白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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ご指摘がありましたので、タグ等をいじりました。



第二話 剣の姫

 翌朝。

 

 さわやかな朝の光と匂いのする『黄昏の館』の中庭にベルはいた。

 周りを乱立する塔に囲まれ、塔の間を石造りの空中回廊がつなぐ。

 

 どの回廊にも『ロキ・ファミリア』の団員たちの姿があり、一様にこちらを見下ろしていた。

 お目当ては『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。

 彼女の戦い方を見て学び己の糧にせんがためだろう。一挙手一投足を見逃すまいという気概がうかがえる。

 誰もがアイズが勝つことを疑っていない。どのように倒すのかを議論している者たちが、少々熱くなり始めている。

 

 ベルは気にせず、黙々と体をほぐしていた。

 かたやレベル5、かたや『神の恩恵(ファルナ)』すらない一般人。元より勝てる戦いではない。

 

 しかし、退く気もない。

 戦いたいと言ったアイズの目は、あの人と同じ剣士の目であった。

 自分はまだまだ未熟。自覚はあるが、剣士には剣士として応えねば、あの人に顔向けできない。

 

「気合いは十分、といったところかな?」

 

 柔軟を続けていたベルに、フィンがにこやかに歩み寄ってくる。

 

「おはようございます。あ、昨日はありがとうございました」

 

 ベルは直立し、九十度で頭を下げた。

 

 昨夜は『黄昏の館』に泊めてもらったのである。

 こんな時間に客人を帰すのは『ロキ・ファミリア』の沽券に関わる、とフィンが有無を言わさなかった。

 

 ただし、制限は設けられた。

 眷属でもない者が、本拠(ホーム)を歩き回るのは、確かによろしくない。誓って違うと胸を張ることができるが、事実、他派閥の間諜(スパイ)と疑われても、ベルには証明する物がない。

 

 最低限の家具しかない殺風景な部屋に、翌朝分のも含めた食事を持ってこられ、体を拭くためのぬるま湯を張った桶と、少し大きめの手ぬぐいを貸し出された。

 トイレは部屋に備え付けられていた。

 

 そろそろ始めるぞ、と呼びに来られるまで、一歩も部屋から出ることはなかったのだ。

 

「気にしないでくれ。ああ、君が団員になれたら、館内をじっくり案内させよう」

 

 だから頑張ってくれ、とフィンは片目を瞑った。

 

 瞬間、背筋がゾワリとする。

 振り返ると、アマゾネスの一人が、威嚇するようにこちらを睨みつけている。

 

「ああ、彼女のことは無視していいよ。とりあえず得物を選んでくれ」

 

 フィンは苦笑を浮かべながら、脇に置かれた、木剣や木槍が突き立てられた樽を差す。

 

 ベルは樽へと近づき、物色した。

 そして手に取ったのは、木刀である。

 二、三度、軽く振って感触を確かめ、小さく頷いた。

 

「これでいいです」

「わかった。じゃあ、腰の物はこちらで預かろう。それだと動きづらいだろう?」

「え、あ……」

「大丈夫。終わればちゃんと返すさ」

「はい」

 

 差したままでも支障はなく、他人の手に渡すのは躊躇われるが、ベルは愛刀をフィンに渡した。

 

「……そろそろ、向こうも準備が終わりそうだね」

 

 両手で丁重に刀を預かったフィンが、アイズの方へ目を向ける。

 

 山吹色の髪をしたエルフをはじめ、何人かの女性団員が、アイズの両手両足に枷を取り付けている。

 厚さ三十C(セルチ)ほどの六角形の黒い塊は、よく見れば、緑色の幾何学模様があしらわれていた。

 

 当のアイズは、少し窮屈そうな表情をしている。重たくて動きづらいのだろう。

 

「けっして君を馬鹿にしているわけじゃないんだ。こうでもしないと公正に見極めることができないからね」

「まぁ、アイズが手加減を覚えれば、本来、無用なのだがな」

「ガハハ! それもあの子の良いところじゃろう。いつでも全力……儂は嫌いじゃないがな」

 

 いつの間にか、リヴェリアが隣に来たので、ベルは挨拶をし、もう一人のドワーフの男に向き直る。

 

「えっと……?」

「ああ、彼とは初めてだったね。ガレス・ランドロック。僕やリヴェリアと同じく、『ロキ・ファミリア』の古株の一人だ」

「腐れ縁とも言うがな」

「否定はしない」

 

 その立派な髭を撫でながらガレスが軽口を叩くと、リヴェリアも苦笑する。

 

「儂が今日の立ち会い人を務めることになった。よろしくな」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 ガレスが握手を求めてきたので、ベルは応じる。

 大きくてごつごつした手は、祖父を思い出させる。

 

「私は救護担当だ。なにかあれば、すぐにこいつで回復してやるから、安心しろ」

 

 リヴェリアは左手の指の間に二本の小瓶を挟み、見せびらかせてきた。

「おい、それは万能薬(エリクサー)じゃないのかっ? そこはせめて高等回復薬(ハイポーション)にしておけ」

「万が一だ、万が一。備えあれば憂いなしと言うだろう?」

「リヴェリア……」 

 

 ギョッとするガレスに、リヴェリアがさも当然に言ってのけ、フィンが額を押さえた。

 

 そこまで厳しい戦いになるのか。アイズの付けている枷は無意味なのでは、とベルは先ほどの決意が一瞬揺らぎそうになった。

 

「ふむ、そろそろ準備が整ったようだな」

 

 アイズから女性団員が離れるのに気づき、リヴェリアはゆっくりと中庭の隅へと移動する。

 フィンも倣い、リヴェリアの隣へ行き、ガレスはベルとアイズのちょうど中間に立つ。

 

 アイズと向かい合う形となったベルは、今一度、彼女を見る。

 いつもの青い軽鎧姿の彼女は、左手に細めの木剣を握っている。そして嫌でも目に付く枷は、緑色の光を不気味に明滅させながら、存在感を知らしめている。

 

「始める前にルールの確認じゃ」

 

 ガレスがベルとアイズへと順に顔を向けながら説明をする。

 

 要約すると、以下の通りである。

 

 ・公正を期すため、アイズに能力を制限する枷を施す。戦闘中の着脱は禁止。

 

 ・魔法の行使は禁止。

 

 ・アイズは利き手での武器攻撃を禁止。

 

 ・ベルは一撃でも入れれば、即勝利。

 

 ・一方が降参、または気絶などの戦闘不能状態に陥れば終了。

 

 圧倒的にベルが有利な条件であるが、アイズは了承する。

 それほどまでに自信があるのか。表情からはうかがえない。

 

「では、双方、構え…………始めいっ!!」

 

 ガレスの野太い声で模擬戦が始まった。

 

 ベルは右耳に添えるように右肩を引き、木刀を縦に構え、アイズは半身になって木剣の切っ先を向ける。

 

 そのまま微動だにしない。

 

 にわかに訪れる静寂。

 

(……隙がないっ!!)

 

 力まず、自然体でありながら、こちらの動きを一瞬でも見逃しまいと見据えてくるアイズの姿が、山のように大きく見える。

 

(こんなに差があるのかっ!?)

 

 ベルは己の見通しの甘さを悔いた。

 

 達人になればなるほど、相対した瞬間に、その力量がわかるというが、ベルはまだその域には達していない。

 にもかかわらず、彼女から発せられる気迫に、本能がたじろいでしまう。

 

(いや、怖じ気づいてどうする!)

 

 ここで退いてしまっては、何のためにオラリオまでやってきたのかわからない。

 

 英雄になる。これは、そのための試練。

 亡き祖父と、もう会えない師に誓った自らの夢を燃料に、ベルは己を奮い立たせる。

 

 しかし、ベルは動かない。

 動けないのではなく、〝待ち〟を選択する。

 

「来ないの?」

 

 アイズが表情を崩さず、ジリと左足を前に出す。

 

「こっちからいくよ」

 

 言葉を発したのと同時であった。

 

 ベルの左肘に衝撃が走り、体勢が後方へ崩れる。

 見えなかったが、おそらく突いてきた。肩の動きや、筋肉の盛り上がりなどの予備動作がなかった。

 

「くっ!?」

 

 持ち直そうとしたが、アイズが追撃を放つ。

 首の左側から右腰にかけての袈裟斬り。ベルは防ごうとしたが、木刀は間に合わず、直撃する。

 

「がはっ!!」

 

 痛みを感じる間もなく、地面に叩きつけられ、背中に衝撃がくる。

 

 アイズの手は緩まない。

 木剣を逆手に持ち替え、さらに突き刺そうとおろしてくる。

 

 マズい。ベルは必死に体を捻り、これを回避し、そのままゴロンと転がりながら、距離を取る。

 そして、バッと袴を鳴らして向き直り、もう一度木刀を構えた。

 左肘と袈裟斬りを喰らった箇所がジンジン痛む。

 

(ヤバイっ! アイズさん、ムチャクチャ強いっ!?)

 

 追撃はせず、こちらの様子をうかがうように、また半身に構えるアイズに舌を巻く。

 

 躊躇のない連続攻撃は、まだ本気ではないのだろう。微塵も息を乱しておらず、先ほどと寸分違わぬ構えを見せる。

 本当に枷の効果があるのか、疑いたくなる。

 

(出し惜しみしてる場合じゃないな、これは……!)

 

 ベルが師から教わった剣は、〝待ち〟の剣。

 すなわち、()(せん)――相手の攻撃を受け流し、あるいは躱して、反撃することが基本にある。

 

 しかし、彼女に併せるのは至難の業だ。

 

 ならば、先に仕掛けるしかない。

 それも、アイズが反応できない高速の一撃を。

 それさえ入れれば、こちらの勝ちである。

 

 玉砕覚悟。

 

 この世に生まれて十四年。剣に触れてから七年。

 

 まだまだ未熟で、世の理なんか、これっぽっちも理解していない若輩者。

 

 それでも、夢がある。

 

 他人が聞けば、笑ってしまうかもしれないが、矜持や信念だってそれなりに持っている。

 

 その全てを込めて、ありったけの自分を、目の前の強敵にぶつける。

 

 ベルは大きく、ゆっくりと息を吸い、深く、吐いた。




(戦闘描写が難しくて)一話では終わらんよ、一話では……
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