Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ] 作:皇緋那
熱海駅周辺で突然発生した大規模な災害。犯人はビルより大きな蛇で、巨体で巻きついてビルを壊したという。目撃者・死傷者ともに多数であり、先程から街中に何種類ものサイレンが鳴り響いている。
都心から離れた旅館である大栄館でも、その活動による揺れや衝撃波の一部が観測されていた。
そんな大事件が発生した結果、この地を影から支配している徳間家の魔術師──とりわけ当主である若葉は、ひどく対応に追われることになっていた。
一体何者が、誰の許可を得て、若葉の支配する街を荒らして回っているというのか。本当に腹立たしい。
「全く……これじゃ聖杯戦争どころじゃないじゃない……!」
まさに破壊活動を行っている巨大蛇に対しても、情報の拡散に対しても、手を打たなければならない状況だ。セカンドオーナーとしての責任に直面し、若葉は親指の爪を噛みながら考える。
隣では、パニックになった姫螺璃や報告に現れる従者たちがあちこち行ったり来たりでやかましかった。
「ど、ど、どうしましょう、若葉様! 街がっ、その、大変なことに!」
「うるさいわ、姫螺璃。それを今から話すの。ちゃんと聞きなさい」
若葉が重く見るのは情報の方だ。焼け石に水だろうが、まず通信障害を起こし、魔術師どもに周辺の人々の記憶を消して回る準備をさせる。今のうちから、記録の抹消にも人員を割いておく必要がある。インターネットのある現代において、神秘が人々に知れわたるのは時間の問題だ。放置すればたった30分でも取り返しが付かなくなる。
だからといってもう一方の、あの大蛇を止めるのが簡単かと言われれば、当然そんなはずはない。サーヴァント本体か、宝具による召喚かは不明だが、纏っている強い神秘は魔術師程度では太刀打ちできないほどだ。こちらも最高戦力、つまりサーヴァントを駆り出さなくてはならなくなる。
そのサーヴァントだが、徳間家が従えているのは、よりにもよって気まぐれなバーサーカー。魔力供給については旅館の人間全員に分割してやらせているため問題は無いが、まず言うことを聞くかがネックとなる。
いくら緊急だとしても、聖杯戦争はまだ始まってもいないようなもの。ここで令呪を使うのは浪費と言う他にないだろう。
「バーサーカーについては……姫螺璃、貴方に任せるわ」
「え……そ、そんな、マスターは若葉様じゃ」
「悔しいけど、あいつは私の言葉には耳を傾けないわ。でも、貴方ならまだ可能性はある。いい? 姫螺璃、貴方にかかってるのよ」
姫螺璃を彼女と最も親しい者として、その気にさせる役に指名して、若葉はさっさと作業に取り掛かることにした。連絡は取れるだけ取っておかなければならない。部下どもがうろつく部屋を出て、若葉は廊下を駆け足で急いだ。
一方の姫螺璃はというと、またバーサーカーの相手をさせられるということで、今にも泣きそうな表情をしながらも、若葉とは逆方向に駆けていった。若葉の命令に逆らうなど姫螺璃にできるわけがないのだ。
そんな彼女だったが、その途中で足をもつれさせて転んでしまう。そして生じた大きな音を聞きつけて、彼女のところに駆けつけたのはまた別の少女だった。
「きら姉、大丈夫!?」
「うぅ、い、痛いだけですから、大丈夫です……」
「きら姉ってば、いっつも転ぶたびにそう言うけどさ。そのうち骨とか折れちゃいそうで怖いよ、ボクは」
彼女は若葉の妹である徳間
彼女も魔術師ではあるのだが、姉ほど魔術世界に染まっていない。姫螺璃にとって、若葉やバーサーカーほど怖い人ではないが、立場は明らかに彼女の方が上だ。
そんな相手に無用な心配をかけるのはいいことじゃない。床に打ちつけて赤くなってしまった鼻を隠しながら、姫螺璃は先を急ごうとする。
「待ってよきら姉。そんなに急いだらまた転ぶって」
「で、でも、早くしないと若葉様が」
「いやいや……焦って痛い思いするより、落ち着いて歩いた方が絶対いいって」
浅黄はそう言いながら姫螺璃の手を取り、ゆっくり歩くように促した。その間、なぜか彼女は目を合わせてくれなかったが、お陰で落ち着いて部屋に到着する。
だが問題はここからだ。バーサーカーの相手をするのはどうしても怖くて、襖に手をかけたまま何度か深呼吸して、ようやく勇気が出て一思いに全開にする。
部屋の中で退屈そうにしていたバーサーカーがこちらを向き、目が合って、姫螺璃は硬直してしまうが、後ろで見ていた浅黄が背中を押したことでなんとか一歩踏み出した。
「あら。最近、貴女が姿を見せないから退屈で仕方なかったのだけれど、ようやく顔を見せてくれたわね」
「あ、あの、その、今日は頼みがあって」
「頼み? そんなのどうでもいいわ。そんなことより、わたくしの暇つぶしに付き合ってくださらない?」
案の定、バーサーカーには話が通じない。彼女には全く姫螺璃の話を聞く気がないのだ。かと思いきや、部屋の入口に立っていた姫螺璃を、触手のように蠢く髪の毛で捕まえると、自分のところに引き寄せて顔を近づけてくる。
「ひっ……あ、あの、街が、大変で」
「人の営みなんていつか水底に沈むんだから、どうなろうが一緒だわ。それに、どうせあのつまらない女の差し金でしょう。わたくしは、貴女の言葉が聞きたいの」
耳元で甘い声が囁いてくる。そんなことを言われても、姫螺璃にそんな権限はないのに。このままでは、若葉に怒られる。怒られるどころか、始末されてしまうかもしれない。それは嫌だった。
「あの。他のサーヴァントが街に堂々と現れていて、破壊活動に及んでいるんです。ボク達は街の管理者だ。放置してはいられないんです」
口を挟んだのは浅黄だった。姫螺璃が遮られて伝えられなかったことを代わりに言ってくれた。姫螺璃は彼女の言葉に激しく頷いて、バーサーカーに受けいれて貰えないかアピールしようとした。しかし彼女は首を傾げるだけで、受け入れてくれる気配はない。
「わたくしが欲しいものは物じゃないの。ただ、満たされたいだけ。聖杯なんかで得られるモノに興味はないわ」
聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントとは思えない発言だった。彼女は怪物に堕ちたとはいえ、元々は神霊の娘。人間よりも高位の存在だ。それなのに、わざわざこうして召喚に応じたということは、何か理由があるはずなのに。
「だけどね。今は貴女に興味があるわ。姫螺璃、貴女が欲しいの。貴女の望みになら、触手を貸してあげてもいいわ」
バーサーカーの手が姫螺璃の頬を撫でた。突然の感覚にぞわっとして、鳥肌が立つ。けれど、姫螺璃が望むとさえ言えば、彼女は動いてくれるのか。それなら、姫螺璃は若葉に捨てられない選択肢を選ぶ。
「わ、私は……聖杯が、欲しい、です」
心にもない言葉だ。聖杯なんて手中に収めても、姫螺璃には願うことなんてない。魔術師の家にいるくせに、根源に辿り着いたからなんなのかと思ってしまう姫螺璃には、そんなものは手に余る品だ。万が一聖杯戦争に勝ってしまったとしても、若葉に渡すしかできることはない。
だけど、こう言ったら、バーサーカーは戦ってくれる。それなら、いくらでも嘘をつく。今までだって嘘をついてきたんだから。
「ふふふ……いいわ。貴女に聖杯を掴ませてあげる。その代わり、その言葉を取り消すなんて言ったら食べてしまうわよ」
バーサーカーが、ずっと座っていた水でできた玉座から立ち上がる。そして、髪の毛で絡めとった姫螺璃のことを抱えたまま、傍らで唖然とする浅黄のことは眼中にも無い様子で、部屋の外まで歩いていく。
「さて、飛びましょうか」
「飛ぶって……っ!?」
バーサーカーは手のひらから水流を噴射し、凄まじい勢いで押し返されるのを利用して宙に飛び上がった。姫螺璃は想像だにしていなかった空中散歩に、壊された街を一望しながら、恐怖に顔を歪ませていた。
「……姉上には、黙っておかなくちゃ」
姫螺璃の聖杯を欲しているという言葉を聞いた浅黄が、それを反逆の表明であると受け取りながらも黙殺しようとしていることなど、姫螺璃は全く知らない。