Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第9話「監督役」

「突然の話だが、母国に帰りたくはないかい?」

 

 熱海市に7騎のサーヴァントが揃う日より、少し前のロンドンでの出来事。

 学部長にいきなり呼び出しを受けて来てみれば、それは突拍子もない話から始まった。

 

 少女──雪村(ゆきむら)委子(いこ)は、この魔術協会に来てから1年も経っていない、まだまだ見習いの魔術師である。生まれは日本だし、生粋の日本人のはずだが、時計塔から来た魔術師と色々あった結果、こうして時計塔に入学することが決まり、それ以来現代魔術科で面倒を見てもらっている。

 

 呼び出してきたのは、その現代魔術科の現学部長にしてエルメロイの当主、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテだ。彼女は困惑する委子に対し、話を続ける。

 

「再び日本でサーヴァントが確認された、という情報が飛び込んできてね。しかも、巨大隕石が落ちた街でだ。君も聖杯戦争を経験した身として、見過ごせないだろう」

 

 聖杯戦争──。

 

 委子はかつて、聖杯戦争に巻き込まれたことがある。戦乱の中で死にかけただけじゃなく、居場所や親しくなれた人を失って、なんて経験をした。ライネスの言う通り、見過ごせないものがあるのは事実だった。

 それに、サーヴァントの現界なんて現象、そう簡単に起きるものではない。聖杯に相当するものが存在するとの推測は恐らく間違いない。

 

「私に熱海に行ってほしい、ってことですか?」

「あぁ。既に聖堂教会からは代行者が派遣されている。彼女と合流して、聖杯戦争の調査、及び巻き込まれた人間の保護を頼みたい」

「わかりました。すぐ、準備します」

 

 委子の頭の中に、ライネスの頼みを拒む選択肢は初めから無い。エルメロイ教室やその卒業生には多くの聖杯戦争経験者がいるが、中でも委子が選ばれたのは、家や組織のしがらみが無く動けるからだろう。

 それに、ライネスは委子に期待してくれている。彼女は委子たちを引き取ってくれた恩人なのだ、応えなければなるまい。

 

「頼もしい返事をありがとう。よろしく頼んだよ」

 

 ライネスの言葉に、委子は深く頷いた。そして強く拳を握りしめ、決意する。

 1年前、あの出会いと別れがあったからこそ委子はここにいるけれど、本当ならもっと生きていられたはずの人は大勢いるのだ。

 そういう人たちを助けるためにも、自分が頑張らないと。

 

 学部長の部屋を出て、自室で旅支度をする間にも、委子はずっと自分に言い聞かせていた。

 

 ◇

 

 ライネスに話を聞き、英国を出発した委子は、空港から乗り継いで目的の街へと到着したところだった。

 聞いた話によると、隕石のところで待ち合わせをすることになっているという。委子は紙の地図とにらめっこしながら歩き、住宅街へと向かった。

 

 久しぶりの日本だが、以前いた街とはだいぶ趣が違い、故郷に戻ってきた感じはしない。観光客も多いらしく、耳に入ってくるのは英語が多い。日本語の割合はさすがに英国よりずっと多いものの、委子にとってはどちらも異邦に変わりなかった。

 

 また、隕石が落ちたという場所へ向かう途中の道のりで、委子には警察車両が何度も目に付いた。聞けば、付近で不審死事件まで発生したとのことで、パトロールが強化されているらしい。

 その事件が聖杯戦争に関係するものだったとしたら、防げなかったことに心が痛む。一方で、魔術師にとっては、警察が目を光らせている現状は動きにくい環境になっているとも言えるだろう。

 

「……そういえば。隕石の傍とは言われたけど、外周のどのあたりなのかしら」

 

 隕石の付近に到着したはいいものの、それらしい人物の姿はなく、立ち入り禁止のテープが張られているだけだった。

 詳しい位置まで聞いておかなかったのを軽く後悔しつつ、外周をぐるっと1週歩けば見つかるだろう、と思い立ち、委子はまた歩き始めようとした。

 

 その瞬間のことである。

 

「だーれだっ!」

 

 突然、何者かが両手で委子の目を覆い、委子の視界が閉ざされた。それを知覚した瞬間、委子は一気に迎撃の体勢に入る。意識の外から行われた襲撃に対し、防衛のための植物魔術を起動し、委子のポケットの中から硬化した枝が射出される。同時に委子自身も、正体不明の手を振り払って、全力で飛び退き振り返った。

 

 ──襲撃者はひらりと枝を躱すと、委子に向かって、敵意ではなく、人懐っこい笑顔を向けてくる。

 

「わわっ、と。もう、久しぶりの再会なのにつれないなぁ、委員長(……)!」

 

 真っ赤なツインテールに、フレンドリーな態度。そして何より、彼女が委子を指して使ったそのあだ名。知っている者は、1年前の聖杯戦争の中で出会った者だけ。思い浮かぶ人物は、たった1人だ。

 

「なんだ、マドカだったのね……全くもう、驚かせないでよ」

 

 聖堂教会のシスター、マドカ・ペトラ。彼女は委子が時計塔に引き取られる以前、教会で委子たちの面倒を見てくれていた女性である。

 ロンドン行きが決まって教会を離れてから、約1年の間、顔を合わせていなかったのだが。

 

「また会えて嬉しいな。生き物係くんとエリちゃんも来てるの?」

「いいえ、彼らは連絡がつかなかったみたいで。世界一周ライブツアーに行くって言い残して、それっきりだわ」

「あはは、エリちゃんらしいや。いてくれたら、心強かったんだけどね」

「状況がややこしくなることは間違いないと思うわ……」

 

 マドカと委子は7つも歳が離れているが、接し方は仲のいい友人のようなものだ。再会を喜び、かつて一緒に過ごした友人の話に花を咲かせ、近況を話すだけでもこのまましばらく立ち話をしていられそうだ。

 

「あぁそうだ、安心して。教会のみんなは、信頼出来る友達に任せてあるから。ソフィアちゃんならめいっぱい愛してくれるよ!」

「それはよかった……あら? そういえば、なんでマドカがここにいるのかしら」

「エルメロイの姫様から話、聞いてなかった? 代行者が派遣されてるって」

「えぇ、聞いていたけれど」

「それが私のこと。委員長が来るって聞いた時は嬉しかったよ」

 

 さらりと言い放つマドカに、言葉を失う委子。代行者とは、天におわす主に代わって、魔を討ち滅ぼす悪魔殺しだ。友人がそんな物騒な職業だったなんて、今の今まで知らなかった。

 

「というわけで、一緒にお仕事だね、委員長! 

 ほらこれ、霊器盤もあるよ。どれだけサーヴァントがいるかわかるやつ」

 

 ごそごそと何かを取り出して、見せてくれるマドカ。霊器盤とは、確か冬木の聖杯戦争で、監督役の神父が所持していたものだったはず。

 そこには、既に聖杯によって7つの霊基が召喚されていると表示されていた。

 

 ともあれ、仕事のパートナーが気の合う顔見知りで助かった。魔術師を忌み嫌うような堅物だったらどうしようと、内心ヒヤヒヤしていたのは委子の方なのだから。

 

「それじゃあ、まずはこの隕石を調べてみなきゃね」

「えぇ。どう考えても、一番怪しいのはこれだもの」

 

 隕石を待ち合わせ場所にしたのは、やはりそのまま調査に入れるように、ということのようだ。まずは立ち入り禁止のテープの内側に堂々と入っていって、近くで観察するところからだ。

 噂通り地球上の物質ではないのか、少なくとも委子の知っているどの素材とも違う質感をしており、金属にも見えるし硝子や宝石のようでもある。

 

「うーん……見た感じだけじゃ、よくわかんないね」

 

 マドカも首を傾げている。1年前に見た聖杯とは全く違う姿をしており、また魔力の気配も感じられないため、これが魔力炉心を含んだ物体だと断言することはできないだろう。

 なんて考えていると、マドカはさらに1歩前に出て、隕石に手を伸ばした。感触を確かめるように触って、首を傾げている。

 

「触り心地は……硬いけど、柔らかいみたいな……なんだろうこれ……」

 

 ──その時、マドカは気がついていなかったが、委子は確かに目撃する。隕石の表面がどくんと脈打ち、その瞬間、霊器盤に新たな反応が出現したのを。

 

「わっ、眩しっ!?」

 

 突如として放たれる妖しい輝き。それは眠っていた彼女が起動したことの印であり、そして、ここに『8騎目のサーヴァント』が召喚される前兆であった。

 

『遂に、聖杯を求める者が出揃った。令呪を授けられた人間が8人……令呪に縛られた怪物が8体。さあ、始めようか、願いの潰し合いを!』

 

 響いてくる何者かの声。魔力が吹き荒れ、委子は踏ん張って風圧になんとか耐える。マドカは光の中におり、状況がわからない。無事を祈って耐え続け、やがて風が収まるとともに、光も晴れ、彼女の無事は確認された。

 

 ただし、傍らに見知らぬ女を伴って。

 

「──聖杯を求めるのは、アナタのようね。我がマスターよ」

 

 大きな2本の角を生やし、真っ白な髪を地面に引きずりそうなほど伸ばした彼女は、先程どこからか響いた声と同じ声色で、確かにマドカのことをマスターと呼んだ。

 そして、マドカの右手には、竜巻のようにも竜のようにも見える赤い痣が浮かび上がっているのが見えた。

 

 マドカが8人目のマスターとして選ばれたことは、もはや疑う余地がない。それならと委子は霊器盤に目を向ける。示された8つ目の反応は『復讐者(アヴェンジャー)』。

 目の前の女は、1年前にも召喚された、例外たるクラスに属する英霊だ。委子はその強烈な存在感を前にして、冷や汗をかき、警戒態勢をとらずにはいられなかった。

 

 そんな委子は眼中にないと言わんばかりに、アヴェンジャーは己のマスターに語りかける。

 

「我がマスター。アナタにも願いがあるでしょう。特別に、この怪物の王が力を貸してあげるわ」

 

 微笑みとともに手を差し伸べる彼女の姿は、毒婦のようにも、優しき母のようにも、恐るべき獣のようにも見えた。

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