Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ] 作:皇緋那
瓦礫まみれの駅付近にて、救助活動が盛んに行われる中で、奇跡的に無事だったメイド喫茶『ふらんけんしゅたいん』は臨時営業を行っていた。災難に遭った人々に対して炊き出しを行うのである。
店長はメイドたちにこの炊き出しの手伝いを強制はせず、あくまで任意であるとした。だが、つかさを含めた前日に出勤していて店舗に一泊したメイドふたりはお手伝いに奔走し、その他にも来てくれるメイドさんが多かった。動機はそれぞれだが、ほとんどが店長への恩だろう。恐らく、他のメイドカフェではこうはならなかっただろう。
迷彩服とメイド服が忙しなく行き交うのは奇妙な光景だったが、そこで働くつかさはそれでも楽しんでいた。
普段のメイドカフェとも違い、自分は『ひまわり』として誰かの助けになっている。その感覚は心地よかった。
これから活動を始める隊員さんに朝食用の軽食を渡し、笑顔と女声を作り続けて、やっと列がなくなった。一息ついたところで、先輩メイドに声をかけられる。
「ひまわりちゃん! 昨日、ありがとね。ひまわりちゃんが声掛けてくれなかったら、ちゃんと避難指示できてなかったと思うし」
彼女は頭に
「いえ……私、そんな大したことは」
「大したことだよ! ああいう状況で冷静でいられるの、すごいよ」
あの時、咄嗟にそう言えたのはアーチャーのおかげだ。つかさの力じゃない。褒められても、愛想笑いを返すばかりだ。
1つ幸いなのは、あざみ先輩も昨日はカフェに一泊していたものの、つかさのことが気づかれている気配はないということ。
突然の事で店長や先輩の服を借りることになったのが、逆に功を奏したのかも。
「列も途切れたし、番は私がやるから。ひまわりちゃんは休んでていいよ。はいこれ、コーヒーあげる」
「え、あっ、ありがとうございます」
先輩から受け取ったコーヒーを手に、お言葉に甘えて一旦店の中に引っ込んで、適当な椅子に座らせてもらった。
まだ先輩たちの目につく場所だから、気を抜けるわけじゃないけれど、動きっぱなしは当然疲れる。休ませてもらえるのはありがたい。
ため息をついてコーヒーに口をつけようとして、熱くて反射的に離し、もう少し冷めるまで置いておくことにした。
何気なく、窓から外の景色を見る。店の入口の方にあった非日常とは違って、窓から見える景色は変わっていなかった。空だって、ただ雲が流れているだけで、何も変わりはない。それをぼんやりと眺めて、つかさは体と頭を休めようとする。
そこへ、さっき配膳に出ていったはずのあざみ先輩が帰ってきて、こちらを呼んだ。
「ひまわりちゃん!」
「……先輩? どうしました?」
「ひまわりちゃんにどうしても会いたいって人が来てて……ほら、あの最近よく来てた人。アーチャーとか名乗ってたけど」
間違いなくあの男だと認識し、つかさは強く拳を握る。彼には一番の弱みを握られているのだ。まだ熱いコーヒーも放って、慌てて外に出ていこうとする。
「わわっ、ちょっ、ひまわりちゃんってば……もう、何かあったら私か店長に相談しなよ」
あざみ先輩は心配してくれている。それを尻目に、つかさはメイド服の裾を持ち、全力を出さない程度に走った。アーチャーは炊き出しの列から離れたところでつかさを待っていたようで、こちらの姿を見つけると軽く手を振ってきた。
「今日も会えて嬉しいよ」
つかさは彼の下へと駆け寄った。昨日の夕暮れ時、今から彼が聖杯戦争について話してくれるという時に、店長が割り込んだ。今度こそは、その聖杯戦争とやらのことを聞いておかないと。
「あの虫といい、蛇といい……なんなんですか、何が起きてるんですか?」
アーチャーは快く答えてくれた。願いを叶える者を決めるための儀式で、アーチャーやあの大蛇のような化け物同士を戦わせ、最後に残った1人に願いを叶える権利が与えられるという。契約とはつまり、アーチャーを従え、その願いを叶える権利を奪い合う者の1人として参加者になるということだ。
「正直、全然よくわかりませんけど……戦うのはアーチャーさんで、私は……」
「見ているだけでいいさ。私は見た目より強いからね、心配はいらない」
「それなら……お願い、します。私、契約しますから」
人を殺す蝗の群れも、街を壊す大きな蛇も目撃している以上、もはやこんな突拍子もない話でも、受け入れるしかなかった。もはや、つかさの理解を超えているのだから。
「あぁ、もちろんだとも。そう言ってくれると思って、契約の証も用意してあるんだよ。ほら、これだ」
渡されたのは本だった。豪華な装丁がされていて、大きめの図鑑くらいの大きさがある。しかし、開いてみるとなにが書いてあるわけでもなく、よくわからない本だった。
念の為によく調べるが、白紙のページたちの中にはもちろん、表紙や裏表紙にも、盗聴器が仕込まれているというわけではもなさそうだ。
「なんですか、これ?」
「そいつは偽臣の書……なんて、名前だったかな。私と君の契約の証さ。軽い命令くらいなら、私を従わせることだってできる」
偽臣の書だかなんだか知らないが、なんだってそんなものをわざわざ渡してくるのか。ただ、こういうものは捨てた方が嫌に粘着されてしまいそうで、つかさは仕方なくその本を抱えて持つことにした。
「それでいい、大事にしてくれたまえ」
アーチャーは満足そうな顔を見せると、さっさと背を向けてしまう。契約したから何をしろとかそういうこともなく、むしろ不安になってつかさは彼を呼び止めた。
「ちょ、アーチャーさん……!」
「安心するといい。虫を監視につけておくから、君のことは助けるさ。マスターになったからといって、無理に何をする必要も無い。君はただ、願いを抱いていればいい」
そうとだけ言い残し、彼の姿は解け、たくさんの蝗となって、ばらばらに飛び去っていってしまった。残されたつかさは、わけもわからぬまま、偽臣の書を手にカフェの中に戻る。
つかさの頭の中は不安でいっぱいだった。アーチャーの口振りでは、聖杯戦争はまだ始まったばかり。これから災害が街を何度も何度も襲ったっておかしくない。
せめてこのメイドカフェは、ひまわりの居場所は、何事もありませんようにと、祈るばかりだった。
「……? なんだろう、あの大きな犬?」
ふと目を向けた窓から茂みの中に見えた、犬のような大型の獣。つかさは見たことの無い種類で、匂いにつられてきた野良犬かな、と気にしないことにする。
その獣──ウリディンムが、つかさに平穏を奪い去るなど、思いもよらなかった。