白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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第九話 UTAGE

 その日の夜、『豊穣の女主人』は『ロキ・ファミリア』の貸し切りとなった。

 本拠(ホーム)である『黄昏の館』を無人にするわけにもいかず、全員集合とはならなかったが、テラス席はおろか、予備の座席を出しても足りないほどである。

 

「プハー! まだまだ!」

「うへぇ、もう無理っす~」

 

 ガレスが飲み比べでラウルを打ち負かす横では、

 

「さ、団長。もう一杯どうぞ」

「ンー、ちょっと飲む速度(ペース)が速くないかい?」

 

 妖しげに微笑むティオネが、顔の赤いフィンの杯に葡萄酒を注ぎ続ける。

 

 さらにその向こうでは、

 

「チッ、なんで俺が雑魚を歓迎してやらなきゃならねえんだ」

 

 独りでふて腐れるベートの揺れる尻尾を、モフモフ好きの女性団員たちが、遠目から触りたそうに凝視している。

 

 そして、隅のテーブルでは、

 

「よいか? そもそも魔法というのはだな——」

 

 リヴェリアと彼女のお付きを自負するエルフの女性団員たちが、難しい顔をしながら議論を繰り広げている。

 

 それから中央では、

 

「おかわりー!」

「まだ食べるんですかっ!?」

「食べ過ぎ、だよ」

 

 口の周りをソースだらけにしているティオナが、空になった皿を掲げる姿を見て、レフィーヤとアイズが心配している。

 

 それぞれがそれぞれに宴を楽しんでいる。

 

 そんな彼ら彼女らを、上座にある()()()()()から満足げに眺めるロキ。

 

「って、なんで今日の主役がおらんねん!」

 

 誰もいない隣を手の甲で叩きながら、カウンターの向こう側にある厨房に目をやる。

 

 店主であるミアが鍋を振るう横で、ベルが皿に料理を盛り付けている。

 その手際の良さは、何十年間も一緒にやってきた料理人同士のようである。

 ベルに至っては、面白半分で付けさせた、共通語(コイネー)で〝本日の主役〟と大きく書かれた襷をかけたままという巫山戯た格好にもかかわらず、本職さながらだ。

 

「坊主の料理は出来たのかいっ?」

「はい! もう持っていってもらいました! 次はパスタですよね?」

「ああ」

「取りかかります! 主菜(メイン)は?」

「もう焼き上がるさ!」

「じゃ、ソースもこっちで作ります!」

「任せたよ!」

 

 言葉は少ないが、それだけでわかり合う二人は、汗だくになりながらも、充実そうな表情をしている。

 

「なんや? めっちゃ馴染んどるやないか?」

「でしょ~? ミアお母さんがベルさんの腕に惚れ込んじゃって、本気で雇おうとしたくらいなんですから!」

 

 シルが得意気な顔で、今し方出来上がった料理を運んできた。

 

「マジかっ!?」

 

 ミアの料理の腕は知っている。だからこそ『豊穣の女主人』に通っている。

 

「はい! ですので、ベルさんには、いつでも『ロキ・ファミリア』を抜けていただいで結構なんですよ!」

「アホぬかせ! ベルは今日、入団したんやぞ!」

 

 改宗(コンバージョン)――別のファミリアに移籍するにしても、一年間はできないという縛りもある。

 

「ええ、もちろん待ちますとも!」

「誰が渡すかいなっ⁉︎ ちゅーか、手ぇ出すな言うたはずやろっ!?」

「私にもまだ一発逆転(ワンチャン)あるかなぁ、と思いまして」

 

「ないわ、ボケェ! 自分の神経、疑うでっ、ホンマにっ!」

「えへへ、図太いってよく言われます~」

「なんで嬉しがってんねんっ!?」

 

 あしらわれているロキのこめかみに血管が浮かび上がる。

 

「それはそうと、折角のお料理が冷めてしまいますよ?」

「チッ、いつかギャフンと言わせたるからな~」

 

 ニコニコと動じないシルを睨みつけ、ロキは目の前の見慣れない料理にフォークを伸ばす。

 

「…………うんまっ!?」

 

 口に入れ、何度か咀嚼した後、背筋が伸びた。

 

「でしょう? ベルさんのお手製です。えっと、確か極東の料理で……テンプラ? だったと思います」

「ヤバイ! これ、めっちゃ、うまいっ! 最初はイケ好かん思うたけど、アイズたん、エエ子を拾うてきたわっ!」

 

 今後、『黄昏の館』の料理番はベルに任せよう。ロキは固く心に誓う。

 そんなことを考えていると、天ぷらがなくなってしまった。

 

「もう食べてもうた!」

「おかわりしますか?」

「く~! 自分に頼むんは癪やけど、おかわりやっ!」

 

 ロキはむぎぎ、と奥歯を噛みしめながら、皿をシルに渡した。

 

 シルは「かしこまりました」と笑顔で応えると、物凄く甘ったるい声で「ベルさ~ん」と厨房に向かっていた。

 

「大丈夫やろな? ミア母ちゃんがおるから、強引な手は使って来んと思うけど……」

 

 彼女の後ろ姿を見送りながら、渋い顔になるロキであったが、杯に残る酒を煽ると「ま、ええか」と切り替えた。

 

「せや! ウチの〝お願い〟を聞いてもらわんと!」

 

 ロキは自らが勝者となった経緯を振り返る。

 

 アキたちの帰りを待って、フィンとオラリオに繰り出したロキは、アイズたちと合流するために秘密道具を使った。

 それはアイズが愛してやまない〝ジャガ丸くん小豆クリーム味〟である。

 

 アキたちに、帰るついでに買ってきてもらったそれを天高く掲げ、待つこと五分。

 レフィーヤを背負ったアイズが、表情こそ真剣であるも、口の端から涎を垂らすという、『剣姫』らしからぬ姿でシュタっと降り立ったのだ。

 

 手紙鳥に餌付けするがごとく、アイズにジャガ丸くんを手渡し、四人は『豊穣の女主人』を目指した。

 

 予想したとおり、残り百M(メドル)のところで、オッタルと遭遇した。

 

 その場で唯一対抗できるフィンが、彼と対峙し、ロキたちは先を急ぐ。

 

 それから辿り着いた『豊穣の女主人』であったが、ベルの姿はなく、シルもいなかった。

 

 かなり焦ったロキは「ベルの荷物を持ち帰ったら、フィンの代わりに〝お願い〟を聞いたるっ!」とレフィーヤに交換条件を持ちかけ、アイズとともにバベルへ向かった。

 

 そうして間一髪のところでベルを捕獲したのであった。

 

 アキたちとレフィーヤ。いずれの〝お願い〟も可愛いモンやとタカをくくっているのだが、割と難題で骨を折ることになろうとは露知らず、自身の〝お願い〟をせがむことにした。

 

「ンー? ああ、そうだったね……ヒック、なら準備させるよ~」

 

 ティオネによって、ベロンベロンの一歩手前まできていたフィンは、快く応じてくれた。

 

 その願いとは…………

 

「…………」

 

 ふんだんにフリルがあしらわれたメイド服に身を包むアイズのおもてなしである。

 『我々の業界ではご褒美です!』と、一部の者たちが嬉々とするであろう、凍てつく視線を叩きつけてくるアイズに、ロキは小躍りした。

 

 

 

★★★

 

 

 

「うっひょー! めっちゃ似合っとるでアイズたん! ほれ、こっち、こっち!」

「……」

 

 可憐さ増し増しのアイズはとても嫌だったが、()()()()()()なので渋々従い、ロキの隣に座る。

 

「ほな、酌してーな」

「はい」

 

 少しでもこの時間を縮めようと、厨房のベルの動きよりも速く、ロキの杯に酒を注ぐ。

 

「んぐ、んぐ、ぷはぁー! やっぱアイズたんが酌してくれると、格別やな!」

 

 杯を空けると、アイズはすかさず注ぐ。

 

 ティオネ方式。

 そう、フィンが酔っ払っているのを見て、アイズは学んだのである。

 

 酔いつぶしてしまえばこっちのものだ。

 

 もしアイズが戦国武将なら〝鳴かぬなら 酔わしてしまえ ホトトギス〟とでも詠んだだろうか。

 とにかく酒精の高い酒を頼み、間断なくロキの杯を満たす。

 

「ウィー……なんら、今日はえらい積極的らなぁ……ん~、むにゃむにゃ……」

 

 十五杯目でロキは墜ちた。テーブルに突っ伏しそうになるのを抱え、皿や杯をどけて空間を作ると、ゆっくりとテーブルに寝かせた。

 

「っ!」

 

 アイズは小さく拳を握る。

 厄介な神物(セクハラ女神)は眠った。晴れて自由な身となった。

 

 これで落ち着いてお願いを聞いてもらえる。

 ロキの付き添いとはいえ、ベルを捕獲したことには変わらないだろう。当然の権利を主張するため、アイズはフィンを見るが、

 

「すぅ、すぅ……」

「ああん、団長! こんなところで寝てしまっては風邪を引きますよっ! ささ、あちらの個室で……ハァハァハァっ!」

 

 捕食者の顔になるティオネによって、お姫様抱っこで運ばれてしまう。

 

「……っ⁉︎」

 

 お願いが聞いてもらえない。

 訪れた絶望にアイズはがっくりした。

 

「どうしたんですか? アイズさん」

 

 現われたのはベル。

 料理が一段落したのだろう。自分が食べる分の皿を両手に持っている。

 

 この時、アイズの脳裏に稲妻が奔った。

 フィンに頼らず、もういっそ、直談判をしてみてはどうだろうか?

 

 ——それがいいよ!

 

 ベルと出会って、何故か思い出した幼き日の自分も背中を押してくれる。

 

 だが、言葉にするのは苦手だ。

 自分の意思や意図を正確に汲み取ってくれるのは、世話をしてくれたリヴェリアくらいのものだ。

 

 でも、諦めがたい、その感触。アイズの視線はおのずとベルの頭部に向いてしまう。

 

「僕の頭に何か付いてますか? 料理してるときかな? あ、ちょっとすいません」

 

 ベルは皿をテーブルに置き、空いていた席に座る。

 

 ちょうど斜めの位置。手を伸ばせば届く。

 袖から手拭いを取り出して頭を拭き始めるベルに、アイズは生唾を飲み込む。

 

「まだ付いてます?」

「う、うん……あ、あの、取って、あげようか?」

「え? でも、アイズさんのお手を煩わせるわけには……」

「大丈夫、気にしないで」

「じゃ、じゃあ、すいません、お願いします」

「うん」

 

 直談判するまでもなく、合法的にモフモフ出来る流れが来て、アイズは幼い自分と一緒に心の中で歓喜の舞を踊る。

 

 胸の内を悟られまいと、努めて冷静にベルから手拭いを受け取ると、立ち上がり、ベルの背後へと回る。

 

「え、あのっ⁉︎」

「この方が、やりやすいから」

「あ、はい……」

 

 ベルは前を向いた。

 アイズは小さく深呼吸し、ベルの頭を拭き始める。

 優しく、丁寧に。あたかも愛玩動物(ペット)を愛でるがごとく。

 

 そして、時折、素手で触る。

 ああこれだ。手拭い越しでは味わえぬ至福の感触。

 

 アイズは恍惚の境地へと旅立つ。

 

 

 

★★★

 

 

 

「あ、あの……?」

「……」

 

 返事がない。

 どうやら多幸感に浸っているようだ。

 というよりも、最初からこれが狙いか、とベルが気づいたときには遅かった。

 

「あの野郎、アイズさんにナデナデされるだとっ⁉︎」

「羨ま……新入りのくせに生意気なっ‼︎」

「っていうか、アイズさんはアイツの求婚(プロポーズ)断ったんじゃないのか? なんで、あんなに仲良さげなんだ?」

「知らないわよ! むしろこっちが聞きたいくらいだわ!」

 

 全員ではないものの、男女問わず、嫉妬の目を向けてくる。

 

 これはマズイ。

 ただでさえ、乾杯のときの自己紹介のみで、ミアに「坊主、手を貸しな!」と無理矢理調理に駆り出され、他の団員たちと交流を深められていないのだ。

 その上で、皆の憧れであるアイズに、こうして頭を撫でてもらう姿を晒しているとなれば、反感を買うどころの話ではない。

 第一印象最悪だ。

 

 どの集団においても重要となる人間関係。

 その構築は難しい。

 どんな人物なのか、お互いを知るのにも時間が必要であるが、最初に負の印象を与えてしまったとなると、覆すのは至難の業である。

 少なからず、今後の冒険者としての活動に、支障を来たすだろう。

 

 勿論、ベルは悪くない。

 原因はアイズだが、それを指摘するのは逆効果だ。

 『新入りのくせにアイズさんの所為にするな』と、理不尽な罵倒を受けることになるだろう。

 それだけの求心力が彼女にはある。ベルは団員たちの反応から察した。

 

「……!」

「あ、あぅ……」

 

 結局、心なしか鼻息の荒くなったアイズにされるがままになるしかない。

 

 すると、我慢しきれなくなった者が出てくる。

 

「おい、てめえっ⁉︎」

 

 髪と同じ銀色の尻尾を逆立てたベートが立ち上がり、眉間に皺を寄せる。

 

「いつまで——」

「なんじゃ? 次の相手はベートか。よかろう、一蹴してやるわい」

 

 近づいて来ようとしたベートをガレスが横から捕まえ、ガレスの周囲にいた者たちが囃し立てる。

 

重傑(エルガルム)凶狼(ヴァナルガンド)っ⁉︎」

「胸が熱くなる対戦だなっ⁉︎」

「でもここはガレスさんだろっ! ガレスさんに一〇〇〇〇ヴァリスっ!」

「いやいや、ベートさんならあり得るぜ! ベートさんに一二〇〇〇ヴァリスだっ!」

 

 賭けが始まり、リューが新しい酒を持ってくる。

 

「ちょっと待て! 俺はアイツに——」

「怖気付いとるのか? フン、小さいのう」

「ジジイ、てめえ! 上等だっ‼︎」

 

 鼻で笑うガレスの挑発にまんまと乗せられたベートは、リューからひったくるようにして杯を受け取る。

 

「そうこなくては」

 

 ガレスもまた杯を受け取り、立会人となった団員の合図で飲み比べが始まった。

 

「楽しそうだな……」

 

 ベルが盛り上がる彼等を少しだけ羨ましく眺めていると、別の方向からアイズに声がかかる。

 

「ねえ、アイズ。さっきからずっとその子の頭撫でてるけど、気持ちいいの?」

「そろそろやめましょう、アイズさん! でないと私の精神が……‼︎」

 

 興味深々のティオナと、血涙を流すレフィーヤだ。

 

「モフモフだよ。二人も撫でてみる?」

「やるやるー」

「わ、私は遠慮します!」

「えー、レフィーヤも撫でようよー」

「うん。騙されたと思って、ね?」

「アイズさんがそこまで言うなら……」

 

 当のベルへの承諾は一切得ず、話を進めるアイズたちは、ベルの頭を撫で始める。

 

「お? おおー? この子、撫心地いいねー‼︎」

「……癪ですが、意外と悪くないですっ!」

 

 その手触りに興奮したのか、始めよりも乱雑に撫でるティオナと、最初は恐る恐る撫でていたが、徐々にしっかり撫でてきたレフィーヤが顔を見合わせる。

 

「えっと、そろそろ……」

「もうちょっといいじゃーん」

「うん、あと少し」

「お、お二人が続けるなら、わ、私も……」

 

 流石にこれ以上は、とベルが立ち上がろうとするが、ティオナ、アイズ、レフィーヤの手によって、再び座らされる。

 

 三人の撫でる手が止まらない。

 ベルがどうやって状況を打破すべきか考えだすと、右のテーブルからガタっと椅子が鳴った。

 

「もー我慢できない! ちょっと、私も混ぜなさいよ!」

「あ! アキずるい!」

「私も撫でたい!」

「私も、私も!」

「では、私も失礼して……」

「コラー、シルー! 仕事サボるニャー!」

「そういうアンタもでしょ、アーニャ」

「じゃあ、ミャーは少年の尻を……‼︎」

「うわっ⁉︎ ちょ、ちょっと、皆さんっ⁉︎」

 

 ベルに対して友好的な女性団員たち——ファミリア内でも比較的、上の立場にいる者らが押し寄せ、ドサクサに紛れてシルたちも撫でようと手を伸ばしてくる。

 抵抗も虚しく、揉みくちゃにされるベルは、たまったものではない。

 咽せ返るような女の甘い匂いと、全身に当たる柔らかいモノの所為で、顔から火が出るほど赤くなる。

 

 しかし、彼女たちはお構いなしだ。きゃーきゃーと実に姦しい。

 

 その姿を、男ならハーレムを目指せ、と宣っていた祖父が満足げに頷きながら、覗いているように思えた。

 

 しかし、あまり五月蠅くすると、

 

「いい加減にしなっ‼︎ このアホンダラどもがーっ‼︎」

 

 当然、『豊穣の女主人』の主のカミナリが落ちるのは、言うまでもなかった。




 なお、フィンの貞操の危機は、見かねたリヴェリアによって、無事、回避された模様。
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