Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ] 作:皇緋那
真っ先に食べ終わったライダーを除いた皆が食事中だったにも関わらず、何者かがサーヴァントを白昼堂々暴れさせたせいで、紘輝たちはファミレスを飛び出していく羽目になった。食い逃げにはならないよう、代金はテーブルの上に置いていった。
混乱に乗じて店を抜け出したあと、現在は被害の起きている中心地点へと真っ直ぐに向かっている真っ最中だ。
ちょうど先程街の被害について話したばかりの時に、より多くの人を攻撃したいかのようなやり方を見せられては、紘輝だって怒らずにはいられない。
雫は紘輝のその怒りに頷いてくれ、セイバーやライダーも手を貸してくれるという。あれだけの脅威に対抗できるのは、同等の脅威を秘めた存在、即ちサーヴァントでしか有り得ない。紘輝は彼女らに託すことを決め、足は止めず走りながらセイバーに呼びかけた。
「……頼む。この街のこと、守ってくれ」
「マスターのご指示とあらば」
紘輝は彼女が頷いてくれたことに安心しながらも、前を向く。セイバーの行く手では、既に何者かがあの蛇と戦っていた。
「……あれ、って」
雫が呟き、息を飲む。続けて彼女の視線の先を、紘輝も認識した。
その女──バーサーカーは水面に立つ麗しきものであった。彼女の指示によって何度も叩きつけられる渦潮や水流は、大蛇を怯ませ後退させている。優勢であるようにさえ見えた。
蛇が大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられた時、余所見する余裕が生まれたためか、その女が紘輝たちの方に振り向く。そしてセイバーの姿を見ると、くすりと笑い、口を開いた。
「あら、同郷の相手と出会うなんて、奇遇だわ。でしょう? その眼、私も知っているわ」
大蛇と戦っていたということは、紘輝たちと考えていることは同じだろうか、なんて淡い期待はバーサーカーが言い終わると同時に裏切られる。セイバー目掛けて渦潮が飛来し、彼女は黄金の剣を抜かざるを得なくなったからだ。
間一髪で渦潮は切り裂かれセイバーも紘輝も無事だったが、敵対はもう避けられないだろう。
「……残念ですが、私は貴方の言うようなモノじゃありませんよ」
「あら、そう。なんでもいいわ、貴方もここで呑み込んであげるだけだから!」
敵の言葉に答えることはなく、セイバーは姿勢を低く構え、一気に飛び出した。迎撃に放たれる水流は黄金の剣が引き裂いて、建物の外壁の残骸を足場に飛び回り、俊敏に相手を翻弄していく。まだ互いに様子見のようだが、視覚を強化する魔術をかけてなんとか視認できるような速度の世界だった。
その最中で、ふと遠くの建造物に焦点があった。そこに、見慣れた人影があったような気がしてしまったのだ。
紘輝の歩みが止まる。あれは──風羽、だろうか。隣に誰かがいるみたいだが、なんであんな場所に立っているんだろう。
「芹沢くんっ!」
背後から雫の声が聞こえ、太陽が陰った。見ると蛇が起き上がり、こちらを狙い始めた様子であり、巨大な尻尾をまさに振り上げた瞬間だった。その尾が影を作っていたのである。
紘輝が走って逃げようと構え、しかしあれほどの巨体から逃げるには時すでに遅く、駆け出したところで瓦礫に足をとられ、そして紘輝は自分の服に噛み付く小さな蛇の姿を見た。
その蛇が紘輝を引っ張り、安全圏へと避難させてくれる。目の前で蛇尾が地面に叩きつけられるものの、紘輝は怪我を負わずにすんだ。
「……ライダー」
「マスターの頼みだ、勘違いするなよ。感謝するならシズクにしておけ」
コートを脱ぎ捨てたライダーの両肩からは、1匹ずつ蛇が伸びていた。これが先程紘輝を助けてくれたのか。牙を剥き出しにした彼らは絶えず威嚇を繰り返していたが、同様にライダーも歯を見せて笑っており、ここでも戦いが始まろうとしていた。
「完全に安心とはいかないけど……私が守るから、紘輝くんは前に出ないで」
雫が寄り添い、結界を展開してくれたことで、紘輝は破片や攻撃から守られることになる。
「マスターの言う通りだ、下がっていろ人間ども。ここからはヘビ同士のじゃれ合いだ。巻き込まれても知らんからな」
するとライダーは己の両肩の蛇を掴むと、あろうことか、ありったけの力をこめて引きちぎり始めた。断面からドス黒い液体が溢れるが、彼女は気にせず、片方の蛇を放り投げ、もう一方は強く握り締めた。
放り投げられた方は肥大化し、黒馬の姿となり、握りしめられた方は伸長し、馬上槍の形となる。ライダーはその黒馬に跨ると、大蛇に向かって走らせる。黒馬は高い身体能力を持つようで、建物から建物へと飛び移り、大蛇の方へ接近してゆく。
対する大蛇は尾を器用に使い、もぎ取ったビルの上部をライダー目掛けて投げつけてくる。だがライダーは槍を突き出し、突進することを選んだ。コンクリートを槍が黒馬と共に貫き、そのまま大蛇の方にまで突貫してゆく。
「はァッ──!」
そのまま放たれた槍の一撃が、大蛇の鱗に突き刺さる。だが、貫くまでは至らず、血を流すこともなかった。大蛇の体に到達したライダーは、馬にその鱗を蹴らせて跳躍し、離脱を試みる。
大蛇はそれを口を開けて追うが、ライダーが振り向きざまに投げつけたランスが舌に刺さり、怯んだ隙に体勢を整えられてしまう。いつの間にか再生していた両肩の蛇が再び引きちぎられて弓と矢を形成し、その矢を既に彼女は番えていた。
「弓兵の真似事だが……精々刮目しろ、なんてな」
大蛇の眼球めがけて放たれた矢は真っ直ぐに迫り、突き刺さると同時に膨れ上がり、小規模ながら爆発を起こす。当然目の損傷は大きなダメージとなり、大蛇の体液が飛び散る。
鱗は確かに分厚いが、口内や舌、眼窩であれば攻撃は通るらしい。
反撃に尾で地面を薙いで飛ばした無数の瓦礫で攻撃してくるが、弓を振り回して弾き、大きな塊は新しい矢で打ち砕いた。
「こいつ……まともに魔力が入ってないな。毒も吐けんとは、貴様本当にロキの息子か?」
恐らくはマスターの問題によって、今のこの大蛇は真価を発揮できていないとライダーは感じる。巨体に対し、威力がなさすぎる。何の神秘もない物を壊すだけなら足りるかもしれないが、サーヴァント戦では外面だけのハリボテに近いだろう。
この大蛇が本当に、クラスを与えられたサーヴァントなのかは怪しいところだ。
「まあ、どちらでもよいことか。潰しておくに越したことはない──!」
今度番える矢は先程よりも強く魔力を込めた代物だ。雫には負担を強いて悪いが、これ以上長引かせれば街はもっとずたずたになる。早期決着のため、ありったけをこめて弦を引く。
大蛇が口を開き、ライダーを攻撃する姿勢に入り、今だと確信して指を離す。飛び出した矢は膨張し、向かってくる大蛇と交差する瞬間に爆裂する。溜め込まれていた魔力が激しく放出され、炎が噴き上がり、音が響いた。
だが──手応えはない。爆炎が晴れた時、そこに大蛇の姿は跡形もなく、しかし消滅したようには思えなかった。
「逃げられた、か」
出来ることならこの場でトドメを刺しておきたかったが、逃がしてしまったものは仕方がない。ともあれ、これでマスターも満足だろう。
次にすべきことはセイバーの救援だと、ライダーは振り返り、肩の蛇で作った鞭で黒馬を叩き、走らせた。
そのセイバーはというと、水を操るバーサーカーに対し、接近戦に持ち込むことで有利に戦況を運ばせていた。
水流は規模こそ大きいが、あまりに自分自身に近すぎる場所には発生させられない。接近すると今度は水流のカッターや触手のように使われる髪が立ちはだかるが、剣を振るうセイバーには届かない。バーサーカーは歯噛みする。
「……あなたの体、傷つけます。ごめんなさい」
そう小さな声で呟いて、振り上げた黄金の剣を振り下ろす。その先は──セイバー自らの手首だった。だが無為な自傷でも、敵に操られたのでもない。溢れる血潮、その全てが彼女の武器となるからだ。
溢れた血液はバーサーカーの髪と同様に硬化して自在に動き、互いに攻勢と防御を同時に開始し、相殺し合う。バーサーカーの毛先は赤に染まり、金色の髪の切れ端は宙を散った。
これでセイバーにまとわりついてくる相手が減っている。これを好機とみて、すかさず背後に回り、髪の向こうから心臓を狙いにかかった。だがその途中で水の防壁が出現し、そこから一気に散開して取り囲むように攻撃しても、刃はわずかしか届かない。
バーサーカーが切り裂かれたのは薄い皮膚や衣服の一部だけで、深刻なダメージには至らなかった。
「ふふ、その程度で、致命傷になるものですか!」
反撃に放つ水流は多量の魔力を纏っており、破壊力はあの大蛇の一撃に勝るとも劣らない。セイバーは俊敏な動きによって彼女を翻弄しているものの、いつまでもつかわからない。
そんな膠着した状態の中で、ふと、バーサーカーの視線が逸れる。マスターを狙おうとしたのか、紘輝と雫がいる場所に向いた。紘輝も雫の魔術の補助に入り、致死級の水飛沫をどうにか耐えていたところをその目に捉えられる。
「ッ──貴女、は」
バーサーカーの攻撃を繰り出す手が一瞬止まって、その隙にセイバーが仕掛ける。血の槍は瞬時に彼女を狙い、その肩の肉を抉り、ついに大きな傷をつけることに成功する。
「くっ、そろそろ、潮時かしら」
さすがのバーサーカーも撤退を選ぶようだ。置き土産に放たれた渦潮はセイバーに対する目眩しとして十分に機能し、切り裂いて無力化した時にはもうバーサーカーは視界にはいないようだった。
代わりに、辺りを見回すと、黒い馬に乗ったライダーが戻ってくるのが見えた。彼女の到着はすぐで、セイバーとライダーはそのまま合流する。
「戻るぞ、セイバー」
「……はい。ありがとうございました、向こうの敵を引き受けていただいて」
「同盟相手だ、礼は要らん。が、我の女になると言うのなら、喜んで受けるぞ」
女同士とはいえ、ライダーからのこういった言葉と視線は、セイバーには理解できないものだ。返答が思いつかず、面倒になってそのまま会話を終わらせることにして、セイバーはマスターを置いてきた方向に戻ることにする。
「おーい、セイバー! よかった、無事で……って、手首! こんなに怪我してるじゃないか」
「いえ、それは、自分で……」
駆けつけた紘輝は安心した様子から一気に心配の表情になり、初歩的なものながら治癒魔術をかけはじめる。セイバーは自傷だったのだと説明しようとするが、途中で面倒になり、話すのをやめた。
「とりあえず、一旦はこれで街は守られた……のかな」
「わ、私たちが来なかったら、もっとひどいことになってたよ。だから、自信もって!」
雫に励まされながら、紘輝はセイバーたちと帰路につく。昼に外出した時からは想像もつかない、瓦礫だらけの帰路だった。
その間、ずっと黙っていた紘輝の頭の中には、戦いが始まる中で目にした幼馴染らしき姿が何度も浮かんでは消えていった。