Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第21話「二日酔いの朝」

 翌朝、銀吾は普段使っているものよりも明らかに上等な布団で目を覚ました。隣に敷いてあるもう1つを見ると、そこで眠っていたのは幼い少女──アサシンだ。

 部屋の内装は落ち着いた和風のものであり、普段の銀吾の一人暮らしのアパートとはかけ離れている。掛け軸や花瓶など、絵に描いたような旅館の一室だった。

 

「おい、起きてくれ」

「むん……なんじゃ、もう朝か……?」

 

 眼帯を着けたまま寝ているアサシンを揺り起こしつつ、銀吾はどうしてこんなことになっているのか思い出そうとした。

 まず、昨日の夕方、銀吾とアサシンは傷ついたバーサーカーに遭遇した。彼女はこちらを攻撃してくるかもしれなかったが、同行していた和服の女性がそれを止めてくれた。そして、銀吾とアサシンをこの旅館まで連れてきた。そこまではいい。

 その後は記憶がおぼろげで、さらにめちゃくちゃ頭が痛い。これは何かがあったに違いないが、確信しても思い出せないものは思い出せなかった。

 

 銀吾が頭を悩ませ、アサシンが眼帯の上から目をこすり、朝の客室は静かだ。そのうちに、戸を叩く音がする。返事をすると、ゆっくり開いて、昨日の和服の女性が現れた。

 

「大新田さま、アサシンさま……その、昨晩はよく眠れましたでしょうか……?」

「は、はい。えっと、確か」

「亀良姫螺璃か。わたしはよく眠れたぞ、おかげでこの通り良い目覚めじゃ」

 

 姫螺璃は2人の返答にそれはよかったと胸を撫で下ろし、そこから続けて口を開くと、朝食の準備ができていると話した。ひとまず彼女についていくことにした。

 通されたのは、本来なら宴会に使われるような広間だ。そこで待っていたのは偉そうな出で立ちの女と、周囲に控える従業員らしき人々、そして美味しそうな料理だった。アサシンは見た目相応に無邪気に目を輝かせ、姫螺璃の指示に従って食卓についた。

 

「おぉ……なんと食欲をそそる匂いか」

「当館の自慢の料理です。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」

 

 銀吾の普段の朝ごはんは多くても2品であり、その3倍以上の品数、しかも手の込んだ料理ばかりのこの朝食は豪華と言わざるを得ない。

 こんなの頂いちゃっていいのか、ふと偉そうな女性の方に視線をやると、彼女は答えてくれた。

 

「えぇ。貴方達は大事な同盟相手。これから、街のために手を貸していただくんですもの。当然のことです」

 

 銀吾は彼女がなぜそう言ってくれるのかまるでわからず、アサシンの言葉を待った。アサシンもそれを察したらしく、呆れたような視線を向けた後、女性の方に発言する。

 

「徳間若葉殿。言ったはずじゃぞ、わたしには戦うつもりはないと。わたしはサーヴァントである前にこやつの」

「彼の護衛、だったかしら。であれば尚更でしょう。聖杯戦争とはつまり、彼も暮らすこの街の危機に他ならないのですから」

「……じゃが、それ以上のことはせんからな」

 

 若葉と呼ばれた女とアサシンの会話はよくわからなかったが、とにかく美味しそうなご飯を粗末にはできないので、いただきますの手を合わせ、大人しく口に運ぶことにする。

 旅館らしい繊細な味わいは、銀吾の貧乏舌かつ体調不良な現状でも、伝統とこだわりを感じるものだった。

 

「お飲み物、おつぎいたします」

 

 姫螺璃がとっくりからグラスにお茶を入れてくれる。それを見てようやく、昨日も彼女がこうして注いでくれたことを思い出した。

 

「……あっ、そうだ、晩飯振舞ってもらって……確か勧められるままにお酒飲んで……潰れて……だから何にも覚えてないんだ」

「なんじゃ、そんなことも気がついてなかったのか。二日酔いじゃろ、二日酔い」

 

 到着した時には日が沈んでいて、腹の虫が鳴った銀吾は、姫螺璃と若葉に夕食を食べさせてもらった。その時もらった日本酒を呑みすぎて、こういう状況になっているに違いない。

 アサシン曰く、酔って泣き崩れた銀吾では話にならないため、自分が若葉と話をした、らしいのだが。

 与えられた朝食を食べ進めながら、ふと、自分だけすごく重要そうな単語を知らないという状況だと気がついて、訪ねようと口を開く。

 

「なあ、その聖杯戦争って」

「おぬしはそこまで知らんでいいじゃろ。おぬしは巻き込まれただけ。それを無事に帰すのが護衛の役目じゃ」

 

 アサシンの答えは遮るような言葉だった。彼女は知らない方がいいこともある、という。

 ふと、亡くなった友人や襲ってきた魔術師の男、そして壊れた街で暴れる怪物どものことが脳裏に過ぎって、そういうものもあるのかもと、銀吾は会話を続けず、白米を口に運んだ。

 

「あまりにもなにも知らされないのは不安でしょう。少しは教えてあげるわ。

 聖杯戦争はあの大蛇やバーサーカー、アサシンのような、人間を遥かに超えた神秘を宿した存在同士が生き残りを賭けて戦うもの。

 私はこの旅館の女将だもの、聖杯戦争によって街が壊れたら、当然困るわ。だから、愛する街を守るため、アサシンさんに力を借りようとしてるってわけ」

 

 堂々と胸を張って、おおげさなジェスチャーを交えて話す若葉。ふと目が合った時、逸らすのではなく、思いっきり見つめ返してきて、恥ずかしくなった銀吾の方が目を逸らすことになった。

 ごまかすために、姫螺璃の注いだお茶を飲む。先程の自信を見るに、たぶん嘘はついていない。ついているとしたら、相当な詐欺師かもしれない。

 

 そのうち朝ご飯も食べ終わって、なかなかお腹も膨れたところで、銀吾たちのいる部屋の戸が開く。

 

「お腹が空いたわ。美味しそうな匂いがしたのだけど、私のは?」

 

 そこに立ったのはバーサーカー。変わらぬ恐ろしさと美しさを漂わせ、しかし話している中身は食いしん坊のそれであった。若葉はさっきも食べたでしょうと呆れながらも、その肩に巻かれている包帯を見ると心配そうな表情に変わり、バーサーカーのもとへと駆け寄った。

 

「バーサーカー。傷はもう大丈夫なのかしら?」

「えぇ、ある程度は。あまり動かすと傷口が開くだろうけど、私、殴り合いは元からしないもの」

 

 彼女の左肩には包帯が巻かれ、血が染みて赤くなっている部分もあった。昨日、血を流していたあの怪我だ。

 

「そうね……利き腕が動かせないと不便でしょう。姫螺璃、彼女についてあげて」

 

 黙って片付けを続けていた姫螺璃の手が止まる。他の従業員たちが彼女の作業を引き継ぎ、姫螺璃はバーサーカーの隣に歩み寄り、彼女と視線を合わせる。その拳は強く握られて震えていて、若葉の命令を怖がっているようにしか見えなかった。

 

「わかりました」

 

 彼女自身の声は震えてなどおらず、簡潔だった。用意された座布団に堂々腰掛けるバーサーカーの隣に、黙って控えている。

 銀吾に声をかける勇気はなく、若葉も次はバーサーカーの朝食を用意するよう指示をはじめたため、アサシン共々その部屋を出ていくことにした。一番の理由は、なんとなく居心地が悪かったからだった。

 

「どっか行こうか、ここにいちゃ邪魔だし……」

「うむ。無理に手を出したら、皿を全部割りそうじゃもんな。他人の仕事に口出しするものでもない」

 

 アサシンがそんなに果てしない不器用とは思っていないが、ジョークの一環だとスルーして、並んでその場を後にする。廊下は長く、そういえば自分たちが寝泊まりした部屋までの道がわからないことを思い出した。

 

「えっと……どっちだっけ」

「なんじゃ、迷子か?」

「来る時は寝ぼけてたんだよ。そういうアサシンは」

「わかるに決まっておろう。確か……こっちじゃろ」

 

 アサシンに誘導される通り、誰もいない廊下を歩いて回り、階段登って、降りて、曲がって、また曲がって──。

 

「……うむ、これでわたしも迷子になったぞ」

「覚えてなかったんじゃん!」

 

 辿り着いたのは全然違う部屋の前だった。それでも、ツッコミはしても怒る気にはならない。どこか抜けているアサシンといるのは、気が楽になる。二日酔いの頭はまだ痛いが、不安は薄らいでいた。

 

「一旦戻って、従業員さんに聞いてこようか」

「そうじゃな。それがいい」

 

 用のない部屋の前にいても仕方がない。道順のわからないマスターとサーヴァントはさっさと来た道を戻ろうと話し、そのまま背を向けようとした時、そっと目の前の襖が開いた。顔を出したのは、若葉や姫螺璃より年下の少女だった。

 

「……ッ!? あ、貴方達は、どうしてここに?」

「いやぁ、俺たち迷子で。丁度良かった、案内してくれませんか」

「は、はぁ……迷子……ですか」

 

 少女は廊下に出ると、慌てて襖を閉める。この時、初めて見えた胸元の名札から、彼女は『徳間浅黄』ということがわかる。見た目と苗字からして、若葉とは姉妹かなにかだと思われた。

 

「……見ましたか?」

 

 浅黄の問いかけに、銀吾もアサシンも首を振って、部屋の中は暗くてよく見えなかった、と正直に伝えた。その返答に胸を撫で下ろした彼女は、案内を快く了承し、すいすいと廊下を進んでいく。

 あんなことを言われると部屋の中身が何だったのか気になるところだ。だが、そのことを浅黄に聞いても無視されてしまった。答えられないのか。しばらく無言で歩いたところで、浅黄の方から話しかけられる。

 

「あの……お2人って、お姉様の言っていたマスターとサーヴァントのお客様、ですよね」

「そうだけど」

「お願いが、あるんです」

 

 銀吾とアサシンにだけ聴こえるように小さな声での言葉だった。そのまま立ち止まり振り返った彼女の真剣な眼差しが銀吾たちに向けられる。

 

「きら姉のこと、どうか守ってあげてほしいんです。きら姉は……聖杯戦争に巻き込まれていい人じゃない。本当なら、ただ普通に暮らしているべきなんです」

 

 きら姉、とは恐らく姫螺璃の愛称だろう。返答に困り、アサシンの方を見る。彼女は浅黄のことをじろじろと観察するように見つめ、銀吾からの目線には気がついてくれない。

 銀吾は少し考えて、自分で答えることにした。

 

「わかったよ。できる限りは頑張るから」

「お人好しの答えじゃな……どうせ協力相手なんじゃから、勝手にそうなるだろうが」

 

 アサシンも続けて、頷きや肯定ではなく、半ば諦めに近い言葉で答えた。浅黄も感情を表に出すことはなく、ただ静かにありがとうございますの礼を言うと、また案内に戻った。

 道案内の末、寝泊まりした部屋に辿り着いたのは、若葉たちのいた大部屋を出てから実に数十分後の話だった。

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