Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第19話「主と蛇の夜」

 聖杯戦争最初の戦いが終わり、雫は帰宅すると、さっさと外行きの服から部屋着に着替え、すぐさまベッドに飛び込んだ。接触冷感のシーツに包まれ、一息ついて安心する。

 続いてライダーも部屋に現れて、普段通りに腕を組んで壁にもたれかかった。

 

「とっても、疲れちゃった」

 

 その呟きの声色は、本当に疲れている者のそれではない。喜びの色を隠そうともしていなかった。

 古蛾の家は戦場からはまあまあな距離があり、魔術防護もあったおかげで家は無傷。

 派手に戦ってはいたもののライダーの魔力消費は少なく、雫の体調も好調だ。肉体的疲労は多少あっても、一晩休めばいい範疇である。

 

 気になることは残っていた。バーサーカーのこと、あの大蛇のこと、色々と処理しきれないくらい。けれど、なによりも優先したい事柄がうまくいっていた。

 

「……っ! 芹沢くんからかな!?」

 

 安堵に包まれる中、ぴろりん、と鳴り響いた電子音に、雫は慌てて携帯を手に取る。速攻で起動して、紘輝の誕生日である『1216』を入力してロックを解除。携帯に届いているメッセージを確認する。

 

 未読は、父親からの安否を確認するものと、もう一つ、『今日はありがとうございました』の文字。予想通り、紘輝からのものだ。

 

 雫はそれを読んでいる最中から、今まで紘輝の前では抑えていた喜びの表情を解放した。読み終わったらすぐさま返信する。

 そのゆるみきった笑顔を見るライダーの視線はやはり冷たく、そんなににやついている暇があるなら飯を作れと言わんばかりだった。

 

「……へへ、えへへ。えへへへ……」

「そんなに嬉しいのか、あの小僧との同盟が」

「だって。芹沢くんが、私を頼りにしてくれるんだもん」

 

 敵は強大だった。あんな大怪物を相手にして、いつ誰が死んでもおかしくなかった。実際、巻き添えをくらって、なにもできずに死んでいった人々は大勢いるんだと思う。

 英霊──セイバーとライダーが力を尽くしてくれたから、誰も脱落しなかったのだ。そのライダーがここにいるのは、雫が召喚したからに他ならない。

 

 環境が変わっても、雫なんかより遥かに強い神秘の使い手が現れても、まだ雫は彼の『特別』なんだ。

 

 そう語る雫の瞳に、やはり冷たい表情のままライダーは返す。

 

「……あまりその快楽に依存するなよ。そう遠くないうち、取り返しのつかないことをしでかすぞ」

 

 まただ。また、ライダーは雫を諌めるようなことを言う。今はただ、生き残った喜びに浸らせてくれたっていいのに。

 拗ねた雫は枕に顔をうずめ、そこでちょっとした仕返しを思いついた。ライダーの方を振り向いて、笑顔で話しかける。

 

「そういえば……ライダーってセイバーのことが気に入ってるみたいだったけど、どうして?」

 

 紘輝のことはつまらないとか言うくせに、セイバーには我のものになれとか言い寄っていた。当のセイバーには初めは警戒され、後からは無視され、好感度は低そうだったけど。

 

 聞かれたライダーは少しの沈黙の後で、こう答えた。

 

「その通り、我は彼奴が気に入っているが……理由か? 顔が好みだと言ったであろう。それとまあ、そうだな。彼奴は我と同類のようで、そうではないからか」

「……それって、どういうこと?」

「奴は怪物でありながら、偶像でもあるということだ。偶像なら、手に取って愛でたくなるだろう」

 

 要約してもらっても、ライダーが何を言っているのかまるでわからず、雫は不服な顔でまた枕に頭を預けた。ライダーもそれ以上を語る気はないようで雫から目を離す。その時ちょうど、ライダーの腹がぎゅるると鳴って、彼女は用事があったことを思い出したように歩み寄り、雫の頬を軽く叩いた。

 

「夕飯の支度をするぞ、マスター。思いっきり戦ったから腹が減った」

「え……う、うん。言われてみれば、私もお腹空いてるかも」

 

 さっきまで睡眠欲に傾いていた欲求がライダーの催促で今度は食欲に傾いて、雫も台所に向かうべく起き上がる。先に軽く伸びをしてから、空腹の英霊を連れて。

 

 ◇

 

 その日の夜も、セイバーは恵美里と一緒にお風呂に入った。同居を始めた初日に恵美里から恐る恐る提案されてからというもの、仲良く背中を流しあったり、こうして一緒に湯船に浸かったりしている。

 おかげで現代の入浴にも慣れ、セイバーはすっかりくつろいでいた。

 

 湯船では、恵美里よりもセイバーの方が小柄だから、彼女に抱かれるような形での入浴になっている。向かい合える広さはあるのだが、他ならぬセイバーの要望だ。数日前、緊張していた恵美里は緊張のあまり鼻血を出しかけたりしたが、なんとか慣れてくれた。

 

 現在、体の洗いっこを無事に終えたセイバーは、恵美里の少しだけ膨らんだ胸に身を預け、落ち着いた表情で湯を堪能している。思わず、ため息と独り言が漏れた。

 

「……ふぅ。やはり、ゆっくり湯船に浸かるのはいいですね」

「対戦疲れは水溶性だもんねー……」

 

 恵美里の言う対戦と、セイバーの思う対戦の意味は少し違う。確かに朝はゲームで戦っていたが、午後には現実でも剣を振るった。

 セイバーの体力は何も問題はないが、精神的には全くの別問題。疲れた心を癒すなら、こうして休むのがいいと、セイバーはこの1週間で学習した。

 

「セイバーちゃん、肌綺麗だよね、ほんと」

 

 恵美里の言う通りだ。セイバーは頷いた。この肉体は偶像であるために生み出されたもの。人間が美しいと思えるようになっている。それをセイバーは勝手に(・・・)使っているのだ。

 

 戦闘中に傷つけたはずの手首には、もう傷跡は影も形もない。紘輝の治癒魔術のお陰だった。けれど、この先きっと、もっとこの体を傷つけることになる。これは聖杯戦争で、セイバーはそういう英霊なんだから。

 水面の向こうで揺らぐその手の姿を黙って眺めて、漠然とした不安のような、そんなことばかりを考えた。

 

「……大丈夫だよ」

 

 そんなセイバーの手に、ふと恵美里の手が重ねられて、優しく握られた。思わず彼女の方を振り返って、恥ずかしそうに笑いかけるその笑顔を見る。

 

「あ、ご、ごめんね。ちょっと不安そうだったから、つい」

 

 恵美里の手は温かく、柔らかくて、そして──少しひねっただけで折れてしまいそうだった。もし、今すぐに、本当にこの手をへし折ってしまったら、恵美里はどんな顔をするだろう。そんな意味の無い想像をして、思わず目を逸らす。

 

「……やっぱり、迷惑だったよね」

「そういうわけでは……不安だったのは、本当です」

「あっ、あぁ、そっか。慣れない環境だもん、仕方ないよ。この街、何か起きてるみたいだし。でも、私やお兄はセイバーちゃんのこと傷つけないから、安心して」

 

 セイバーだって、恵美里や紘輝を傷つけるつもりはない。かつて、ギリシャにいた時とは役割も霊基の構造も違う。

 そう、今のセイバーは紘輝のサーヴァント。彼の意思に従うものだ。戦うのなら、この身に何度も刃を突き立てることになるだろう。大切なあのひとのくれた、この体に。

 

 それから恵美里とセイバーの間に会話はなかった。何も言わずとも、のぼせないうちに湯船を出て、髪はお互いに乾かしあった。さすがに服は自分で着た。

 最後にお風呂上がりの牛乳を飲んで、自室に戻る。自室といっても、今は恵美里とセイバーは相部屋だ。彼女と並んで廊下を歩き、その中で、俯いて歩くマスターに出会った。

 彼はセイバーのことに気がつくと、聖杯戦争のことを切り出そうと、自室にセイバーを呼んだ。

 

「……セイバー。少し、話があるんだ」

 

 紘輝の部屋で床に正座して、その話を待つ。

 

「今日戦った時……少し離れたビルに、俺の知り合いの姿が見えたんだ。隣に住んでる、魔術とは関係の無い一般人のはずなんだけど」

 

 その少女、観伝寺風羽は見知らぬ女性を連れ、目の前で起きる災害に対して逃げようともしていなかったらしい。まるで、自分の方には飛んでこないと確信しているかのように。

 それだけじゃなく、その戦闘中の一瞬を除いて、紘輝は隕石が落ちてきたあの日以来、隣家に住んでいるはずの彼女の姿を見ていなかった。

 

「明日、風羽に話を聞きに行こうと思ってる。風羽のことだから、大丈夫だとは思うけど……もしかしたら、また戦いになるかもしれない。一緒に来て欲しい」

 

 セイバーは何も言わず、すぐに頷いた。どれだけ不安が付き纏っていても、傷つくのが嫌だったとしても、マスターの指示には従う。従わない方が面倒だから。

 

「……もちろん、セイバーの出番がない方がいいんだけどさ」

 

 風羽が聖杯戦争に関わる者であってほしくないという願望をこぼす彼に、セイバーは声をかけようとはしなかった。

 その風羽のことは知らないけれど、何となく、その願望が裏切られるような気がしてならなかったから。

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