Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第6話「ライダー/先輩の悩み」

 住宅街の一角、古蛾雫の自宅の地下室にある魔術工房にて。

 古蛾雫が芹沢紘輝がしたのと同じように隕石に触り、突然の衝撃波に吹き飛ばされ、令呪を発現させたつい数時間後の話である。

 この日、両親とは別居しており雫の一人暮らしであるはずのこの家に、彼女ではない人影が現れることになった。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 雫が詠唱の最後の一説を高らかに唱えるとともに稲妻が迸り、閃光が地下室を満たした。その直後、雫は確かに儀式が成功したことを知ることになる。光の中より出でた者が、低い声で呟いたからだ。

 

「──わざわざ我なんかを呼ぶとは、とんだ物好きめ」

 

 彼女のその声で、雫の背筋が凍り、鳥肌が立つのがわかった。まだ見下されてもいないのに、格上であることを思い知らされたような感覚に囚われる。

 

 魔法陣の中央に現れたのは、英霊らしい勇壮な戦士ではなく、雫よりも矮躯の幼い少女であった。

 黒い髪は肩のあたりまで伸び、褐色の肌は艶やかで、顔立ちからは相当気の強い性格であることが窺えた。

 

 だがなによりも目立つのは、両肩に備わった2匹の漆黒の蛇の存在だ。

 恐らくただの蛇ではない。あれに威嚇されるだけで、雫では気絶してしまいそうだ。それほど強い神秘を宿しているのが見るだけで理解出来る。

 

 少女はため息をつき、雫をその鋭い金色の眼で睨めあげると、契約の問いを投げかける。

 

「で? 我のマスターは貴様でいいんだな?」

 

「う、うん。わっ、私が、あなたのマスターだよ」

 

 サーヴァントといえど、相手は使い魔だ。召喚した主として嘗められるわけにはいかないと、雫は持てる限り気丈に振舞うため、その細い瞳孔を見つめ返した。

 残念ながら、金色の虹彩に映る自分の顔は、ひどく怯えていた。

 

 品定めするような視線は、雫に痛いほど向けられ、それは10秒ほど続いた。冷や汗が何滴も垂れて床に落ちて、ようやく少女の品定めが終わる。

 

「まあ……下の下ではないか。我が現界する機会がまずないからな。いいだろう、契約してやる」

 

 雫の評価はと言うと、最低ではないからまあいいか、というものだった。使い魔のくせに、主に向かって有り得ないくらい横柄な態度である。

 けれど、雫はそう見下されても仕方がないの弱小当主である。ここで噛み付いてサーヴァントに敵うはずもなく、不満は忘れることにした。契約してくれたことを素直に喜ぼう。

 

 ともあれこれで目的は達成だ。このサーヴァントとともに、紘輝の手助けをしていこう。

 雫は決意を新たに握りしめ、自分の工房を見回した。

 

「……あれ、いない」

 

 霊体化して姿を消している、というわけではなさそうだ。雫は地下室の出口を潜り、階段を登ると、普段全く使っていない応接間の照明がついているのを見つけた。

 応接間に赴くと、やはりそこに少女がいる。見た目の幼さゆえに、ソファにちょこんと座る姿は可愛らしいが、肩から伸びた蛇がしきりに体をくねらせている様は、やはり恐ろしい。

 

 彼女は後からやってきた雫の顔を見るなり、ふんと鼻を鳴らして顔を背けた。

 

「あんな足の踏み場もない場所で我を召喚するなど、不敬にあたるぞ、不敬。

 それにその家、我のものとなるには貧相すぎるな。一番まともなこの家具は埃をかぶっていたぞ」

 

 この家に来る訪問者なんて、出前の人、配達の人、それと紘輝くらいのものだ。雫が生活する上で要らない場所の掃除は全くしていない。

 そのはずだが、どうやらソファの埃に関しては少女が拭き取ったらしく、本来の革の色を取り戻していた。

 

「……なんだその目は。我だって掃除用具くらい使えるぞ。小間使いがおらんのだ、自分でやるしかないだろう」

 

 それはそうなのだが、この態度からは少し意外であった。てっきり、雫に対してもっと理不尽にあたってくるような性格だと思っていたのだけれど。

 

 雫はひとまず、少女と向かい合うようにソファに座る。そして、今後のために話し合っておかなければならないことを話すと決めた。

 

「あの……」

 

 そうして呼びかけようとして、ふと、真名どころかクラス名すら聞いていないことを思い出す。触媒も用意していないのだから、このサーヴァントに対する情報は見た目によるものしかない。

 マスター権限でステータスを覗き、そこから彼女が『ライダー』であるという情報を得て、改めて声を出した。

 

「らっ、ライダーは、聖杯に何を願うの?」

 

「そういう貴様こそ、なにゆえに我を喚んだのか話すべきであろう。貴様は聖杯に何を願う。富か、権力か?」

 

 聞き返されるのは予想外で、目を丸くした。けれど、雫だってなんとなく召喚の儀を行ったわけじゃない。そこにある理由を、雫はいちから全部ライダーに話した。

 

 ──8月6日、弟子である紘輝が偶発的にサーヴァントを召喚してからというもの、雫はずっと悩んでいた。

 大慌てで魔術協会へ報告してから5日が経過していたが、その間も頭を抱え、どうすれば紘輝の力になれるかを考え続けた。

 

 令呪の発現とともにサーヴァントが召喚されたということは、聖杯戦争が始まるということ。

 1年前にも日本のどこだかの街で開催されたと噂には聞いていて、そんなものは眉唾だと思っていたが、目の前で英霊の召喚という奇跡が起きてしまっては仕方がない。

 紘輝は魔術師同士の殺し合いに巻き込まれるだろう。彼は弱小の雫なんかの弟子であり、素質があったとしても実戦では素人同然だ。殺し合いなんてできるわけがない。

 

 どうにかして、弱い自分でも、彼の助けになれないか。その結論が、自分も令呪を手に入れ、聖杯戦争に参加するということだったのである。

 

「だ、だから、私はあなたの力を借りたいの。聖杯なんかいらない。芹沢くんが生きていてさえくれれば……」

 

 そんな経緯を話すと、ライダーは雫に冷ややかな目を向け、ため息混じりに吐き捨てた。

 

「生きてさえいてくれれば……だと? くだらん嘘をつくものだな。我がそのセリザワとやらを見事守り抜いたとして、貴様がそれで満足する保障がどこにある。

 感謝されたいのか、娶ってほしいのか。欲望の源泉がなんであれ、貴様には根が見えていない。自分の欲望を見誤れば、取り返しのつかないことになるぞ」

 

「娶っ……!?」

 

 雫はどうして紘輝を助けたいと思っているのか。そこに男女の感情が混じっているとか、そんなはずがない。ただ純粋に、助手を失いたくないだけだ。

 それ以前に、彼は魔術師として大成するべき人間だ。雫なんかの貧弱な母体を選ぶわけがないし。

 

 それに確か、彼には幼馴染みがいる。家も隣で、ずっと付き合いのある相手。名前は確か、観伝寺風羽だったか。

 雫と紘輝が出会う前からの関わりである彼女に、雫が勝てるなんて、到底思えなかった。

 

 あぁ、でも、ライダーと一緒なら、可能性はあるのか。魔術という二人だけの秘密が、聖杯戦争という命を賭したフィールドで、もっと深い繋がりになるかもしれない。

 それなら、まだ、雫にも──。

 

「おい、聞いていたのか。頬が緩んでいるぞ」

「へ!? あ、な、なんでもないっ、から!」

「……貴様、我の話聞いてなかったな」

 

 そういえば、何の話だったっけ。

 ライダーに言われてきょとんとした雫に対し、彼女は呆れ返った顔を見せると、肩の蛇を片方掴んで捕まえた。

 

「我の願いはこいつらを引き剥がす事だ。どうやっても殺せないこの呪いを解きたい。聖杯の力ならば簡単だろうが、我にはこの通り不可能だからな」

 

 そう言って、ライダーの手に力がこもる。驚くべきことにそのまま蛇の首をねじ切ってしまった。千切られた蛇の首は、断面から黒い液体を溢れさせ、魔力の塵となってたちまち霧散していく。

 しかし、その直後、残った胴体の側から新たな蛇の頭部が形成され始め、すぐに再生は完了してしまった。元のように舌を出し入れしてうねりはじめ、ライダーは舌打ちをする。殺せない、とはこういうことらしい。

 

「……わ、わかった。聖杯を手に入れたら、ライダーに譲る。私には、元から願いもないし」

 

「ふん、いつまでそう言っているものだか。

 まあいい、最後に我が願いを叶えられればそれでいいのだから。気は乗らないが、貴様の方針にも、ある程度は従ってやろう。セリザワとやらを守るのも含めてな」

 

 それから意外なことに、ライダーは雫の頼みを聞いてやると言い出した。高圧的だがどこか甘いというか、不思議なサーヴァントだ。

 彼女なら、紘輝ともうまくやっていってくれるだろうか。

 

 彼が召喚したあの少女サーヴァントとライダーとの共闘を想像し、ついでに2人並んで戦場に立つ自分と紘輝の姿も思い浮かべて、雫はまた頬を緩ませた。

 

「──して、マスター。飯を作ってくれないか。我は腹が減った」

「あっ、うん」

 

 ライダーの要求で、雫は自分も夕食を食べていないことを思い出す。儀式の準備に夢中だったせいだ。冷蔵庫になにがあっただろう。ライダーの分だけじゃなく、自分の分も作れるだろうか。

 

 ライダーを連れて、雫は台所へと歩き出す。その足取りは軽く、この先に待つ戦いを楽しみにしているようでさえあった。

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