「──蓮太郎―っ! 蓮太郎―っ!!」
しかし、そこに蓮太郎と呼ばれた彼女のプロモーターはいない。
あるのは、感染源ガストレアと思わしき死骸と地面に散らばった薬莢。
そして、殆ど薄れ流れてしまった血。
生きているのか、死んでいるのか、これでは判断出来ない。
正直に言えば、夏世は死んでいると思っていた。
延珠には悪いが、仕方なく付き合っただけ。
こうして付き合ってやり、死体を目の辺りにすれば十分だろう、と思っていた。
だが、死体が無い以上、確証が持てない。
これで、延珠に死んでいると言っても信じはしないだろう。
何でもいい。死んでいるか、生きているか、確証を持てるものがあれば……。
「蓮太郎―っ! ……っ! 蓮太郎――っ!!」
必死に呼びかける延珠。
表情は悲痛なものへ変わっているのにも関わらず、尚も想い、名を叫んでいる。
その姿に感化されたのか、夏世の脳裏に
果たして、自分は同じ状況に陥った場合、こんな風に必死こいて叫ぶだろうか。
想像出来ない。全くイメージが湧かない。
同じように叫ぶのか、それとも上手く冷静に対処するのだろうか。
分からなかった。自分の中で将監という存在がどれほどのものなのか、未だ愕然としている。
だから、あんな感情的にはならない。きっと、なれない。
「……周りを散策して見ましょう。移動しているのかもしれません」
夏世の提案にゆっくりと頷く延珠。
状況から判断して、どの方角へ行ったのか辺りを着けて指し示す。
焦らず、ゆっくり、と夏世は延珠に言い聞かせながらも、どうしようもない焦燥感が身を包んでいた。
「──チィッ! メンドくせェ!」
思わずそんな言葉がこぼれ落ちる。
当たる、と思ったら不可視のバリアに阻まれるのだ。煩わしくて仕方ない。
「フフッ、もう限界かい?」
楽しく、愉快で堪らないのか、随分と弾んだ声色で
それと同時に手に持ったカスタムベレッタの銃口を向けて、躊躇いも無く引き金を引く。
銃口を向けられたと思った瞬間には、将監は手にした大剣を盾のように展開していた。
大剣に着弾する弾丸。その陰で将監は目を懲らし、影胤の銃が弾切れを起こした瞬間を狙う。
カチッ、カチッ、引き金を引く音が聞こえるが、大剣に衝撃は無い。
つまり、弾切れ。
「──シッ!」
「ヒハハッ! 恐ろしいね、キミは!」
影胤の目と鼻の先には、青白い燐光と共に止まる大剣があった。
将監は、弾切れだと分かった瞬間に鉄塊とも言える漆黒の大剣を影胤に向けて振っていたのだ。
後、少し発動するのが遅れていたら、危なかったかも知れない。
「──イマジナリー・ギミック。無駄だ」
影胤が殆どの内蔵を捧げて手にした最強の盾。
斥力フィールドのそれは、最新の戦車の大砲ですら貫通することは敵わないだろう。
無論、将監が振るう大剣に戦車並みの力は無い。
時と場合によっては、戦車と同等の有効打を与えることが出来るだろうが、それはガストレアに対しての話だ。
相手はその対ガストレアに特化した盾。当然、人の範疇を脱しない将監では突破することなど不可能。
にも、関わらず大剣を打ち込むのは、何故か。
単純だ。見れば分かる通り、将監にはそれしか無い。
自分よりも大きく、重い大剣を振るという行為しか、将監には出来ない。
ただ、それで多くのガストレアを殲滅してきたのも、また──事実。
「ンじゃあ、これならどうだ?」
身体を大きく捻り、半回転しながら斜め上から振り下ろされる漆黒の大剣。
恐ろしく速く、見ているだけで背筋が凍るような光景。
だが、それが影胤には快感のように駆け巡る。
「だから、無駄だよ。いくら力を込めようと──ッ!?」
弾かれる。大剣が簡単に弾かれて──気が付けば、また弾かれている。
右前で青白く光ったと思えば、今度は下斜めが青白く光った。
「オオオオォォォォォ!!」
弾かれる。ならば、それを利用して振るえばいい。
敢えて、大剣に振り回されるように振るう。
硬く、何度も弾かれるバリアに振り子のように打ち込んでいく。
影胤からすれば、目の前でガトリングでも撃たれているかのような衝撃だった。
弾かれた衝撃を利用して、次の攻撃に繋げる。確かに理にかなった攻撃だ。
だが、それを繋げて、繋げて、このような連撃に転ずるなど……ハッキリ言って人間技じゃない。
漆黒の大剣による台風を受けながら影胤は見た。
その隙間で見えた、狂気にも似た将監の瞳。
否、正しく自身と同じ狂気を垣間見る。
コイツはイカれている。自分と同じくイイ意味で狂っている。
──面白い、面白くて仕方ない。
このような人間がいるのならば、きっと自分の想う世界は彩りを持ち、美しい世界になるに違いない。
だから、思う。
惜しい、と。この男は惜しい、と思う。
今、ここで殺してしまうのは勿体ない。
「──『マキシマム・ペイン』!」
「ッ!? ぐ、あァっ!」
突如、切り込んでいた壁が、斥力フィールドが膨らんだ。
保っていた間合いが無くなり、大剣を振るう以前に腕が斥力フィールドに当たる。
それは、連撃が止まることを意味していた。
無論それだけでなく、斥力フィールドは更に膨らみ、将監へと殺到。
突然、目の前に迫る壁が出てきたかのような錯覚を覚えながら、不可視な壁に圧され、吹き飛ばされる。
近くの木に身体をぶつけ、その衝撃で肺から抜けていく酸素。
それによって、一瞬だけ意識が飛んだ。
「ァ……ッ! クソ、がァッ!」
手が震える。腕が上がらない。それは、ダメージから来るものでは無かった。
確かに、先ほどの連撃は人間技では無いかも知れない。
だが、将監は紛れもない人間だ。
機械でも無いし、ガストレアの力を持っているわけでも無い。
何処まで行っても、その上限は人間の範疇にある。
だからこそ、限界だった。もう大剣を振るうほどの力は残っていない。
それでもなお、将監は大剣の柄を握り絞め、足に力を込めて立ち上がろうとする。
「ハァ、ハァ……っ! まだ、だ! まだ、終わってねェぞ……っ!」
気に入らない。気に食わない。
ムカついて。イラついて。
心底、腹が立つ。
フェイススカーフが外れ、地面へと落ちた。
怒りで噛み締めた口元から血が垂れる。
怒りで瞳孔が開き、獣のような瞳が影胤を捉える。
正しく、その姿は飢えた狼だ。いや、狼なんてもんじゃない。
──
影胤が人類の叡智を元に手にした力ならば。
将監は人類が始めから持つ野生と本能に近い力。
人の叡智によって生まれた力と、人が本来持つ力。
何とも面白い巡り合わせだろうか。
「いいや、終わりだ。時間が無いと言っただろう? それに──手負いの獣ほど、恐いものは無い。何、案ずることはないさ。直ぐに会える」
影胤は小比奈を抱き上げ、傍においたスーツケースを手に持つと悠然と森の中へ歩く。
「また、会おう。今度は“新世界”で存分にやり合うじゃないか」
それだけ言うと、今度こそ森の中へ消えていった影胤。
危機は去った。命の危険は今のところ脱した。
もし、仮にこのまま戦っていたらきっと負けていただろう。
故に、助かった、と言える。
しかし、将監は──それが、我慢ならなかった。
奥歯を噛み締め、胸元から迫り上がってくる形容し難い何かが気持ち悪い。
勝てるとは思っていなかった。
だが、負けるとも思っていない。
勝つことは相手が死ぬこと。
負けることは自分が死ぬこと。
相手が生きていて、自分も生きている。
ふざけるな。何だ、この屈辱感は。
手が震える。腕が痙攣する。
それは、疲労からくるものでは無い。
怒り。燃えたぎるような怒りから来る震えであった。
『──さん、──監さん。──将監さん! 応答して下さい、将監!』
腰のポーチに着けた
どうやら、随分と前から呼びかけていたようだ。
将監は緩慢な動きで腰のポーチから無線機を取ると、スイッチを押した。
「……何だ」
『っ、将監さん!? 良かった、無事だったんですね』
無事。無事か。
それが、今は一番ムカついて仕方が無い。
『あの、その、目標は……』
「チッ、逃げられた。分からねェのか、あァ?」
死んでいるならそもそも応答が無いだろうし、応答があるのならば、今のように逃げられた場合のみ。
これが、まだ格下ともなれば目標を取り返した、という選択肢が出てくるだろうが、残念なことに相手は格上。
死んで応答が無いか、逃げられて応答があったかの二択しか無い。
それが、分からないわけではないだろう。だからこそ、夏世は少し言葉を濁していた。
故に、それは将監のただの八つ当たり。
『いえ……すみません。あの、将監さん。戦闘後に申し訳ないんですが、こちらに合流出来ませんか? 動けないのなら、良いんですが……』
正直いえば動けない。大剣を担いで動けるほど回復しきっていない。
それでも、将監は自身のプライドが動けない、などと宣うことだけは許せなかった。
「余計な気を回してんじゃねェ。さっさと案内しろ」
『は、はい! そこから西の方角に──』
鉛のように重くなった身体を持ち上げ、加えて何時にも増して重たく感じる大剣を引きずりながら、将監は夏世の指示する方へ足を動かすのだった。
「……よう、
穏やかにそう絞り出せば、木更はぎゅっと目をつむって唇を噛み、睫毛を震わせる。
やがて瞳を潤ませながら懸命に微笑むと「お帰りなさい、里見くん」と言って、眼元を拭った。
「ここ、天国かよ?」
「まだ地獄よ、お馬鹿」
サイドテーブルを見れば、綺麗に向かれたリンゴが見える。
「食べる?」
「いや、なんにも食べてないはずなのに、あんまお腹空いてねぇよ」
億劫がる身体に命令して首を窓の外に向けると、すんだ夜空に鋭角な月が覗いていた。
「俺は、どのくらい寝てた?」
「丸一日と三時間くらい。大手術だったわ。医者もさじを投げかけたそうよ」
それ程の重傷。寧ろ、体感したからこそ分かる。
本当によくそれで生き返られたものだ。奇跡としか言いようが無い。
無理矢理上半身を起こし、蓮太郎は右手右足があることを確認すると、そっと左眼に触れる。
「本当は、絶対安静なのよ」
「木更さん、どうして俺の流されていた場所がわかったんだよ?」
「これよ」
バックから取り出されるのは、蓮太郎が持っていた拳銃。
スライドにロックが掛かっており、いわゆる弾を撃ち尽くした状態だった。
「これが、河の傍に落ちていてね。もしかしたらと思って下流を捜したら、大当たりだったらしいわ」
なるほど、合点がいった。もう助からないと思っていたが、存外自分は運が良いらしい。
それとは別に、新たに浮かぶ疑問。
「
「違うわ。見つけて引き揚げてくれたのは、伊熊将監よ」
「……は?」
予想だにもしない名前に思考が止まる。
伊熊将監……あの伊熊将監が自分を助けだと?
思い出すは庁舎での出来事。
目にも見えない速さで振るわれた巨大な大剣が、自身の首筋近くで止まったあの光景。
思い出すだけで冷や汗が滲み出てきて、首筋がピリピリと怖気だった。
「まあ、厳密に言えば見つけたのはそのペアの夏世ちゃんで、河から引き揚げたのが伊熊将監ってこと。──ねぇー、夏世ちゃん」
「──っ! えっ、はぁっ!!?」
木更が見た先、蓮太郎の左側にちょこんと座った少女の姿に蓮太郎の心臓は止まりかけた。
見覚えがある。落ち着いた色の長袖のワンピースにスパッツ。
あの時、『お腹空きました』というジェスチャーをしたあの少女だ。
「……今さら、気が付いたんですか? まあ、思春期の男子学生が歳も近い美人に対してデレデレするのは分かりますが、注意力が散漫過ぎますね。後、普通に気持ち悪かったです」
「なっ、おまっ、いや、そもそもなんでお前が──」
「──そうだそうだ! 夏世の言う通りだ! 木更なんかにデレデレしよって。木更なんてただのおっぱいじゃないか!」
声がしたと思ったら、蓮太郎の寝ていた布団が弾け、中から延珠が現れる。
それに、誰よりもぎょっとしたのは蓮太郎だった。
夏世といい、延珠といい、どうして折角動き出した心臓を止めにかかって来るのだろうか。
「お前、何処で寝てんだッ」
「妾がどこで寝ようが勝手だろう」
「里見さん……そういう人だったんですね。助けて損しました」
「いや、待て待て! 違う! 俺はそんなんじゃない! 断じて俺は──そんな眼で俺を見るな!?」
病み上がりだと言うのに、随分と騒ぎ始める病室。
それを見えていた木更は、クスリ、と笑みを零して笑った。
「フフッ、ごめんなさい。何だが可笑しくって……夏世ちゃん、改めてありがとう。天童木更はこの恩を一生忘れません」
「うむ、妾からも礼を言うぞ、夏世!」
「なんで、お前は偉そうなんだよ……あー、その、世話になったみたいだな。将監にも伝えといてくれ」
「────…………どう、致しまして。その言葉だけで、私は十分です」
長い、長い沈黙の後。
夏世は、その後ゆっくりと瞼を下ろして、噛み締めるようにそう言った。
そして、そのまま立ち上がると蓮太郎を真っ直ぐ見つめる。
「ん……な、何だよ」
「里見さん、将監さんから伝言です。元々、私はこのために此処にいましたから────」
午前九時。
感想、評価ありがとうございます。