五等分の京都ぐるぐる日記   作:鹿クンが見ている!

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第一話「女子たちに明日はない」
まどろみの夢


 

 

「あなたの声が遠くなる。遠く、遠く」

 

 

 

 

 

 

らいはからの着信に気がついたのは名古屋駅を出発した新幹線が米原を過ぎた頃だった。ロック画面には「もう京都着いた?着いたら一言連絡ちょうだいね」とLINEのメッセージが一件。

車窓から日本最大の面積を誇る湖、琵琶湖が見えたのでメッセージを返す前に写真を撮ろうとスマホの電源を入れる。

 

小学六年の修学旅行の往路でも同じ写真を撮った気がする。曇り空から差し込んだ陽光が、ゆったりと広大な湖面に一筋の光の道を架けているのを見て、思わずシャッターを切った。

 

もっとも、あの時俺が持ち出したのは親父の仕事道具のカメラであったが。変わらないのは、綺麗な景色を見た時にとりあえず共有したいと思うのが可愛い妹、らいはであるということだけだ。

今年の四月を以ってして二十五になる男が、二十歳にならんとする妹を溺愛するのは、世間一般から見るとかなり気持ちの悪い図であるだろうが、主観的にはそんな些細なことは全く気にしてない。気にして遠慮するようなものは兄妹愛ではない。

何か異論はあるか?あるのならことごとく却下する。

 

 

 

 

 

 

俺、上杉風太郎の高校時代についてここに記す。

 

高校時代は訳あって、世にも珍しい五つ子姉妹の家庭教師をしていた事があった。いや、「していた事があった」などという、一時的な出来事だったと思わせる表現はよくない。 その家庭教師のバイトは、俺の高校生活の主軸となっていた。

 

その五つ子の事を簡潔に表すとするなら、アイツらは金太郎飴を切り分けたみたいに同じ顔貌をしているクセに全員がバラバラの個性で、そして全員が落第寸前の成績不良者だった。

 

馬鹿五人の面倒を見ながら自身の成績もキープし続ける……。むしろ、生活の主軸に据えなくてはとてもじゃないがやっていけなかった。というのも、俺の家はド貧乏で、必死にそのバイトに精を出さなくては明日を食いつなぐのも厳しい状態だったからだ。

 

ちなみにこれは、俺が酒を飲める年齢になって一緒に呑んだくれた親父にベラっと暴露された事であるが、もし俺が家庭教師の高収入を家に入れられなかったら、あと数日で親父は腎臓を半分売る覚悟であったという……。

飲みの席の臨界点みたいな状況の、ほとんど全裸の親父の言っていた事だから、真偽の程は定かでない。しかし、もしかしたらもしかしたのかも?と危うく思わせるくらいには当時の我が家は貧乏だった。

 

だから、相場の五倍の給料だという中野家家庭教師のバイトは、俺たちにとってはまさに僥倖といえた。 藁をも掴む思いだった。しかし実際に掴んでしまうのは、金太郎飴の如く寸分たりとも容姿の変わらぬ五姉妹の心であるという事を、高二の俺はまだ知らない。

 

だからといって、それは必ずしも「恋愛的な」という意味ではなくて、単に思いが通じあった親友くらいにはなれただろうという自負の気持ちである。

俺は彼女たちとの日々を思い出すにつけ、うんざりとしつつも満ち足りた気持ちにはなれるので、総評するとやはりあの一年半はいい思い出であったといえるだろう。少なくとも、俺にとっては。

彼女たちにとっても、そこはかとなく甘酸っぱい青春の思い出であったと信じたい。信じたいと思いつつも、いや、やはりそれは無理があるだろうかとうつむいてしまう。

 

何故なら俺は、彼女ら姉妹のうち五分の三の心を「恋愛的な意味」で掴んでしまっていたからだ。

しかも、あろう事か俺はその三つの気持ちを袖にしたのだった。

 

大馬鹿野郎と罵る輩もいるだろう。そして、俺もそう思う。

しかし人生には、いずれの道を選んだとしても大馬鹿野郎になってしまう、そういった抜き差しならない状況だって存在するのではないだろうか。

無論、言い訳であることは分かっている。しかし言い訳でさばかずには心の整理がつかないのである。

 

ともかく五つ子プラスアルファで付け加えられた俺たち六人は、納涼の花火大会、風邪で寝たきりの林間学校、五つ子ゲームに明け暮れた離島旅行、男三人でのんびり回りたかった修学旅行、偶然のない夏休み、降って湧いた長女の退校騒動、日々の何気ない日常、定期的に襲い来る試験の数々、それらに付随して押し寄せる恋愛感情の嵐に正面からぶつかっていき、何とか全員卒業まで漕ぎ着いた。

しかし恋慕の嵐にもみくちゃにされた俺たち六人は、どうやら人間関係をも複雑奇怪に散らされていたようで、一見大団円に見えるこの高校生活の結末は、いささか満足できるとは言いがたいものとなった。

 

何と彼女ら仲良し五姉妹は卒業後、五人全員バラバラになって日本各地の学校に散らばっていったのだ。そして、その原因の一端が俺にある事は明らかであった。本人たちは「そんな事ないよ」と、かたくなに否定したが、仮にも一年半連れ添ってきた仲である。俺だけが原因じゃないにしろ、その大部分を占めているのが俺だという事実は目に見えていた。

 

長女は元来持ち合わせた抜群のプロポーションと演技力を全国に発信すべくして東京へ。次女はその類稀なるコミュニケーションスキルを本場で磨かんと大阪へ。三女は重度の戦国武将オタク、特に上杉謙信をいたく気に入ってたのでそれに由来して越後龍の本拠地たる新潟へ。四女は野山をうがーっと駆け回りたかったのか、大自然に導かれて東北へ。五女は内に秘めたる底無し食欲の赴くまま美食文化の大地、北海道へ。

 

と、まあ見事にバラバラに散りやがった。

ちなみに進路の動機については自身の独断と偏見に基づいた勝手気ままな妄想である。五姉妹に言ったなら「そんなんじゃない!」と断固否定されるだろう。 しかし何となく抽象的なイメージとしては五人全員、だいたいこんなものである。そう認識してもらっても大きな誤解はない。

 

彼女らとしては、別に意図してバラバラになるつもりはなかったらしい。

しかし進路を決定するに際して、次女がこう提案したのだ。

 

「五つ子だからっていつまでもそのしがらみに縛られてるわけにはいかないでしょ。五人全員、やりたい事をしましょ」

 

その結果がこの進路だった。

瓜五つの五つ子とはいえど、その個性は五人五色であったので当然の帰結といえよう。

けれどもその次女というのが、家族とのつながりを何より大切にしているヤツだったので、最初彼女から各々の進路を聞いた時、俺は困惑した。

俺はあいつら五人の持つ強い絆に何より惹かれていたので「何とか五人一緒にいる訳にはいかないのか」と聞いたところ、「別にフー君の知った事じゃないでしょ」と、ピシャリと冷たくやっつけられた。まことに然りである。あいつらなりの考えがあっての事だ。確かに、俺のような男には、とてもじゃないが口出しできなかった。口出しをしたかったが、それをするには彼女らとの関係があまりに複雑にこじれ過ぎていた。

俺は卒業後地元に残って大学に通い、五つ子とは一度距離をとってお互いの関係を見つめ直すべきだと思った。

 

 

そして一度とったその距離を再び縮める機会は、ついに訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

そういういたたまれない経緯があって、俺は高校時代を思い出すにつけ自分らしくもなく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

けれども俺の中では確かに、今の自分をつくってくれた大切な時間であった。どうか彼女たちにとってもそうであってくれと願うが、願う事しかできないのでますます途方に暮れる。

 

今年で二十五になる。今日、京都へ向かう新幹線に乗っているのは、そこが俺の新たなる生活の場であったからだ。

京都。俺が勉強に奮起するきっかけを与えてくれた少女と出会った街。かけがえのない、思い出の街。

 

五姉妹と離れて数年が経つ。あいつらのいない大学生活は、せせらぐ川の如く何もなく、穏やかに過ぎていった。退屈だったというわけではない。むしろ、大学入学と同時にできちまった悪友のおかげで騒がしくすらあった。しかし、彼女たちのおもかげを脳裏から振り切れなかったのもまた事実であるという事を正直に告白せねばならない。何にせよ、全ては過ぎた事だ。

 

 

「––––––まもなく京都です。東海道線、山陰線、地下鉄線をご利用のお客様はお乗り換えです。停車後は、すみやかに発車いたしします。お降りのお客様はご準備をお願いいたします」

 

車内アナウンスによって俺は過去の回想から思考を切り離された。続く外人向けのアナウンスを聞き流し、いそいそと荷物をまとめた。

俺はとっくに出遅れていたらしく、通路には下車する客がずらりと列をつくっていた。

俺は忌々しく思ってその列を睨んだ大人げなく思う者もいるだろうが、俺は元より性悪である。どうせコイツら、もう会うことのない他人だ。気づかれないように睨んで何が悪い。

するとその時、目の前にひょこっと顔が現れ、屈託のない笑顔でこう言ったのだった。

 

「そういうところ、てんで変わってないよね」

 

「え……」

 

思わずうろたえる。その顔には見覚えがあったのだ。

 

遠い昔……十三年も前、小六の頃の修学旅行。

 

ドクン、ドクンと突発的に心臓が暴れ出す。目の前の光景が夢か現か、判別がつかないという緊急事態に陥り、俺の身体はすぐさま交感神経を高ぶらせたらしかった。

 

「そのギロリとした凶悪な目つき、変わってない」

 

「お前……」

 

小さく華奢な身体には少し大きすぎる気もする、白いボロ切れのようなワンピース。ゆらゆらと幼く揺れる紅茶色の長髪。

人々の列からひょこっと顔を覗かせてこちらを見つめるその少女にはどこか現実味がなくて、実体のない幽霊に見えた。いや、実体だなんてそんなもの、あっていいはずがなかった。何故なら彼女は……。

 

「あの時の!」

 

突然の奇声にざわめいた客など意に介する暇もなく、 俺は目の前の列を掻き分けた。

すると少女はスッと顔を引っ込めて、行列に隔たれた向こうの客席に戻ったらしい。向こうの客席では瓜五つの顔をした少女たちが、シートを向かい合わせにして楽しげにトランプで遊んでいる。

 

緊張してこわばった顔を突き出すと、五人のうち四人は不思議そうな顔で俺を見つめた。その顔が、高校時代を共に過ごした五姉妹の浮かべるキョトンとした顔と重なって、デジャヴを感じる。

そして、その中のたった一人の少女だけが笑っていた。

きっとその子が京都で出会った少女だ。妙な確信があった。

 

「よかったー、ようやく来てくれたんだ」

 

「おい」

 

自然と彼女に向かって手が伸びていた。けれどもその五人にどんなに手を伸ばしたとて、それは決して届かない。

目に見える距離は変わらないのに、どんどん離れていってしまってる気がした。

 

「……待てよ」

 

「これからは毎日遊べるね、風太郎君」

 

そう言い残して、彼女は笑顔のまま、他の四人の姉妹と共に煙のように消えた。汚れの一つも知らないようなその笑顔にはある種の神性すら感じてしまい、それがさらに彼女を幽霊たらしめた。

 

俺は取り残されて一人、こう呟いた。

 

「誰だったんだ……お前は」

 

突然叫んで手を伸ばした男が最後にポツンと独り言ちるという意味不明な一連の流れは、周囲の人間をすこぶる不快にさせた。人々の怪訝な表情が俺に向けられたものであるということは誰の目からも明らかであった。どうやら俺は顰蹙を買ったらしい。

客観的事実としての間違いは全くなく、俺に弁解の余地はない。

 

俺はキリリと前を向き直して平静を装った。

俺くらい精神の鍛錬がなされた人間ともなれば、この程度の侮蔑の目などどうってことない。

 

「毅然と前を向け。然らば自ずと道は開ける」

 

そう自分に言い聞かせたが、やはり俺も大の大人。一応は立派な新社会人。

恥ずかしいもんは恥ずかしいと、自然の理に従って頰を赤らめた。

何をやっているのだ、俺は。こんな公共の場で。

長蛇の列が流れゆく、最後の最後まで待ち続けてから、俺はガラガラと黒いキャリーバッグを引いて歩いていった。

 

振り返ると先ほどの席には、やはり瓜五つの少女たちの姿はなく、そもそもシートは向かい合わせになどなっていなかった。

 

やはり、ただの幻だ。

 

そう思って胸をなでおろす。

お化け屋敷や怪談特番などの人工的な匂いのするホラーは露ほども怖くないが、実際にこのようなあり得ない光景を目の当たりにしてしまえば、それは誰だって畏怖する。

先日から引っ越しの準備で疲れていたのだ。疲れていると夢を見る。夢と現の判別がつかないちょうどその境い目にいると、現実の世界に幻影を見てしまうのだろう。幻はいずれ消えるから怖くはない。自身の脳が勝手気ままに引っ張り出した、過去の思い出だ。何を怖がる事があろう。

むしろ一番怖いのはいつまで経っても消えずに追いかけ続けてくる現実世界の諸々だ。

 

あのあり得ない五つの顔は消えてくれた。ただの幻影だった。だからよかった。安心だ。

安心すると同時に、成就しなかった初恋をいまだ夢幻として思い出してしまう自分の女々しさと情けなさ、その他諸々の不甲斐なさを改めて認識し、拳を固く握った。

だから京都へ行くのは嫌だったんだ。

 

降り立った京都駅のホームに生暖かい春の風が吹く。どこか微睡みじみた風だった。

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