白兎が冥人の夢を見るのは間違っているだろうか   作:モフィー

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どうにか週一ペースの投稿を保っています。


第八話 チェックメイト

 道化(ロキ)美神(フレイヤ)の主戦力が激突したことで、両陣営の第二級以下の冒険者たちも戦闘を開始し、いよいよ抗争が本格化した。

 

 鳴り止まぬ剣戟音。炸裂する魔法。崩れる建造物。上がる火の手。

 

 まるで終末の到来を告げるがごとく、人々に恐怖を植え付けた。

 栄華を極めたオラリオの終わりの始まりだ。巻き込まれる前に逃げなければならない。

 戦う術を持たない者たちは、一斉に都市の城門へと向かう。

 

 その流れに逆らうようにして、ベルはシルに手を引かれていた。

 

 『豊穣の女主人』で賄いを作り終え、ファミリア探しを再開しようとしたが、待ったがかかった。

 

 ミアに店を手伝ってくれるなら、従業員宿舎の空き部屋を自由に使っていいと言われたのだ。

 手伝うのは店が忙しくなる時間だけでいい。それ以外はファミリア探しでもなんでも自由にして良いとも。

 

 宿を取っていないベルには、渡りに船であった。ミアの懇願を快諾し、夜の部のための食材の買い出しに行くシルに、荷物持ちとして付いていくことになったのである。

 

 しかし、向かっているのは市場ではなく、都市の中心である摩天楼施設(バベル)であった。

 

「あ、あのシルさんっ!」

 

 この状況では市場も開いていないだろう。食材の確保どころか店の営業すらも怪しくなってきたので、ベルは引かれる手を逆に引っ張り、足を止めた。

 

「どうしたんですか?」

「どうしたんですか、じゃないですよっ! シルさんたちも逃げたほうがいいんじゃないですか?」

 

 『豊穣の女主人』の者たちは皆、女性だ。

 避難などをする場合は、女子(おなご)を優先的に誘導しろ、と祖父から教えられたベルは、それに従う。

 

 だが、シルは恐怖を感じている素振りはない。というよりも何故か焦っているように思える。

 

「大丈夫です! あれは冒険者さん同士の()()()()()みたいなものなので、しばらくしたら収まりますよ」

 

 言っているそばから建物の壁が崩落し、悲鳴が上がり、土煙が巻き起こる。

 

「全然大丈夫じゃないですよっ!? ほら、早く戻って、皆さんと一緒に避難しましょうっ!」

「……派手にやるなって言ったのに

「え? なんです?」

「いえ! なんでもないですよ! とにかく、戦闘はすぐ収まります! 本当です! 私を信じて付いてきてください!」

「というか、どこに向かっているんですか? この先には、摩天楼施設でしたっけ? あの塔しかないと思うんですが……?」

 

 ベルは、天を貫く勢いで聳える白亜の巨塔に目を向ける。

 

「実は、ベルさんが冒険者になりたいとおっしゃっていたので、私が懇意にしている神様のファミリアをご紹介して差し上げようと思って……ああ、もちろん、その後で買い出しには行きますよ? ええ、本当です」

「……」

 

 気持ちは有り難いが、この状況で自分の事を優先出来るほど、ベルは厚顔無恥ではなかった。

 そして、状況判断が全く出来ていないシルに対して、呆れて絶句してしまったのである。

 

 そんなベルの気持ちを(おもんばか)る様子も微塵もないシルは、改めて手を引く。

 

「さぁ、行きますよ! 離れないでくださいね!」

 

 咲き乱れる花のような笑顔は、とても場違いに思えたが、確かに人の流れが多い。手を振り払い、はぐれてしまっては返って危険だ。

 ベルはあえて逆らうことはせず、引かれるまま付いていく。

 

 ふと見上げると、戦闘を繰り広げる者たちの姿を目にした。

 

(あれは……フィンさんっ⁉︎)

 

 速すぎて一瞬だったが、間違いない。

 相手は猪人(ボアズ)の大男だった。

 

(どうしてフィンさんが戦っているんだっ?)

 

 原因(戦利品)であり、抗争の理由を知らない当のベルが呆けていると、シルが「ほら、はやく」と急かす。

 

 するとフィンたちは不思議とベルたちの進路を避け、むしろ進みやすいように遠ざかっていく。

 

 そうして、摩天楼施設の麓――入口の手前にある広場へとやって来た。

 

「神様は、この上にいます! こっちです!」

 

 シルは何故かご機嫌な様子で進んでいくが、行く手を阻まれてしまう。

 入口を塞ぐように上空から音もなく降り立ったのは、アイズだった。

 

「え? アイズさんっ!? なんでっ!?」

「こらぁ! ウチもおるでー!」

 

 驚くベルに、アイズの背中に背負われたロキが顔を覗かせ、右手を突き上げながら抗議する。

 

「ロキ様までっ!? どうしてっ!?」

「どうして、やあらへん! 自分が勝手におらんくなったから、探しにきたんや」

 

 アイズの背中から降りたロキがベルに詰め寄る。

 

「僕をですか?」

「せや。こんな手紙までご丁寧に書いてくれたけど、話は最後まで聞かんとダメやで?」

 

 どこからともなく取り出した、ベルの書き残した羊皮紙をひらひらとさせながら、ロキは溜め息を吐く。

 

「す、すいません」

「あー、謝らんでもええ。さっきはああ言ったけど、自分が起きたときにほったらかしにしたんは、こっちの不手際やしな……まぁ、無事に見つけられてよかったわ」

 

 頬を掻いた後、ロキはベルの肩をポンポンと叩く。

 そして、アイズを見た。

 

「アイズたん」

「はい」

 

 頷いたアイズは、どこに入れてあったのか、おもむろに貝で作られた笛を取りだし、躊躇いなく吹いた。

 なるべく遠くまで響き渡らせるためか、笛を上に向け、ゆっくりと左右に振る。

 独特の拍子(リズム)で鳴る笛の音は、(いくさ)などで戦闘終了を告げるものだ。英雄譚でも使われている描写があったことをベルは思い出した。

 

 すると、戦闘が終わったのか、喧騒が徐々に収まりはじめた。

 

「ひとまずは、これでよしやな。後でウラノスの爺に呼び出されんのが嫌やけど……」

 

 ロキはちらりとシルを見る。

 

 シルは何故か悔しそうに親指の爪を噛んでいた。

 

 彼女の態度を見てロキはニンマリと笑った後、再びベルに向き直る。

 

「ほな、帰ろか?」

「え? あの……?」

「ああ、心配せんでも、『豊穣の女主人』に置いとった自分の荷物は、レフィーヤ——ウチとこのエルフっ()が持って帰っとるはずや」

「えっ⁉︎ 僕の荷物をですかっ? いや、えっと、そうじゃなくてですね……」

 

 状況が掴めず、混乱したベルがつい首を傾げると、ロキもそれに倣う。

 

「ん? まだわからん? 自分、入団試験に合格したんやで」

「へっ!? でも、負けましたよ、僕」

「勝ち負けで決めるんやない。あくまで実力を見て判断するんや……んで、自分は見事合格したってわけや」

「でも、勝たないと合格できないような雰囲気でしたし……」

「ああ、あれはやな――」

 

 ロキは、石枷の件を含め、『ロキ・ファミリア』の入団試験の概要を説明した。

 

「そうだったんですね……」

「せや」

 

 納得してくれた? と言わんばかりにロキが覗き込んでくる。

 

「っということは、僕……っ!?」

「おめっとさん。今日からウチの眷族(子ども)っちゅーことや」

「やっ、たぁああああっ!!」

 

 両手を挙げて大喜びするベルは、アイズと目を合わせる。

 彼女は小さく微笑み、控えめながらも拍手で祝福してくれた。

 

「あ、せや」

 

 満足げに頷くロキは、シルへと向き直る。

 

「……なんでしょう?」

「今夜、この子の歓迎会をしたいねん。店、予約しといてもらってもええ?」

「…………はい、承りました」

 

 シルは苦虫を潰したような顔でお辞儀する。

 

「あ、シルさん。すいません、神様を紹介してくださるということでしたが、僕、『ロキ・ファミリア』に入ることになったので……」

「……おめでとうございます。でもベルさん、『ロキ・ファミリア』の居心地が悪かったら、すぐにおっしゃってくださいね? 今度こそ、神様を紹介しますから」

 

 途中からロキを睨みつけるように告げるシル。

 対するロキは鼻で笑う。

 

「そんなことは万が一もあらへん。『ロキ・ファミリア』は家庭的(アットホーム)な派閥で通っとんねん……ああ、せや」

 

 ロキはシルに近づき囁いた。

 

「なぁ? 今、どんな気持ち〜? あと少しで()()()()()()とか、マジでありえへんよなぁ?」

「っ!?」

 

 シルがビクッと身を震わせると、ロキは神妙な面持ちになる。

 

「それから、今後、あの子にちょっかい出したら、タダじゃおかんで?」

「……っ!」

 

 覚えていろと言わんばかりににらみ返すシル。

 

 二人の会話までは聞こえなかったが、なんだか剣呑な雰囲気になっているのはわかったので、ベルはオロオロし始めた。

 

「あ、あの……二人とも……」

「おっしゃ、今度こそ帰るで! んで、今夜は宴や!」

 

 話は済んだ、とロキが向き直り、子どもみたいに無邪気に笑った。

 

 

 

★★★

 

 

 

 『黄昏の館』へと戻ったロキは、すぐにベルを部屋へと招いた。

 神の恩恵(ファルナ)を授けるためだ。

 

「早速、はじめるで」

「よ、よろしくお願いします」

「ブホォっ!?」

「え? どうかしました?」

「い、いや、なんでもあらへん……」

 

 上半身を裸にし、背を向けるようにして椅子に座るベルが、初夜を迎える生娘に見えて、ちょっと興奮してしまい、手元の針が狂いそうになるが、どうにか堪えた。

 

 己の新たな眷族を迎える、喜ばしく神聖な儀式である。おふざけはナシだ。

 針で人差し指を刺し、己の神血(イコル)をベルの背中に垂らす。

 ぼんやりと浮かび上がる神聖文字(ヒエログリフ)の羅列。

 そして道化師のエンブレム。

 

「………………………………………………ファっ!?」

 

 しばらくして刻印が終わり、ステータスを読み取ったロキは、思わず声を上げる。

 

「やっぱり、なにか、おかしなところでも?」

「いや、大丈夫や。すぐに共通語(コイネー)に書き写したるから、待っとき」

 

 再度、心配そうに振り返るベルを笑顔で落ち着かせるロキであったが、内心は穏やかではなかった。

 神の恩恵を授けたばかりだというのに、ベルはスキルを発現させていたのである。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 

 《魔法》

 【】

 

 《スキル》

 【最後の冥人(ラスト・クロウド)

  早熟する

  追憶(おもいで)が残る限り効果持続

  ()()の技で敵を倒す度に効果上昇 

 

 【対等の愛(フェア・ラブ)

  『魅了』無効

 

(なんや、これ……っ!?)

 

 超が付くほどのレアスキル。

 しかも二つ。

 前者に至っては、ド反則(チート)なモノである。

 

 下界に降り、長きに渡って眷族たちに神の恩恵を授けてきたが、こんなことは初めてだ。

 

(これやから、下界はオモロいんやけど……)

 

 秘匿にしなければならないだろう。

 特に娯楽と刺激に飢えた神々には、一切、漏らしてはならない。自身の派閥は最強派閥の一つであるが、知れば、搦め手を打ってくる輩も出てくるかもしれない。

 

(あの色ボケだけには、知られたらアカンな)

 

 そう、フレイヤは最大限に警戒しなければならない一柱である。

 ただでさえ興味を惹いてしまっているのだ。知り得たとなれば、なりふり構わず獲りに来る未来しか思い浮かばない。

 

(……ホンマ、厄介事を呼び込むやっちゃ)

 

 ロキが思案に耽っていると、ベルが恐る恐る振り返ってくる。

 

「あ、あの……まだですか?」

「ああ、もう終わるで……ほい」

 

 ロキはささっと羊皮紙に共通語で書き記し、ベルに渡した。

 

「ありがとうございます! ……え」

 

 受け取った瞬間は、初めての自分のステータスに興奮した様子であったが、内容を確認すると、一転して落胆した。

 

「最初は誰でもおんなじやで。これから()()()()強うなっていけばいいんや。ほんなら、もう行っていいで」

「……はい。失礼します」

 

 はだけた上半身をなおし、ベルは肩を落としながら、部屋を出て行った。

 

 その背を見送りながら、ロキは大きく息を吐いた。

 

 ベルにはスキルを二つとも教えていない。十中八九、彼は隠し事が出来ない子だ。

 ならば、最初から知らせない方が、万事、上手くいくだろう。

 

「……でも、フィンたちには教えとったほうが、ええかもしれんなぁ」

 

 幹部たち、最悪、フィンだけでも伝えておくべきかもしれない。

 だが、それも今すぐではない。いずれの話だ。

 

「ま、ウチは見守るだけしかできん……けど、全力で見守らせてもらうで」

 

 神威(しんい)を禁じられている身としては、些か歯がゆい思いであるが、ベルの今後が楽しみで仕方ないのも事実だ。

 

 ロキは歓迎会の前祝いと称し、中身が残っている酒瓶を引っ張り出し、直に口を付けた。




ようやく……
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