白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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小説版ソード・オラトリアを読み始めました。



※ちょっと会話の流れがおかしかったので修正


第四話 すれ違い

 少年の朝は早い。

 

 冬場なら「あと五分だけ……」と懇願するであろう、離れがたいベッドの温もりと格闘せねばならないが、今は夏である。あっさりとベッドに別れを告げ、身支度を整える。

 

 そして家の傍にある井戸で顔を洗うため、まだ寝ている祖父を起こさぬよう、こっそりと外へと出た。

 

 石を積み重ねて丸く象った井戸の足下に転がっていた木の踏み台を使い、滑車を伝うロープに括り付けられた木桶を中に落とし、こぼさないよう、ゆっくりと水をくみ上げ、拭うように片手で柄杓を作って顔を洗う。地下で冷やされた水が心地良い。

 

 そうして、頭を覚醒させた少年が次に向かったのは、畑であった。

 自分たちが食べるために育てている作物の状態を見る。それが少年の朝の日課であった。

 

 人一人通れるほどの獣道。生い茂る草木から、早くも虫が大合唱を始めており、今日も暑くなりそうな気配がプンプン漂う。

 子どもの足で十分ぐらいの距離に畑はあり、少年は額にうっすらと汗をかきはじめた。

 

 そうして、辿り着いた畑で見つけた。

 ちょうど中央、緑色をした球状の葉物野菜が等間隔で地面から顔を出している、その間に収まるように、人が仰向けに倒れていた。

 無精髭を生やし、まとめた髪と同じ色の黒い服を着た男。

 少年よりもずっと大人であるが、祖父よりはうんと若い。見慣れぬ服から覗く肌は、うっすらと日に焼けているものの、少しかさついていた。

 そして腰には大小二本の剣が差してある。

 その形状は、祖父から読み聞かされていた英雄譚の登場人物が持つ〝刀〟だと直感した。

 

「……サムライだ!」

 

 何故、うちの畑で寝転んでいるのかわからないが、遠く離れた異国の剣士の姿に、少年は興奮を覚える。

 しかし、それはすぐに打ち消された。

 

「うぅ……」

 

 苦しげに呻き、腹部を押さえる彼の手と指の間から、赤い液体が滲み出ている。

 

「た、たいへんだっ!! おじいちゃぁああああああああああんっ!!」

 

 少年は慌てて家へと戻る。

 

 この侍――境井仁(さかいじん)との出会いが、少年の運命を大きく変えることとなった。

 

 

 

 

 

「……夢、か」

 

 随分と懐かしい夢を見たベルは、ゆっくりと上体を起こした。

 

 そこは部屋の中だった。

 今し方横になっていたベッドは壁際にあり、枕側には窓が、左手には、年期の入った机と椅子があり、横には縦長の本棚と、大きな両手開きの箪笥があった。

 服だけでなく装備品も収められるようで、開かれた扉から、幾つものフックが設置されているのが見えた。

 その下段、棚の部分にベルの風呂敷があり、愛刀も立てかけられている。

 床は茶色の板が敷き詰められているが、日に焼けて色あせていたり、所々に傷が入っている。

 

 ベル以外には誰もおらず、静まり返った室内は、昨日泊めてもらった部屋と造りが似ていることから、『黄昏の館』にいることを理解した。

 

「あれ……?」

 

 アイズとの模擬戦でボコボコにされたはずだが、見下ろした両腕に傷はなく、指を握りこんだり開いたりしても痛みは全くなかった。

 きっとリヴェリアが万能薬で回復してくれたのだろう。お礼を言っておかなければ、と思ったところで、ベルは自分が置かれている立場を再認識した。

 

「……そうだ。僕、負けたんだ……」

 

 アイズは強かった。ほぼ何もさせてもらえなかった。

 どうすればあれほどの強さを手に入れられるのか、教えてもらいたいところであるが、それはかなわない。

 負けてしまった。

 つまり、入団試験に落ちたのだ。

 悔しさと無念さに、溢れてくる涙で視界が歪む。

 

「泣いちゃ、だめだ」

 

 ベルは袖で涙を拭う。

 『ロキ・ファミリア』は無理だったが、別のファミリアを探そう。昨日、当たったファミリアも、もう一度根気強くお願いしたら、入れてもらえるかもしれない。

 まだ開始線(スタートライン)にも立っていないのだ。落ち込んでいる暇などない。

 

 そうと決まれば、すぐにお暇しよう。ベルはベッドから下り、荷物を手に取った。

 

「よし」

 

 愛刀は腰に、風呂敷は背中に背負い、部屋の出口に向かう。

 

 が、扉に鍵が掛かっていて、開かない。

 ドアノブの下に鍵があるが、操作しても反応はない。外側から掛けられているようだ。

 

「閉じ込められた? いや、そんなことをする人たちじゃないだろうし……あの、すいませーん!」

 

 ベルは拳を作ってドアを何度か叩くが、誰かがやって来る気配はなかった。

 

「困ったなぁ……ん?」

 

 すぐにでもファミリア探しを再開したいベルは、もう一度、部屋を見渡し、窓があることを思い出す。

 外を覗くと、地面が遠かった。この部屋は四階か五階ぐらいの位置にあるようだ。中庭の高木の先が、目線の高さとほぼ同じである。

 

「うーん、これくらいなら大丈夫かな……あ、そうだ」

 

 ベルは窓から離れ、風呂敷をベッドの上におろし、中身を広げた。

 中身を取り出すのに、いちいちほどかなくてはならないのが難点であるが、ベルはすぐにお目当ての物――安い羊皮紙の束と羽ペン、そしてインクの入った小瓶を手に取る。

 

 そして机に向かい、さらさらとしたためる。

 試験を受けさせてもらったことと、食事と寝る場所までも提供してくれたこと、そして挨拶もなく立ち去ることのへの謝辞である。

 二度ほど間違えてしまったが、きちんと書き上げた。

 

 それをくるりと丸め、細い紐で縛り、机の上に置き、手早く風呂敷を結び直し、背負う。

 乱れたベッドも整え、部屋をぐるりと見て一礼し、ベルは窓から飛び降りる。

 

 近づいて来る地面に激突する前に右手を突き出す。

 

 袖口から飛び出したのは鉤縄(かぎなわ)だ。上空から獲物を狙う鷹の爪のように、三本の鉤爪が黒く鈍い光を放ち、その根元にはしっかりと縄が結び付けられている。

 

 仁が、かつて命を救われた人物の弟である鍛冶師に作ってもらった物を参考に、ベルが自作した物なので、本物に比べると幾分性能は見劣りする。

 だが、ベルはそれを使いこなす。中庭に植えられた高い木の太い枝に鉤縄が絡まり、落下が振り子運動に変わり、ベルの体を勢いよく押し出す。

 

 気づいたのか、石造りの渡り廊下や中庭にいた『ロキ・ファミリア』の団員らが、見上げてくるので、ベルは「お世話になりましたー!」と声を掛け、振り子が振り切ったところで鉤縄を戻し、厚い塀を飛び越えていった。

 

 

★★★

 

 

 時は少し遡る。

 

 アイズはフィンの呼びかけで、会議室にいた。

 先ほど模擬戦でノシた、ベルの『ロキ・ファミリア』への入団の可否を決めるためである。

 

 集まったのは、主神であるロキをはじめ、団長のフィンと副団長のリヴェリア、そしてガレスの古参の三人組に加え、『ロキ・ファミリア』の主戦力――第一級冒険者たちが揃っている。

 

(早く終わらないかな……)

 

 出会ったときに「この子、できる」と感じたが、『神の恩恵』なしで、あそこまで戦えるのであれば、文句なしのはずだ。勿体つけて話し合いなど行う必要はないのだ。

 それよりも、早くベルの元へ戻りたい。まだ眠っているのなら、あの白いモフモフな髪を撫で回す絶好の機会だ。

 

 あれは、とても良いモノだ。すごく癒やされる。

 昨日触れてみて思った。あの触り心地は反則だ。やめられない、止まらない。きっと、一日中、触れ続けても飽きることはないだろう。

 考えれば考えるほど我慢ができなくなる。他の者たち同様、席についているアイズは、会議室の出口を何度もチラ見する。

 

「なんや? アイズたん、トイレ済ませてなかったんか?」

「違います」

 

 ロキの質問をかき消すように、アイズは半ば被せ気味に否定した。

 

(こんなことなら、レフィーヤに代わってもらえばよかった……)

 

 眠っているベルの世話は、後輩のエルフの少女が任されているが、本人はとても嫌がっていた。

 エルフ特有の潔癖性――他種族との肌と肌との接触を酷く嫌う傾向が、あまり見られない彼女にしては珍しい。

 

 ベルが初対面で何かやらかしたのだろうか?

 いきなり求婚してきた前科もある。あのときアイズは、ロキみたいなことを言うヘンな子だと思った。

 だが、すぐに謝罪してきた。その慌てぶりには、吹き出しそうになった。

 

 思い出し、笑い出しそうになるのを必死に堪えるアイズを、周囲が変な目で見るが、フィンは構わず切り出した。

 

「では、始めよう。彼――ベル・クラネルの入団について、それぞれの考えを聞きたい。まずはリヴェリア」

 

「私は彼の入団に賛成だ。正直、最初に会ったときは、とても頼りない印象が強くて、やっていけないだろうと思っていた。だが、一度、剣を振るえば、あのとおりだ。見抜けなかった己の愚かさを嘆きたくなるな」

 

「儂もリヴェリアと同じく、賛成じゃ。あやつは伸びるぞ。鍛え甲斐があるわい」

 

 ガレスも頷く。

 

「はい! あたしも賛成~!」

 

 アイズの隣から、立ち上がらんばかりに身を乗り出して手を挙げたのは、アマゾネスのティオナ・ヒリュテである。

 褐色の肌は健康的だが、女性の象徴ともいえる胸は小さく、本人も気にしている。

 

「理由をきかせてもらえるかな?」

「うーん、戦ってる姿が似てたからかな」

「誰にだい?」

「英雄譚の主人公だよ! なんか、物語の最後、強敵に立ち向かう場面みたいだったじゃん!」

 

 目をキラキラさせるティオナは、英雄譚が好きだ。今は忙しくて時間がないようだが、暇なときは、書庫から英雄譚を持ち出して、談話室で読んでいる姿をたまに見かける。

 

「でも、負けたんだから、英雄にはなれなかった、ってことよね?」

 

 ティオナの隣――アイズと反対側から、ティオネ・ヒリュテが嘆息混じりに妹を見る。

 ティオナとは正反対に、胸の主張が激しい。

 

「アイズが相手ならしょうがないじゃん! それから、ティオネだって、あの石枷の効果は知ってるでしょ? それ考えたら、すごくない? あの子、これから絶対、強くなるって!」

 

 手足の枷は能力を制限すると、模擬戦前にベルに伝えたが、あれは嘘だ。

 かなり質量のある素材ではあるものの、()()()()()()()()()()()ような、反則的(チート)な効果はない。

 せいぜい重し程度。レベル5のアイズにとっては、多少動きづらいだけであった。

 

 では、何故嘘を吐いたのか。これには理由がある。

 

 『ロキ・ファミリア』は、迷宮都市最強の一角と謳われている。

 常に人々の耳目を集める存在である。しかも、それは全て〝善〟ではない。

 取り入ろうとする者はまだしも、どうにかしてその名声を失脚させようと画策する者もいるのだ。

 

 そういった者たちに隙を見せてはならないし、舐められてもいけない。

 

 ゆえに、入団希望者の力を見る模擬戦には、アイズたち第一級冒険者が相手を務めることになっている。

 しかし、憧憬や畏怖を抱く彼らを前にすると、途端に萎縮してしまう入団希望者が後を絶たなかったため、石枷を付ける(嘘を吐く)ようにしたのだ。

 

 実力を見定めるために手加減はする。が、けっして負けてはならない。それが模擬戦の相手を務めるアイズたちの暗黙の了解である。

 今回も、それに従ったアイズであったが、最後の方は、やや加減の仕方を間違えてしまった。

 

 『神の恩恵(ファルナ)』を持たないベルが、あそこまでできるとは、思ってもみなかった。

 だから、ついつい楽しんでしまった。

 

 ティオナが言ったとおり、彼は絶対に強くなる。いずれ自分たち第一級冒険者と肩を並べる日が来るだろう。

 

 しかし、ティオネの意見は少し違った。

 

「団長、私の見解を申し上げてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「私は、どちらかと言うと彼の入団には反対です。確かに腕が立つようですが、どうも脇が甘いように思えます。もし、入団を許したら、『ロキ・ファミリア』に、何らかの厄介ごとを持ち込んでくると思います」

 

「ンー、それは君の勘かい?」

「はい。私の、女の勘です」

 

 断言するも、ティオネの瞳にはハートマークが浮かんでいる。

 彼女はフィンにぞっこんなのだ。

 

「一番、当てにならねーヤツだろ、それ」

「んだと、ごるぁあああっ!?」

 

 銀髪の狼人、ベート・ローガが鼻で笑うと、ティオネはフィンに対する態度から一転した。

 つまり、そういう女子なのである。

 

「落ち着いてくれ、ティオネ」

「はい、団長っ」

 

 少しでも可愛く見えるように、その大きな胸の前で両手を組んで、声色も若干色っぽいものへと変わる。

 そんなティオネの豹変ぶりに、フィンは苦笑を返すことしかできなかった。

 

「やれやれ……では、ベートはどう思うんだ? まぁ、予想はつくが……」

 

 フィンの代わりにリヴェリアは訊くが、その表情は言葉どおり、辟易としていた。

 

「んなもん、決まってんだろ! これ以上、雑魚を増やしてどうするっ?」

 

 わかってんなら訊くな、と言わんばかりに牙を見せるベートに、ガレスが深く溜め息を吐いた。

 

「あやつが雑魚に見えたのなら、お主の目は腐っておるな」

「んだとっ!? ジジイっ!!」

「やめろ、ベート。今回ばかりはガレスが正しい」

「ババアまで……っ!? チッ、やってられるかっ!」

 

 ベートは乱暴に席を立ち、会議室を出て行った。

 

 あ、ズルい。アイズは思ったが、流石にベートみたいな無責任な行動は取れなかった。

 ベルに入団して欲しいのは確かだし、ベートの癇癪は今に始まったことではない。

 それが証拠に、追いかけようとする者は誰一人としていなかった。

 

 椅子の上であぐらをかくロキが、おもむろに両手を指折り数え始める。

 

「ここまで賛成が三、反対が二……意外と接戦やな」

「ロキ。貴方はどう思うんだい?」

「ウチはどっちでもない。中立や。あの子を入れるか入れんかは、自分らの言うとおりにするで」

 

 彼女の意外な答えに、一同がざわつく。

 

「てっきり反対すると思ったけど……」

「うん、あたしもロキは賛成しないと思ったけど、まさか棄権するって……」

 

 ティオネとティオナの姉妹がお互いを見て頷き合う。

 

「理由を訊いてもいいかい?」

 

「んー、最初はアイズたんにちょっかい出そうとする、イケ好かんやっちゃな、とは思うたで? でもな、フィンに言われて改めて見たら、オモロいな、と思うた」

 

 その場にいたリヴェリアが、さらに質問を重ねる。

 

「どう、面白いと感じたんだ?」

 

「素直に底が見えんと思うた。この子がこの先どういう風に育っていくか、ちょっと見てみたい思うた。したら、あの腕前や。ウチみたいな素人でもわかるくらいやで? あんなん見せられたら、俄然、興味がわいてまうっちゅうのが()(さが)や……でもな、さっきティオネも言うてたけど、あの子は間違いなく、厄介ごとを呼び寄せる体質や。やから、迷うとるいうんが、ウチの正直なきもちや」 

 

 「長ごうなってすまんな」と付け加えたロキは、両手を挙げ、伸びをした。

 するとティオネが溜め息を吐く。

 

「困るのよね。ただでさえうちには、やぶ蛇をつつきたくなる連中が多いってのに……私みたいな良識派が、これ以上苦労するのはごめんだわ」

 

 物憂げにのたまったティオネに「良識派っ!?」と、その場にいた皆の心が一つになった。

 

「……えっと、じゃ、直接、剣を交えたアイズはどうかな? ちなみに、僕は全力で彼の入団を支持するけど」

「私は……」

 

 気をとりなおし、さらりと賛成に一票を投じるフィンの問いに、アイズが答えようとしたとき、会議室の扉がバタンと開く。

 山吹色の髪を乱し、肩で息をしながら、胸を押さえる若いエルフの少女が現われた。

 

「レフィーヤ! 会議中だぞっ!」

 

 エルフの長であるリヴェリアが一喝すると、レフィーヤはビクッとなるが、立ち去ろうとはしない。

 

「すみません! でも、皆さんにお伝えしなければならないことがあって……」

「なんや? どしたん?」

 

 皆を代表したロキが首を傾げると、レフィーヤは息を大きく吸った。

 

「ベ、ベル・クラネルが……いなくなってしまいましたーっ!!」




まだベルが冒険者になれない……
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