌みを言った。

 いや、あんなことをされたんだ、嫌みの一つぐらい出てしまう。

 

「いやいや、本当にすまない。私に不徳の致すところだ」

 

 影似は蓮太郎の嫌みを真摯に受け止め、謝罪をしてみせる。

 だが、それはあくまでも建前上だろう。上手く隠しているが、こちらを見下しているのが見え隠れしていた。

 

 蓮太郎に謝罪の言葉を口にした後、影似は木更へと向き直り、お世辞を交えて挨拶をし始める。

 その時には、もうこちらなど見向きもしてなかった。

 

 それから、挨拶も程々に一席だけ残して各民警会社代表が席に着いた。

 

「あいつら、何者だったんだ?」

 

 不意に、蓮太郎が席に着いた木更に問いかける。

 木更は正面を向いたまま、さきほど交換したらしい名刺を差し出し、口を開いた。

 

「さっき、将監で呼ばれてたから、多分だけど伊熊(いくま)将監(しょうげん)よ。IP序列【千五百八十四位】の」

 

「……っ、あの伊熊将監か?」

 

 名刺を見ながら蓮太郎は驚きを隠せないでいた。

 

「噂、知ってるでしょ? しかもあの会社、彼よりもまだ強いペアも抱えてるわ」

 

 名刺に書かれた『三ヶ島ロイヤルガーダー』という文字。

 大手も大手、民警会社と言われて最上位候補に出てくる超大手だ。

 

 無論、そこに所属するプロモーターも上位ランカーたちを占めている。

 その一角を担っているのが、あの伊熊将監という男。

 

 急速(・・)に頭角を現し、前代未聞の速度で上位ランカーの仲間入りしたジャイアントキリング。

 

「噂に尾ヒレは付き物だけど……あながち間違いじゃないかもね」

 

 思い出すは先ほどの攻防。いや、戦闘行為にすら成立していない圧倒的な実力差。

 その人物を知って、蓮太郎は何処か納得し、そして、また背中に冷たいものが走った。

 

「はぁ、私の事務所はイニシエーターは負けず劣らずなのに……プロモーターはお馬鹿で甲斐性なしで私より段位が低くて、おまけにどうしようもなく弱いのよねぇ」

 

 蓮太郎は聞こえないフリをするが、木更の言うことはもっともだと思った。後、段位は関係ない。

 

 その時、制服姿の禿頭の人間が部屋に入ってきた。

 

 木更を含む社長クラスの人間が一斉に立ち上がり掛けたところで、手を振って着席を促す。遠くて階級章がよく見えないが、おそらく幕僚クラスの自衛官だった。

 

「本日集まってもらったのは他でもない、諸君ら民警に依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

 禿頭がなにか含ませるように一拍置いてアタリを睨め付けた。

 

「ふむ、空席一、か」

 

 見れば、確かに『大瀬フューチャーコーポレーション』という三角プレートの席だけ空席。

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者は速やかに退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることができないことを先に言っておく」

 

 蓮太郎は周りを見渡すが、案の定、誰一人立ち上がる者はいなかった。

 三十人近い人数がいるが、誰一人立ち上がらないのは自信の表れか、それとも、単に退室しづらいだけか。

 

 そんな時、伊熊将監の隣に寄り添うようにして一人の少女が立っていることに気が付いた。

 将監の印象が強烈で失念していたが、彼もプロモーターだ。無論、その相棒たるイニシエーターがいるだろう。

 それが、将監とは正反対な大人しそうな少女とは思いもしなかった。

 

 その時、少女と目が合う。慌てて視線を反らすが、彼女がじっとこちらを見ているのが分かった。

 何を思ったのか、少女は手でお腹を押さえ、こちらを見ながら悲しげな表情を浮かべる。

 

 最初はお腹でも痛いのかと心配になったが、すぐにその微妙な視線が『お腹が空きました』というジェスチャーだと分かった。

 何とも、プロモーターである将監とは相成れなさそうな面白い子だ。

 

「よろしい。では辞退はなしということでよろしいか?」

 

 くだんの禿頭の男が念を押すように全員を見渡して、「説明はこの方に行ってもらう」と言って実を引いた。

 

 突然背後の奥の特大パネルに一人の少女が大写しになる。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

 そこに映ったのは、敗戦後の日本、その東京エリアの統治者──聖天使だった。

 

 

 




もうちょっと、性格を原作寄りにしても良かったかも。今後、もしかしたら少しだけ変えるかもしれません。
大方原作どおりに進みます。結末もそんなに変わることは無い……予定です。
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