Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ] 作:皇緋那
「連日、元気なことね。ふふ、さすがと言っておこうかしら」
委子を小脇に抱えて運びながら、くすりと笑うアヴェンジャー。彼女と併走するマドカの表情を見ると、既に普段の彼女の明るさではなく、仕事の際の鋭い目付きに変わっていた。
マドカとアヴェンジャー、委子、そして1頭の獣は、市街地のある場所へ向かっている。カシオペアは数日前から追いかけていた相手の手がかりを掴めそうだといい、別行動だ。委子たちと同行している獣は、緊急連絡のためのウリディンムである。
さて、委子たちが急いでいる理由は単純だった。誰かがそこで戦っていると推測されるため、その後始末、または一方への加勢のためだ。
またしても、この熱海の街で騒動が起きた。昨日に比べれば小規模かもしれないが、氷を撒き散らす狼や黒い馬の目撃が相次いでおり、なによりその狼を写した写真には、茶髪の女とピンク髪の女の二人組が映り込んでいた。つまり、マドカの殺し損ねたサーヴァントとマスターがそこにいる。
現場に到着すると、既に戦闘は終わっているようだった。どちらが勝ったかは不明だが、街への被害があまり広がらないうちに終わってよかった、といったところか。
幸い負傷者も多くなく、救急車が運んだ後であるらしい。他に救助を必要とする人を探しに、委子たちは動き出すことにする。
「私とアヴェンジャーは死体探してくるね。マスターが欠けてるか、確認しないと」
ホテルを出る時、霊器盤にはまだ8つ反応があった。今もまた取り出されているが、その8つは変わっていない。サーヴァントは消滅していないのだろう。まだまだ油断はできない状況だ。
「ねぇ、私は」
「委員長は無理しないで。ウリちゃんと人助けでもしてなよ」
昨日もランサーの兄弟に手助けしてもらったが、このウリディンムへの命令権は委子に託されており、実質的に使い魔となっている。昨日の活躍からして、確かに役に立つだろうけれど。
そうしてマドカとアヴェンジャーは建物を駆け上がり、すぐにその姿は見えなくなっていった。こちらに気を遣わない方が、彼女もやりやすいのだろう。別れたあとは、まずは瓦礫が多少散乱している道路を一通り見回ってみる。
「今回はみんな無事……かしら。ウリちゃん、貴方はどう?」
マドカの真似をしてニックネームで問いかけてみると、彼は周囲の匂いを嗅いで確認した後、ワンと大きな返事をした。どこかへ誘導する様子もないし、異常なしと捉えていいだろう。ひとまず安心する。
「じゃあ、他にすべきことは……」
人命は何においても優先されるべきだと思うが、それが大丈夫となると、委子の使命は聖杯戦争の調査、だろうか。マドカの補助……は、今から行っても追いつけないだろうし、万が一追いつけてもただの足手まといになるだけだ。調査となると、何をすればいいのかよくわからないけれど──。
「はぁ、はぁっ、先輩っ! 風羽っ! どこだ、返事してくれ!」
考えているうちに、現場に駆けてきた男女の2人組を見つける。高校生くらいの少年と、委子と同年代だろう少女だ。少女の方は涼しい顔をして彼の傍らに立っているだけだが、少年は息を切らし、誰かに向かって呼びかけている。
彼らは確実に困っている。迷ってるくらいなら、誰かの力になった方がいい。委子はウリディンムを一瞥し、一緒に2人の下に駆けていった。
「あの、よければお手伝いしましょうか?」
そう話しかけた途端に、少女の目つきは鋭くなり、明らかに警戒する。いきなり話しかけたんだから警戒されても仕方がない。害をなすつもりはないという証明のつもりで両手を開いて見せつつ、少年の方の返答を待つ。
「……あぁ。気持ちは嬉しいけど」
「マスター。そこの犬……サーヴァントに連なるもののようですが」
迷う素振りを見せた彼の言葉に間髪入れず、少女の口から「サーヴァント」という単語が飛び出した。委子は目を丸くし、相手も同様に驚きの顔を見せるが、そこから明確な敵意には転じない。
相手が攻撃を仕掛けてこないのをみて、話の通じる相手かもしれないと思い、痣のない手の甲を見せた。
「マスターは私じゃなくて、他にいます。この子は同盟相手に借りているだけですよ。聖杯戦争に関わりがあるのは、間違いないですが」
サーヴァントらしき少女はそれを聞いても警戒態勢のままだったが、少年は委子と一度目を合わせ、それからウリディンムが利口にも大人しく座って待っているのを確認して、頷いてくれる。納得したようだ。
「俺はこの子……セイバーのマスターだ。名前は芹沢紘輝。
たぶん、俺の学校の先輩と幼馴染みがこの騒ぎを起こしたんだと思うんだ。だから2人を探してる」
「そうだったんですね。じゃあ、私のことも話さないと」
早くもこちらを信用し、情報を明かす紘輝。委子もそれに合わせ、自分は時計塔から派遣された魔術師見習いだと明かし、探し人の特徴を訊ねた。聞いたところ、銀髪少女・雫と褐色黒髪少女の主従と、茶髪眼鏡少女・風羽にピンク髪女性の主従の2組だという。
前者には覚えがなかったが、後者は確か、マドカが言っていた獲物の特徴と合致していた。
「その……もしかして、その風羽さんが昨日も大蛇を使役してたってことに……」
「そうだよ。話をつけなきゃいけないのは、そういうことだ」
苦々しい表情だった。良くない言い方だったと自分の言葉を反省し、思わずごめんなさいと小さな声で口にして、それから行動に出るべく、自分の頬を叩いて気合いを入れた。
「それじゃあ! 私とウリちゃんで必ずや探し出してみせます!」
「お、おう、ありがとう。犬の使い魔ってことは、警察犬みたいに匂いとか辿るのか?」
「できますよ。雫さんや風羽さんの私物とかあれば、たぶん一発です」
「いや、さすがにそこまでは持ってないんだが」
持ってないんだが、と言いつつ、服に付着した黒い血の痕に気がついて、紘輝はこれでも大丈夫かと尋ねる。その血はライダーの肩にある蛇のものであり、その魔力が溶け込んだものだという。それなら、気配が残っているかもしれない。
ウリディンムは紘輝に駆け寄り、彼の上着の匂いを嗅ぐと、確かに覚えたと言うように短く吠えた。そういえば、マドカも風羽の血を渡して調査を頼んでいた。体液を魔力供給に使うこともあるというし、血にはやはり濃い魔力の匂いがついているのかもしれない。
「案内、頼むわね」
委子の言葉に返事して、ウリディンムが走り出す。人間も駆け足でついていき、現場から紘輝の歩いてきた来た方向を戻るように遠ざかっていく。本来なら小学校に通っている歳の委子の脚でも追いつけるくらいの速度だった。
そして走ること数分後に委子の体力は限界を迎えた。ウリディンムに少し大きくなってもらい、犬の中でも最大級の品種くらいのサイズで委子を背負ってもらう。走ると揺れるが、肩で息をしながらへろへろになって走るより遥かに良い。
それからは委子を乗せたウリディンム、心配そうな紘輝、相変わらず無表情のセイバーで併走していった。するとそのうち急に吠え声があがり、揺れがおさまる。
見上げた先の建物の上には、黒馬に乗った2人組の姿がある。彼女らはこちらに気がつき、屋根の上から馬ごと飛び降り、静かに着地してみせた。
「芹沢くん! よかったぁ……ごめんね、家に戻ってないみたいだったから、探し回っちゃって」
「先輩が謝らないでください。何も言わないで探しに行った俺が悪いですから」
どうやらあの女性が雫先輩のようだ。ということは隣にいる委子と同じくらいの大きさの少女がライダーだろう。
ライダーといいセイバーといい、サーヴァントが幼い少女の姿をしているのは、1年前の聖杯戦争でもそうだった。
「なんだ小娘。我の体がそんなに珍しいか? それはそれは珍しいだろうがな」
「え、えぇっと、そうですね。珍しいというなんというか」
「小娘……ほう、貴様はどちらかと言えばこちら側だろうに、適当をいいおるわ。まぁ、人間でいた方が幸せだろうがな」
委子がなにを言っているのかよくわからないライダーの言葉を相槌でごまかしている間、当然ながら紘輝と雫も話を続けている。その中で、ふと、雫が委子のことについて尋ねた。
「芹沢くんが私のことを探してくれてたのは……ちょっと嬉しいけど。その子は?」
「あぁ、彼女は雪村委子。さっき偶然会ったんだ。マスターってわけじゃないが、この歳で、時計塔の魔術師なんだってさ」
紹介されて照れくさくなり、委子は頭を軽く下げ、雫の反応を待った。すると、彼女は少しの沈黙と、拳を強く握った後、委子の方に歩み寄ってくる。
「あの」
「は、はい」
「二度と関わらないで貰えますか」
「は……え?」
いきなり飛び込んできた拒絶の言葉を飲み込めず、しかけた返事を引っ込めて、聞き返した。けれど雫からの返事はなく、一方的に背を向けられる。
「行こう、芹沢くん」
「先輩? さすがにお礼とか」
「芹沢くんには私がいるんだから。得体の知れない相手と関わらないで」
そういう雫は紘輝の手を引いて、さっさとその場を去っていこうとしてしまう。追いかけようとする委子だったが、その行方をライダーが阻んだ。彼女と目を合って、それ以上踏み出せばお前の身が危険だぞと警告するその視線に、次の一歩を躊躇った。
「小娘。マスターではない貴様が、なぜこの聖杯戦争に首を突っ込んでいる?」
「それはっ、調査のためで」
「調査、か。確かに我が喚ばれる時点でこの聖杯戦争は狂っていると言えるだろうが……それはともかく、だ。
調査とは誰に命じられたことだ。其奴の真意は知っていると言えるのか」
ライネスとは連絡がつかなかった。けれど、彼女が何かを企んでいるとは考えにくい。いや、ただ考えたくないだけなのだろうか。
委子が動かしやすかったからだと、数日前は思っていた。だが、改めて考えればおかしいことだ。彼女はなにを思って、保護下においていたはずの委子をこの聖杯戦争が巻き起こった熱海に遣わしたのだろう。
「……そこまで言葉に詰まるとは思っていなかったが。それなら小娘、もう少し見つめ直してみるといい。最も、見つめ直したとて、我が主は貴様のことは嫌いだろうがな」
そう笑ってみせたライダーは、言いたいことを全部言い終わったのか、完全に足を止めた委子の前から離れていく。既に雫や紘輝、セイバーの姿はなく、残されたのは委子とウリディンムだけだった。
「……ウリちゃん。私、大丈夫なのかしら」
急激に襲ってきた不安を紛らそうと、委子はウリディンムを撫で、彼に話しかける。たてがみのような毛は委子の手をふわりと受け止めてくれたが、彼は返事をするでもなく、ただ座って指示を待っていたのだった。