Fate/Fiend Friends [フェイト/フィエンド フレンズ] 作:皇緋那
市内の葬儀場の一画で、椅子に腰掛けて項垂れる青年がいる。短髪を金色に染めている彼は、似合わない喪服に身を包み、暗い顔をして、周囲の泣き崩れる大人たちの輪に入ることはなく、ただ床を見つめていた。
彼の名は
同席しているのは彼の遺族だ。皆、まだ若いのに亡くなってしまったことを深く悲しんでいる。
彼は決して真面目な人間ではなかったが、面白い奴だったし、親族には愛されていたんだろう。
銀吾には、まだ実感がわいていない。一緒にバカ騒ぎしてきたはずの奴らがいきなり死んだなんて聞かされて、信じられるだろうか。涙の一滴も出てこないのはそういう理由だ。信じたくない、という気持ちが強い。
一方で、漠然とした不安が胸を押さえつけているようにも、思えてならなかった。どうしても、銀吾だけが生き残っていることを怨んで、誰かがこちらを指さしているふうに感じてしまう。
その居心地の悪さに耐えられず、花をいくつか手向けた後は、こうして離れて座っていた。
「なんでこんな事に……」
銀吾は彼らが不審死であったことくらいしか聞いていなかった。司法解剖が行われたそうだが、犯人が捕まるどころか、事件か事故かさえも不明なままだ。事実はまだ警察しか知らない。いや、警察にもまだわからないのかも。
ため息混じりの呟きは、やりきれない思いに満ちていた。もし今すぐ願いが叶うのなら、アイツらの死が、なかったことになってくれればいいのに。
銀吾はそんな荒唐無稽なことまで考えている自分に対して、もう一度ため息をついて、外の空気を吸ってこようと立ち上がった。
棺を迎えにやってきた霊柩車が待つ出口とは別方向、葬儀場の裏庭の方に歩いていく。
すると、ふとした瞬間、頭の中に声が響いてきた。
『誰か──助けて──』
初めて聴く少女の声だ。助けを求めて、誰かを呼んでいる。しかも鼓膜ではなく頭の中に直接響いてきているようだが、声の主のいる方向は不思議と推測がつく。ここが葬儀場であることも相まって、どこか霊的なものを思わせる声だった。
幽霊の類か、それとも何か事件性のあることなのか。銀吾はなんとなく興味がわいて、声に釣られて葬儀場の別の部屋に行くことにする。居心地が悪い思いをずっとしているよりは、幽霊でも探した方が気分転換にもなる。
昨日の通夜の間には使わなかった通路や階段を通り、奥の方にある薄暗い部屋まで行くと、それは鎮座していた。
「……棺にしちゃ、小さめだな」
部屋の中央に安置されている木製の棺。蓋には複雑な魔法陣のようなものが書かれており、ぼんやりと光を放っているのがわかる。
また、それはさっきの友人が入っていたのとは大きさの違う、子供用の棺であった。さっきの声も少女のものだったし、声の主はこの中にいる者の可能性が高い。
試しに、話しかけてみる。
「呼ばれて来たけど、どうすりゃいいんだ?」
どうせ幽霊と話すなんてできるはずがない。返事は来ないだろうと思っていた。が、意外にも返事はすぐに返ってくる。
『──蓋を開けてくれぬか。内側からでは開けられんのじゃ』
「……のじゃ?」
随分と変な喋り方の幽霊だが、言われた通り、蓋を開いてやることにする。棺桶を勝手に開けるなんて罰当たりだが、中身がそう言うんだから仕方ない。
「おわっ!?」
そうして木製の蓋に触れると、突然魔法陣が強く発光を始める。右手の甲が火傷したみたいに痛み、反射的に手を離した。見ると、直接蓋に触れた掌ではなく、どういうわけか手の甲に変な赤黒い痣ができている。なんとなく、人の目にも見える形をしていた。
『どうした、なにがあったのじゃ』
「いや、なんでもないよ。なんか光っただけ」
改めて、蓋を取り外しにかかると、今度はなにも起こらなかった。重量もそう重くなく、簡単に取り外すことができた。
そうして蓋をどかし、露わになった中身を見ると、たくさんの花が詰まっている。その中央に眠るようにして、ひとりの幼い女の子が入っていた。
彼女の格好は死装束からは程遠く、むしろ昔の王様が着ているような豪勢な格好であり、右目を隠す眼帯は特に細かな刺繍が施してある。
それに、血色はむしろいい方だった。死人とは思えない。ということは、生きているのだろうか。考え事をしつつ、銀吾はまじまじと彼女の顔を見つめていた。
するとある時突然、眼帯で隠れていない左目が開かれる。すぐさま少女は勢いよく立ち上がり、収まっていた花を散らかし、頭の中に直接ではなく、喉から声を出す。
「はぁー、狭かった! 身動きが取れんほど狭かった! なにをどうしてこんな狭っ苦しい空間に召喚されてしまったのじゃ? まぁ良い、人間よ、よくやった! 褒めて遣わすぞ!」
腕を組み、偉そうに銀吾を見上げる少女。銀吾が呆然としていたため、その言葉から数秒間、部屋には沈黙が戻った。そしてすぐまた、彼女が沈黙を叩き壊す。
「……ん? 人間、おぬしやたらと大きいな。わたしより大きいとか、何メートルじゃ?」
「え、1.6メートルだけど」
「は? そんなはずは……って、なんじゃあこの体!? これではわたしが幼児みたいではないか!? わたしの威厳は何処へ……」
幼児みたいどころか、どう見ても幼児である。小柄であることもさることながら、髪型のツインテールとか、あどけなさの残る顔立ちとか、むしろ大人要素の方が皆無である。
この変な騒がしい幽霊は、その事実が今の今まで認識できていなかったらしく、頭を抱え始めている。
「あの……あんた、何者? 幽霊じゃないの? あ、棺桶で寝てたってことは吸血鬼か」
「む、わたしをそのような低級な化け物と一緒にするでない。というか棺桶って、うそ、わたし棺桶入ってたのじゃ!?」
どうやらこの少女にも状況はまったくわかっていなかったらしく、驚いては騒ぐばかり。なぜ棺桶に入っていたのか試しに聞いてみても、まるで分からずじまいであった。何にせよ、こんなに元気なのに火葬場に送られてしまうより前に銀吾が気づいてよかったというものだ。
「明らかに通常の召喚式ではないな……人間の死体を依代にしたとでもいうのか? ではこの幼子はいったい誰なのじゃ? ええい、わからないことが多すぎる! おぬしがわたしを召喚したんじゃろ、教えんか!」
「召喚って……俺はあんたに呼ばれたから、ここに来て蓋を開けただけなんだけど。むしろこっちのが教えてほしいよ」
お互いにわかっていることが少なすぎる。というか、このままだと、出棺に置いていかれることになる。幽霊の正体もわかったわけだし、戻った方がいいだろう。そうと決まれば、すぐにでも会話を切り上げようと、銀吾は背を向けた。
「じゃあそういうことで、俺戻るんで!」
「あ、待て! 待つのじゃ! まだ何があったかもわかっとらんじゃろうが!」
引き止める少女の方を振り返らず、あるべく早足で戻っていこうとする銀吾。すると、廊下を走る途中で顔がなにかに激突した。前をよく見ていなかったせいで壁にぶつかったかと思いきや、見上げると人の顔があり、銀吾は間髪入れずに謝罪する。
「あっ、す、すいません! すぐ戻りますから」
「貴様、その手の痣は……」
「あ、これっすか? これならさっきその棺触った時に」
「まさか無関係の人間に発現するとはな。だが、奪えばいいだけの事」
葬式にはいた覚えがないその男は、銀吾の謝罪には反応を示さず、むしろ彼の右手の甲を見るなり掴んできた。姿の見えない銀吾を呼び戻しに来たのかと思いきや、まさか関わっちゃいけないタイプの人だったか。
驚く銀吾には興味を示さず、ただ掴んだ右手にばかり視線を向ける男。あろうことか、彼はコートの内側から短剣を取り出し、いきなり銀吾の腕に突き立てた。
「いったぁ!? おいオッサン、なに考えて──!」
「貴様のような一般人には過ぎた玩具だ。私が有効活用してやる」
男には話が通じず、傷つけられた銀吾の手首からは血が滴り落ちる。その光景を見ると、嫌でも思ってしまう。もしかして、自分も友人たちのように死んでしまうのか、と。それは嫌だ。天国でアイツらが待っているとしても、まだまだやりたい事はたくさんあるのに。
「や、やめてくれ! オレはまだ、死にたくないんだ! くそっ、誰か、誰か──!」
振りほどこうと暴れる銀吾。だが、男は妙に力が強く、逃れることはできなかった。そして、短剣が骨を切り取りにかかり、痛みに悲鳴をあげそうになった、その瞬間だった。
「人間よ、恩を返してやろう。死にたくないのであろう」
切り落とされたのは銀吾の手ではなく、男の腕の方だった。銀吾のことを掴んでいた左手が叩き斬られて地面に落ち、男はパニックに陥り、銀吾は拘束から解放される。
見ると、先程の少女が身の丈ほどはある大剣を手にして立っており、どうやら彼女が助けてくれたようだった。
「何が起きて……」
「さ、無事な方の手を出すがよい。こういう時は逃げるが勝ちじゃぞ」
銀吾は言われるがままに左の手を出し、彼女に手を引き先導されて走り出す。階段を駆け下りながら後ろを振り返ると、腕を奪われて悶え苦しんでいたはずの男が、今度は何かの呪文を唱えて炎を放とうとしている所だった。
「お、おいあれ……!」
銀吾が叫んだ瞬間、火球がこちらに向かって放たれる。しかし少女はそれを振り回す大剣で両断し、いとも簡単に防いでみせた。そして裏庭から道路に飛び出し、急ブレーキを踏む車の目の前を横切り、いくつかの通りを突っ切り、川辺に出てようやく少女は止まってくれた。
「はぁ……はぁ……なんなんだよ、あいつ」
「大方、おぬしの令呪を狙う魔術師であろうな。こうなった以上、ああいうのに頻繁に追い回されることは覚悟した方がよさそうじゃな」
「マジかよ……」
魔術師だかなんだか知らないが、わけのわからないことを言っていきなり人を傷つけ始めるなんて、明らかに普通じゃない。なんか炎も出てたし。
「気休めにしかならんが、軽い手当はしてやろう。どれ、見せてみるのじゃ」
少女に今度は右手を差し出し、手当をしてもらうことになる。彼女は自分の豪華な衣装の一部をちぎりとって包帯の代わりにし、手首の傷に巻いてくれた。
その時、ありがとうを言おうとして、銀吾は彼女の名前も知らないことに気がついた。
「あ、あのさ。俺、大仁田銀吾ってんだけど、あんたは?」
「アサシンじゃ」
「……ありがとう、アサシン。あんたがいなかったら、俺死んでたよ」
「それはわたしも同じじゃな。たぶん、あのまま焼却炉じゃったわ」
冗談めかして笑うアサシン。幼い見た目のくせに妙に頼もしく、信頼のおける相手のように思えた。
そんなアサシンも、そういえば、自分の状況に混乱していた。外国語っぽい名前だから外国人なんだろうが、迎えに来てくれる家族とか、いるんだろうか。これから彼女はどうするんだろう。
思い切って、聞いてみることにする。
「……なぁ。アサシンって、帰る場所とかあんのか?」
「ないぞ?」
「え、な、無いの!? じゃあさ、俺があの変な奴らの仲間に追いかけられてる間、護衛になってくれねえか」
銀吾の頼みに、アサシンは目を丸くして、それから少し考えて、仕方なさそうに言う。
「……いいじゃろう。部下はもう持ちたくなかったが……わたしも無為に消えたくはないしな。契約成立としよう、マスターよ」
川の畔で、銀吾とアサシンは互いの顔を見て、頷きあった。
──かくして、7組目の陣営が誕生する。英霊は7騎が集い、7人のマスターが揃ったのだ。
よってその瞬間、聖杯は覚醒を開始する。住宅街の真ん中で、今は動かない巨大な結晶の内部にて、誰にも知られず、蠢き始める魔力の渦が存在していた。