Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第2話「セイバー/隕石の落ちてきた日」

『今日未明、熱海市に落下したとされる謎の結晶体ですが、現在調査に当たっている陸上自衛隊によると、放射線量は基準値を超えるものではないとされており……』

 

「なんだよ、それ」

 

 少年、芹沢(せりざわ)紘輝(ひろき)は驚愕した。

 

 彼は熱海市在住の高校生である。今日も夏休みの真っ只中で、ヘリコプターの騒音で目が覚めて、なんとなく枕元のスマートフォンを手に取って、ニュースを調べてみた。

 

 すると、驚くべきことに、自分の住む街に昨夜隕石が落ちたと話題になっていた。しかも液晶画面に映っている謎の巨大球体を取り囲むのは、自分のよく知る景色だった。

 そんなもの、驚くに決まっている。

 

「いや、これウチの近くだろ? おいおいんなわけ……」

 

 紘輝はそんなまさか、と思いながら、寝室のカーテンを開いた。すると真っ先に、瓦礫と化した住宅街のど真ん中に鎮座する球体が目に飛び込んでくる。

 直径数十メートルもあるらしいそれを撮影すべく飛ぶテレビ局のヘリコプターに、調査にやってきた自衛隊の車両が行き来しているのも、小さくだがなんとなく見える。

 

 夢かと疑い、自分の頬をつねった。痛い。現実だ。現実に、有り得ないくらいの異変が起きている。

 

「嘘だろ……」

 

 あんなものが落ちてきていたのに、自分はまるで気がついていなかったのか。

 

 思わず呟いたその時、手元のスマホが軽快に通知の音を立てた。

 画面を見ると、スマホが知らせようとしたのは高校の先輩から届いたメッセージであり、内容は「隕石の近くで待ち合わせ」とのことだ。

 そこに記された時間は2時間後。ある程度はゆっくりできるだろう。

 

 紘輝はすっかり目が冴えており、いつものように寝ぼけ眼をこすることはなく、自室を出て階段を降りた。

 リビングではツインテールの少女がトーストをかじりながらソファに腰掛け、隕石の緊急特集が組まれたニュース番組を眺めていた。

 

「エミ、おはよう」

「……あ、お兄起きたんだ」

 

 彼女の名前は芹沢恵美里(えみり)。紘輝の妹で、あだ名はエミ。兄妹仲は良い方だと、紘輝は勝手に思っている。

 今日もまた夜更かししたのだろう。彼女はとても眠そうで、目の下には青っぽい隈ができている。

 

「またオールしたのか? 寝不足は肌に悪いぞ」

「いいの、お肌の平穏なんて栄光のマスターランクに比べれば安いものなんだから」

 

 紘輝より4つほど年下の彼女だが、いくら夏休みだからとはいえ、中学生の女子がこの調子で大丈夫なのだろうか。

 

 妹の肌を案じつつ、食器棚からあんパンを取ってくる紘輝。恵美里の隣に座り、一緒にテレビを見ながら朝食をとることにした。

 画面の中では、自称専門家があの隕石は滅びの前兆だとか宇宙人の侵略だとかわめいていた。

 

「父さんと母さんは?」

「父さんはもうお仕事行ったよ。母さんは隕石の野次馬しに行った」

 

 新し物好きの母は、あの隕石にも興味を示しているらしい。対して恵美里は冷めた目でテレビ画面を見ており、トーストを食べ終わると、ふわぁと大きな欠伸をした。

 

「……私、落ちてきた時も対戦してたから起きてたんだけど。夜中の2時とかだったっけな。

 あれ、すごい眩しかったよ。おかげで画面見えなくて負けちゃったもん。

 まあでも眩しいだけだったから、まだよかったけど。潰されちゃったらマスターもビギナーもないからね」

 

「あんな近所に落ちたのに、音とかしなかったのか?」

 

「寝てるお兄が起きなかったくらいだもん。ほとんど無音。家が潰れる時のメキメキって音と、多少の悲鳴くらいかな」

 

 当然35メートルもの塊が市街地に着地すれば、下敷きになる建物はいくつか出てくるだろう。

 運悪く着地された場所の住人は、死体が出てこないため行方不明者扱いされており、その数は現在判明しているだけでも10人以上と報道されていた。

 

 だが、あのサイズの巨大物体が街のド真ん中に落ちて、犠牲者がそれだけで済むのもおかしな話だ。本来なら、地面と衝突する際の衝撃波によって、辺り一帯更地になっているはずなのに。

 テレビの向こうのコメンテーターが宇宙人の侵略だと言いたくなる気持ちもわかる気がした。

 

「オリンピック真っ只中の日本に落ちてくるなんて、自転車競技でも観戦したかったのかな、この隕石。

 ふわぁ……どこ見てもこの話題ばっかでつまんないし、オール明けで眠いし、寝てくるね。

 お兄はこれからどっか行くの?」

 

「あぁ、先輩のところに」

 

「はいはい、例の先輩ね。想い人はとられないうちに告白しちゃった方がいいよ? それじゃ、いってらっしゃ〜い」

 

 恵美里にはいつもこんなふうにいじられるが、もう訂正するのも諦めている。

 頻繁に会う用事があるだけで、紘輝が彼女のことを恋愛的な目で見ているわけではないのだが。

 

 紘輝は恵美里が去った後、黙ってあんパンを頬張り、牛乳で流し込んだ。

 それで朝ごはんを食べ終わったことにして、テレビの電源を切る。

 

 まだ出発の時間には余裕がある。家族はみんな外出中か就寝中だ。

 ということは、どうやら家庭菜園の水やりは自動的に紘輝がやることになるらしい。

 

 紘輝はサンダルを履き、庭に出る。天気は良い。ヘリコプターが行き交っていなければ、もっと爽やかな朝だっただろう。

 なんてことを考えながら如雨露に水を溜め、家族みんなで育てている野菜たちに水をやっていく。夏野菜はもう収穫の時期で、トマトやナスの一部は鮮やかに色づいていた。

 

 紘輝が作業を続けていると、ふと、隣家から声が聞こえた。隣家の住人といえば、紘輝の幼馴染み、観伝寺(かんでんじ)風羽(ふうわ)だ。今のはそのお母さんが彼女を呼ぶ声だった。

 

 直後、観伝寺家の扉が勢いよく開け放たれると、風羽が飛び出してくる。何をそんなに急いでいるのか、大きな胸を揺らしながら、全力で走っているらしい。

 

 風羽とは何年も付き合いがあるが、家出をするような性格ではないと思う。

 紘輝は不思議に思い、挨拶代わりに声をかけることにした。

 

「おーい、風羽!」

 

 紘輝の声に、少し離れた場所で彼女の足が止まった。

 

「夏休みなのに、朝早いんだな」

 

 まずは世間話から。なにがあったのか聞くのはある程度落ち着いてからでいい。とりあえず、隕石の話題は避けつつ話をして──。

 

「……ごめんね、急いでるから」

 

 しかし、その戦略はまったくもって成功しなかった。紘輝は驚いた顔をして、走り去っていく風羽の背中を見送ることになる。風羽があれほど急ぐなんて珍しい。余程の用事があったんだろう。

 

「引き止めちゃ悪かったかな」

 

 空になった如雨露を置き、紘輝は頭を掻く。そこで待ち合わせの時間が迫っていることを思い出して、室内に戻り、今度は外出の支度を始めるのだった。

 

 ◇

 

 先輩との待ち合わせ時間よりも少し早めに到着するよう、紘輝は出発時間を早めにし、自転車で目的地へ向かった。

 自転車は近くのコンビニに停めさせてもらい、自分用のコーヒーと先輩の分の炭酸飲料を買っておいて、人がたくさんいる方に行ってみる。

 

 隕石の付近には多くの人が集まっており、この中に混じってしまうと、待ち合わせに支障が出そうだった。

 なんとなく、野次馬に行っているらしい実母の姿を探してみるが、当然見当たらない。諦めて、コンビニに戻って先輩を待つことにする。

 

 彼女にはコンビニで待つと連絡して、それから待ち合わせの時間が過ぎるまで20分ほど経ち、ようやく彼女が姿を現す。

 

「ご、ごめんね、遅くなっちゃって……」

 

 ぺこぺこ忙しなく頭を下げ、銀色のショートヘアを揺らす彼女。

 彼女の名前は古蛾(こが)(しずく)。紘輝と同じ高校に通っているが、学年は1つ上の3年生である。

 謝らなくていいと宥めるが、それでも自分が悪いと言って聞かないのはいつものことだった。

 

 彼女とは付き合いも長く、よく会う間柄だ。けれど、ただの先輩後輩や、友達関係というわけでもない。

 

「ちょっと、準備に時間がかかっちゃって。調査のために色々持ってきたの」

「調査、ですか?」

「うん。あの隕石、たぶん科学の外の存在だから、魔術師として色々調べたいことがあるの」

 

 そう言って、背負っていたリュックからいくつかの品を取り出して見せる雫。

 歯ブラシだの、カメラだの、一般人から見ればただの日用品にしか見えないものばかりだが、紘輝にはなんとなく魔力の気配でそれがマジックアイテムだとすぐに理解出来た。

 

 実のところ、紘輝も雫も魔術師の端くれだ。そのうえ、雫は紘輝の魔術の先生だったりする。

 

 魔術師はそこらの一般人ではなれない。生まれつき持っている魔術回路があって初めてスタートラインだ。

 その回路は遺伝する。よって、昔から魔術を使っている家系が主流である。雫が現当主の古蛾一族もそうだ。

 

 それでも、偶然一般家庭から魔術回路を獲得した者が現れることだってある。紘輝はそのパターンだった。

 見出してくれたのは他でもない雫であり、彼女の魔術研究を手伝いつつ、初歩から教えを受けているのだ。

 

「これはね、人工魔眼の一種なんだけど、新進気鋭の職人さんが作っててね。値段も高かったんだけど──」

「先輩、あんまり喋ると誰かに聞かれちゃいますよ」

「……あっ、そ、それもそうだよね。うん、出発しよう」

 

 改めて、雫と一緒に隕石のもとへと赴くことにする。歩幅が狭く早歩きになりがちな彼女を気遣って、ゆっくり歩くよう意識しつつ進んで、しばらくは他の人達がいない場所を探して回った。

 

「このあたりなら、誰も来ないんじゃないですかね?」

「そう、だね。この辺にしよう」

 

 やがて紘輝と雫が見つけたのは、隣家が廃墟で人気がなく、立ち入り禁止の処理もされていない裏側。つまり絶好の地点だ。

 二人で協力して人払いの結界を敷き、今度は調査のための作業が開始される。

 

 雫はリュックを下ろし、調査用の道具をいくつか紘輝に手渡し、自分もカメラを手に取った。そのカメラのレンズには赤いインクかなにかで細かく魔法陣が描かれており、写真を撮るよりも、魔術的な要因に使うものだろう。

 

 手渡された道具から、雫の指示通り歯ブラシと袋を構える。歯ブラシなんかでなにをするのかというと、実はブラシ部分が特別な素材でできていて、擦ることでどんな堅いものも表面を削れるという。

 これで微量でもサンプルを手に入れるという算段だ。

 

 確かにこれを持っていても魔術師には見えない。見えないが、隕石を歯ブラシで擦っている様をカメラで撮影している絵面は、どう考えても変人だ。

 その辺を指摘しようか悩んだが、自信満々な様子の先輩の顔を見ると、とてもじゃないが言えなかった。

 

 歯ブラシ片手に、隕石に近づいていく。瓦礫が多く、足場は不安定だ。気をつけて進まないと、と思いつつ、踏みしめた木の板が音を立てて崩れた。

 

「うわっ──!?」

 

 バランスを崩した紘輝は思わず、近くにあった壁に手をつく。しかし今の紘輝の近くにある壁といえば、当然ながらあの隕石である。透き通るその表面に触れてしまい、突如としてなにかの力が迸り、紘輝は弾き飛ばされる。

 

「きゃっ!?」

 

 飛んできた紘輝が激突し、短く悲鳴をあげた雫。彼女の取り落としたカメラが転がって、紘輝の手元にやってきた。

 

 そして、紘輝の手に浮かぶ紋様と、レンズに刻まれていた魔法陣が呼応して、更なる変化が巻き起こる。閃光があたりを埋めつくし、激しい魔力が吹き荒れる。

 光の内側には人影が現れ、やがて光が晴れて、傍らに立つ彼女の姿を確かに視認することになった。

 

「──これは……私、なのでしょうか」

 

 自らの体を見回し、なにやら驚いた顔をしている少女。その場にいる全員が目を丸くする中、少女がやがて紘輝と雫の存在に気がつき、話しかけてくる。

 

「私のマスターは……貴方ですか? サーヴァント、セイバー。召喚に応じ、参上しました」

 

 紫の長い髪が特徴的で、小柄な女の子。恵美里と同年代くらいだろうか。

 手には眩く黄金色に輝く剣を手にしており、服装は所々肌を露出した不思議な衣装だ。

 蛇のような鋭い瞳孔は、不安の色を浮かべながらも紘輝を見ている。とりあえず、なにか答えないと。

 

「えっと……召喚しちゃったのは、俺なのかな……? たぶん、俺です」

「では貴方がマスターですね。契約は完了しました。ですが、この召喚はいったい……」

「契約って……ちょっと待って、君は何者なの?」

 

 少女が質問に答えてくれるより先に、紘輝の下で雫が呻き声をあげる。

 

「うぅ……芹沢くん、重い……」

「あっ、す、すみません先輩!」

 

 慌てて彼女の上から退けて、二人で土埃を払って並んで立ち、改めて少女を見た。彼女はなにも言わず、変わらず感情のない瞳でこちらを見ているだけであった。

 

 そこで、小声で雫に話しかけてみる。

 

「そうだ、先輩。この子、なんなんですか? 使い魔?」

 

 返答はない。何故かと言うと、現在雫は目の前の少女の出現に対し、過呼吸気味になりながら思考を回している最中だったからだ。けれど、その独り言には、紘輝の質問の答えとなることも含まれていた。

 

「サーヴァントだなんてそんな……さ、最高位の使い魔、英霊の具現化よ……? そんな、こんなまともに儀式も行ってないのに……」

 

 ブツブツ呟いていたかと思うと、ふいに雫がいきなり走り出す。

 

「っ、し、知らせなきゃ……魔術協会に……っ! ありえない、こんなの、ありえない……!」

 

「先輩? ちょっと、どこ行くんですか!?」

 

「ごめんね芹沢くんっ、わ、私、先に帰ってるから!」

 

 雫は魔術道具を回収することもせずに行ってしまい、その場に残されたのは少女と紘輝の2人だけ。紘輝は仕方なく、彼女が残していった荷物を集め、ひとまずしまい込んだ。

 

「……とりあえず、俺も家に帰った方がいいのかな」

 

 だがそれだと、この少女はどうするのだろう。偶然とはいえ、召喚してしまったのは紘輝に違いない。紘輝の家に連れ帰るべきだろうか。

 

「あのさ……えと、名前は」

「名前……クラスはセイバーですが」

「じゃあ、セイバー。とりあえずだけど、うちに来るか? 

 君と同年代の妹もいるし、いきなり呼び出されて行き場もないだろうしさ」

 

 クラスがどうとかはよくわからないが、とりあえずセイバーにそう聞いてみたところ、頷いた。いきなり兄が幼い少女を連れてくるのはどう考えても異常な状況だが、背に腹は代えられない。

 最悪の場合、家族に暗示の魔術を使うことになる。そうならないといいが。

 

 紘輝が歩き出すと、後からセイバーが何も言わずついてくる。不安だらけだが、話が通じないわけではなくて助かった。帰り道は職質を受けないように気をつけないと。

 

「私……人間の世界のことはよくわからないので。よろしくお願いしますね、マスター」

 

 セイバーの言葉に首を傾げる紘輝は、彼女の存在こそが、これから巻き起こる運命の象徴であるなど、微塵も思っていない。

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