白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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少年之譚
第一話 黄昏の館にて


 泣く子も黙る『ロキ・ファミリア』の本拠である『黄昏の館』。

 

 団員が増え、改築に改築を重ねた結果、歪な造りとなり、雑多な印象を受けるが、とある団員曰く「住み心地は悪くない」らしい。

 

 そんな『黄昏の館』に、招かざる客が訪れていた。

 ベルである。

 

 談話室(サロン)と呼ばれる『ロキ・ファミリア』の憩いの場の中央。テーブルを囲む四つのソファの一つに腰掛け、その小さな身を震わせていた。

 

 隣には、先ほどの美少女――アイズ・ヴァレンシュタインが、頻りに白髪を撫でる。

 彼女の手の動きは、一定のリズムで、淀みなく繰り返されている。

 

「で? これは一体どういう状況なんや?」

 

 もっともな疑問をぶつけたのは、正面に座るのはロキである。

 

 このファミリアの主神である女神だが、しとやかさとは無縁であった。

 足を大きく広げ、膝に手をついて、ぬっと身を乗り出し、糸目を少しだけ見開く。

 

 観察しながらも威圧することは忘れない様子は、裏組織のボスだと紹介されても納得してしまう。

 

「ンー、僕の記憶が確かなら、アイズはジャガ丸くんを買いに出掛けたはずだったね?」

 

 向かって右のソファに座るフィン・ディムナが、アイズに視線を送る。

 金髪青眼の美少年はベルよりも年下に見えるが、小人族(パルゥム)という種族の特徴と、冒険者の〝十全に力を発揮するために容姿が全盛期の頃で固定される〟という特徴のおかげであり、実際はベルよりも遙かに年上だ。

 

 『ロキ・ファミリア』の最古参であり、団長も務めている彼に逆らうこともなく、アイズは小さく頷いた

 

「ティオナに『新作、発売してたよ』って、聞かされたので……我慢できなくて」

「もう店は閉まっている時間だ、と私は釘を刺しておいたんだがな……」

 

 フィンの向かい側――ベルたちからすれば左手――から副団長であるリヴェリア・リヨス・アールヴの溜め息が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい」

「まったく、『剣姫』とはいえ、嫁入り前の娘が出歩く時間ではないぞ」

 

 ベルの頭を撫でる手を止め、肩を落とすアイズに、リヴェリアは母親みたいな小言を口にする。

 

 深緑の長い髪を割るように、尖った耳を覗かせる彼女は、ハイエルフでありエルフの王族という立場だ。このオラリオのみならず、世界中のエルフがひれ伏す存在であるが、幼少のアイズの世話をしていたこともあり、母と娘のような関係にある。

 

 この場にいるのは、これで全員だ。夜も遅かったこともあり、フィンが他の面々を閉め出したのである。

 扉が閉まる間際、銀髪の狼人(ウェアウルフ)の青年を筆頭に、男性団員たちから殺意のこもった視線を向けられ、ベルは気が気でなかった。

 

 そんな未だ緊張の解けないベルを余所に、フィンがアイズを見る。

 

「結局、ジャガ丸くんは買えたのかい?」

「いえ、買えませんでした」

「なら、アイズたんは、手に入れられんやったジャガ丸くんの代わりに、この少年を連れて帰って来た、っちゅうことか」

「そういうわけじゃないです……」

 

 自信なさげに否定するアイズから、皆の視線がベルに集中した。

 

 どうしてこうなったのか?

 

 ベルは流れる冷や汗の気持ち悪さを無視するように思い出す。

 

 初対面にも関わらず、そのあまりの美しさに求婚(プロポーズ)してしまったのは反省している。

 

 言い訳をさせてもらえるなら、祖父の影響があまりにも強すぎた。

 祖父の女性に対する気安さは、反面教師として気をつけていこう、と日頃から思っていたが、アイズの美貌に覆されてしまった。

 

 やってしまった、と羞恥に悶えながら、言葉にならない謝罪を繰り返すと、アイズはますます困惑してしまった。

 そのまま立ち去ってしまえばいいのに、何故かアイズは隣に座り、話を聞いてくれた。

 

 優しいなとちょっぴり感動し、また胸を高鳴らせてしまったベルは、オラリオに来た目的と置かれている現状を伝えたのである。

 

 そして、聞き終えたアイズの提案で、『黄昏の館』まで来てしまったのだ。

 

「初対面で求婚(プロポーズ)……それは流石に僕でも真似できないな……」

 

 呆れるも、どこか羨望の眼差しを向けるフィン。

 

 彼の着眼点に、やっぱり聞き流せないよね、とベルは改めて己の行いを恥じる。

 

 すると、ロキがゆらりと立ち上がった。

 

「やってくれたのう? ジブン、この落とし前、どうつける気や? あぁ?」

「ひぃ!」

「待て、ロキ。脅してどうする? それでは本当にマフィアみたいだぞ」

「とめんでくれ! いくら母親(ママ)かて、ウチのこの燃えたぎる怒りをおさめることはできんのや!」

「誰が母親(ママ)だ! 誰がっ!」

 

 母親呼ばわりされたリヴェリアが立ち上がり、ロキを睨みつける。

 

「はい、二人ともそこまで」

 

 話が脱線してしまうことを恐れたフィンが両手を打ち鳴らす。

 

 彼の神妙な面持ちは、ロキとリヴェリアに冷静さを取り戻させた。二人は息を合わせるように座り直す。

 

「さて、ベル・クラネルと言ったね。君はファミリアを探しているんだったね?」

「は、はい!」

「なら『ロキ・ファミリア(うち)』に来ないか?」

「フィン! なにアホなこと抜かしとんねんっ!?」

「だめかい?」

「当たり前や! ウチのアイズたんを狙う悪い虫をわざわざ引き込む道理なんてあらへん!」

()()()()()()()?」

 

 よく見てごらんよ、君ならわかるだろ? とでも言いたげに、フィンはロキを促す。

 

「あぁ? ……ほぅ」

 

 向き直るロキは胡乱げであったが、しばしベルを見つめると、一転して楽しげに口の端をつり上げた。

 

 おおよそ神らしくないロキであるが、れっきとした女神である。目の前にいる人間がどういう人物なのかは、見れば理解できる。

 

「確かに、興味深いやっちゃな……」

「だろう? 実は、最初に彼を見たときから、僕の親指も疼きっぱなしでね」

「フィンがそう言うのなら、間違いないのだろう」

「あれー? リヴェリアは、ウチの言うことは信用できへんのかなー?」

 

 覗き込むように首を傾げるロキを、リヴェリアは鼻で笑う。

 

「日頃の行いの違いだ。神なら、神らしくしろ」

「ウチ以上に神らしい神はおらんやろ?」

 

 神々は苦労を嫌い、己の欲望に忠実である傾向が強い。

 人々を〝子どもたち〟と呼ぶが、どちらかと言えば、神々の方が子どもらしい思考をしている。

 

「ンー、今更ロキのねじ曲がった性格を正そうとするのは無理だろうけど」

 

 苦笑するフィンは、今一度、真剣な表情になる。

 

「アイズ、君は彼のことをどう思う? 何か感じるモノがあったから、『黄昏の館(ここ)』に連れて来たんじゃないか?」

「……」

 

 うまく言葉にできないのだろう。アイズは、フィンとベルを交互に見る。

 

「あ、うん、わかったよ。とりあえず落ち着こう、アイズ」

 

 話を振って悪かったね、とフィンはアイズを宥め、リヴェリアに視線を移す。

 

「リヴェリアはどうかな?」

「……本人を目の前にして言うのは失礼かもしれないが、何とも言えないというところが、正直なところだ」

「なら、模擬戦(入団試験)をしてみよう」

 

 フィンの提言に、ロキとリヴェリアが揃って「ほう」と声を漏らす。

 

「実施するのは明日。相手は……そうだね、アイズ。君にやってもらう」

「えっ!?」

「はい」

 

 驚愕するベルを無視するかのように、アイズは頷いた。

 

「いや、ちょっと待ってください! 僕みたいなのが、アイズさんとなんか……」

 

 『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインの打ち立てた数々の武勇伝は、オラリオから離れたベルの故郷の村にも轟いている。

 

 きっと『剣姫』は屈強な女性だろうと想像していたベルは、『黄昏の館』への道すがら、アイズの名前を聞いたときに驚きで躓きそうになった。

 

 模擬戦とはいえ、彼女とやり合えば勝ち目はない。

 それどころか「明日、僕もおじいちゃんの所へ旅立ってしまうんじゃ……」とベルが戦慄するのも無理はないのだ。

 

 しかし、アイズは真摯に告げる。

 

「私は、君と戦ってみたい……」

 

 何故? と聞くのは野暮だ。ベルはこの目を知っている。

 

 ――勝ち目のない戦であっても、やらねばならぬときがある。

 

 かつて、そう語った人物は、ベルに戦う術を教えてくれた。

 

 あの人がいたから、僕はここにいる。

 

「……わかりました」

 

 ベルもアイズに真剣に答え、フィンたちの方へ向き、居住まいを正した。

 

「ぜひ、受けさせてください。よろしくお願いします」

 

 忘れたくても忘れられない人物は、思い出の中から背中を押してくれた。

 

 頭を下げるベルは、静かに闘志を燃やすのであった。




ジャガ丸くんの新作のお味は、豚骨ラーメン味(バリカタで!)
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