白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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第七話 激突

 アイズは建物の上を行く。

 

 屋根から屋根へ、足音も踏みしめる振動もなく、飛び移っていく。

 軽業師でも不可能な身軽さは、レベル5の器を持つおかげだ。

 しかし、本気を出せば、もっと速く行ける。

 

 そうしないのは、

 

「ま、まってくださ~い! アイズさ~ん!」

 

 レフィーヤが付いてくるからだ。

 

 フィンから「アイズが暴走しないように」とお目付役に抜擢され、彼女はいつになく、やる気に満ちていた。

 しかし、レベル3の魔導士が、レベル5の剣士の脚力に追いつけるはずもない。アイズは、これまでそうしてきたように、距離が開いたと思ったら足を止めて、レフィーヤが来るのを待つ。

 

「はぁはぁはぁはぁっ!!」

 

 ようやく追いついたレフィーヤは、膝に手をついて、肩で息をする。

 

「だいじょうぶ?」

「だ、はぁ、い、じょう、はぁ、ぶ、です!」

 

 汗にまみれた顔で笑うレフィーヤだが、全然大丈夫には見えない。

 これ以上進むのは、さすがに忍びないので、アイズは小休止を提案する。

 

「い、いえ、いきま、しょう!」

「ダメだよ。せめて完全に息を整えてからにしよう」

 

 首を横に振ったアイズは、腰のポーチから小さな革袋水筒を取り出し、レフィーヤに渡す。

 

「す、すいません!」

 

 喉が渇いていたようだ。レフィーヤはラッパでも吹くように、革袋水筒を持ち上げながら、結構な勢いで喉を鳴らす。

 

「ぷはぁっ!! ありがとうございます……あ」

 

 返してもらった革袋水筒に、そのまま口を付けると、レフィーヤが目を丸くした。

 

「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもありません……っ!! ア、アイズさんと、か、間接キス……っ!?」

「?」

「あ、本当になんでもないんです……」

 

 妙に顔が赤いレフィーヤを不思議に思うが、それ以上、追求することはなく、代わりに浮かんできた疑問をぶつける。

 

「今、レフィーヤと私って、二人組(ペア)になるんだっけ?」

「え? そうですね。そう捉えることもできますが……?」

「この場合、二人であの子を捕まえたら、どっちのお願いを聞いてもらえるんだろう?」

「…………どうなんでしょうか?」

 

 自分たち以外にも、徒党を組んで参加している者は多い。

 

 リヴェリア率いる妖精部隊(フェアリー・フォース)は当然としても、次期指揮官としてフィンが目をかけているラウルを中心とした男衆の団結は強かった。

 なんでも、フィンの〝お願いを聞いてあげる〟発言を耳にすると、「よぉおおしっ! リヴェリアさんのおっぱいを揉ませてもらうっスよぉおおっ!!」と、桃色の闘気を滾らせたと言う。

 明らかに常識の範囲外であるし、リヴェリア本人もそうだが、彼女の周囲が許すはずもないだろう。

 到底、通るはずもないが、彼らの願いは一致している。

 共通の目的を持つという点では、ラウルたちを見習うべきかもしれない。

 

 同じお願いならば、フィンも聞き入れやすいのではないか?

 

 その考えに至ったアイズは、革袋水筒を仕舞い、レフィーヤに向き直る。

 

「レフィーヤ。聞いてもいい?」

「はい、なんでしょうっ!?」

「レフィーヤは、あの子の頭、撫でてみたいと思う?」

「えっ!? なんで私が、あの人の頭を撫でないといけないんですかっ!?」

 

「……モフモフで気持ちいいよ?」

「嫌ですよっ!! そんなことするくらいなら、ア、アイズさんと、一緒に……はっ!?」

「私と一緒に……?」

「い、いえ、なんでもないですっ!! でも、あのヒューマンの頭を撫でるとかは、ありえないですっ!!」

「そっか……」

 

 きっぱりと拒否され、アイズはしゅんと肩を下ろす。

 

「え、ちょっと、なんでガッカリするんですか?」

「……お願いが一緒になれば、あの子を捕まえたときに、フィンに聞いてもらいやすい、と思って……」

「確かに……って、アイズさんのお願いって、あのヒューマンを撫でることなんですかっ!?」

 

「うん、そうだよ……?」

「…………ません」

「?」

「……許せません! それだけは、絶対に阻止してみせますっ!」

 

 宣戦布告と言わんばかりに、立ち上がったレフィーヤは人差し指をビシッと突き出してくる。

 

「……じゃあ、見つけたら、競争ってことになるんだよね……?」

 

 眉をハの字にするアイズに、レフィーヤが「へ?」と声を漏らす。

 

「レフィーヤは、私と違うお願いなんでしょう?」

「そ、そうですけど……アイズさんと競うのは、本意ではないというか……」

 

 レフィーヤが言い淀むと同時に、アイズは気配を感じ取った。

 強い気配だ。自然とデスペレートの柄に手を掛けてしまうが、それ以上の反応は出来ず、後ろを取られてしまう。

 

「おい」

 

 驚愕するレフィーヤと同時に振り返ると、小柄な猫人の男が立っていた。

 全身黒ずくめで、目元もバイザーで隠しているが、間違いない。彼はレベル6の第一級冒険者で『フレイヤ・ファミリア』の副団長を務めているアレン・フローメルだ。

 

「……女神の戦車(ヴァナ・フレイア)……っ!?」

 

 彼の二つ名を口にしたレフィーヤの声が掠れる。

 

「ここで何してんだ?」

「何も……」

 

 アイズが冷静に答えると、アレンは舌打ちをする。

 

「すぐに立ち去れ。さもなきゃ……」

 

 身を屈めるようにして、槍を構える。

 アイズも抜剣しようとするが、

 

「ダメです、アイズさんっ!」

 

 レフィーヤに袖を引かれた。

 

 出発前、無用な争いは避けるよう、フィンに言い渡されたのは、アイズも覚えている。

 だが、彼を振り切るには、レフィーヤの脚力では難しい。

 ならば、自分が足止めするしかない。

 瞬時に戦闘モードに移行するアイズであったが、抜剣することはなかった。

 

「うらぁっ!!」

 

 何かが上方から飛来し、アレンに激突した。

 

「てめぇ! 誰に向かって槍向けてんだっ!?」

 

 ベートだ。必殺の蹴りをお見舞いしたようであったが、アレンの槍に阻まれた。

 

「チッ、凶狼(ヴァナルガンド)っ!」

 

 振り払いながら、一突きしてみせるが、ベートには届かない。

 ベートは宙返りをしながら、間合いを取る。

 

「おい、アイズと魔力馬鹿! なんだか知らねーが、ここは任せろ!」

「ありがとう、ございます……レフィーヤ、行こう」

「は、はい! ベートさん、ありがとうございます!」

 

 レフィーヤがぺこりとお辞儀すると、ベートは面倒くさそうに手をひらひらとさせる。

 

 そして、アイズたちは先を急ぐ。

 

「行かせるかよっ!!」

「てめーの相手はこっちだろうがっ!!」

 

 背を向けたアイズたちに仕掛けようとしたアレンを、ベートが迎撃する。

 

「邪魔すんな、糞狼っ!!」

「糞はてめーだ、糞猫野郎っ!!」

 

 猫と狼。似たもの同士の雄たちの喧嘩(バトル)の火ぶたが切って落とされるのであった。

 

 

 

★★★

 

 

 

 黄昏の館の執務室では、フィンとロキが、一枚の地図を眺めていた。

 オラリオ全体の地図だ。大小問わず、店の名前と業種、各ファミリアの本拠に至るまで、割と詳細に描かれてある。

 

 皆、ベルの捜索で出払っており、留守番兼主神の護衛のフィンが、羽ペンで何やら書き込んだ。

 

「ロキ、次は?」

「ちょい待ち……南や。ラウルたちがばらけたんやと。なんや? あいつら、娼館の客引きにでも捕まったんか?」

 

 開け放たれた窓の縁に小鳥が止まり、その足に括り付けられた小さな羊皮紙を広げたロキが、小鳥にエサをやりながら、嘆息した。

 伝書鳩ならぬ手紙鳥。フィンは都市の情報屋を使い、仲間の居場所を把握しているのだ。

 

「……そういう気分になるのは、男としてわからなくもないけど、できれば、別の機会にして欲しいところだね」

「フィンも興味あるんか?」

「僕だって男だ。人並みにはあるつもりだよ。でも、そういった行為は、将来を誓い合った相手でないとね」

 

 己の野望――小人族(パルゥム)の再興を叶えるために冒険者となった。名を広め、小人族の希望となる。

 かつて小人族が信仰したフィオナのように。

 

 その希望は、自分の代だけで潰えてはいけない。

 つまり後継者を残さなければならないのだ。

 

 番いになる相手は、誰でも良いわけではない。後継者は、やはり純粋な小人族の血を受け継いだ者が相応しい。

 ゆえに、相手は小人族に限るのだ。

 

「っても、南に近づこうもんなら、ティオネがキレるしなぁ」

 

 フィンの野望をよく知るロキが、微妙な表情を浮かべ、報酬(エサ)を受け取った小鳥を見送る。

 

「ハハハ……」

 

 いつだったか、小人族の女性にアプローチを掛けようとしたところ、ティオネにぶちこわされたことがあった。

 そのときの彼女は、大蜘蛛のモンスター『デフォルミス・スパイダー』のような気色の悪い動きをしていて、その日の夜、夢に出てくるほどだった。

 

 思い出し、若干、青ざめるフィンの肩に、ロキが自身の顎を乗せるようにして、地図を覗き込む。 

 

「……こうして見ると、それぞれの性格が出てくんのも面白いもんやなぁ」

「そうだね。ガレスは馴染みの酒場と鍛冶屋、リヴェリアたちは魔術師の店、ティオネとティオナは市場を抜けたあとに女性服の仕立屋……ベル・クラネルが立ち寄るとはない思えない場所が多いね」

 

 フィンは盛大に嘆息した。

 

「そういえば、ベートには言ったん?」 

「いや、伝えてはないよ。伝えたところで、参加しなかっただろうし」

「そやな。〝お願い〟を聞く言うても、ベートなら『わざわざ雑魚を迎えに行って、どうすんだよ』とか、言ってそうやもんなぁ」

 

 絶望的に似てないベートの物真似をするロキの顎を「ちょっと重いよ」と、フィンは片手であげる。

 

「むぅ、ええやんかー。久々に二人きりなんやで? 主神()眷族()の語らいを楽しまなあかんとちゃう?」

「ほら、次の手紙鳥が来たよ」

「ちぇ、主神使いの荒いやっちゃやで」

 

 唇を尖らせるも、ロキは手紙鳥の足から羊皮紙を解いて広げる。

 

「あちゃー」

「どうしたんだい?」

「やりよったわ。西のメインストリートで女神の戦車と戦闘や」

「誰がだい?」

「ベートや。女神の戦車がアイズとレフィーヤにいちゃもんつけとったところに、なんも知らんで乱入したっぽいで」

「寄りにもよって、一番やり合いたくない所か……」

 

 巷で『ロキ・ファミリア』と『フレイヤ・ファミリア』がぶつかれば、オラリオは火の海と化すと囁かれていることは聞き及んでいる。

 事実、その可能性は高い。

 

 フィンが頭を抱えていると、窓からバサバサバサと鳥の羽ばたきが聞こえてきた。

 

「ちょ、多いて! フィン!」

「ああ、僕も手伝おう」

 

 二人は手紙鳥たちから、仲間の目撃情報を集め、エサを与える。

 

「ひゃー、これもや! ティオネとティオナが炎金の四戦士(ブリンガル)とおっぱじめよった!」

「こっちもだ。ガレスと白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)だよ」

「リヴェリアたちには黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)がついたで!! ダークエルフやけど、流石にリヴェリア(ハイエルフ)には手を出せんみたいやな。でも、しっかり足止めしとる……」

 

 飛び込んできた情報に冷や汗をかきつつ、フィンは地図に書き込んでいく。

 

 すると、一つの答えが導き出される。

 各々の戦闘が始まった場所を線で結び、その中心にあるのが……。

 

「……『豊穣の女主人』っ!?」

「……」

 

 声を上げるフィンと、黙り込むロキ。

 対照的な反応をみせる二人であったが、考えはおおよそ同じであった。

 

「……『フレイヤ・ファミリア』が、ベル・クラネルを確保した……?」

「そう見て間違いないやろうな……まー、そこかしこで戦闘になっとるっちゅーことは、最悪の事態だけは免れとるみたいやけど……」

 

 ロキが眉間に皺を寄せる。

 彼女の言う最悪の事態というのは、ベルが『フレイヤ・ファミリア』の眷族となったことを指す。

 

「……ロキ」

「あかん、ダメや」

「まだ何も言ってないよ」

「阿呆、言わんでもわかるわ! 『僕が出るよ……』とか、許可できるわけないやろ! どうせ途中で〝猛者〟をあてがわれるだけや!」

「でも、彼を取られたくない。ましてや『フレイヤ・ファミリア』にだけは……」

 

「気持ちは十分わかるで。ウチも色ボケとドチビのとこだけは、絶対に取られとうない」

「じゃあ、僕を行かせてくれ!」

「それは、あかんって言うとるやろっ!? やから、ウチが行く」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるロキに、フィンは血の気が引く思いに駆られる。

 

「待ってくれっ!? それはこちらが許可できない!」

「勝手知ったるオラリオやで? 迷子になんてならへんて」

「その心配はしてない! ダメだ、ロキ! 僕らは貴方を失うわけにはいかない!」

 

 闇討ちは日常茶飯事である『ロキ・ファミリア』の幹部たちだ。その主神が一人で出歩くなどもっての他である。神殺しを恐れぬ刺客たちが、これ幸いと襲いかかってくる未来が手に取るように見える。

 

「嬉しいこと言うてくれるやんか~。まー、そこまで言うんやったら、ちょっとだけ頭使(つこ)たるわ」

 

 そう言うと、ロキはフィンから羽ペンを取り上げ、フィンの机の引き出しから真新しい羊皮紙を取り出し、小さく千切って何やらしたためる。

 

「どうするんだい?」

「アキたちを呼び戻すんや」

「それだと彼女たちの願いが聞けなくなるけど……?」

「そないなもん、フィンの代わりに、ウチがナンボでも聞いたるわ」

 

 書き終えたロキは、羊皮紙を細長く折りたたみ、エサをもらえず不満そうな手紙鳥たちから、特に速そうな一羽を選び、その足に羊皮紙を括り付け、エサを与えた。

 報酬に満足した手紙鳥は、飼い主の元へと飛び立った。

 

「ということは、アキたちに護衛をさせるのかい? 大抵の相手なら大丈夫だと思うけど、オッタル辺りが出てきたら、分が悪いんじゃないのかい?」

「やから、フィン。自分がウチのお守りや。この地図で見る限り、向こうの主戦力は『豊穣の女主人』から半径百M(メドル)ぐらいまでにしか出てきとらん。逆に言えば、この百Mがあちらさんの最終防衛線と考えられるやろ? そこまでウチを連れて行ってさえくれれば、後はどうにかしたる」

 

 地図を片手にロキがまくし立てた。

 

「確かに……女神の戦車にベートがあたったことで、アイズとレフィーヤが浮いた……仮にオッタルが出てきたとしても、彼女たちで足止めするか、僕がオッタルをおさえることで、アイズたちをロキの護衛に付けることもできるか……」

 

 ベルがいつ『フレイヤ・ファミリア』の眷族になってもおかしくない、この差し迫った状況では、これが最善手かもしれない。

 問題は、アイズたちと合流できるかどうかであるが。

 

「よし、アキたちが帰って来たら、すぐに出よう」

 

 フィンが決断すると、ロキがパンと両手を打つ。

 

「よっしゃ! 少年はウチらが獲ったるで~!」

 

 二大派閥による白兎争奪戦は、激しさを増すのであった。

 

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