設定を考えて、構成を考えて、登場人物を考えて、時系列を考えて……いつの間にか2週間は過ぎてました。
そこからちまちま書き始めてなんと一万五千文字オーバーしてました。
一話一万文字と考えていたのですが、調整するのは無理ですね(-ω-;)
お待たせしました。
良かった読んでください。
■文香の大学でびゅー
風に吹かれ、花びらを散らせながら枝を揺らす桜の木。舞い踊っているような花吹雪の中を、一人の青年が息を軽く弾ませながら走り抜ける。
まだ肌寒い四月初旬の早朝。日が出始め、辺りが明るくなり始めた時間だが、ランニングで火照った体には丁度いい風が感じられる。顔以外は。
ここ一年で馴染みになったランニングコースも半ばに入り、時々小休憩する公園へ突入する。すると、これまた馴染みになった知り合いが愛犬と共に散歩しているのを見つけた。
「おはよう」
「おはようございます」
「ワンッ」
お互いに軽い挨拶をしてすれ違う。他にもすれ違う人には出来る限り挨拶をしている。始めは返事がほとんどなかったが、今では初見の人以外は挨拶を返してくれようになってきた。こうして挨拶をし合うことが出来るのは気持ち良く、今日も頑張ろうと云う気にもなる。
ランニングもそろそろ終わりに近づくと、これからの予定を頭に思い浮かべる。大学の二年生となった青年──富士森貴泰──は、今後の講義やサークル活動のことを考えていた……訳ではなく、昨日出会った一学年下の少女、鷺沢文香のことを思い浮かべた。
『あ、あの……まだ、通学になれていませんので……その、明日も一緒に、行っていただけないでしょうか?』
大学から最寄り駅まで送った後、たどたどしく伝えられたのは明日のお誘いだった。そのお誘いをする文香はこちらを下から見上げてきた。両手はあごの下あたりで揃えられ、なぜか小指だけクロスしていた。自身が発言した言葉が恥ずかしかったのか、白い頬をピンク色に染めている。その顔を隠さんとする長めの前髪が少し流れ、軽く潤んだ碧玉の瞳が垣間見えた。
──まじコレKAWAII。
脳内を埋め尽くさんとする
このお誘いを断れる男がいるだろうか? 否! 断じて否である!!
彼女いない歴十九年の恋愛初心者であり、今まで身近にいた女の子はどちらかと云うと強かな性格の人ばかり。そんな女の子の対応など軽い態度で接するので十分だった。こんな儚げな美少女はいなかったのだ。
『ッ!! うん大丈夫。問題ないよ』
その大丈夫は誰に対してだったのか。スケジュール帳も確認せず答える貴泰は、表面上涼しげな顔をしているが、心は一杯いっぱいだった。
そんな、よそから見たら砂糖がダバーな雰囲気の会話を思い出しながら一人暮らししているマンションへたどり着く。
約束しているのは通勤ラッシュの始まる少し前のAM7:20に改札口前に集合。現在AM6:07。軽くシャワーを浴び、朝食を食べ、歯を磨いていたらギリギリの時間である。
──まず、汗を流そう……。
人と、特に女性と出会う為の最低限のマナーとして、身だしなみを整えることがあげられる。
メラビアンの法則に聞き覚えはないだろうか。人は視覚と聴覚、言語の三つの情報から相手をどのような人物なのか判断してしまうと云う内容である。どんなに良いこと、正しい事を云ったとしても、シワシワのシャツとズボン、サンダルなどの恰好で云われたらどう思うだろうか。また、とても素晴らしい笑顔で心を抉るような言葉を云われたどうだろう。
このように三つの情報の中で良い事と悪い事と云った矛盾した印象を与えられた時に人は悪い印象を得てしまうのだ。
まぁ、聴覚と言語の二つは口を開かなければ相手に伝わらない情報である。なので、先ず視覚情報から人はどのような人物か判断してしまうのだ。
──
相手に良い印象を与える最も簡単なことは清潔感が出るように身だしなみを整えることである。
また、身だしなみはオシャレとは違い、誰にでも出来ることであり、普段からちょっと気を付けるだけで大きな負担にはならない。だがしかし、出会うのが美少女だと分かっている青年の心は
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは叔父さま。行ってきます」
ウルトラマリンブルーでオフトータルネックの少し大きめなニットに、パールホワイトのロングスカート。まだ肌寒い事からグレーのチェスターコートを羽織って、黒のショートブーツの具合を確かめる。長い髪を抑える為の愛用しているベージュのヘアバンドに、今回はオリエンタルブルーにホワイト系のラインが入ったストールをコートの上から羽織りネクタイ結びをする。
大学に入学してから三日目、流行のファッションのフの字くらいしか理解していない文学少女──鷺沢文香──にとって、服装に気を配らないといけない大学生活は、まだまだ慣れないと云った感じだ。
家族が似合うからとコーディネートしてもらった服装と、唯一肌触りや色柄などこだわっているストールの最終チェックを終え、同居させてもらっている叔父へ出発の挨拶をする。
「あぁ、行ってらっしゃい。車や不審者、特に
「……叔父さま? それは昨日もお聞きしたのですが?」
「文香ちゃんはこちらに来てほとんど外に出てなかったからね。こちらに慣れるまでは云い続けるつもりだよ」
「…………」
文香の叔父が云ったのは是非もない正論であった。
これに関しては、引っ越し早々お店の古本を読み耽ってしまった文香に問題があった。なので、何とも云えない顔を……いやちょっとむくれたような顔しながら、顔を逸らしていく。
──むくれた文香ちゃん、イタダキマシタ---(゚∀゚)ーーーーーーーー!!!!
そんな文香を見て叔父の心は大歓喜。
この男、自分の誕生日のプレゼントに”叔父さま”呼びをお願いする
『呼び始めるのは、次の誕生日からですよ』
その後、壮絶な兄弟喧嘩が勃発したのは云うまでもない。
そんな姪ラブなこの叔父にとって、このむくれているレアな文香は、一週間は活きが良くなるご褒美だ。
「さて、納得してもらったところで、そろそろ出たほうがいいんじゃないかな?」
「っ! ……そうですね。すこし納得できていませんが、お待たせする訳には行けませんし、では、今度こそ行ってきます」
「行ってらっ……ん? お待たせする訳には? ……女の子だよな? けど、あの文香ちゃんに一日で待ち合わせする友人が? はっ!! もしかして……!」
なぜかブツブツとつぶやき始めた叔父を気にも留めず、ライトグレーの真新しいショルダーバッグの中身を確認。問題ないようなので最寄りの駅へ出発する文香。その足取りはいつもより落ち着かない様子だ。
それもそのはず。文香にとって人生初となる、同年代の男性との待ち合わせをしているからだ。ただ、その自覚は薄いのか、いつもと何かがちょっと違う? と云った感じである。
足早に歩いて十分ほど。駅に到着し、先ず切符売り場へ気合を入れて向かう。
──同じ轍は踏みません。
少し戸惑いながら切符売り場へ向かうが昨日とは違い、スムーズに進んでいく。それもそのはず。朝のラッシュが始まるより早い時間であったため、人通りもそこまで多くはないからだ。
無事切符を買い終え、集合場所の改札口へと向かっていく。現在AM7:13分。五分前には無事到着した。
改札口が見えてきたので周囲を見渡す。すると、改札口の右端に目的の人物を発見し、足を向けて歩き始める。
「おはようございます、富士森さん。……申し訳ありません、お待たせしてしまったようで……」
「おはよう、鷺沢さん。気にしないで、僕もさっき来たばかりだからね」
「それなら、良かったです」
嘘だ!!
この男、いつもより気合を入れた準備をしたせいで、朝食を作る時間がないと分かると、待たせてはいけないと考え、すぐに家を出たのである。そのおかげか、駅に到着したのは七時より二分ほど早い時間であった。
だがしかし、そんなことなど
そんな、気持ちが高ぶっているところに来たのは、家族から一押しと太鼓判を貰っている服装を着飾っている
だから仕方がないのだ。普段云わないようなセリフが口からこぼれ出てしまったのは。
「今日の服、落ち着いた感じの女性って感じがするね。似合っているよ」
「………………あ、ありがとうございます/// ……そのように云っていただけるとは、思ってもいませんでした/// ……あの、その………嬉しいです///」
口説いているしか思えないセリフだが、本人にはその自覚は全くない。欠片もないのだ。そのセリフを聞いて両手を頬に沿え、下を向いて照れている側も同様である。口説かれているなんて微塵にも思っていない。ただ、褒められて嬉しいだけなのだ。
「……///」
「……///」
「ッ! ……さて、ちょっと早いけど行こうか」
「……はい」
集合時間まであと二分と云ったところで移動を施す貴泰。近くを通った男性の舌打ちで正気に戻ったようだ。こんな人通りの多い所で甘い雰囲気を作られていたら舌打ちをしたくなる人は少なからずいるだろう。実際にするのはどうかと思うが。
改札を通り抜け、ホームへ降りる二人。タイミングが良かったのか乗り場にたどり着くと同時に電車が来たみたいだ。乗り込んだ電車は昨日よりは空いており、人混みが苦手な文香でも大丈夫そうだった。
「……ふぅ、人が昨日より少なくて良かったです」
「昨日は顔色が凄いことになっていたからね。人が少ない早めの時間にしてよかったよ」
「お気遣いしていただき、ありがとうございます」
「別に構わないよ。僕も窮屈な思いをするより、ゆっくりできる方がいいからね」
二人は他愛もない会話を続ける。どちらかと云うと口下手な文香に、貴泰があれこれ聞いて話を膨らませているようだ。
「なら、受ける講義は大体決まったんだね」
「はい。史学系をメインに文学……ドイツ語やスペイン語など学んで行きたいです」
「……それってグリム童話やドン・キホーテの物語を原文で読みたいってこと?」
「!! ……どうして、分かったのですか?」
「ドイツやスペインの有名な物語って云ったらこれが思いついてね。それに、翻訳した本って翻訳者の解釈、と云うか翻訳者が想い描いた物語になってしまうからね」
「はい。翻訳者の方が悪いというわけではありません。ただ、物語全体の流れとしては良いのですが、どうしても細かい描写の部分などは読み取った方達によって異なってしまいます」
「だから、各国の言語を理解し、ついでに物語が描かれた時代のことを知ることで、著者が描いた物語により深く入り込める、と云うわけかな」
「……凄いです。ここまで云い当てられると思いませんでした」
「似たようなことをしてきた人間としては、分かり易すぎたかな」
「似たような……ちなみにどのような物語か聞いてもよろしいでしょうか?」
「指輪物語、アーサー王物語、アイルランド神話だよ。そのためにイギリスにある言語や歴史を頑張って覚えたよ」
「私も翻訳した書物は読んだことがあります。それと、イギリスは確か公用語が4つあったと記憶しています。そのすべてを?」
「そうだよー。いや大変だった、と云うより今も大変なんだけどね。それでも読めるようになると楽しいよ……っと、到着したね」
目的地に到着した電車。開かれた扉から外へ行くと、多くの人がホームに立っていた。朝のラッシュタイムに突入したのだろう。軽く顔色を悪くする文香。その様子を見て苦笑いをしながら貴泰は手を引いて誘導していく。
「!? あ、あの……」
「いきなりごめんね。改札口までだから、もうちょっと我慢してね」
「……はい。……ご迷惑おかけします」
いきなり感じる大きくて力強い手に驚く文香。同時に優しく包み込んでいる温もりもあり、すぐに安堵を感じた。だが、また迷惑を掛けてしまったのではと、後ろめたさも感じてしまった。
「迷惑なんて思ってないよ。……むしろ役得だね」
「迷惑でないのなら、良かったです」
しかし、返ってきたのは何でもないよと云わんばかりの言葉であり、安心した文香。ぼそっと零れた本音は聞こえなかったようだ。
「……はぁ……ようやく人が少ない所に出られました」
「お疲れ様。だけど、まだ大学に着いてないから、もっと頑張らないとね」
「……私、大学生活を送る自信が、なくなってしまいました」
「それ、昨日と全く同じセリフだよ……」
改札口を通り、駅から出たことでようやく息をついた文香。少し顔色を悪くしている文香にとって、やはり
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうでした。私は、変わりたかったのです。あの物語に出てくる人たちのように……。
心機一転。この言葉のように、人生には心を動かす
──そう──
鷺沢文香は今、人生を左右するかもしれない事態に陥っていた。いきなり訪れた事態に、心臓が刻む鼓動は段々と早くなり、ビックリしてしまった脳が一時的に停止した。そのため、頭の中は真っ白になり、呼吸をするのも忘れていた程だった。
だがしかし、このような事態は逆にチャンスの時でもある。変わりたいと云う想いを思い出し、俯きそうになる顔を上げる。息を吐きだし、止まっていた呼吸で足りなくなった酸素を深く吸い込んでいく。そして、いつもより気持ち大きな口を開けて決意を表明した。
「私も、ランチをご一緒させてください」
ことの始まりは午前で実施していた講義説明のオリエンテーションで、史学についてのディスカッションを行っていたところからだ。各々が考えている史学とは何か? と云うテーマで、自分以外の人の視線で考えられていることを知ることで、新しい史学の見方を知ってもらおうと云う内容だった。
人見知りの文香にとっては、ディスカッションは大変難易度が高いものだ。幸いにして同じグループのメンバーは文香が苦手に思うような人が少なく、テーマの内容も興味が出る内容だったこともあり、和気藹々と進んでいく。
各グループの内容を発表し合い、講師がまとめたところで少し早いが講義は終了。当然の如く、この後はお昼休みに突入する。お昼の休憩時間は子供から大人までに共通するコミュニケーションの時間である。この時間をうまく活用し、人脈を広げるのがリア充への一歩と云っても過言ではない。
さて、人は新しい環境へ飛び込んだ時、先ず行うのが
そんなわけで、お昼のお誘いが来たのである。文香がここまで動揺したのは誘われるとは思っていなかったのはもちろんだが、「ランチ」と云う聞きなれない言葉に対する返事をどうすればいいのか分からなかったからだ。文香の中では「お昼ご飯」より「ランチ」の方が、格式が高いのだ。
場所は食堂へと移る。食事は皆食べ終わり、おしゃべりタイムの突入である。しかし、普段から喋り慣れてない文香は話しかけるタイミングが分からず、話題についていけず、聞くだけマシーンへ変わってしまうのに時間は掛からなかったわけだ。
「私は、そうね。海が好きなの。そよぐ風、波音、水面のきらめき……。海が作り出すものに全てを任せ漂っていたいわ。地元、沖縄の海はとても綺麗で、特に
「あっ。知っています。確か豊穣神である
と、興味のあるキーワードをきっかけに文香はついに口を開いた。
「せそこ、とていくん?」
「はい。
と、説明を終えて少々満足気な文香。一緒に食べていたメンバーが皆自分を見ていることに全く気が付いていない。
「凄いわ、鷺沢さん。こんなにスラスラと喋れるなんて。出身の私より詳しいのではないかしら。ちなみに沖縄では“しーくてぃーてぃんく”と呼ばれたりするわ」
「いや、ほんとびっくりしたわ。いきなり饒舌にしゃべりだすから。それにしても“てぃーてぃんく”って、なんか可愛いわね」
「でも、何も見ずにここまで説明できるのは素直に尊敬する。自己紹介の時に本が好きと云っていたけど、いろんな本読んで、それを覚えているってこと?」
「……えっ、あの……その……は、はい。書物の内容を、覚えるのは得意なだけで……なので、そんな尊敬だなんて……ちなみに“しーく”が瀬底で、“てぃーてぃんく”が土帝君となります」
一瞬で話題が自分のことに変わり、目を白黒させる文香。その様子を見たメンバーは「あっ、こんな性格なんだ」と認識したのだった。それからと云うもの、先ほど以上に和気藹々とした雰囲気でおしゃべりする一同。文香も時に答え、時に相槌をし、唐突に饒舌になり……と、楽しそうに輪に入っていた。
そんな時間も有限であり、次のオリエンテーションを受けるために解散となった。
「……あら? 鷺沢さんも文学の講義にするの?」
「はい。”も”と云うことは瀬名さんも、文学系の講義を受ける予定なのですね」
講義室へ向かう道すがら、文香と同じ方へ向かっていることに気が付いたのは、白地に黒のベルトラインが特徴のボーラハットがとても似合っている令嬢――瀬名詩織だった。
「えぇ、ただメインは語学系の講義よ。行ってみたい海があるの。だから、行って困らないように語学と文学を学んでおこうと思ってね」
「なるほど……成したい夢があり、その努力を惜しまない。
海のため、そう云わんばかりの詩織の言葉に、深く強い想いを感じた文香。
「ふふっ。ありがとう、鷺沢さん。良かったら、これからも仲良くしましょう」
「! ……私で、よろしいのですか?」
「もちろんよ。連絡先教えて貰っても?」
「は、はい。大丈夫です」
静かに……・しかし、しっかりと聞こえた文香の言葉には、嘘偽りなど微塵も感じられなかった詩織。裏表のない性格なのだろうと分かったと同時に、心に温かいものを感じた。だからだろうか。会って間もない文香と、友達になりたいと思ったのは。
たどたどしくスマホを操作する文香に、その様子をみて微笑んでいる詩織。
不安に満ちていた大学生活は、今のところ順風満帆のようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「鷺沢さん、
時刻は放課後。学生達の活気が大学のキャンパス内に満ちていく。好きなことを好きなようにする時間がやってきたのだ。
勉学に研究、サークル活動にアルバイトなど、することは人によって様々だが、皆活き活きとした顔をしている。そんな中に変わった雰囲気が生まれた。人混みが苦手な文香の送迎の為に待っていた貴泰と、そのことをすっかり忘れ、詩織とおしゃべりしながら歩いてきた文香が出会ったのである。
戸惑いながら文香に声を掛ける貴泰。すると、貴泰との待ち合わせを思い出したのか、顔を青くしながら状況の紹介と詩織の説明を始める文香。そんな二人……と云うより文香を見て以外だと詩織は思った。知り合いもいなかった文香がこちらに来た時期からして、男性と仲良く喋れるとは思えなかったからだ。
焦って、訳の分からないこと云う文香を見て、冷静になった二人は、とりあえず思ったことを口にした。
「もう! 酷いです、富士森さん! ……私にだってお友達くらいいます。……か、彼氏はできたこと、ないのですが……///」
「ごめんごめん! 悪かったよ。謝るから、機嫌を直して下さい」
今までの文香を見て、その性格から知人すら出来るのがもうちょっと先かな、と予想していた貴泰にとって、こんなに早く友達ができたなんて驚愕でしかない。なので、ついポロっと本音がこぼれてしまったのだ。
そのことについて猛烈に抗議する文香。怒っているのか、頬をほんのり赤く染め、気持ち大きめな声を出している。また、友達がいないと思われていたことに、ショックを受けたのか目じりには涙が少し溜まっていた。全く怖くなかった。むしろ可愛いとしか思えない様子である。
「……反省していますか?」
「はい、してます。とても、とっっってもしているから、その涙目な顔をやめて下さい。お願いします……僕のガラスのハートが色んな意味で砕けそうだ」
そんな文香の表情を見て、良心と男心の二つに大ダメージを受ける貴泰。お互い気持ちが昂っているのか、零れ落ちた言葉には気づいてないようだ。
「二人とも、そこまでよ。とりあえず落ち着きましょう。ね、鷺沢さん」
「!! ……ふぅ。申し訳ありません、瀬名さん。ご迷惑をお掛けしてしまって……」
そこで待ったをかけたのが詩織だ。その声を聞き、呼吸を整える文香。落ち着きを取り戻したようだ。
「こちらも、いきなり申し訳ない。それと遅くなったけど、二年生の富士森貴泰で、鷺沢文香さんの友人です……だよね?」
貴泰も落ち着いたのか、詩織へ謝罪と自己紹介をする。最後のつぶやきは友達と明言してなかったことを思い出し、ちょっと不安になったのだろう。
「あら、先輩だったのね。これは失礼しました。一年生の瀬名詩織で、鷺沢さんの友達です」
「はい。本日のオリエンテーションで同じグループになり、そこから親しくさせて頂いています」
友達だと云ってもらい嬉しそうに微笑む文香と、その様子をみて同じように微笑む詩織。美少女二人が創り出す微笑み空間。まさに眼福である。
「さて、いつまでもここにいる理由もないし、場所を変えない? 今朝云ったおすすめの喫茶店。それにさっきのお詫びとして奢るよ。もちろん、瀬名さんの分も」
「え? そんな、奢って頂くなんて……そこまでして頂くほど、怒っていたわけではないです」
「ふふっ。鷺沢さん、彼が男の甲斐性を見せているところだし、奢ってもらいましょう。ね?」
「男の甲斐性、ですか。……なるほど、確か頼もしさや物事をやり遂げる気力、根性と云った気概ことや、経済的に自立した頼りになる人と云った意味でしたね。この場合の甲斐性とは経済的に自立していることを表すのでしょうか?」
「まぁ、云わんとすることは分かるんだけど、事細かく人の心情を表明し、解説するのはやめて欲しかったな」
貴泰は苦笑いしながらも否定しなかった。
そんなこんなとやり取りしながら移動を開始し、キャンパスから出て駅の方へ歩いていく一同。
「紹介して頂けるのはどのような感じのお店なのですか?」
「ん~……若者向けのクラシックな感じの喫茶店、かな? 賑やかじゃなくて、落ち着いた雰囲気だよ。楽器とか置いているし、許可を貰えたら演奏もできる」
「あら……演奏ができるお店は珍しいですね。それに、聞いている限り、良い感じのお店みたいだから楽しみです♪」
会話の感触的に掴みは悪くないと、どこかホッとする貴泰。さすがにお店へ行く前にダメ出しされるのは勘弁してほしい所だ。行ってから出されるのもされたくはないが、そこはあのマスターがいるのだ。問題はない。
「この道を曲がってちょっと行ったところだよ。おすすめのメニューはマスターが入れてくれるコーヒーとシュークリームかな」
「シュークリーム……それは楽しみです♪」
程なくして着いたのは『喫茶~翠屋~』。マスター曰く、二号店らしい。どこか外国風のクラシックな外観だ。
「いらっしゃいませ」
扉を開けるとドアベルの可愛らしい音が鳴り響き、来店に気付いた店員がカウンター越しに挨拶をする。
「こんにちは、マスター」
「あぁ、貴泰君か。いらっしゃい。両手に花とは意外……でもなかったか」
そう親しげに貴泰をからかってきたのは、見た目二十代半ばのハードボイルドな雰囲気が似合いそうな男性。この『喫茶~翠屋~』のマスターだ。
「やめて下さい。彼女たちに変な誤解を与えかねない言い回しをしないで下さいよ」
「おっと、すまない。今日はテーブル席か?」
「はい、あっちの窓際で良いですか?」
「今は空いている。問題ない」
案内をしてもらう必要はなく、勝手知ったる感じで二人をテーブル席へ連れていく。この店では数少ないソファ席だ。
「当店へのご来店誠にありがとうございます。こちら、本日のおすすめメニューとなりますので、良かったらぜひ。では、ご注文が決まりましたら呼んで下さい」
席に着くとすぐにやってくるマスター。水とおしぼり、おすすめメニュー表を置くと音も立てずに去っていく。
そんなマスターに見惚れる二人。どこか、もやっとするが、仕方がないと思ってしまう貴泰。男の自分から見ても格好良いと素直に思える人だからだ。
「格好良い方ですね。落ち着いた雰囲気もそうですが、立ち振る舞いや佇まいなどが、そう思わせているのでしょうか?」
「そうね。それにあの見た目、年は私たちより少し上、二十五、六くらいかしら? その若さでこんなお店を経営できるなんて凄いとしか云えないわ」
「……先に云っておくよ? あの人、あんな見た目だけど年は三十超えているからね」
「「えっ?」」
「ついでに云うと、二十歳の時に結婚したらしく、お子さんが三人いるよ」
「「……本当に?」」
「本当。いやマジで」
貴泰から齎された内容に衝撃を受ける二人。どう見ても、見た目と年齢が合わないのだ。
「ついでに云うと、奥さんも見た目が若い。マスターより年上って聞いているけど、同い年か年下にしか見えない」
「……それは、とても羨ましいわね」
「はい、是非会ってみたいです」
「今日は居ないみたいだね。それは兎も角、何頼む?」
マスター一家の謎についてはいくら考えても分からないのだ。マスターの母親からして、今でも二十代に見られていると云う。年をとっても見た目が変わらない、どこかの戦闘民族のようだ。
メニューが決まったようで店員を呼ぶ。
「注文をどうぞ」
「あれ? テーブル席まで来るのは珍しいですね」
「ちょうど暇をしていてな。そこにちょっとおもしろs……馴染みの客が来たから対応しているだけだ」
「そこ、面白そうと云いかけてませんでしたか? ……まぁ、良いです。僕はいつもで」
「私はおすすめのチーズタルトと紅茶、ダージリンのセットで」
「えっと……私はシュークリームとコーヒーのセットをお願いします。……? 豆の種類ですか? …………おすすめをお願いしてもよろしいでしょうか? ……苦みと酸味ですか? なら苦みよりの方が好みです」
「以上でよろしいでしょうか? では少々お待ちください」
注文をし終えたところで今日の話になった。共通する友人と云うことで話題の中心は文香になるのは当然だった。
「……と云うことがありました。皆さんとても良くして頂いて。……私のような人間には有難い事です」
「もぅ。“私のような”なんて自分を卑下するようなこと、云ってはダメよ。私はあなただから友達になりたいと思ったの」
「瀬名さん……ありがとうございます/// 分かりました。卑下しないよう、努力していきます」
今日あった出来事を語る文香からは嬉しさが溢れていた。幸せを貰いすぎなのではとすら考え、自分を卑下するが、そのことに対し戒める詩織。二人の仲は今日出会ったばかりなのか疑うほど良かった。
会話が落ち着いた切りの良いタイミングでマスターが注文の品を持ってくる。まるでこちらの様子を見ていたかのようだ。
「お待たせしました。チーズタルトのセット、シュークリームのセット。ついでにいつものだ」
「ついでは余計です」
「あらあら! 思っていたのより可愛らしいチーズタルトね! それに紅茶の香りも良いし、味が楽しみね」
「はい。こちらのシュークリームも出来立てのようで、とても美味しそうです」
「ありがとうございます。さて、八方美人のお邪魔する訳にはいかないのでこれで。ごゆっくりどうぞ」
「誰が八方美人ですか!! ……ったく、あの人は」
とても気に入られているのか、何かといじってくるマスター。それに対して悪態をつく貴泰だが、その顔からして嫌がってはいないようだ。彼が本気でそう思ってないことを知っているからだ。
ただ、それを知らずに聞いている他の人にとっては話が違う。
「両手に花、八方美人……若干違いますが二人の異性と共にいることを指す言葉です」
「! ……えーと、鷺沢さん? 誤解だからね? あの人がおちょくっているだけだからね?」
「あら、『火のない所に煙は立たぬ』って云うわ。少なくても親しくしている女性、若しくは彼女がいるってことよね」
「こらそこ。とても良い笑顔で煽らないで」
両手に花は兎も角、八方美人はあまり良くない意味で使われる為、与えられる印象は悪い。大体そう呼ばれる男性は周りから白い目で見られてしまう。他は兎も角、目の前の美少女二人にそんな目で見られたら一週間は引きこもってしまうこと間違いない。
だが、違う意味で貴泰は焦っていた。文香が鵜呑みにするのではと。実際、怒ってもなく、軽蔑もしていないようだが、何か考えているようだった。詩織もそんな文香のことを分かっているからこそ、からかっているのだ。
「彼女………………お付き合いされている方が、居たのですか? それなら、申し訳ございません。お付き合いされている方が誤解を招くようなこ……」
「ストップ、ストップ! やっぱり変な誤解してるよ……僕に彼女は居ません。できたこともありません。……告白されたこともないよちくしょう」
文香の頭の中でどのような物語が語られていたのかは定かではないが、顔を赤くしたり青くしたりしていたので、
「そう、なのですか? 申し訳ありません。誤解してしまったようで……」
「気にしてないから別にいいよ。こうなるだろうなって思っていたし。分かってからかってくるからなぁ、あの人」
「ふふっ。とても仲が良いのね」
「それはこっちのセリフだよ。会ってまだ一日経ってないのに二人とも仲良いね」
「そうね。歯車と云うか、波長……が合うのかしら? 自分でも不思議」
「私も同じです。
「……難しいと云うか、珍しい熟語識ってるなぁ。確か心で通じ合うだっけ? とても羨ましい関係だね。さて、そろそろ食べないと冷めるから頂こうか」
せっかくおすすめのお店、その一押しスイーツが来ているのだ。食べないのは非常にもったいない。それに、
ようやく手に付けるスイーツ。そのお味はと云うと……。
「「美味しい!」」
詩織の頼んだチーズタルトはフレッシュな苺を贅沢に丸ごと一つ使い、中には濃厚な生クリームがたっぷり入っている。また、一粒の甘酸っぱいベリーを底に入れてあり、濃厚な甘みの中に広がる酸味が絶妙な味わいを楽しませている。
文香が頼んだのは翠屋イチオシのシュークリームだ。バター風味のクロワッサンのように柔らかく、サクサクした触感の生地の下にもちもちした別の生地があった。それだけでも美味しいのに、さらにその中から出てくるとろとろの濃厚なクリームが生地に絡まり、至福の時間を与えてくれるのだ。
「「・・・・・・♪」」
しばし、スイーツに集中する一同。美味しいものがあるだけで、人は幸せになれるのだ。
「本当に美味しいわ。ありがとうございます。こんな素敵なお店を紹介してくれて」
「私も、とても感謝しています。感動で言葉にできない様とは、まさにこのことなのですね」
「気に入って貰えたようで良かったよ。ここ、朝七時から九時までがモーニングで一旦閉めて、十一時から二十時まで営業している。朝早めに来て、ここで食べるのも悪くないよ」
二人の嬉し気な雰囲気に釣られ、貴泰も笑顔で答える。それから、大学のことを話題にティータイムに突入。新入生二人がお互いに受ける予定の講義を話し合い、その講義の概要や講師について貴泰が説明していく。それと、一年のうちに出来るだけ単位を取るように勧めていた。三年生以後が楽になるからだ。
おかわりの一杯も楽しみ大満足な文香と詩織。そろそろ暗くなってくる時刻になってきた。
「いい時間だし、そろそろ解散する?」
「……! もうこんな時間になったのですか? 楽しい時間は、過ぎるのが早いものです」
「そうね。でも、明日も明後日も、いくらでも時間はあるわ。だから、またおしゃべりしましょう。もちろん富士森さんも、ね?」
「はい。また、誘っていただけるのなら、是非」
美少女からのお誘いに、いつもより顔が緩んでしまう。仕方がない。それが男と云う生き物だからだ。
「随分とご機嫌な様子だな。これはあの子たちにある事ない事吹き込まないとな」
「本当にやめて下さい。風評被害で訴えますよ。それに奥さんに告げ口してやります」
「冗談だ。だから告げ口はやめてくれ。……まぁ、あまり怖くはないがな」
「……そうでした。あの人、天然でポヤポヤした感じでしたね。可愛くて美人な奥さんで羨ましい限りです」
会計をしつつ、挨拶をするかのように云い合う二人。軍配はややマスターに傾いている。いつものことだが。
「ご馳走様でした。本当に、言葉にならないほど美味しかったです」
「私も同感。ふふ、また寄らせて頂きますね」
「気に云って頂けたならなによりだ。またのお越しをお待ちしております」
マスターと挨拶を交わし、店を出る。空は鮮やかな茜色になっており、周りを見れば多くの人が行き交っていた。
「本当に奢って頂くなど……良かったのですか?」
「大丈夫。ここで毎食食べても問題ないくらいの甲斐性はあるから気にしないで」
「なら明日も連れて行ってもらおうかしら。ね? 鷺沢さん」
少しからかうような口調の詩織。今日出会った貴泰に対しても、だいぶ打ち解けたようだった。
駅に到着し、互いにどちらへ行くのか確認する。路線が違う為、詩織とはここで別れることになる。
「鷺沢さん、また明日ここでね。富士森さんも今日はありがとう」
「はい、明日もよろしくお願いします」
「「では、また」」
「君たち本当に仲良いね」
タイミングがぴったり合った別れの言葉に、本当に心が通じ合っているのかと思う。
電車がやって来たので乗るが、この時間は人が多く、やはりと云うか文香の顔色が忽ち変わっていく。表情が乏しいように見られるが、良く見ると小さな変化だがコロコロ変わっていくのが感じられる。なるべく人と接触させないように誘導しつつ、意識を逸らすために、貴泰が声を掛ける。
「今日は良かったね。友達が出来てとても楽しそうだったよ」
「はい。こんなにおしゃべりしたのは、初めてかもしれません」
「そうなの? 唐突に饒舌になることがあるけど?」
「そ、それは……誰かが疑問に感じていることを、説明することは悪い事ではないです。……ないのです。…………な、ないですよ」
「分かった、分かった。まぁ悪くはないよ。必要以上の内容を云っているけど、悪い事じゃないね」
「……そんなに喋っていましたか?」
「うん。結構自慢げに」
「……ぁ、ぅ///」
気は紛れたようだが、自分の自慢げに語る姿を思い浮かべたのか顔を赤く染め俯く文香。その様子を見て今日も良い日だ、と一日の余韻に浸る貴泰だった。
電車から降り、今朝待ち合わせした改札口前へ移動する二人。
「さて、ここでお別れかな?」
「はい。今日もありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
明日のお誘いをこうもあっさりを伝えてくる文香に対して、少し驚いている貴泰。昨日のお誘いは、それはもう脳内言語がおかしくなったレベルだったのだから。
「……明日は、今日より少し早い時間になるけど大丈夫?」
「大丈夫です。これでも、朝は早い方ですから」
貴泰は少し残念に思いながらも、待ち合わせの時間を確認する。それに対し、問題ないと答える文香はどこか自慢げである。
「それじゃまた明日」
「はい。ではまた」
別れの言葉を交わし、自宅へと帰っていく文香の後ろ姿は、不安げな昨日とは一転して、浮き立って飛んで行きそうなくらい楽しげだった。
大学でびゅーの三日目。文香は自分が少しずつ変わっていることに、まだ気づいていなかった。
ふみふみKAWAII(〇ω〇)
書いているときに思い浮かべる脳内ふみふみが可愛くて仕方ないです(*´ω`*)
そして誰だ! 誰なんだあのマスターは!!
マスターの名前は出てきません。
マスターはマスターなので。
では~(^^)ノシ