かつて、島を覆うほどの雷雲から獣が生まれ、村々を襲った。
それを退治してみせたのが一人の剣豪であった。
彼の者が放ったのは、けっして目で追うことは敵わぬ、電光石火の一太刀。
紫電一閃。
――この技を授けることで、夢を叶える一助となれば。
師は微かに微笑みながら、言ってくれた。
(ありがとう、先生。あなたのおかげで、僕は夢を追いかけることが出来ています)
道のりは果てしないものだろう。
だが、その一歩目は、今、しっかりと踏みしめてやる。
ベルは動いた。
距離にして十歩にも満たないが、瞬きする暇すら許さないほどの速さでゼロにする。
肉薄したアイズが目を見開き、防御の体勢を取ろうとする。
だがもう遅い。
木刀を地面と水平になるように向け、すれ違い様に、振り抜く。
「っ!?」
確かに捉えたはずだったが、手応えは全くなかった。
「油断、したね」
背後から鈴を鳴らしたような声が聞こえてくる。
「しまっ――」
〝た〟と発することは出来なかった。
脇腹に彼女の木剣が食い込んでいるのが見えたと同時に、真横に吹き飛ばされた。
「がっ! ごっ! ぐはっ!!」
二度ほど跳ね、地面に伏す。
誘われた。防御が間に合わないように見せかけ、反撃してみせたのだ。
(まだまだ、修行が足りないってことか……でも……)
奥義を使わされた上に、
(……終われない! 僕は、まだ、やれるっ!)
悲鳴を上げる体を無理矢理起こし、木刀を構え直す。
「ぐっ!!」
さっきの一撃で肋が折れたらしい。息を吸うと痛みが走る。
「まだやるの?」
「は、はいっ!」
「無理、しないほうが、いいよ?」
「だ、大丈夫、うぐっ!? です!」
痛みに膝が折れそうになるベルを、アイズは心配してか、立ち会い人のガレスを見る。
「……」
ガレスは小さく首を横に振る。
続行。ベルの意志を汲んだ。
「……わかりました」
アイズは木剣を構えた。
「でも、次で最後」
アイズの気迫が増した。
来る。ベルは絶対に倒れないぞと奥歯を噛みしめる。
アイズは先ほどと同じく、一直線に向かってきた。
ベルは木刀を立て、どう打ち込まれてもすぐに反応できるように神経を尖らせる。
が、彼女の姿が大きく左に流れた。
ベルも反応するが、衝撃が来たのは右側からだった。
「ぐっ!?」
吹き飛ばされそうになるも、ベルはどうにか堪えた。
左へ行くというフェイントすら囮にして、右からの斬り払い。とても常人ではできない芸当だ。瞬間的な速度が違いすぎる。
いよいよ手足の石枷が意味を成さないように思える。
それでも、ベルはまだ立っている。劣勢だが、負けたわけじゃない。
そのベルの意地をアイズはたたき折りにきた。突き、斬り、払い、高速の連続攻撃を繰り出してくる。
ベルは防御もままならならず、腕や肩、足に受けてしまう。
しかし、
「っ!?」
最後の一撃だけは防いだ。
アイズは驚愕の表情になるが、すぐに攻撃を再開する。先ほどよりも速く、手数も多い。
喩えるなら、暴風雨だ。全身を激しい雨に打たれているが、雨粒の一粒一粒が、石をぶつけられたかのように重く、痛い。
それでもベルは意識を手放さなかった。
全ては不可能であるも、致命傷になるような一撃だけは防ぐ。
アイズから放たれる
だからだろうか、アイズの攻撃はどんどん苛烈さを増していく。
なかなか倒れないことに焦れたわけではない。
(え? 笑ってるっ!?)
そう、彼女は模擬戦とはいえ戦闘の最中にありながら、口元に笑みを浮かべているのだ。
それも、こちらが防いだ瞬間に、笑みを深めるのである。
(僕が、どうやって防ぐのか、試しているのか?)
冗談ではない。こちらは飛びかける意識を必死につなぎ止めるのに精一杯なのに、これでは遊ばれているだけではないか。
ベルの闘志に火が付く。
そちらがその気なら、予想の遙か上を飛び越えてやる。
すでに体は満身創痍で、折れた骨も肋だけではなくなった。体中から燃えるような痛みに襲われている。
けれどもやってのけた。アイズの流れるような三連撃を、全て防ぎきったのだ。
しかし、
「……や、った……!」
それまでであった。
腫れ上がった顔で、ぎこちなくも笑い、崩れるように倒れる。
「っ!?」
ベルが地に伏すことはなかった。
木剣を投げ捨てて、アイズが体を支えてくれたのだ。
「ごめん、なさい! だいじょうぶっ!?」
「いい……に、おい……」
やりすぎたことを反省する彼女の香りに、心地よさを覚えつつ、ベルは意識を失った。
琵琶法師の語りは格好いい。