Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第12話「悪夢の襲撃」

 メイド喫茶『ふらんけんしゅたいん』は今日もたくさんのご主人様で賑わっている。そのご主人様たちのお世話を、声変わりしてなお高い声で猫なで声を出し、女の子らしい振る舞いを意識しながら、つかさはこなしていくのだ。

 

「ま、また来るからね、ひまわりちゃん」

「はい! いってらっしゃいませ、ご主人様! またのお帰りをお待ちしております!」

 

 笑顔を作るのにも慣れたもので、見送られる太った男は名残惜しそうに何度も振り返り、手を振っていた。勿論振り返して、その背中が見えなくなってから店内に戻る。

 

 その一生懸命な努力が実を結んでか、本郷つかさ改めメイド『ひまわり』は、今日も多くのご主人様からの指示を集めている。他のメイドからはあまり好かれていないが、それはそれ。ご主人様からの指示があれば苦じゃないのだ。

 

 だが、全てのご主人様が店にとって歓迎されるべき存在ではない。中には、メイドたちに迷惑をかけるような者も、全くいないとは言いきれない。

 

「っ……お、お帰りなさいませ、ご主人様」

「あぁ、ただいま」

 

 本当に自宅へ帰ってきたかのように平然と返すこの青年も、最近つかさに付きまとってきている者の1人だ。最近といっても彼はまだ3日目だが、つかさにとってはあまり顔を合わせたくない相手だった。

 理由は単純だ。彼が、一昨日起きた、大学生4人の不審死事件の犯人だからである。彼はどういう原理か、虫たちの群れに変身し、被害者たちを食い殺した。そんな相手を前に、なんとか平静を保っているつかさは、きっと頑張っている方だ。

 

「本日はどのメイドに……」

「もちろん君だ」

 

 今まではどんな男に言い寄られても耐えられたが、この時だけは、当店に指名システムがあることを恨んだ。彼をテーブルに連れていくが、その道中でのつかさの表情は、メイドにあるまじき引き攣りようであった。

 

「……ご注文は」

「コーヒーとオムライス。昨日も食べたけれど、あれは中々だったからね」

「かしこまりました」

 

 笑顔のクオリティが落ちているのは自分でもわかっている。だが、彼はそれを全く気にすることもなく、厨房にオーダーを伝えて戻ってきたつかさに対し、昨日も一昨日もしてきたのと同じ話を口にした。

 

「さて……ひまわりちゃん。なんでも願いが叶うとしたら、何がいい?」

「またその話題ですか? 私、もっと他の話も聞いてみたいなあ」

「私と契約してくれたら、もっと楽しい話を聞かせてあげられるんだけどな」

 

 色んなご主人様がいても、わざわざ連日店に出向いてまで、何かの詐欺を仕掛けようとしてくるご主人様は初めてだ。その契約が何を意味しているのか知らないが、願いが叶うなんてそんな美味しい話が転がっているなら、まずこの男が使っているだろうに。

 

 怪訝な目で見るつかさに対し、青年は言葉を続ける。

 

「君がどう考えるかは勝手だけど……そうだね。ヒトの肉体を作り替えるくらいは、簡単にやってのけるだろう。私の知り合いにも、そういうことをした奴はいるしね」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、つかさの背筋が凍る。この男は、つかさのことに気がついているのではないか、と思い始めてしまう。呆然と見つめたまま言葉を失っていると、青年はつかさに視線を向け、そのまま平然と話を続けた。

 

「君が何を願おうと自由だし、私は君の今の生活を壊しに来たんじゃない。君にチャンスを運びに来たんだ」

「ッ……ほ、本当、ですか」

「あぁ。私が君に嘘をつく意味はない。君には私の傍で、行く末を見せてくれるだけでいい」

 

 口先ではなんとでも言える。自分が脅されているのかどうかも定かではないけれど、つかさは目の前の相手が怖かった。今まで必死で隠し通して、守ろうとしてきたものを、彼は一瞬で破壊できる。居場所も、生命も脅かせるのだ。それが怖くて、つかさは従おうとする素振りを見せるしかなかった。

 

「……わかりました。その、契約とやら……受けますから。お店が終わってから、また──」

 

 また後で、と言おうとした瞬間だった。突如として地面が大きく揺れ、バランスを崩したつかさは転びかけて、青年に支えられてなんとか耐えた。

 

「地震……!?」

「ご主人様! 机の下にお隠れください!」

 

 店舗内の客たちは当然ながら驚いており、ドリンクが溢れたり、食器が落ちて割れたことで取り乱す者もいる中、落ち着いている先輩メイドは対処を指示する。つかさも青年と共にテーブルの下に隠れ、揺れが収まるまでやり過ごそうとする。

 

 だが、それがただの地震でないことは直後にわかる。収まったかと思った途端、また次の揺れが襲ってきたのだ。今度も建物ごと大きく揺れて、店の外からは建物が崩れるような音と、人々の悲鳴が聞こえる。

 

「お、おい、あれ……っ!」

 

 窓の向こうを指して言う者に釣られ、皆が彼の指す方に目を向けた。まず飛び込んでくるのは、高層ビルに巻き付く目を疑うほどの巨躯を持つ蛇の姿。今まさに、その蛇によってビルが()し折られ、地面に落ちようとしている場面であった。

 

 響き渡る破壊音に、窓ガラスがビリビリと揺れるほどの衝撃波が駆け抜ける。メイドの1人が甲高い悲鳴をあげ、先程まで落ち着いていた先輩メイドも絶句していた。

 

「もう始まっちゃったか……しかし、派手にやるものだ」

 

 つかさの隣で破壊の現場を眺める青年は、まるで事情を知っているかのように話す。彼は本当に何者なのだろうか。もしかして、このテロの首謀者、とか。

 

「貴方は……」

「私のことはアーチャーと呼んでくれたまえ。さて、それより、ここも数分後には危ないかもね。死にたくない人間は避難すべきだと、私は思うよ」

「あっ、せ、先輩! 避難指示を!」

 

 青年の言葉に、つかさは立ち上がって飛び出し、絶句していた先輩に声をかける。彼女はその声で我に返ると、店の避難マニュアルに沿った指示を開始する。

 

「どうなってんだよ、この街は!」

 

 誰かが吐き捨てたその言葉に、つかさは心から同意した。

 巨大隕石は落ちてくるし、虫の群れがナンパ男を殺すし、巨大な蛇がビルを壊すし、どうなっているんだ──。

 誰も答えてくれない叫びを心の中にしまって、つかさは先輩の避難指示に従うのであった。

 

 ◇

 

 メイド喫茶が混乱に陥る数分前のこと。観伝寺風羽は、ビルの屋上に立っていた。傍らにはキャスターが控えており、並んだ2人は街を眺めている。けれど、決して街並みの景色を楽しみにやって来たわけではない。

 

 これよりも高い高層ビルはいくつか存在し、街を見下ろすことはできないが、それでもいい。あまり高すぎると、地上の様子がよく見えないからだ。

 ここで、風羽は自分の聖杯戦争を開始すると決めていた。既に聖杯は目覚めており、全てのサーヴァントは集結していることだろう。キャスターの従える彼らと同等の怪物たちを釣り出す為にも、これは必要な破壊活動だ。

 

「カウントダウンはもうゼロになってる。だから、もう我慢しなくていいんだよね。ふふ、ふふふふふ……キャスター、お願い」

 

「えぇ、わかっています。さあ、出番ですよ、可愛い我が息子よ」

 

 キャスターの宝具── 『九界の神々に三相の結末を(ロプトル・ギフト)』。北欧神話に於いて神々を襲い、主神や軍神をも死に追いやった怪物を使役する宝具である。

 その怪物こそが、召喚の際に共に現れた狼と蛇と女であり、この場所に来るための移動にもフェンリルには乗り物になってもらった。

 

 だが、今回は目的が違う。隠れて行動するのではなく、できるだけ大規模に行わなければならない。

 キャスターもその目的をわかってくれているんだろう。彼女の刻んだルーンから、現れようとする霊基は一気に肥大化していき、数十秒であの隕石を超えるサイズまで成長していった。

 

 同時に、風羽の肉体からも生気が奪われる。1週間という期間を経て何度も彼らを実体化させ、魔力が奪われる倦怠感にもある程度慣れてきたつもりだったが、これ程の負担は初めてだ。倒れそうになるのをキャスターに支えられながら、地面に降り立つだけで局地的な地震を起こすヨルムンガンドの姿を見る。

 

「さ、さあ、行って! 日常なんて、叩き壊しちゃえ!」

 

 ヨルムンガンドは風羽の声を聞き届けたのか、大きく口を開き、天に向かって吼えるような仕草を見せると、手近な高層ビルへと巻きついた。そのまま、鉄とコンクリートの塊を、締め上げる力によっていとも容易く破壊してしまう。

 

 砕かれたビルの上部は、当然地面に落ちていった。衝撃波がつまらない生活音を上書きして、街が非日常で満ちていく。

 

 地上を見ると、人々はパニックになって逃げ惑い、しかし逃れきれずに降り注いだ瓦礫の犠牲になる者の姿も見える。

 しかし何よりも、地上に落ちたことで、粉々にされてしまったビルと、その中にあったであろう物品の残骸の群れを見ると、風羽は胸が高鳴った。

 

「すごい……すごいっ、すごいよ、キャスター! これが怪獣、これがサーヴァントなんだ……!」

 

 このぐらいのことを簡単にやってみせるのがサーヴァントだと、風羽は脳では理解していた。それでもこうして目の前にすると、心臓がどきどきして、腹の底がふつふつと煮え立つような、そんな感覚がやってくる。

 

「もっと見せて……私に、怪獣のいる世界を……!!」

 

 傍から見たら、今の風羽はひどい顔をしていただろう。我ながら、まるで情事の最中のような、蕩けきった雌の顔だったと思う。気がつけば、自分のスカートの中に手を差し入れてしまっている。

 快楽で脳と思考を甘やかしながら、視界の中でヨルムンガンドが破壊の限りを尽くしているのを眺めるのは、風羽が今まで味わった中で最上の悦びであった。

 

「はぁっ、はぁーっ……あ、あれ……?」

 

 ふと、自分の中で、なにかが目を覚ましたような気がした。求めていたものを目にしたからか、心地よい痛みが、どの臓器でもない領域から伝わってきたような。

 思わずキャスターの顔を見ると、彼女にもそれがわかったのか、くすりと笑い返してくれた。

 

「どうやら、回路を開くことができたようですね。魔術師の世界へようこそ。歓迎しますよ、マスター」

 

 キャスターが言うには──今のが、魔術回路だったらしい。けれど、今はそんなことよりも、もっと気持ちよくなりたい。

 

「ヨルムンガンド……ねぇ、次はあの辺り……電車、壊しちゃおうよ」

 

 風羽の意のままに、熱海駅の襲撃に乗り出す世界蛇。その移動によっても、人々は為す術なく轢き潰され、車がひしゃげているのが見えた。

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