Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ]   作:皇緋那

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第7話「ランサー/調査開始」

 多くの人々が行き交う街の通りを、長身の女性と中性的な出で立ちの少年の2人組が歩いてゆく。双方共格好は黒のきっちりしたスーツであり、整った顔立ちも相まってなにかの撮影か、要人警護のようにも見える。

 女性は不安げに周囲を警戒しているが、少年はむしろ目を輝かせながら辺りを見回し、気になるものが見つかる度に女性の方に声をかけていた。

 

「やはり僕のいた世界とは大きく違うようですね。人混みも大きいし、何より加工品のレベルが段違いだ」

「……遊びに来たんじゃないから。これは調査、でしょ」

「はい、わかっています。けれど、これほどの目新しさに満ちた世界、高揚してしまいますよ」

 

 まるでこの時代の人間ではないかのように話す少年。だが、彼は時代のどころか、人間でさえない存在だ。

 この街で行われる聖杯戦争のために呼び出される従者、即ちサーヴァント。

 彼はそのうちの1騎、『槍兵(ランサー)』。異なる時代から呼び出されたことにより、現代に心躍らせているのだろう。遥か過去の時代の存在にとって、現世の食事は未知の世界なのだから。

 

「どうしてこうなったのやら……」

 

 ランサーの隣でため息をつく女性こそが、昨日彼を召喚したマスター。時計塔に属していないフリーの魔術使い『カシオペア・トリスケリア』だ。

 魔術使いとは魔術師とは違い、真理へ至る手段ではなく、都合のいい技術として魔術を使う者である。日本へは、聖杯戦争によって起こるだろう混乱を最小限で食い止めるために入国し、例の隕石から令呪を授かり、戦うことを決めた。

 

 なのだが、今はランサーの要望を受け、調査と称して観光に出向くこととなっていた。

 地理は把握しておくべき、というのがランサーの言い分だが、それならランサーは姿を消した状態でもいいのではないだろうか、と思う。

 幸い、国際行事の時期と重なっていることもあって外国人が多くなっており、カシオペアやランサーも群衆に紛れることができていた。右手の令呪は、手袋で隠せばいい話だ。

 

「マスター。あの給仕の方は何をしていらっしゃるのですか?」

「あれは……確か、客が主で店員が給仕って設定の飲食店の宣伝、なんじゃないか」

 

 ランサーが指したのはメイド服を着た少女が広告を配っているところだった。彼は率先して受け取りに行き、もらってきた紙を見せてくる。カシオペアは日本語はほとんど読めないが、ドイツ語の記述があり、それは簡単に読めた。

 

「『フランケンシュタイン』……?」

 

 カシオペアが事前に調べて知っていたメイドカフェの知識とは繋がらない名前だった。もしかして、フランケンシュタインの怪物が出迎えてくれるのだろうか。それはもうお化け屋敷ではないだろうか。どちらにせよ、今はカシオペアたちがメイドカフェに行く余裕はないけれど。

 

 広告から目を離し、カシオペアはランサーの姿を探す。すると、今度は彼は道端の屋台で売り子のお婆さんと話し込んでいた。仕方なく、人混みを通り抜けて彼を迎えに行く。

 

「……あのさ、ランサー」

「あぁ、マスター。このドーナツとやら、食べてみたいです。マスターも間食はまだですよね?」

「まだだが……」

 

 サーヴァントに食事は必要ないが、これは純粋な興味から来るものだろう。ため息をつき、仕方なくランサーに日本円を渡した。

 カシオペアだって女の子、甘いものは好きな方だ。なにより、ランサーが目を輝かせているのを見ていると、弟みたいで拒めない。兄弟がいた経験はないが、いたらきっとこういう感覚なのかもしれない。

 

 ランサーがいくつかのドーナツを注文し、対価を支払うと、フードパックに詰めて渡される。ドーナツは茶褐色からピンクや黄色まで、色とりどりであった。

 

「どこか、休憩できそうな場所を探しましょうか」

 

 別に食べるのは宿泊先に戻ってからでもよかったのだが、ランサーに先導されて行くと、そのうちに空いたベンチが見つかった。

 運が良かったのだと、ランサーとカシオペアは並んで座り、ドーナツに手をつけることにする。ランサーが最初に手に取ったのは茶褐色のもので、一口かじり、しばらく咀嚼して、頬を綻ばせて感想を述べた。

 

「なるほど……輪の形にすることで火が通りやすくなっているのでしょうか。可愛らしい形状ですし、愛されるのも納得ですね。

 マスターもどうぞ。美味しいですよ」

 

 カシオペアは薦められるままに、ピンクのものを食べてみる。これは苺味だろう。ほんの少しの酸味と、健康に良くなさそうな甘味のバランスが脳に心地いい。

 そのまま欠けた輪の残りを食べ進めていく。ランサーもカシオペアも、しばしの休息を続けていた。

 

 その結果、警戒が少し疎かとなり、背後から近づいてくるその気配には気が付かなかった。

 

「お姉さんたち、とっても美味しそうに食べるんだね」

 

 いきなり声をかけられ、咄嗟に身構えながら振り向いた。ランサーも同様で、声の主をじっと見つめている。

 その先にいたのは真っ赤なツインテールの少女だ。童顔だが、歳は成人手前といったところか。彼女は警戒されていることに気がつくと、可愛らしく人懐っこい笑顔で謝った。

 

「あ、邪魔しちゃったよね。ごめんね、ちょっと気になっちゃって」

 

 そこに敵対の意思は感じられなかったが、相手は慣れない土地の知らない人間。信用しきるのも危険だろうと判断し、カシオペアは警戒体勢を解かず、少しだけ緩めるに留めた。

 異邦の地で、わざわざ観光客相手に英語で声をかける日本人は珍しい。その分、彼女が能天気なのか、あるいはなにか思惑があるのか。

 

 対してランサーの方は、少女と同じようにフレンドリーな微笑みで応対していく。

 

「そう見えたのなら、そうなのでしょう。美味しいものを美味しそうに食べるのは、原材料や製作者に対する礼儀と言えるのかもしれませんね」

「あはは、ならマナーばっちりだね。見てた私もちょっと食べたくなっちゃったもん」

「では……おひとつどうですか? 僕の分を差し上げますよ。いいですよね、マスター」

 

 カシオペアは、好きにするといいとしか答えられなかった。それを受けたランサーと少女は喜び、彼女の手に緑のドーナツが渡った。さらにランサーは自分の隣のスペースに彼女を誘い、3人で並んで座る形になる。

 それから全員の手元のドーナツがなくなるまで、とりとめのない談笑をするランサーと少女のことを眺めながら、ゆっくりと食事を楽しむことになる。

 

 その中でふと、名も知らぬ少女が気になる事を口にした。

 

「はむっ、もぐもぐ……そういえば、昨日、この近くの通りで四つも変死体が見つかったらしいよ。隕石といい、なんだか怖いよね」

 

 少女の世間話を聞いて、カシオペアとランサーは顔を見合わせる。聞けば、変死体とは少しの外傷しかないのに、内臓が物理的に破壊されているという異常な状況らしい。

 聞く限りでは、魔術師やサーヴァントの仕業である可能性はゼロではない。

 

 仮に魔術師だと考えて、そんな風に殺す意味はないかもしれない。ならばサーヴァントだったとして、人を食らうことで回復できる魔力はたかが知れている。たった四人を喰らうかと言われると疑わしいところだ。

 それでも、例外はいくらでも考えられるだろう。

 

 だが、カシオペアの勘は告げている。これは聖杯戦争に絡んだ事件である、と。

 

「……詳しく教えてくれないか。そういうの、見過ごせないんだ」

 

 超常の存在が人々を脅かしている可能性を捨て置くわけにはいかなかった。カシオペアは、力なき者を守るために魔術の世界へと飛び込んだのだから。

 

「えっと、そう言われても、私もニュースで見た以上のことはよく知らないかな。あ、近くの通りで、ってのは、あっちの角を曲がった先だね」

 

 場所がわかれば十分だ。そこへ赴けばいい。現地の警察はいるだろうが、魔力の残り香くらいは感じられるだろう。カシオペアは立ち上がり、まだ残っているドーナツを袋にしまい込んだ。

 

「休憩はこの辺にして、現場に向かおうか」

「……えぇ、そうですね。ドーナツはホテルに戻ってからも食べられますから」

 

 一気に調査へと動き出す2人組を見て、なんか刑事ドラマみたいだね、とこぼす少女。カシオペアにもランサーにもその意味はよくわからず、気の利いた言葉を返すことはできなかったが、代わりに休憩を一方的に終わらせることへの謝罪を口にした。

 

「すまないな。もっとゆっくりできただろうに」

「ううん。楽しかった。あ、そういえば、名前も名乗ってなかったっけ」

 

 少女はくすりと笑って、自らの名を告げた。

 

「私、マドカ。マドカ・ペトラっていうの。ドーナツ、ありがとね。それじゃあ、また会えたら、その時はよろしく」

 

 最後に小さく手を振って、それから彼女は背を向け歩き出す。人混みの中に紛れると、たちまちマドカの姿は見えなくなってしまった。

 

「では行きましょうか、マスター」

「あぁ。平和を乱す奴がいるのなら……私が止めてやる」

 

 犯人が人間だろうがそうでなかろうが、人を脅かすのなら滅ぼすべきだ。まだ見ぬ敵と、いまだ目覚めぬ戦いに向けて、2人は並んで歩き出す。


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