Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第10話「8騎目のサーヴァント」

 己を怪物の王と語ったサーヴァント、アヴェンジャー。委子はその姿を見た時、かつての聖杯戦争で死を覚悟した時と同じ感覚に囚われた。

 纏う神秘は恐らく神代のもので、相対するだけでも背筋が凍りつく。並大抵の英霊ではないことは明白だ。

 

 彼女自身の言う通り、正当な人間の英霊ではなく、圧倒的な力を持って誕生した怪物がその正体なのだろうか。

 数多く神話に現れる怪物の中でも、王と称されるものだとすると、幻想種の中でも最上の神獣クラスとなるに違いない。

 

「さあ、私に命令を、我がマスター。手始めに魂食いでも始めようかしら? なんでもいいわ、従ってあげる」

 

 穏やかでありつつも、聴いているだけで威圧されてしまうような声で、妖しげに笑うアヴェンジャー。そんな相手を召喚してしまった、マドカはどうしたかというと──。

 

「そっか……それなら、せっかくだし、この街の案内してあげよっか。委員長も初めての土地だしさ。監督役として、現状は知っておかないと。

 あ、安心して。この3日くらいは色んなとこ行ったし、ある程度は把握してるんだよ。ドーナッツの美味しいお店とか〜」

 

 ──特に、対応を変えることはなかった。少し間を空けて考えたものの、元々委子を相手に予定していた観光デートをアヴェンジャー含めた3人でのものに認識を改めた程度だ。呆気にとられたのは委子だけでなく、アヴェンジャーの方もであった。あんなふうに契約を迫った直後で、こうも明るく返されるとは思わなかったに違いない。

 

「ちょっと待って、我がマスター。そんな呑気な……っていうか、私をこの姿で連れ回すつもり?」

「怪物の王なんだし、角隠して現代風の服装になるくらいはできると思って。それとも私の着替え、使う? 胸がすごいキツくなると思うけど……」

「できるわ、その程度」

 

 アヴェンジャーはそう宣言するとともに、両角を霊体化させて不可視にし、全身から分泌した黒泥のようなものを身にまとってワンピースのようにしてみせた。

 こうも豊満なボディラインがくっきりだと、長身や引きずるほど長い白髪ともあわせてまだまだ目立つとは思うのだが、先程までの露出の多い格好よりはマシかもしれない。

 

「うん、それじゃあ出発だね!」

 

 マドカもそれでいいのだろうか。委子が一番不安がっているが、監督役が気にしないなら、これでいいのか。マスターに先導されて出発する後ろ姿を見ていると、なんだかんだアヴェンジャーも乗り気なようだった。

 

「それでそのドーナッツが美味しいお店とはどこなのか、気になるわね」

「きっとアヴェンジャーも気に入るよ」

「私の眼鏡にかなうかしらね。まあ、人間の食べ物なんて食べたことないからわからないけれど」

「あはは、怪物あるあるかな?」

 

 いつものような人懐っこい笑顔を崩さないマドカ。けれど彼女のその横顔は、委子の目にはどこか影が差しているように見えた。

 

 聖杯は己を求める者にこそ資格を与える。マドカにも、なにか叶えたい願いがある。アヴェンジャーはそれに呼応して召喚されたのだろう。根拠はないが、委子はあれを事故ではないと思う。

 

「やっぱり、あの人のことなのかしら」

 

 2人に聴こえぬよう、小さな声で呟いた。

 委子の知る限りで、マドカの中に影を落とすとしたら──それは1年前の聖杯戦争のこと。その中で、マドカの大切な人は命を落としている。

 

 無論、委子はマドカの心が読めるわけじゃない。だから断言はできないけれど、気丈に振る舞う彼女の中に、傷ついた心があるのかも。

 

「……考えすぎよね」

 

 今までだって、マドカが委子にそんな素振りを見せたことはなかった。今だって、サーヴァントを召喚してしまっても、変わらず監督役としての仕事を完遂しようとしている。そこに嘘はないと信じたい。

 

「あ、委員長ってば、あんまり歩くの遅いと置いてっちゃうよ〜」

「えぇ、今行くわ!」

 

 アヴェンジャーと並んで連れ立つマドカの後を追いかけて、委子も踏み出した。先を行く2人に置いていかれないよう、慌てた駆け足で。

 

 ──それからというもの、マドカに連れ回され、アヴェンジャーは次第に積極的に自分用の食品をねだるようになり、最も幼いはずの委子がブレーキ役にならなければならなかった。

 マドカが教会から渡された資金が、湯水のように土産物屋で溶けていくのは、さすがに見ていられない。

 

 それでもアヴェンジャーの手元にはお菓子や海産物を初めとした大量の食品類が溜まっていった。ただでさえ目立つアヴェンジャーが爆買いで両手いっぱいにレジ袋を持っている姿は、通りがかる人々の多くが二度見していった。

 

「……いいの? 神秘の秘匿的には、あんまり人目に触れない方がいいんじゃ」

 

 マドカに向かってのつぶやきのつもりだったが、それはもちろんアヴェンジャーにも聴こえており、予想外に振り向き見下ろしてくる。

 

「委員長……だったかしら。私に姿を隠して歩けと言いたいのかしら」

「提案よ。サーヴァントとばったり出くわしたらどうするのって話」

 

 監督役としては、市街地で戦闘が始まるのはなんとしても避けたいはず。アサシンじゃあるまいし、アヴェンジャーに気配遮断の能力はない。となると、街中で偶然ばったり、なんてことになったら困るだろう。

 

「別に、私が勝つからいいのよ」

 

 アヴェンジャーとしてはその辺りは最初から考慮にないようで、堂々とした態度で、袋の中からドーナッツを引っ掴んで取り出すと思いっきりかぶりついた。およそ3分の1が一気に齧り取られ、O型はC型になった。

 

 そして委子がため息をつきかけた、その時のことだ。

 

「あっ、お姉さんたち、また会ったね!」

「……ん。貴女は確か、ミス・マドカだったか。今日は連れがいるのか」

「そうそう、マドカだよ。今は友達と散歩中」

 

 誰かを見つけたマドカが手を振り駆け寄ったのは、スーツを着た男女2人組のところだ。日本語ではなく英語でのやり取りだったが、時計塔に留学していたおかげで、委子は盗み聞きしても意味を理解出来る。

 話しかけられた瞬間は身構えていたものの、どうやら2人組とマドカとは知り合いであるらしく、彼らも親しげに応えてくれているらしかった。

 

「ドーナッツ、また買ったんですね」

「どれだけ食べても美味しいからねぇ」

「2日連続は……私は遠慮しておくかな」

 

 一方、マドカの隣まで悠々と歩いて赴いたアヴェンジャーはというと、2人組の長身の女よりも、その隣の少年にずっと視線を向けていた。

 女の淡い色とは大きく違う深緑の髪を結んだ彼は、アヴェンジャーからの視線に首を傾げ、どうしましたか、と穏やかに問いかけてくる。対するアヴェンジャーの答えは、マドカに対する態度とはうってかわって、静かな言葉で紡がれる。

 

「別に。少し、懐かしい相手だなと思っただけ」

「そうですか? 私は貴女を知りませんが……貴女が私の同類、ということは理解(わか)りますよ」

 

 少年の向けた視線に、アヴェンジャーはくすりと笑って応えた。ということはつまり、少年もまたサーヴァントということになる。

 

 当のアヴェンジャーが隠そうともしていないのだから当然だが、こうもばったりと出くわしてしまうとは。先程の懸念が現実になってしまった状況に、委子の頬を冷や汗が伝った。

 マドカと話していたマスターらしき女も、彼女を睨み、静かに殺気を放っている。

 

「……まったく。菓子を分け合った相手がマスターだったとは、驚きだ」

「私はどっちかって言うと、自分がマスターになったことの方が驚きだな」

 

 空気が張り詰める。マドカだけはそんな素振りを見せなくても、サーヴァントの間には互いの出方を窺う沈黙が続いている。

 委子はせめて民間人への被害を減らそうと、ポケットの中で種を握りしめていた。植物魔術で対処できることなんてたかが知れているが、何か少しでも切っ掛けがあれば、この道の真ん中で戦闘が始まってしまう。それは委子も、マドカも望まないことだ。

 

「今はやめましょう。人間を巻き込む趣味はありませんし、マドカさんからは敵意を感じませんから」

 

 その沈黙の終わりは、意外にも少年の言葉でもたらされた。それを受けてアヴェンジャーも、相手のマスターも戦闘態勢をやめる。けれど彼女の目はいまだにマドカを睨みつけていて、冷たい声色で問いかけてくる。

 

「どういう訳だ、ミス・マドカ」

「えっと……まず、場所、変えよっか」

 

 当然ながら、往来で魔術世界の話をするのはまずい。人気のない建物の陰に移動して、改めて答えた。

 

「私は代行者で、今回の聖杯戦争には監督役、及び監視役として派遣されたんだ」

 

 マドカは答えとして、自分の事情を説明していく。隕石を調査しようとしたところ、召喚の儀式を行ってすらいないのに、事故でサーヴァントが召喚されてしまったとか。現状、聖杯戦争に積極的に参加する気はないとか。女性の方は目を丸くしてマドカから視線を一切逸らさず、少年は頷きながらそれを聞き届けると、先に少年が応えた。

 

「では、目的そのものは似たようなものですね。こちらのマスターも、目的は聖杯ではなく、そこに(たか)ってくる怪物どもから人々を守ることなのですから」

「……あぁ。貴様が代行者だとは気が付かなかったが、悪い人間ではないように見える」

 

 どうやら、委子の心配は杞憂に終わってくれたようだ。出会ったのが頭のネジの外れた者だったら、この場で戦闘が始まっていたに違いない。胸を撫で下ろし、引き続きマドカたちのやり取りを見守ることにする。

 

「えへへ、ありがと〜。ま、あんまり派手に仕事したこともないし、全員の顔覚えてる変態じゃなきゃ私のことなんて知らないから、そっちの方は気にしないでよ」

 

 委子が先程聞いた話でも、1年前の時点ではまだまだ見習いだったらしく、あの後『ソフィア』なる人物と共にいくつか大きな仕事をした結果、彼女の推薦で、こうして1人で任務に出ることになったとか。

 

「私自身はともかくとして……今は、我がマスターと同じことを考えているでしょうね。私の方は別に、今すぐ殴りあったっていいのだけれど」

「そんな言い方しなくたって、これからも私は正義のために戦うってば。あ、この子、アヴェンジャーね。エクストラクラスの」

「ふん。ま、ほどほどに手を貸すわ」

 

 紹介されてもあまり友好的に振舞おうとはしないアヴェンジャーだが、対する向こうのマスターの態度も似たようなものだった。こちらも必要以上に馴れ合うつもりはない、と念を押すような視線を向けながら、ぽつりと呟く。

 

「名乗っていなかったな……カシオペア・トリスケリア。フリーランスの魔術使いだ」

 

 カシオペアは長身で、その色の抜けたような淡い桃色は、きつい顔立ちとは正反対の柔らかな印象だった。

 さらに、アヴェンジャーも背が高いが、改めて見るとカシオペアの方がいくらか長身である。170センチは超えているんだろう。

 ただし、アヴェンジャーの胸の目立つ双丘のような存在感を放つものはなく、スレンダーな体つきだった。

 

「私はマスター・カシオペアのサーヴァント、ランサーです。正当な英霊ではありませんが、よろしくお願いしますね、皆さん」

 

 カシオペアにもランサーにも、協力に対する異存はないらしく、味方してくれそうだ。思わぬ協力者を得たことに、やはり委子の心配は無用だったと思い、遠巻きに眺めながらもほっとしていた。

 

「マドカさん。そちらのお嬢様は?」

「あぁ。雪村委子だよ、私の友達で、魔術協会から調査に来てるの」

 

 そこへいきなり委子のことが話題にのぼり、全員の視線がこちらへ向いた。

 

「こんな子供まで……すまないな、こんなことに付き合わせてしまって。本当は、私たち大人で片付けるべきなのに」

「……そんな謝らなくったって、いいわ。私だって、自分がやりたくて引き受けたんだから」

 

 委子はまだ12歳。一般に子供、と言われることはわかっている。それを言ったら、マドカだってまだ20歳未満なわけで。経験でいえば、そこらの魔術師が一生かかってもできないものをしてきたつもりだ。そんな風に謝られる筋合いはない。

 

 カシオペアに対して返す委子の視線は少しきつく、謝る前よりも気まずくなる。それを察してか、マドカが声を出す。

 

「そいや、昨日は不審死の調査に出てたっけ。成果はあった?」

 

 話題が変わったところで、委子は目を逸らしてカシオペアから離れようとした。子供扱いが嫌だった、というより、カシオペアの報告に邪魔だと思ったから。そんな委子の背中を、ランサーが受け止めてくる。

 

「あまり気を悪くしないでくださいね。あの人は、優しいだけですから」

 

 委子もそれ以上はなにも言わなかった。ランサーの言う通りで、委子が勝手に、子供っぽく拗ねただけなんだから。

 一方のカシオペアは、委子が口を固く結んだのを見て、ようやく話し出す。

 

「……目撃情報によると、犯人は虫らしい。使い魔かなにかだろうが、生贄や魂喰いにしては不自然だ。よって、私たちは調査を続ける。無論、聖杯戦争の方に手を抜くつもりはない。安心して欲しい」

「うん、わかった。私たちにも、出来ることがあったら呼んでね。カシオペアお姉さん」

 

 かくして、ランサーとアヴェンジャーは手を結ぶことになる。誰かを害する者を追いかけるため、そして誰かを助けるために、だ。

 もしかしたら、この時点で既に、自分の底にある願いには互いに目を瞑っていたのかもしれないけれど。

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