Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第3話「新しい日常」

 突然の出会いから数十分。紘輝は一旦セイバーを連れて自宅に戻り、雫から連絡が来るのを待つことに決めていた。

 自転車の後ろにセイバーを乗せて、彼女に気を遣いながら漕ぎ、到着した自宅の扉をくぐると、丁度昼寝から目覚めたばかりらしい恵美里と鉢合わせた。

 

「あ、お兄おかえり……えっ!? な、何その幼女、もしかしてお兄犯罪者になっちゃった!?」

 

 兄が正体不明の少女を連れ帰って来たのを見るや否や、妹は常識的な反応を見せた。

 当然である。素性の知れない少女を連れ帰ってきたら、それはもう疑われるに決まっているだろう。初手で通報という手に至らないのは、恵美里の優しさと言うべきか。

 

「違うんだ、断じて誘拐じゃない。理由を聞いてくれ」

 

 勿論否定する。実際誘拐ではない。魔術とは関係の無い世界に生きる恵美里には真実を話すことはできない。それでも、誤解は解きたかった。妹からの冷たい視線には辛いものがある。

 

「これには深い訳があってだな……その、なんだ、ええっと……」

「あ、本気で犯罪者になったとは思ってないから。大方、例の先輩の親戚とかじゃないの」

「そう、それ。親戚なんだよ」

 

 咄嗟の言い訳には、恵美里の話した推測に乗っからせてもらうことにした。魔術を親族に使う羽目にはならず、一安心だ。

 

 さて、その妹はというと、あまり事情の話には興味がないらしく、セイバーの目の前に歩み寄り、彼女の顔をじっと見つめていた。寄られたセイバーはすぐさま目を逸らしており、その目線の先は何も無い床だった。

 

「すご、めっちゃ綺麗な肌……って、ご、ごめんね、見惚れちゃって。自己紹介しなきゃだよね。ええっと、私、芹沢恵美里。そこのロリコンのお兄の妹、やってます」

「ちょ、ロリコンって」

「あなたのお名前は?」

 

 紘輝を無視して、セイバーの返事を待つ恵美里。その目は激しく泳いでいる。次に言葉が発されるまでに数秒の沈黙があり、やっと、セイバーの口が開いて、か細い声が聴こえた。

 

「私のことは……セイバーと。そうお呼びください」

「うん、わかった。セイバーちゃんね。

 あ、えと、嫌じゃなかったらでいいんだけど、握手とか、してくれないかなって」

 

 そう言って恵美里が差し伸べてきた手に驚き、少し躊躇いつつも、セイバーは自分の手を重ねた。互いに触れた指をそっと握って、親愛の証が成立する。

 よく見ると、セイバーは不安げな表情をしており、恵美里の方は耳が赤くなっていて、お互いに目線が合う気配がない。普通の握手の光景とはかなり趣が違っていた。

 

「……エミリ。震えているようですが、私、なにかしてしまいましたか……?」

「き、気にしないで。なんていうか、すごい美少女と手繋いでるなって思うと、やば、手汗」

 

 どうやら、恵美里は緊張によってこうなっているらしい。セイバーの不安の原因はこれだろうか。紘輝は教えてやることにした。

 

「心配しなくていいぞ。昔から、綺麗な人が相手だとこうなっちゃうだけだから」

 

 恵美里の美人に対する耐性がないのは昔からのことである。小学生の頃は、先生の顔が良すぎて直視できないと相談を受けたこともあった。慣れるまではある程度時間を要したが、同居人ならそのうち平気になるだろう。

 それを聞いたセイバーは、真顔に戻るでもなく、小さな声でなにか呟き、また視線を床に落としてしまう。

 

「いえ……心配なのは……」

 

 それ以降の言葉は聞こえなかった。ぎこちないやりとりが目立つけれど、果たして、2人はうまくやっていけるのだろうか。

 それ以前に、両親の了承も得なければならない。いきなり幼女を居候させるとか、やっぱり異常事態では。

 

「……まあ、なんとかなるか」

 

 紘輝は魔術の素人であり、どう足掻いてもなるようにしかならないだろう。後で雫にいろいろ聞いて、そこから考えよう。

 

 まだお互いの手を握っているセイバーと恵美里を見守りながら、紘輝はその微笑ましさに頬を緩めるのだった。

 

 ◇

 

 キャスターの召喚の儀式を終え、彼らとの出会いに胸を踊らせた後、風羽は家路についていた。屋根から屋根へと軽快に飛び移る、巨躯の狼の背中に乗せられて、である。

 というのも、キャスターの召喚の直後から、体が原因不明の倦怠感に襲われていたのだ。日頃から運動不足の風羽には辛く、徒歩とバスでは途中で失神してしまいそうだった。

 

 そんな風羽をフェンリルに乗せ、自らもそのすぐ後ろに跨っているキャスターだが、話しかけてくる様子はなく、ただ微笑みながら見守っているばかりであった。

 風羽も、建物が目に映るたびそれが壊れる様を想像して気を紛らそうとするくらいで、わざわざ話しかけようとも思わなかったし、何よりそこまでの気力もなかったのだ。

 

 そうして倒れそうなのをこらえて家に戻り、キャスターの助けを得ながらフェンリルから降りて、扉を開く。すると、驚いた顔をした両親に出迎えられた。

 普段大人しい風羽が朝から飛び出していったことをとても心配した様子の2人は、風羽のことを見るなり、家出したかと思っただとか、無事でよかったとか、そういう言葉を浴びせてくる。

 いつもなら愛想良く答えて、彼らに合わせるところだった。けれど、今はキャスターがいる。

 

「ねぇ、キャスター」

 

 期待とともに彼女を呼ぶと、彼女の指が父と母に向けられた。そして宙に何やら不思議な紋様を描き、それが鈍い輝きを放つ。

 いったいどんな効果があるのだろう。その場で、彼らが爆発でもしてくれるのだろうか。

 

 期待して待っていると、結果はただ、2人の目から光が失われ、何事も無かったかのように居間に戻っていくくらいのものだった。

 

「……あの、今のって」

「簡単な魔術ですよ。おふたりが、私たちのすることに一切の疑問を持たないよう、暗示をかけました。一般人に邪魔をされては困るでしょう?」

 

 その通りだけれど、少し残念だった。両親がここで壊れたら、確かに色々と後始末が大変だし、不都合も多いかもしれない。

 1週間後までは息を潜めると決めたのだから、これで正解なんだとは思う。さすがに自宅を壊したら、どこに行けばいいかわからないし。

 

 居間を見ると、両親は新聞を読んだりスマホを触ったり、いつも通りの生活に戻っている。風羽がキャスターを家にあげても反応はなく、無視して部屋に戻っていこうとしても、こちらを一瞥すらしなかった。

 

 いつもはやたらと構ってくるから、これは楽でいい。風羽は両親を横目に階段を駆け上って部屋に戻ると、さっさと服を脱ぎ捨ててしまい、ベッドに飛び込んだ。愛用の布団に受け止められ、やっと休めるんだと強く感じて、深く息を吐く。ついでに眼鏡も外し、三つ編みもほどいてしまう。

 

 ふと振り向くと、当然のことながら、これまで家族以外を招いたことの無い自分の部屋にキャスターが立っている。そんな不思議な光景を前にすると、思わず頬をつねり、夢じゃないことを確認してしまう。しっかりと痛かった。

 

「……そうだ! 聖杯戦争って、魔術師同士の戦いなんですよね。じゃあ、私もあんなふうに魔術が使えるようになるんですか?」

 

 痛みで思い出したのは、キャスターに聞いておきたいと思っていたことだ。

 あの時から風羽の脳内に居座る知識によれば、聖杯戦争とは魔術師たちがマスターとなってサーヴァントを従え、戦わせる儀式である。他のマスターたちは、聖杯が目当てでやってきた元々魔術の世界で生きている者たちなんだろう。

 両親も一般人で、昨日までは魔術なんてものが実在するとは思わなかった風羽は、同じ土俵に立てるのだろうか。

 

 もし使えるのなら嬉しいし、便利だと思う。常識を外れた力があれば、風羽の欲望は今よりももう少し満たせるようになるかもしれない。

 キャスターの答えをわくわくしながら待っていると、しばらくの間じっと風羽の目を見つめていた彼女は、急に風羽の両肩を掴む。いきなりのことに驚くが、キャスターはまた笑顔を向けていた。

 

「私の見立てが正しければ、貴方には魔術回路が眠っている。それが開いたのなら、可能性は十分にあるでしょうね」

 

 夢のある話だった。まだ目覚めていないだけで、キャスターは風羽の体には素質が備わっているという。

 

「じゃあ、目覚めさせたいです、私」

「お望みなら、お手伝いさせていただきますね。私も魔術師(キャスター)ですから」

 

 風羽が召喚したのは魔術師のサーヴァント。つまり、師としてはこの上ない存在と言えるかもしれない。自分の運がいいことに感謝しながら、風羽は重い瞼を支えるのを諦め、枕に頭を委ねた。

 

「……明日からにしますね。今日はもう、なんか眠くて……」

「えぇ。私の召喚だけでなく、子供たちの顕現に多くの魔力を使ってしまったのでしょう。ゆっくりと体を休めてくださいね、マスター」

 

 そう言って、キャスターはそっと布団をかけると、そのまま霊体化によって姿を消した。

 さすがは母親だな、と思いつつ、風羽は眠気に負けて意識を手放していった。

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