千番台が弱いはずがない   作:haku sen

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*真に勝手ながらタイトル変えました。


幕開け

 

 午後三時三十分。未踏調査領域にて。

 

 

 ヤツはそこにいた。

 

 血や臓物、切り離された頭部や手足が転がされた桟橋の一角にヤツはいた。

 

 噎せ返るほど血臭がフェイススカーフ越しでも分かる。

 

「──やあ、随分と遅かったじゃないか」

 

 ヤツは──蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)はその死体で彩られた桟橋を優雅に、それこそ服装も相まって披露宴にでも来たかのように死体の上を歩く。

 

「舞台としては中々イイんじゃないかと思うんだが……どうだい? 悪くないだろ?」

 

 死体を踏みつけ、血を跳ね飛ばし、臓物を巻き上げて、くるりとターンをする。

 ワインレッドの燕尾服が更に色濃く赤々としたものへと変わった。

 

「狂ってる……っ」

 

 口元を抑え、瞳を震わせながら彼女──千寿(せんじゅ)夏世(かよ)は思わずそう呟いた。

 

「狂っている? ああ、狂っているとも。イカれているとも。だが、それは私だけじゃないさ。だって、そうだろう? 人も、国も──この世界そのものが狂っているのさ」

 

 両手を広げ、空を仰ぎ見る姿は正しく演劇のワンシーンそのもの。

 だが、それは演劇だとしても歓声や拍手は鳴り響かない。

 

 狂人にスタンディングオベーションは起こらない。

 

「キミはどう思う? この国を。この世界を……。キミは一体何を思ってここに来た?」

 

 狂気の彩られた影胤の瞳は真っ直ぐと目の前に佇む男に向けられていた。

 

 今頃、東京エリア第一区の作戦本部は阿鼻叫喚だろう。

 頼りにしていた民警が悉く一瞬にして全滅したのだ。

 時間を多く見積もっても、影胤をタイムリミットまでに止められるのは近くにいる二組だけ。

 

 里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)のペア。

 

 そして、影胤と対峙しているこのペアのみ。

 

 希望はこの二組に託された。

 その中でも多くの希望、期待、命運を向けられているのは影胤と対峙しているこのペアだろう。

 

 序列【千五百八十四位】の高ランカー。

 だが、相手はかつて【百三十四位】という更に向こう側に立った最高位のペアだ。

 

 正直にいえば、勝てる見込みは無い。そもそも土台が違う。

 経験も、性能も、戦術も、技術も、能力も……戦闘における分野で何もかも相手が勝っている。

 

 それに加えて『新人類創造計画』によって生まれた対ガストレア兵器の機械化兵士。

 相手は、もう人間を辞めている化物だ。

 

 それでも、期待や希望、東京エリアの命運を託すしか無い。

 

 何故ならば、負ければ後がないからだ。

 

 負ければステージⅤのガストレアが現れ、東京エリアはガストレアの大群に襲われるだろう。

 

 “大絶滅”だ。地獄と称される事態が起こる。

 

 だからこそ、止めなければならない。

 だからこそ、負けてはいけない。

 

 多くの人を救うため。

 平和を守るため。

 皆が安心して暮らせる東京エリアを守るため。

 

 絶対に蛭子影胤の計画を止める必要がある。

 

 人々の、東京エリアの命運はこのペアに託され──

 

「どうでもいい」

 

 ガストレアの血や肉片が付着した漆黒の大剣を地面に突き立て、彼はそう言った。

 

「どうでもいいンだよ、そんなこと。国がどうだとか、世界がどうだとか、それこそ東京エリアがどうだとか──俺に関係あるかよ」

 

 そう、どうでもいい。どうでもいいのだ。

 

 彼にとって“大絶滅”が起きても起きなくても、別にどうだってことはない。

 

 恐らく死ぬことになるだろう、とは分かってはいるが、こんな仕事していれば幾らでもそういう機会は巡ってくる。

 

 死を意識したことは数え切れない。

 死を感じたことは幾らでもある。

 

 今さら、“大絶滅”が起きようと彼にとっては死ぬのが早まっただけだ。

 

 彼──伊熊(いくま)将監(しょうげん)の根底にあるのはただ一つ。

 

「大絶滅がどうした。ステージⅤがどうした。触媒がどうした。そんなもん──どうだっていいンだよッ!」

 

 身の丈よりある漆黒の大剣を持ち上げ、構える。

 

 その余裕がある態度が気に入らない。

 芝居掛かった仕草が気に食わない。

 

 ──見下しているその面が心底ムカついてしかたない。

 

「黙ってぶった切られろや、仮面野郎ォッ!」

 

「──フヒ、フハハハハハッ! 素晴らしい! そうでなくてはッ! さあ、舞台へと上がってきたまえ! ショータイムと行こうじゃないか!」

 

 影胤が高笑いと共に二挺の銃をホルスターから抜き、収納されていた銃剣を展開。

 隣で成り行きを見ていた影胤のイニシエーターである小比奈(こひな)も小太刀を構えた。

 

 対して将監は身の丈ほどある大剣を横に構え、刺突の体勢を取った。

 それに合わせ、夏世は背嚢を下ろすと、その中身を地面にばらまきながらハンドガン、そしてショットガンを手に構える。

 

 両者ともに準備は出来た。後は開戦の合図をするだけ。

 

 無論、そんな合図をする者はいない。

 だが、両者は分かっていた。対峙しているからこそ分かる。

 

 風の音、波の音、そして、静寂。

 

 ──銃声。発砲。マズルフラッシュ。地面を蹴る音。鳴り響く不協和音。

 

 まるで、事前に決めていたかのように、両者のペアは同時に動いた。

 

 将監と小比奈が地面を蹴ったと同時に、影胤と夏世は引き金を引いていた。

 狙いは向かってくる存在に対して。

 夏世は小比奈に、影胤は将監に。

 

 だが、それでどうこうなる存在ではない。

 

 小比奈は持ち前の動体視力で難なく避け、小太刀で弾き、足を止めることはない。

 将監は大剣を地面に突き立て、高飛びの要領で回避して見せた。

 

 そして、そのままの勢いで大剣を回転させながら大剣を影胤へと叩きつける。

 

「──オッ、ラァァッ!!」

 

「イマジナリー・ギミックッ!」

 

 阻むは青白いフィールド。人が本来持ち得ない、ガストレアすら止める不可視のバリア。

 勢いよく振り下ろした大剣とバリアがぶつかり、青白い燐光が接触面を火花のように光った。

 

 無論、それで終わるわけではない。

 

 弾かれたのならば、それを利用して動く。前回と原理は一緒だ。

 大剣が弾かれたのを見て、それに合わせた動きをした将監を見て、影胤は少し落胆した。

 

 二の舞だ、と。

 

 馬鹿の一つ覚えのように、また同じことをするならば、同じ結果になるだけだ。

 確かに恐ろしい連撃だ。バリアが無ければ一瞬にして細切れになっていただろう。

 

 だが、所詮は鉄の塊。

 

 ステージⅣのガストレアの攻撃にすら耐えられるように設計されているこのバリアが、ガストレアに対して有効な金属で作られた鉄の塊に負けるわけがない。

 

 メインデッシュの前に、と思っていたが、これではオートブルにはなり得ない。

 

 先ほどの昂揚感が薄れていくのを感じながら、影胤は銃を構え、そして──驚愕する。

 

 いない。将監がいない。

 

 目の前で大剣を振るっているであろう、将監がいないのだ。

 

 視界に映るのは自身の娘である小比奈と、将監のパートナーである夏世が争っている姿。

 

 疑問、困惑、そして、左の首筋にピリピリとした感覚が走った。

 

 それが、殺気だと理解した時には影胤は思わず銃剣を交差させる。

 

 ──青白い燐光。薄い不可視のバリアを挟んで目の前にある漆黒の大剣。

 

「ハッ! どうしたよ? 殻に閉じこもってるクセして、ビビってんじゃねェか!」

 

 そう、バリアをしていたというのに反射的に防御をしてしまっていた。

 

 その事実に影胤は自身でも驚く。こんな行動、もうすることは無いと思っていたのに。

 

 逆に言えば、それほど油断と慢心、そして、それを吹き飛ばすほどの濃密な殺気。

 

 死神の鎌は直ぐそこまで迫ってきている。

 

「やはり、キミは素晴らしいっ! 私も存分に踊るとしよう!」

 

 再度、湧き上がる昂揚感。

 冷や汗とともに溢れ出るのは生きているという生への実感。

 

 コレだ。これこそ、求めていたものだ。

 

 死と生が隣り合わせのこの瞬間こそ、生きていることを実感出来る!

 

 青白い燐光が見える度に、将監の姿が視界から消える。

 だが、その謎も直ぐに解けた。

 

 大剣が弾かれると同時に、影胤は左足を軸にして右に半回転。

 すると、視界内に将監の姿が現れた。

 

 弾く、というよりかは、バリアに大剣を押し当てていると言った方が正しいかもしれない。

 

 正直、人間技とは思えないが、将監は弾かれた反動を利用して、前回と同じように打ち込む──のではなく。

 反動を……否、そういう風に見せているだけで、実際はそんなに強く振ってない。

 それこそ、先ほどの銃弾を避けたように棒高跳びの要領だ。地面がバリアに変わっただけ。

 

 前回の打ち込みは将監を軸にしているが、今回は大剣を軸として将監自身が大きく振られ、動いている。

 あの巨体で、ああも柔らかく俊敏に動いてみせる身体能力は度肝を抜いたと言っても過言ではない。

 

 だが、タネが分かってしまえば対処は容易だ。

 

 影胤はイマジナリー・ギミックを将監の大剣が当たる寸前で、解除。そして、その大剣を紙一重で避ける。

 

 後は、ガラ空きとなった腹部に銃剣の付いた愛銃を突き立て発砲──

 

「──ッ、……やる、ね」

 

 揺れる視界。痛む側頭部。

 

 あの大剣を振りきった後の決定的な隙を狙ったというのに、寧ろ反撃(カウンター)を食らってしまった。

 

 いや、それが狙いだったのだろう。

 バリアを解いて、大振りな攻撃を外した後を狙うであろうという、定石を狙った常識破りの回し蹴り(カウンター)

 

 賢い獣というのも中々に厄介だ。

 

「パパァッ!」

 

 影胤が、自身の愛する父親が攻撃を受けたのを見た小比奈は、溢れ出す怒りを抑えること無く、傷つけた下手人を睨み叫ぶ。

 

「ユルサナイ! 絶対にユルサナイ! コロス! 絶対に──」

 

 下手人に、将監に狙いを定めると小太刀を構え、渾身の踏み込みから一直線に向かって叩き切る。

 

 ──そうなるはずだった。

 

 踏み込んだ足を狙って放たれる無数の弾丸。

 小比奈は咄嗟に避けて、撃たれた方向を見ればショットガンを構えた夏世の姿があった。

 

「ッ! オマエぇ! 邪魔!!」

 

「アナタほどじゃないッ、です!」

 

 迫る二刀の小太刀。

 懐まで近づかれれば、まず夏世に勝ち目は無い。

 

 故に、ショットガン。弾をばらまき、至近距離で高威力を発揮するショートバレル。

 

 いくら近接戦において小比奈が群を抜いているとしても、同じ呪われた子供である夏世ならば話は別。

 

 常人では追うことが出来ないであろう小比奈の動きを夏世はしっかりと捉えることが出来る。

 後はそこに照準を合わせて引き金を引くだけだ。

 

 俊敏に動き回る小比奈から目を離さず、素早く銃口を合わせて突貫してくるのに合わせて発砲。

 

 直線的かつ単発のハンドガンなどであればともかく、前方に対して扇形に弾がばらけるショットガンを避けるのは至難の技。

 いくら小比奈でも全ての弾丸を弾くのは不可能。

 故に取れる選択肢は大きく避けるしかない。

 

 大袈裟なぐらい避けて、距離を詰めようとすれば、また放たれる散弾。

 

 それが、小比奈をイラつかせる。

 

「~~~~っ! ああ、もうっ! ウザい!!」

 

 コイツは、コイツだけは殺す。絶対に切り刻む。

 小比奈の中に芽生えた明確な殺意の対象。

 

 それが、夏世の狙いだとは分からずに、小比奈は夏世に集中していく。

 

 突貫。先ほどよりも速い。

 しかも、左右に身体を振りながら歪な直線を描いて、小比奈が突っ込んでくる。

 

 目が回る。

 瞳の可動域の限界に何度も達しながら、何とか視界に収めて銃口を向ける。

 

 発砲。避けられる。近づいてくる。

 発砲。避けられる。距離が縮む。

 発砲。避けられた。距離的にラスト一発。

 発砲──

 

「──っ!?」

 

 カチ、カチ、という音を立てて引き金を何度も引くが、肝心の弾が出てこない。

 

 ──弾切れ。そう分かった瞬間には小比奈はもう目の前に迫っていた。

 咄嗟に太ももに装着したホルスターからハンドガンを抜き取って構えるが、遅い。

 

 振り上がった小太刀。回転しながら空を舞うハンドガン。

 

「ざんねーん」

 

 幼くも、残酷な感情が籠もった声とともに振り上がった小太刀が動く。

 振り下ろされる小太刀を見ながら夏世は──敢えて、小比奈の懐に飛び込んだ。

 

「っ! このっ!」

 

「いっ……!」

 

 痛い。少し斬られた。

 だが、懐に入ったお陰で肩を少し斬られるだけで済んだ。

 

 夏世は小比奈の脇をすり抜けるようにして避けると、そのまま地面に寝そべるようにして飛び込む。

 無論、それをただ見ているだけの小比奈ではない。

 

 瞬時に身体を後ろに回すと小太刀を逆手に持って、地面に寝そべった夏世の背中に突き立てようと振り下ろした。

 

 迫る凶刃。うつ伏せから仰向きになる夏世。

 

 その手にあるのは──ソードオフ・ショットガン。

 

「ッッ!! なんで──っ!」

 

 閃光。それがマズルフラッシュだと分かった瞬間には小比奈は大きく飛び退いていた。

 しかし、完全に避けきれなかったのだろう。頬に一筋の線が走っており、そこから血が流れ出る。

 

 夏世はその間に立ち上がり、大きく息を吐いた。

 

 後、もう少しだったのに。

 運の良い奴だ、と小比奈は思ったが先ほどの行動を返り見て、少し疑問に思った。

 

 本当に運が良かったのか? 

 本当に偶々、避けた場所に武器が落ちていたと?

 

 ちょっとした疑問。だが、その疑問が命のやり取りで大切な事だと、今までの経験から理解していた。

 

 頬の傷が癒えていくのを感じながら小比奈は考え、そして、ふと気が付ついた。

 

 今になってやっと気が付いた。

 

 そこに合って当たり前。落ちていて当たり前。

 

 だって先ほど殺した民警だって同じもの()を持っていたから、地面にあって当たり前だった。

 

 ──いや、違う。他の奴らはあんなもの(ショットガン)持ってなかった。

 小比奈は夏世を視界内に捉えながらも、注意を周辺へと向ける。

 良く地面を見てみれば多種多様な銃器が散乱しているではないか。

 

 ショットガン、ライフル、ハンドガン、果てにはグレネードまで。

 

 まさか、最初のアレはワザと? 加えて、落ちている場所を全て把握しているというのか。

 

 その時、夏世がごく自然な動きで何かを掬うように足を上げると、空中に持ち上がる見慣れた一つのハンドガン。

 それをキャッチして太ももに着けたホルスターに収めた。

 

 小比奈はその行動を見て確信する。

 

 コイツ、何が何処に落ちているか、全部把握している、と。

 

 夏世は手に持ったポンプアクション式のショットガンの下部を引くようにスライド。

 今では随分と聞き慣れた音と共に排出される薬莢、それと同時に次弾が薬室内に装填される。

 

 そこに、大きく飛び退いてきた将監が夏世の背後に立った。

 

「チッ、ウゼェ。メンドクセェってもんじゃねェぞ。あのバリア」

 

「大丈夫ですか、将監さん」

 

「あァ? 人の心配してる暇があんなら、さっさと援護しやがれ」

 

「無理です。将監さんの方こそ早く終わらせて、助けてください」

 

 互いに軽口を言い合う。だが、実際に余裕はない。

 

 将監はあのバリアを破る術はなく、カウンター狙いでやるしか活路はない。

 だが、一度見せてしまった手にそうそう何度も引っかかるようなヤツではないだろう。

 

 夏世に関しては、最初に背嚢からばらまいた銃器の場所と、数を頭の中で再度把握して戦術を考える。

 ショットガンが残り二挺。ライフル三挺。ハンドガン四挺。グレネード三個。弾薬中量。

 しかし、リロードする暇は無い。グレネードも距離によっては使うに使えない。

 

 銃器を取っ替え引っ替えしながら戦うのは勿論だが、このままではジリ貧だ。どうにか決定打を与えなければならない。

 

 さて、どうしたものか。

 

 だが、相手は考えている時間も与えてくれないようだ。

 

 近づいてくる悪魔と鬼人に、二人は同時に地面を蹴った。

 

 

 

 

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