千番台が弱いはずがない   作:haku sen

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捉えた背中、食らいつく狼

 

 三十二区。そこに感染源ガストレアがいるという報告を受けて、自分たちが動き出したのはその二時間後だった。

 

 軍用車両を改造し、踏破力のある社用車で現場へと急行すれば、そこは泥濘んだ地面に混ざるどす黒い液体。

 豪雨にも関わらず、血溜まりが出来ている光景は壮絶の一言では済まされない。

 

 切り裂かれた死体。蜂の巣にされた死体。押し潰された死体。

 臓物が漏れ出て、四肢の一部はあらぬ方向に曲がり、ものによっては一部が欠損していた。

 

「っ、将監さん……これは」

 

「チッ、雑魚がイキがるからだ。夏世、ヤツは何処に行った?」

 

 死体の状況から見て、この惨劇は少し前に起きたものだろう。

 今頃、遠くの方まで行っているのか、それとも、まだ近くを彷徨っているのか、とても曖昧な時間の経過。

 

 遠くに行っているようであれば、任務を優先。

 どちらにしろ、ヤツも同じものを狙っているのならば、おのずと鉢合わせる。

 

 まだ、近くにいるのであれば僥倖。

 そのまま、最短ルートで接近し渾身の一撃を食らわせてやるだけだ。

 

 目を閉じ、五感を研ぎ澄ませている夏世。

 三十秒にも満たない静かな時間が流れる。

 

 さて、どちらに転ぶ。

 

 雨足の音。風の音。風に揺れる木の軋む音。木と木が擦れ合う音。激しく打ち合う……これは、氾濫した川? ──銃声。そして、駆ける音。

 

「将監さん、あっちです。それと、凄いスピードで動いている者が一人」

 

「ハッ、イイねェ! 待ってろよ、仮面野郎ォッ!」

 

 将監は獰猛な笑みを浮かべて、夏世が指さした方向へと駆ける。

 大剣を肩に担ぎ、低い姿勢で森の中を疾駆していく姿は、正に飢えた狼。

 

 獲物を求めて、荒々しく地面を駆けながら、一心不乱に前へと進む。

 涎をまき散らし、唸り声を上げ、己の牙を突き立てようと歯茎を見せる。

 

 故に、彼女──藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)が将監を見たとき、得体の知れない恐怖を感じた。

 

 だが、その恐怖を押し込めると走る将監の前へ延珠は躍り出た。

 

「あ? なんでこんな所にガキが──いや、お前……『イニシエーター』か」

 

 一瞬、こんな僻地に何故、と思いもしたが、考えて見れば直ぐに分かること。

 あの惨状の生き残りか。それとも、単にプロモーターとはぐれたか。

 

 ──いや、コイツが夏世の言っていた『凄いスピードで動いている者』だろう。

 

「頼む! 蓮太郎(れんたろう)がっ! 蓮太郎が……っ!!」

 

 今にも泣きそうな表情で自身の相棒、大切な存在の名前を呼ぶ延珠。

 実際、泣いていたのかも知れない。雨で濡れて分からなかっただけで、泣いているのかもしれない。

 

 だが、将監にとって蓮太郎という存在は──どうでもよかった。

 

「おい、あの仮面野郎を見たか? 野郎は何処にいやがる」

 

「ッ、こっち!」

 

 延珠にとっては藁にも縋りたい状況だ。

 例え、この男が蓮太郎を助ける行動を取らなくとも、蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)を抑えてくれるならば、その隙に蓮太郎を助けられる。

 

 どちらにせよ、障害となりうる影胤をどうにかしなければいけないのは同じことだろう。

 

 だが、しかし。延珠は当てが外れた。

 

「将監さん! 左です! 奴らケースを!」

 

 延珠が向かう先、つまり先ほどまで戦っていた場所とは外れた方向を夏世は指し示した。

 どちらを取るかなど、分かりきったこと。

 

 先を行く延珠から視線を外し、将監は身体を左へとそのまま向ける。

 

「なっ、ま、待って!」

 

 咄嗟に反転、飛び上がり、将監たちの前へと立ち塞がる延珠。

 

「……おい、邪魔してんじゃねェよ」

 

「蓮太郎があっちにいる! 助けないと!」

 

 両手を広げて、声を張り上げる延珠に将監の機嫌は急降下していく。

 折角、求めていた獲物が目の前にいるというのに、それを邪魔されているのだ。嫌でも気分は下がるというもの。

 

「んなこと知るかよ。どういった状況かは知らねェが、アイツらはもう逃げてんだよ。つまり、蓮太郎とかいうヤツは──」

 

「──死んでないっ! 蓮太郎が妾を置いて死んだりしないっ!!」

 

 駄々を捏ねる子供だ。それも手をつけられない面倒くさいタイプの子供と来た。

 瞳を赤くさせ、感情を昂ぶらせている。

 

 押し通ってもいい。きっと、押し通れる。

 だが、その行為は遅延に繋がるだろう。

 コイツが強かろうが、弱かろうが、どちらにせよ、奴らを逃がす原因となる。

 

 そもそも、こうしていることが無駄だ。どうでもいいことに時間を食わされている。

 

 それが、腹立たしい。

 

 俺の邪魔をするな。

 

 俺の前に立つな。

 

 俺に命令するな。

 

「どけ、クソガキ」

 

「嫌だっ!!」

 

「……ああ、そうかい。なら、死──」

 

 ──大剣の柄を握り手に力を込めた、その瞬間。

 

 服を引っ張られる感覚があった。

 

「……おい、お前も邪魔すんのか、あァ?」

 

 いつも通り、将監の服の裾を引っ張ったのは相棒の夏世。

 彼女も瞳を赤く光らせ、延珠の方を指差した。

 

「ここから二百メートル先に目標がいます。今ならまだ追いつけるはずです。だから、行ってください将監さん」

 

「はァ? お前なに言って…………そいうことか。ハッキリ言えよ」

 

 夏世の言った意図を理解した将監は、腰のポーチから無線機を取り出して、そのまま夏世へ放り投げる。

 そして、延珠へと視線を向けると苛立ちを隠さず言った。

 

「おい、クソガキ。案内しろ。夏世(コイツ)がそっちに行く」

 

「応急手当ぐらいなら出来ます。道具もまだあります。急いで行けば、その……アナタのプロモーターも間に合うかもしれません」

 

 最後ぐらい、しっかりと言い切れよ。と、将監は思ったが口にはしない。

 夏世が口を濁したのは将監が言ったように、生存している可能性が絶望的であるからだ。

 

 来る途中で見た、あの凄惨な死体の数々。アレを見て、生きているなど到底思えない。

 

「……え? あ、で、でもっ、それじゃあ!」

 

「ウゼェ、ウルセェ、さっさとどけ。邪魔なんだよ、お前ら(・・・)

 

 恐らく、延珠は相棒たる『イニシエーター』と別行動という選択は危険だと判断したのだろう。

 延珠は将監がどれほどの実力があるのか知らない。だが、それでも二対一という人数不利。

 それに、加えて一人は『イニシエーター』であり、影胤本人も機械化兵士という化物だ。

 

 まず、間違いなく勝ち目は無い。例え、夏世が一緒にいても影胤、小比奈(こひな)ペアの勝率は揺るがないだろう。

 

 それは、将監も理解している。あの斥力フィールドをどうにかするすべなど思いついていなし、そのイニシエーターにも勝てるかは分からない。

 

 だが、そんなこと──どうでもいい(・・・・・・)

 

 勝率だとか、勝ち目が無いだとか、そんなことじゃない。

 

 ムカつくか、ムカつかないか。

 

 そんな単純な、感情の話しだ。

 

 取り敢えず、そのふざけた仮面をぶっ壊す。ただ、それだけ。

 

「時間がありません。早く案内してください」

 

「っ、分かった! 蓮太郎を助けたら、直ぐ援護に行くからなっ!」

 

「いえ、それは私の役目です。勝手に盗らないでください」

 

「お、おうっ……ご、ごめんなさい」

 

「では、また後で合流しましょう。将監さん」

 

 それに将監は返事をしない。

 それどころか、延珠がどいた瞬間に、直ぐにでも夏世が教えた方向へ駆けていった。

 

 猪突猛進。そんな言葉が思い浮かぶ。

 ただ、猪突猛進でも猪では無く──飢えた狼だ。

 

 

 そして、その飢えた狼が捉えていた。

 その嗅覚で、確実に蛭子影胤がいる場所を。

 

 木を避け、地面を駆け、道なき道を切り開いて──

 

「──よう、仮面野郎。でもって死ね」

 

「ッ! パパ!」

 

 完全な奇襲。影胤の側面から突如として飛び出てきた飢えた狼。

 否、漆黒の大剣を携えた狂戦士(バーサーカー)

 

 だが、その奇襲も人外染みた反応速度で対応した彼の娘、小比奈の二刀の小太刀によって防がれる。

 

 交差された二刀の小太刀。それにぶつかるのは鉄塊と言っても過言では無い漆黒の大剣。

 

 小比奈のような小さな少女が、その細腕でこの大剣を受け止めようとしている。

 それも、ただの鉄塊では無い。

 伊熊将監という人並み外れた膂力の持ち主が、身体全体の筋肉と捻りを加えた必殺の一撃。

 

 それを、そんな少女が受け止められるはずが無い。

 

 だが、現実は違う。

 

 赤く光る小比奈の瞳。

 それが見えた瞬間、押し込んだ感触があった大剣が明後日の方へと弾かれる。

 

「チィッ!」

 

 ありえない、とは思わない。

 心底気に食わないし、腸が煮えくりかえるほどではあるが、ありえない、とは思わなかった。

 

 弾かれた勢いを利用して、将監は一度大きく距離を取る。

 大剣を構え、向き合えば今にも飛びかかってきそうな少女と、シルクハットの唾を抑えた怪人がこちらを見ていた。

 

「お前ッ! あのウザいやつ!」

 

「……君か。庁舎の時は相手してられなくて悪かったね。幾分、時間が無かったんだ」

 

「これは、ご丁寧にどォうも。ンじゃあ、その借りで死んでくれ」

 

 踏み込む。一歩、踏み込み、もう一歩踏み込むと同時に振り下ろす大剣。

 その一連の動作に二秒も掛かっていない。

 

「悪いが今回も余り時間が無いんだ。それこそ、君のような狂犬と戯れるほどの時間は無い──小比奈、好きにするといい」

 

 ガキンッ! と金属同時が打ち合う音が周辺に響き渡る。

 

「どけ、クソガキ! テメェんじゃねェンだよッ!!」

 

「弱いくせに! お前こそッ!!」

 

 逆巻く風を纏いながら振るわれる大剣を、小比奈はするりと避けて、将監の懐へと入り込む。

 小太刀をそのガラ空きになった腹部に突き立てようとしたが、その腹部か離れていく。

 

 それと同時に、視界の端に映るは大剣の残像。咄嗟に膝を曲げて頭を下げれば、上を掠めていく鉄の塊。

 それには、流石の小比奈も背筋に冷たいものが流れた。

 

 懐に入ったのに。剣の内側に入ったのに。

 

 小比奈も父親である影胤との戦闘訓練時に、何度も間合いの内側に入られて、抵抗虚しく何度も殴打されている。

 だからこそ、経験があるからこそ、理解して実践してみせて来た。

 

 大体、殆どがこれで終わったのに。

 

「ちょこまか逃げてんじゃねェよ」

 

「ッ……うっざ」

 

 将監がやったことは何てことは無い。ただ、重心を大きく後ろに下げただけだ。

 重心を下げる、というよりかはほぼ後ろに倒れ込む、と言った方が良いだろう。

 身体全体を後ろに倒し、斜めの状態で大剣を振り切っただけ。

 

 言うは簡単だが、実際は将監の強靱な肉体と体幹が成す、人の可動域の限界。

 並の人間がやることは先ず不可能だ。

 

 それには、見守っていた影胤も思わず余裕の姿勢を解いて、目を細める。

 

「もうウザい。本当にウザい。もう殺す。絶対に殺す……っ!」

 

「やれるもんなら、やってみろよ! 何度も言わせんな、クソガキ……!」

 

 動いたのはほぼ同時。

 周りにある木ごと切り裂かんと言わんばかりに振られる漆黒の大剣と、それを迎え打たんとする小さな鬼人。

 

 彼女を含む『呪われた子供たち』は、ウイルス因子にも左右されるが、総じて高い運動能力を有する。

 成人男性すらも優に越える筋力に、瞬発力。他の身体能力を軽く越すとされている。

 

 それは、各ウイルス因子によってはガストレアなど容易に殲滅して見せるほどの力。

 

 彼女、小比奈のウイルス因子は『モデル・マンティス』。カマキリの因子を持つ彼女は近接戦において無類の力を発揮する。

 

 つまり、人間の域を出ない将監には勝ち目が無い。

 

 ──だが、しかし。

 

 小比奈もまた、見た目は人間と差して変わらない。

 そこらの十代にも満たない少女と変わらないのだ。

 

 いくら力が強かろうと、いくら俊敏に動けようと、その身体は少女そのもの。

 

 つまり、その体重は軽い(・・)

 

「なっ! えっ──」

 

 小比奈は突如として現れた巨大な壁に目を見開いた。

 

 無論、巨大な壁が突然現れる訳がない。

 それは、壁では無く。

 

 手元で瞬時に持ち替えて、刃を上に立てた大剣の側面だった。

 

「おおおおぉぉぉぉ──ラァァッ!!」

 

 斬る、という動作では無く。寧ろ、野球のバットを振るという行為そのもの。

 正に、フルスイングで振られた大剣は小比奈というボールを芯で捉えた。

 

 線から面へと変わった攻撃に対応仕切れなかった小比奈はガード虚しく、空気抵抗など無いように飛んだ。

 

「──ぁっ!?」

 

 強打する背中。

 ぶつかった木は大きく揺れ動き、大量の葉っぱをまき散らしながら、小比奈と共に地面へと落下する。

 

 別に死んではいない。死ぬような一撃では無かったし、そもそも、この程度で死ぬようなら小比奈はこの場に存在してなかっただろう。

 ただ、当たり所が悪く、そのまま意識を暗転させた。

 

「いや、まさか……ここまでとは。油断していたとはいえ、小比奈が負けるとはね」

 

「ハッ! 殺し合いに油断するヤツが馬鹿だろ。それじゃあ、殺してください、って言ってるのと同じだぜ」

 

「これは耳が痛い。最近、生温い相手ばかりだったからか……」

 

 気を失った小比奈の傍で膝を折って、その頬を優しく触れる影胤。

 そして、そのまま小比奈を抱っこすると、少し離れた場所にそっと寝かせた。

 

「気遣わせてしまって悪いね」

 

 その間、将監は何もしなかった。強いていうならば、大剣を地面に突き立てて、影胤の様子をニヒルな笑みで見ていたぐらいだろう。

 

「だから、最初から言ってるだろうが。俺の目的は──お前だ、仮面野郎……ッ!」

 

 大剣を肩に担ぎ、低く構える。

 殺気と滲ませ、今すぐにも喉元に噛み付こうと虎視眈々と狙うその姿。

 

 影胤もその殺気を受けて、心底面白いと言わんばかりに高笑いをした。

 

「──ヒハ、ヒハハハハハ!! 今の民警はつまらないと思っていたが、中々どうして……ッ! 名乗りたまえ、狂犬くん!」

 

「──伊熊(いくま)将監(しょうげん)。冥土の土産にしては勿体ねェ名前だぜッ!!」

 

「いいや、刻ませてもらうとしようッ! ──この心躍る闘争の一幕にッ!!」

 

 

 

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