Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第26話「メイド走る」

 聖杯戦争2日目、昼過ぎ。空模様は曇り。他所でもまた怪獣騒ぎが起きたらしく、遠くから大きな音が聞こえてきた。つかさはその音が自分の方に近づいてこないよう祈りながら、自分の仕事を続けていた。

 

 第二の怪獣騒ぎのせいか、メイド喫茶『ふらんけんしゅたいん』の炊き出しに訪れる人数は、昼時になってもむしろ減少していた。多くの先輩メイドはもう大丈夫だということであがってもらい、居残ったのは泊まりがけだったつかさとあざみ先輩、それと当然店舗に自宅がある店長くらいだった。

 現状、つかさ達は余裕を持ってご主人様たちに対応できてはいる。しっかり、ご希望のご主人様の料理には萌え萌えパワーを注入しつつ、笑顔を絶やさずに食事を渡していく。

 隣の列では、先程まであざみ先輩が次々とご主人様をさばいている様子がみられた。さすが先輩である。彼女はまた少し休憩すると言ってこの場を離れたが、その時彼女の担当していたチキンライスは空になっていた。

 

 そうして対応を続けていき、つかさは自分の担当するミネストローネの列がなくなったため、ふと顔を上げた。当然、あざみ先輩が休憩しているのだから、残っていたのはつかさ1人だ。

 目に映る景色は相変わらず昨日の破壊の爪痕が濃いけれど、その中に、一際目を引く人影がある。

 彼女はスーツ姿の綺麗な女性だった。ギターケースを肩にかけており、バンドでもしているのかな、という印象だ。その目線はこちらに向いている。

 

 その傍らには知らない種類の大型犬と、女性と同じくスーツ姿の少年が随伴している。次の客を待つ間、ぼんやりと彼女らの方を眺めていると、そのうち、彼女らがこちらに向かってきていることに気がついた。

 もしかして、空くのを遠巻きに待っていたご主人様だったのだろうか。対ご主人様用の笑顔を用意すべく心を持ち直し、つかさは彼女らを待つ。

 

 女性の歩調は早く、進む先は真っ直ぐつかさの方で、到着はすぐだった。隣のあざみ先輩の列ではなく、やって来たのはつかさの目の前。身長の高さと顔立ちの凛々しさに気圧されつつ、つかさは彼女にメイドの笑顔を向けた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 いつもの挨拶に対し、女性の返答は英語だ。少年が通訳なのか、こっそりと女性に耳打ちし、女性は首を傾げた。

 もしかして、メイドの挨拶を直訳したのだろうか。メイドカフェの前提を理解していなかったら、確かに意味がわからないと思うけど。

 

 それから、女性はまた英語で何か話し、聞き取れないで困っているつかさに、今度は少年が和訳してくれた。

 

「3日ほど前の事件なのですが……この辺りで、変死体が見つかったこと、ご存知でしょうか」

 

 3日前、事件、変死体──つかさの脳裏に、目の前で虫に食い尽くされた男たちの姿がフラッシュバックする。吐きそうになるのをぐっと抑え込んで、聞いたことはありますよ、怖いですよね、とだけ声を絞り出した。

 

「そうですね。ですから、その原因を調べて回っているのですが──貴女から、現場と同じ匂いがしたもので」

 

 少年がそこまで話した瞬間、女性はギターケースから瞬時に何かを取り出すと同時に、その先をつかさに突きつけた。視界に、鈍く輝く銀色が映る。

 

 女性が手にしていたのは、およそ現代日本で使われることの見たことの無いはずのもの。長い柄に、鋭い刃──薙刀である。

 刃物を突きつけられたと認識するまでに思考が途切れ、つかさから仕事用の笑顔が消えたのは、自分の頬を伝った冷や汗で我に返ってからだった。

 

「っ、お、お金なら、持ってないです」

「いいえ、貨幣ではありません。ただ、この聖杯戦争から悪を断ちたいだけなのです」

「聖杯戦争……って」

 

 少年が口にしていたのは、あのアーチャーが言っていたものと同じ言葉だった。

 

 恐怖に後退りするつかさを、大型犬の吠え声が威嚇する。気がつけば、大型犬はつかさのすぐ隣で唸っていた。鋭い牙を剥いた獅子ともとれるその姿には、ただの獣というより、昨日の大蛇と同じ怪物という言葉が似合う。

 そういえば、先程休憩中に見かけた犬が、この怪物犬だったかもしれない。しかしそれを思い出したとて、状況は変わらない。

 

 刃物を持った暴漢相手には逃げるのが最善だというけれど、怪物を連れ薙刀を持った相手に対してはどうすればいいのだろう。逃げ道を探して周囲を見回していると、さらに刃が頸に近づけられ、つかさはもっと強く死を意識してしまう。

 

「あ、あのっ、あの事件は、私じゃなくてっ」

「人間の仕業とは元より思っていませんよ」

 

 あれはアーチャーの虫がやったことだ。つかさは、死んでしまった彼らには襲われていただけなのだ。自分の目から涙がこぼれるのを感じながら、必死で説明しようとして、うまく声が出せない。

 駄目だ、わかってもらえない、なんて諦めが浮かんで、涙がいっそう強くなったところで、覚えのある羽音が聴こえた気がした。

 

「──やれやれ。私のつかさちゃんをいじめるなんて」

 

 それは幻聴ではなく。飛蝗の塊は怪物犬を包み込んで瞬時に食い尽くし、女性と少年に対してもぶつかって怯ませると、アーチャーの姿となって降り立った。

 対する少年は、飛来する蝗を自らの腰から伸びたサソリの尾で迎撃し、刺し貫かれた1匹の蝗が霧散する。

 

「現れましたね、虫のサーヴァント」

「君だって蠍だろ? 蠍、虫じゃないか」

 

 アーチャーは冗談の直後に指を鳴らし、その合図によって飛来する蝗が少年と女性を攻撃する。1個体が小さく、そして物量のある相手に、薙刀や尻尾だけでの対処は苦戦しているらしい。

 その様を見て呆然としていたつかさに、ある時アーチャーが目配せする。視線で初めて逃げることを思い出し、つかさは慌ててメイド喫茶の建物内に駆け込んだ。

 

 このままだと、先輩たちも巻き込まれてしまう。巻き込まれたら『ひまわり』の居場所はなくなってしまう。連れ出さなくちゃ。

 大急ぎで飛び込んだ休憩室では、あざみ先輩が1人でお昼ご飯を食べながら、スマホをいじっていた。彼女は勢いよく開け放たれた扉に驚き、つかさの方を見ると、心配そうに声をかけてくれる。

 

「どうしたの、ひまわりちゃん」

「あざみ先輩っ! か、怪物がっ、怪物が出てっ! 早く、逃げないと……!」

 

 必死で伝えようとしながら、せめて彼女だけでもと、思わず彼女の腕を掴んで走り出す。店長を探してる余裕はないのだ。

 呆気に取られてなすがままのあざみ先輩だったが、少しして口にしたのは、抵抗の言葉ではなかった。

 

「もしかして、昨日の蛇みたいなのが出たってこと?」

「は、はい、だから避難しないとっ」

 

 廊下の窓から先程までいた炊き出しの場所を覗く先輩。確かに、そこでは少年と女性が薙刀や蠍の尾を振り回し、何度も魔獣がアーチャーに飛びかかっていっているのが見える。対するアーチャーも徒手の格闘で一歩も譲らずに立ち回り、さらに蝗の群れが彼に襲いかかる魔獣を迎撃しているらしい。

 

 今はアーチャーが押しているように見えるけれど、あんな化け物同士の争いなんて、いつどう動くかわからない。

 廊下に視線を戻して、また走り出そうとしたところで、今度は別の窓を破って室内に乱入する魔獣が現れる。ヒトデのように、放射状に触手を伸ばした魔獣で、サイズは人間と同じくらいある。

 

「ひっ……!?」

 

 その見るからに異様な姿にあざみ先輩も小さな悲鳴をあげた。そうだ、あざみ先輩を助けなきゃいけないんだから、つかさが怯えていちゃ駄目だ。

 そうして再び走り出そうとした時、触手が行く手を塞ぐように伸びて、廊下の道は使えないと悟る。つかさは逃げ道を探し、付近の部屋に飛び込んだ。

 

「わ、一体なんの騒ぎ? さっきからどたばたしてるけど……」

「ごめんなさいっ、説明は後でしますから……!」

 

 ここは厨房。中にいたのは調理中だった店長だ。彼女と合流できたのは幸いだが、触手はさらに伸び、つかさ達を捕まえようと厨房の中まで追いかけてくる。このままだと、壁際に追い詰められて終わりだ。

 

「よくわかんないけど……なんかやばそうだね」

「っ、ま、窓! 先輩、店長! 窓開けてください!」

 

 つかさの言葉に、2人はすぐさま頷いて行動に移ってくれたが、触手は逃すまいとその窓の施錠を開けようとする手を狙って伸ばされる。咄嗟につかさは近くにあった包丁を拾い上げる。そして、思い切って触手に向かって振り下ろす。ざくりと嫌な感触がして、極彩色の体液が漏れ出て、触手のうち1本はそれっきり動かなくなった。

 

 けれどそれでは足りない。触手は無数にあって、1本封じたところで焼け石に水だ。もっとうまく対処できるものを探して振り返り、見当たらないまま向かってくる触手に包丁を振り回す。

 そのうち窓が開いたことで店長に呼ばれ、先にあざみ先輩と店長を行かせ、つかさは最後に窓を潜っていく。その最中で触手に足を掴まれ、靴が片方脱げてしまうが、構わずに屋外へ逃げ延びた。なおも触手は追いすがるが、用意していた店長がポリタンクから灯油をぶっかけたことで怯み、その間に遠ざかることができた。

 そのまましばらく周囲から視線を集めながらも走って、息が切れて、振り向いても触手が着いてきていないことを確認して、ようやく立ち止まった。

 道の脇に避けて、胸を撫で下ろす。

 

「よ、よかった……生きてる……!」

「う、うん……ひまわりちゃんのおかげだよ」

 

 あざみ先輩は感謝の印に手を握ってくれた。少し冷えていたけど、その気持ちは暖かかったと思う。

 

「ひとまず良かったけど、ねぇひまわりちゃん。あの人は大丈夫なの? なんか、戦ってるみたいだったけど」

 

 店長が言っているのはアーチャーのことだ。彼は置いていく形になってしまったけれど、そうするしかない。間に入っても、なすすべがないんだから。逃げろ、というアイコンタクトもあった。つかさはこうするのが正解のはずだった。

 

「それに……これからどうしようね。まだまだ狙われてるかもしれないし、というか周りの人に被害が及ぶかも」

 

 本当に無差別に暴れているんだったら、他の怪獣騒ぎ同様にもっと建物や人間に被害が出る。当然メイド喫茶兼店長の自宅は壊され、他の人が巻き込まれる心配もあった。だからといって、大きな声でまた怪獣だと喧伝すると、かえって混乱を招くと思う。

 

「どうしよう……」

『心配いらないさ、我がマスター』

「……え?」

 

 いきなりアーチャーの声がして、聞こえてきた方向を見ると、1匹の蝗が柵の上に止まってこちらを見ていた。虫を操っている、ということで、虫を介して話してもおかしくはない……の、だろうか。

 

『私だ、アーチャーだよ。安心して欲しい。恐らく相手は私と君だけが標的のようだからね。こちらは引き受けておくから、君は好きな場所に逃げるといい。万が一嗅ぎつけられても、また駆けつけるさ』

 

 アーチャーらしきこの蝗が伝えたこのメッセージを、つかさは信じてもいいのだろうか。周囲を見回すと、あざみ先輩や店長にもこの声は聴こえていたようで、あざみ先輩は耳を疑い頬をつねり、夢じゃないことを大いに驚いていた。店長は目を丸くしつつも、冷静に言葉を続けた。

 

「この際、バッタがしゃべったのは置いといて……ひまわりちゃん、家に帰る? 店舗に荷物は取りにいけないけどね」

 

 そこにある普段着がないと困る。両親には、昨日は電車もバスも動かなかったため友達の家に急遽泊めてもらったと説明していた。それに、元々バイトのことは全く伝えていないのだ。

 メイド服で帰宅して、秘密でバイトをしているうえにそれがメイドカフェだなんて知れたら、両親はどんな反応をするだろう。つかさには想像もつかなくて、それは避けたかった。

 

「ちょっと、うちの親も大変みたいで……」

 

 嘘をついた。つかさの自宅は怪獣騒ぎには巻き込まれていない。医者である父親はもしかしたら怪我人が多くて大変かもしれないが、それにしたって家には母親がいるだろう。

 

「じゃあ……うちに避難します? 店長も、よければ。一人暮らしなんで、3人だとかなり狭いと思いますけど」

 

 あざみ先輩からの提案はありがたかったが、それはつまり、またしても女性2人とひとつ屋根の下、しかも今度は一人暮らしの女性の部屋で過ごすということになる。それはそれで危険まみれで、ノーリスクの選択肢ではなかった。

 

「ひまわりちゃんはそれでもいい?」

「はい、あざみ先輩のご好意ですし」

 

 下手に動揺したり拒否した方が怪しいと思い、店長の確認にはすぐに答えた。それならと店長も頷き、行先はあざみ先輩の自宅に決定する。

 

 今日を乗り切れば、あの襲ってきた相手はきっとアーチャーがなんとかしてくれている。歩き出した時、つかさはそう自分に言い聞かせて、今日だけはどうにか頑張ろうと決意したのだった。

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