あれから10年経ちました。 続・使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

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第2話『北の地にて』Interlude:挫けない唄 中編 その2

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 EPISODE:2 No one is righteous,not even one.

 

 Interlude:Indomitable song

 

  Third part

 

 

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旧ナルヴァ市 ナルヴァ河東岸より5キロ地点

 

欧州自動車道 E20号線付近

 

 

 一瞬の照準速度差で、丘陵を利して接近していたドイツ軍主力戦車たるレオパルト2A7Vを、自らが指揮するT-90Mプラルィヴ主力戦車の125ミリ滑腔砲より放ったヴァクーム1装弾筒付徹甲弾、その劣化ウラン弾芯による零距離射撃によって撃破したアントン・ヴォルチコフ曹長は、突如後方から聞こえた爆音を聞き、思わず身をすくめ、無言で呻いた。

 

 そして数秒後、衝撃波や熱線の類が来ず、先程の恐るべき爆音が、N2反応爆発由来によるものではないことを確かめ、恐る恐る車長席に設けられたサブモニタを点灯させ、砲塔に搭載された全周囲視察装置を起動する。

 

「なんだ……?」

 

 タレット上のセンサー群を回転させ、ヴォルチコフ曹長は用心深く、360度四方を探る。

 

 N2融合反応爆弾でないのは幸運だった、と内心思う。そうであれば、彼と、彼が偶然から指揮することになったT-90Mは、今頃地上から熱エネルギーによって蒸発していたことは疑いない。

 

 だとすれば、さっき後方から聞こえた爆音はなんだ? 前線に向かう途中だった誰かが、敵の自走砲の間接射撃でやられて誘爆でも起こしたか。だが音の質が違う。弾薬庫誘爆の音は、もっと。

 

 わからない。彼は思わず首を打ち振り、ため息をついた。

 

 わからないといえば、この突然始まった戦争自体、何もかもがわからなかった。 

 

 なんとも馬鹿げた話だと彼は思う。

 

 ネルフ本部と、その黒幕である秘密結社(本当にそのようなものがこの世に存在したのか、と彼は唖然としたものだ)ゼーレが画策していた『人類補完計画』。

 

 その、旧生命種にある種の破滅を齎すという、得体のしれない計画に関する映像や音声情報を添付した各種情報が、まず動画サイトを通じ、インターネットに氾濫した。 

 

 それらは国連各組織が、この数十年世界各地で繰り広げてきた、各種の非人道行為を伴う実験の数々の暴露等、オカルト雑誌かイエローペーパーにでも乗るのがお似合いの与太話ばかりであったが、しかし、精査すれば容易に真実であると確信できる程度には丁寧に、状況証拠や、場合によっては『本物の』ニュースソースを伴った証拠によって、情報の強度を担保されたものとなっていた。 

 

 そして、それらの情報を、世界中の大手マスコミが困惑しながらも、TVや新聞、ネットニュース等、彼らの持つ全ての手段で報道を開始したあたりから、この世界はセカンドインパクトが再発したかのように、加速度的に滅茶苦茶になり始めてしまったのだ。 

 

 ロシア大統領によるネルフ本部及び各国ネルフ支部への糾弾。 

 

 ユーロネルフロシア支部副司令による、ロシア支部司令がゼーレと共謀して行っていたスパイ行為。その行為への断崖及び、ロシア支部のユーロネルフ離脱宣言。 

 

 更にそれらの声明の発信に伴い、ロシア政府及びロシア支部の連名で、全人民はサンクトペテルブルクへ直ちに避難を開始するよう、ロシア国内全土および、世界各国にいまだ滞在するロシア国民へ迅速に勧告された。 

 

 そして、それに応じるように、ユーロに所属する国家が尽くロシアへ対し戦線を布告したのだ。

 

 彼らに言わせるならば、ロシアの声明は尽くが欺瞞であり、ロシアこそが新たなるインパクトを画策しているということになっているようだった。 

 

 そうして、魔女が薬草や忌まわしいものを片端から叩き込んで煮込んで煮詰めた薬鍋の如き情報のカオスは、またたく間にインターネットやメディアを通じて世界中に感染し、とうとう、こうしてユーロ連合軍対ロシア軍の全面戦争という、熱戦の形へと変貌を遂げて、ヴォルチコフの身に襲いかかっていた。 

 

 第4親衛戦車師団に属していた、彼が砲手を務めていたT-90M主力戦車も、容赦なく西から押し寄せるユーロ連合諸国軍の、五月雨式に押し寄せる鋼鉄の嵐の如き攻勢を防ぐために出撃を余儀なくされ、その結果、その戦車に乗っていた人員のうち、彼一人が生き延び、別の戦車に乗り換える羽目になってしまっている。 

 

 戦術イントラネットの情報が事実であるならば、空は比較的優勢であり、支援こそ得られないものの制空権はある程度ロシア側が握っているものの、敵の砲兵による火力投射は凄まじく、後方へ退くどころか、敵に降伏することすら至難な状況である。 

 

 ヴォルチコフ曹長も、本来であれば逃げることも叶わず、周囲に情け容赦なく降り注ぐ、敵味方の苛烈な砲撃に巻き込まれて死ぬか、あるいは逃げ回っているうちに、気象異常であちこちに発生した、かつては永久凍土であった底なし沼にはまり込んで、浮き上がることも出来ずに溺死を遂げていたことだろう。 

 

 その意味では、彼は幸運と言えた。 

 

 たまたま車長が居ないために迷走していた別のT-90Mが、彼を拾い上げてくれたのだ。 

 

 彼が乗り換え、車長を務める羽目になったそのT-90Mは、島嶼、ろくな実戦経験がなかった、とある若い新入りの車長に指揮されていた。 

 

 そしてその若者は、あちこちから打ち込まれるあらゆる種類の砲撃や銃撃(戦車というものは最前線に立つがゆえに、あらゆる攻撃の対象とされやすい)に精神が耐えられず、あまりの恐怖に錯乱してしまったのだ。 

 

 全ての人類にとり、現代の戦場とは過酷なものであり、至近距離に落ち、あるいは戦車の装甲で弾かれた砲弾の爆発音は、あまりにも容易に人間から正気を奪ってしまう。 

 

 その若い車長もまた、そのような戦争の風物詩、恐怖に錯乱した挙げ句、訓練を受けた軍人ではなく、訓練を忘れたか弱い人間に、不幸にも戻ってしまった一人であった。 

 

 そうした状態に成り果てた人間は、正常な判断を下せない。 

 

 恐怖に狂った彼は、逃げ出したくてたまらなくなってしまい、とうとう車長ハッチをあけて脱出しようとしてしまった。 

 

 四方八方から砲弾が打ち込まれる状況で、それはおよそ賢明とは言えない判断だったと言える。そして彼はハッチを開け、上体を出した直後、敵155ミリ自走砲の放った榴弾の至近弾の炸裂によって発生した恐るべき速度の爆風と弾片の嵐を浴びた。彼の肉体は、生憎それらの恐るべき暴力に耐えられるほど、頑丈には出来ていなかった。 

 

 物理法則の必然により、上半身を血と肉と弾片が混ざりあったジャムのようなものに変えてしまった車長は、当然その瞬間に絶命、戦死を遂げた。

 

 結果、砲手と操縦手は、どう行動すればいいか、わからなくなってしまい、どこへ逃げれば良いかもわからず、砲撃の只中を彷徨うことになってしまったのだった。

 

 そして、ヴォルチコフ曹長にとっても、そのT-90Mの砲手や操縦手にとっても幸運なことに、彼らは比較的近い距離に居たため、偶然、砲撃が止んだ刹那に、遭遇することができたのだ。 

 

 ヴォルチコフ曹長が、下半身以外がひき肉のように成ってしまったかつての車長の肉体を、かろうじて残っていたズボンのベルトをつかみ、引きずり出して乗り込むまで、撃破されずに済んだのは、実のところ奇跡と言える。

 

 なにしろ、彼らが邂逅するまで、そのあたりにはドイツ軍主力及び、損害が少なかったために再編を必要とせず、前線に残置されたバルト三国軍砲兵部隊の情け容赦ない榴弾と徹甲弾と地対地ミサイルによる猛撃、鋼鉄と炎の豪雨が降り注ぎ、吹き荒れていたのだ。

 

 それが、敵集団が猛攻のため一時的な弾薬欠乏と、また突進に伴う陣形の乱れを立て直すため、補給及び、部隊の再配置を行うため、一時的に攻撃を停止したのだ。

 

 この間、彼らのいた地域のあたりだけ鉄火無き、ある種の凪いだ無風状態が発生しており、ごく短い間ながら、敵弾や爆風によって生命を失うリスクなく、ヴォルチコフと車長を喪った砲手と操縦手は合流することが出来たのだ。

 

 もっとも、そのような敵側の事情が偶然的に作用して、生き延びることができたのだということは、彼らには当然知るすべがない。

 

 そして、車長に置き去りを喰らい、この世に取り残されてしまった砲手と操縦手にとり、本当に幸運だったのは、ヴォルチコフ曹長が開戦の半年前に、常に人員不足に悩んでいたロシア陸軍によって、予備要員として車長の訓練を受けていたことだ。

 

 よほどの無能でない限り、いや無能であるにせよ、指揮官というものは原則として存在したほうが良い。

 

 また、残留人員にヴォルチコフ曹長以上の階級のものがおらず、車長として実に優秀な能力を有していたのは、奇跡のたぐいであったとすら言える。

 

 ヴォルチコフの話を聞いた砲手と操縦手は、迷うことなく、直ちに彼を新たな車長として受け入れた。

 

 そして彼は、臆病なほど用心深く、しかし時に恐れを知らぬような大胆さで、実に見事に戦車を機動させたのだ。

 

 敵も味方も混交し、ロシア軍戦術イントラネットシステムを確認してもなお抜けられぬ戦術の霧(豪雨という方が正しいかも知れない)の只中で、孤立した肉食獣のように戦車を機動させ、4輌のレオパルト2A7Vの撃破に成功した事実こそが、ヴォルチコフが車長として得難いほどの人材であることを物語っている。

 

 彼が軍に入る前の職業が猟師であり、セカンドインパクト以後明らかに減少したシカやイノシシ、飢えるが故に人里への襲撃をためらわなくなったヒグマといった野生動物を相手に、猟銃のみで渡り合ってきたことも、かれの戦場で勘働き鋭く立ち回る事ができた要因であったかもしれない。

 

 そして、彼の猟師としての勘が、訴えていた。

 

 先程の後方の爆発音は、何か常識では考えられない異常な事態のたぐいであり、この状況をひっくり返しかねない何かが起こったのだ、それを利用しなければ生き延びられない、そのように、霊感とでも言うべきものが叫んでいたのだ。 

 

 だから、彼は冷静に、しかし必死で周囲の状況を探った。

 

 その現象の招待が、彼らにとっての危機であれば、脇目も振らず、直ちに後退しなければならない。

 

 しかし好機をもたらすものであれば、それに乗じ、前進したほうが生存できる可能性が上がるかもしれない。

 

 だから彼は必死に戦場の情報を、目で、耳で、かき集めた。

 

 可動式の監視システムを利用し、抜け目なく周囲の景色に異常がないかを確認しつつ、戦術イントラネットシステムのモニタに時折目を滑らせ、確認することも忘れない。 

 

 情報更新速度の低下がひどく、役たたずとなっている時間のほうが多かったが、それでも時折、奇跡的なタイミングで敵車輌および歩兵部隊の位置を表示することがあったので、無用の長物と切り捨てるには惜しい。 

 

 実際、撃破数のうち、2輌はイントラネットから得た不可視域に潜伏する敵戦車への間接射撃によるものだ。 

 

 そして、その戦術イントラネットのモニタに、なにか、友軍であることを示す緑色の三角が、奇妙に長い文字列とともに表示された。 

 

『Евангелион Цыгане(エヴァンゲリオン・ツィガーニ)』

 

「味方のエヴァだと!?」 

 

 思わず、ヴォルチコフ曹長は瞠目する。彼もまた、汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンの存在は知っていた。整備価格だけでも国家が揺らぐ規模の予算がかかるという話も聞いている。 

 

 それがただの兵器ではなく、ネルフ本部やゼーレというらしい、彼にはよくわからないがフリーメイソンやイルミナティのて愛らしい連中が引き起こす儀式の道具であり、それによってセカンドインパクトやニア・サードインパクトが引き起こされた、というのも、インターネットや先日のニュース報道などで知っていた。 

 

 その、情報という形でしか存在を知らなかった怪物、現実では一度も遭遇したことのない得体のしれない巨人兵器が、彼らのすぐ後方にいると、戦術イントラネットの情報モニタは示しているのだ。

 

 位置、約1キロ後方。

 

 上空2千メートルの位置にて交戦中。

 

 先程、サンクトペテルブルクの方角を目掛け、彼らの上方を擦過していった所属不明、機種不明の敵航空部隊のようななにか(ような何かというのは、これらがまともな空軍のような機動を一切合切取らないからだ)に取り囲まれ、四方八方から攻撃されているようにみえる。

 

 一対四〇。数的劣勢。しかも敵の動きが俊敏なのに対し、味方のエヴァの動きは、明白に鈍重なものであった。

 

 数的不利は明確な上に、地図上の光点の動きを見る限り、味方のほうが遥かに動きが悪い。

 

 こりゃ、多分、落とされるな。

 

 それなら逃げたほうがいいか?

 

 かれは一瞬迷った。そして迷った次の瞬間。

 

 突然、ヴォルチコフの喉に巻かれた喉頭式通信機が振動し、何者かから通信を受けていることをヴォルチコフに伝えた。

 

 戦車兵用ヘルメットをつけていても装着できるよう、薄手に作られながら、外部の爆音から鼓膜を保護する性能をも持ち合わせた通信用ヘッドセットから、コール音が聞こえる。

 

 その響きは、ロシア軍固有のものだ。

 

 そして車長用戦術ディスプレイには、コールをかけてきている相手がほかならぬその味方の巨人であることを示す文字が表示されていた。

 

 Евангелион Цыгане(エヴァンゲリオン・ツィガーニ)。

 

 畜生、主の導きか、それとも魔女の婆さんの呪いか?

 

 無視して後退する手もあるかと思ったが、後退して良くなる要素も、前進してよくなる要素も現状ない。

 

 ならば、今必要なのは、彼の生死を左右する類の情報であり、そのような情報をもたらすものは、認めがたいが、その得体のしれない化け物に乗った、得体のしれないコール相手だろう。

 

 問題は、相手に対してどう名乗るかだった。当然この車輌にも所属等を示すコールサインがあるはずだ。

 

 しかし、そのコールサインを用いていた車長は戦死をとげ、かといって、自分がかつて登場していたT-90Mは既に現世では残骸となりはて、冥府へ向けて進撃している最中と来ている。撃破された戦車のコールサインを使うわけにもいかない。

 

 迷った末に、彼は自らの姓名と階級を以って、得体のしれない相手がかけてきた通話に出ることに決めた。喉首を抑えるようにしてマイクのスイッチを入れる。

 

「エヴァンゲリオン・ツィガーニ、アントン・ヴォルチコフ曹長だ。

 生憎こちらは非常に忙しい、あんたも忙しそうだが、一体なんの用事だ? デートか何かのお誘いか?」 

 

『ヴォル……チョク? 曹長、ツィガーニだ。

 デートか。それは魅力的な誘いだな。初めて受けたぞ。

 戦場でなければセーヴェルでさんざん奢ってもらうところなのだが。

 いや本当に生まれて初めて誘われたのだぞ、神かけて。

 しかもタイミングがタイミング、地獄の戦場のど真ん中ときた、人生とは実に面白いものだな!』

 

 突然飛び込んできた、覇気こそあれど小娘そのものの、転がる玉のような軽い響きを帯びた声に、彼は一瞬唖然とした。

 

 しかも、名前を間違えている。彼の名はヴォルチョクではなく、ヴォルチコフだ。おそらく、余裕があるようで、実のところ交戦で忙しく、名前を聞き間違えたのかもしれない。

 

 ともかく、名前はどうでもいい。ついでに言えばデートもだ。

 

「ツィガーニ、俺はヴォルチコフだ。ヴォルチョクじゃねえ。

 用事を先に言え、用事を! 俺は忙しいんだ!」

 

「デートではないのか。なんだ、甚だつまらんな。

 なんということもない、前線へむけ戦いながら近づいてみれば、何やら先走ったか、敵前衛に食い込んだまま、孤立している友軍戦車が見えたものでな。貴官の指揮する車輌に近い無人小型移動基地局は撃破されており、戦術イントラネットの速度が低下、敵の位置も即座に表示されん状態と見た。それでは不便だろうと思ってな。

 いや、今ちょうど、貴官の車輌を目標に、敵砲兵が狙いを定め始めているようで、そろそろ撃ち始める頃あいだ。私なら今すぐ300メートルほど後退するな。そこに身を隠すのに程がよい廃屋がある。

 赤外線探査程度なら、案外逃れられるかもしれんぞ?」

 

「マジかよ!? 操縦手、全速後退! 

 300メートル後方! 急げ!」

 

 彼は慌てて命令を発した。

 

 是も非もない。先方は戦術イントラネットの情報が正しければ、空中にいる。彼の位置よりも視点が高く、見通しが遠くまで効く位置にある。

 

 そういう位置にいる存在が、そのように警告してきた以上、狂人を相手にしているのでもなければ、疑う余地など微塵もない。大慌てで全周囲視察装置を利用し、操縦手の正面モニタにリンクして後方視界を提供しっつう、脇目も振らず後退をかけたその5秒後に、答え合わせが始まった。敵が攻撃を再開したのだ。

 

 戦車は、それがあらゆるものを撃破しうる脅威であるがゆえに、戦場ではありとあらゆる兵科から狙われる。孤立していて撃破しやすく見えるなら、なおさらのことだ。

 

 敵の自走砲のものらしい大口径弾による砲撃が、先程まで自車のいた位置に降り注ぎ、巨大な爆発を引き起こし、泥を、土砂を盛大に空中へと巻き上げるのが、監視システムのカメラ映像に映し出された。つまり後退しなければ、今頃あれに巻き込まれて死んでたってことかよ。ヴォルチコフ曹長は、冷や汗が首を伝うのを感じた。

 

 さらに地対地ミサイルまでもが数発落下しているようで、さらに巨大な規模の爆発までもが発生していた。ドイツ人共、たかが戦車一台に贅沢しやがる。まさか、このあたりの獲物が、俺たち以外、ほぼ絶滅したっていうのか?

 

 ああ、たぶん、きっとそうだ。

 

 畜生、さっきの小娘の声が言ったとおり、絶滅したからこそ最後の獲物を狩りに来たんだろう。

 

 四輌も奴らの豹を食らった戦車だ、当然脅威とみなされてるだろうし、本気で殺しに来る。畜生!

 

 単独の戦車に好き放題にやられたのがよほど悔しいのか、敵軍は凄まじい火力を彼の戦車に集中しており、結果、あたりの視界は巻き上げられた土砂や砲煙で、濃霧のようになっていた。

 

 いくらなんでも連中、やりすぎだ。

 

 通信で言われた予備陣地たりうる廃屋へ逃れるなら、この攻撃と硝煙に紛れるほかないだろう。いくらエンジンや車体に工夫を施しても、戦車というやつはどうあがいても歩兵よりも目立つのだ。 

 

「車長! 後方に家が見えます! あれが話のやつですか? えらいボロボロだ、多分セカンドインパクト以来ほったらかしですよ、あれは!」

 

 彼の念慮に答えるように、後方の映像を見たらしい操縦手の叫びが聞こえた。

 

「構わねえ、突っ込め! 誰も住んでねえなら構うことはねえ、僅かでも良い、身を隠す!」

 

「了解!」

 

 彼の指示を聞いた操縦手が、迷わず後方へT-90Mを突進させてゆく。

 

「壁にぶつけます! 捕まってください!」

 

 その声を聞き、咄嗟に近場の手すりを握り、衝撃に備えた。

 

 凄まじい衝撃が車体に走り、それによって彼の全身が前方、つまりは戦車が突進していた方向と逆方向へ投げ出されそうになった。それは全身を固定するベルトによって免れたが、首を捻挫するかと心配になるほどだった。

 

 しかし、代償として周囲が暗く、静かになり、敵の砲撃もそれで止まった。撃破と判断されたか、あるいは用心深くこちらを探しながら押し込んでくるか、だろう。ともあれ、数秒か、数分かわからないが、今は命が助かったことになる。

 

「逃げ込めましたね、車長」

 

 操縦手が、安堵したようなため息と共に彼に言ってきた。そういえば、俺はこいつの名前も聞いていなかったな。軍曹であることしか知らねえ。まあいい、ともかくそのとおりだ。そういやあ、救いの主よろしく言葉を投げてきたあの小娘は、いま──

 

『ヴォルチョク曹長? こちらツィガーニ。無事逃げ込めたようで何より』

 

 今もまさに交戦中と思しき状況で、戦術イントラネットのモニタの、簡略化された戦術マップの只中、35機程度の空中の敵に囲まれ交戦を続けながら、彼女は実に気楽な口調で通信を送ってきた。

 

『一つ甘えてもかまわんか? 間抜けにも敵は我が空軍と敵空軍が五分なのを良いことに、どうも頭上警戒が留守になっているようだ。あるいは私が忙しく見えるだけかもしれん。

 つまり、あれだ。

 好き放題そちらを砲撃して、発砲炎と火線によって自分の位置を露わにした、かくれんぼが下手くそな、あの世で奴らの先祖が見たら、その間抜けさに号泣すること疑いなしの連中に、一つ出迎えのプレゼントをしてやろうかと思ってな。

 敵味方の間柄であり、なんなら殺し合いの最中ではあるが、連中は実に勤勉だ。占領したら農業でもしたいのか、泥を砲弾で耕すのに余念がない。奴らは良き軍人たるまえに、まずよき農夫で在りたいようだ。

 そういう連中には報いが必要だろう? ここは、ジェド・マロースの真似事の一つもしてやらねばなるまい。

 私はもらったことはあっても、贈り物を配ったことはなかったのでな。一度やってみたかった』

 

「別に構わんが、あんた何を──」

 

『ツィガーニ了解。構わんのだな。なに、シベリア蚊もどきごときにくれてやるには惜しい大物があり、おそらく着地後には、重くて長くて邪魔になるのは明白なのだ。

 使い所を考えていたところに、実に丁度いい間抜け共が出てきたからな、ここで綺麗に掃除してやろうと思う。耳を塞いだほうがいいぞ、有史以来最大のバラライカによる演奏だ。気をつけんときっと鼓膜をやる。警告したからな?

 ツィガーニ、砲撃開始する』

 

 砲撃?

 

 今、あの小娘は空戦の真っ最中じゃねえのか? 

 

 そのような疑問が、彼の脳裏をよぎった直後。

 

 後方に向けられたまま停止している全周囲視察装置、そのカメラ映像が映し出されたモニタには、彼の戦車が突っ込むまでは壁だった木材や石材、漆喰が散らばる廃屋の一室の景色が映っていたが、その景色が、さながら稲妻が落ちた時のように、閃光により照らし出された。

 

 直後、雷の炸裂に似た、恐ろしく巨大な爆音が響く。

 

 煩いなどという言葉では追いつかない、彼が今まで聞いたこともない、破滅的な轟音であった。

 

 廃屋と戦車の装甲という二重の守りがなければ、音圧で即死していたかもしれない。音はエネルギーの波であり、強すぎる音は、時に衝撃波となって人間を殺しうるのだ。

 

 その殺人的な恐るべき轟音が、彼らの耳朶を、車輌の外側から容赦なく叩く。輝きは時に連続で、時に単発で訪れ、その直後に強烈な雷鳴の如くに爆音が響く。

 

 空中から、ツィガーニを名乗る巨人が、おそらく発砲しているのだ。それも、戦車砲などとは比較にならない、得体のしれない巨砲の類を、想像もつかぬほど高速で。

 

 となれば。

 

 ややあって、前方、はるか遠くから、次々に着弾と炸裂を示す、遠雷のような爆音が響いた。味方がN2融合兵器の使用を決断したのか? と疑うほどに左右の広い範囲、それこそあちらこちらから、地獄の轟音の闇雲な連打が続く。

 

 何がバラライカだ、気が狂った怪力の人食い鬼が狂ったままに太鼓を闇雲に連打しても、きっとこうはならねえぞ!

 

「いったい、あいつ何しでかしてんだ!」 

 

 彼は戦術イントラネットを操作した。

 

 さきほど彼女が言う通り、近場の無人小型移動基地局は撃破されたようであり、回線速度の遅さはそのためか、と理解した。しかし、他にも距離こそあれど、無人小型移動基地局はある。

 

 それら残存する基地局の、複数と同時にアクセスし、なんとか廃屋の周囲の映像や、上空の映像を得られるよう、各地に残置された監視カメラ画像を自らの座席を囲むモニタに出力し──そして、今度こそ、ヴォルチコフは絶句した。

 

 映像には、全身濃緑色の、中世の騎士が纏う鈑金甲冑の如き装甲に全身を固めた、友軍のエヴァらしき巨人が映し出されている。

 

 一時期、映像媒体を通じて『最初の実戦型エヴァンゲリオン、正式タイプ』としてパイロット共々報道されていた(そういえばあのパイロットも小娘で、しかもドイツ人だったなとヴォルチコフは思い出した)、あの赤い装甲をまとったエヴァンゲリオン弐号機とかいう化け物が、全身をつつむ分厚い装甲の上から、さらに鎧を身にまとったならば、このような異形になるかもしれない。

 

 濃緑色の鋼鉄の騎士は、空中にいる。

 

 空中で、土台代わりの何かを踏みしめながら、どうもガトリングガンのたぐいであるらしい大砲の化け物、作った人間の正気を疑うような代物を、右手だけで軽々と振り回しながら、敵軍が展開する西の方角目掛け、情け容赦なく発砲を続けていた。

 

 モニタに表示されたデータが本当なら、あの大砲の化け物は、直径440ミリの砲弾を撃っている。

 

 弾頭重量、実に1発1.3トン。

 

 それは、砲弾と言うには、あまりにも馬鹿げた巨大さと言えた。

 

 なにしろ彼の戦車の主砲の口径は125ミリしかないのだ。戦車としては充分大口径なのだが、それすら「しかない」と表現せざるを得ない時点で、ひたすら気が狂った巨弾といえる。

 

 敵主力戦車を食らうに充分な威力があるヴァクーム1装弾筒付徹甲弾の重量は、諸々込みで0.03トンしかない。30キログラムだ。そしてキログラムに直すならば、あの化け物がぶっ放している弾は13000キログラム。

 

 それを構成する金属と、火薬の量があまりに馬鹿げた妄想じみた非現実的な量であることは、軍人でなくとも想像できるだろう。陸上兵ではなく、海上の戦艦で漸く装備できる程度の火砲といえる。

 

 そんな化け物じみた大砲を束ねて多砲身機関砲にでっちあげ、機関砲であるからと、そんな馬鹿げた弾丸を、おかまあいなしにあの化け物鉄巨人は乱射しているのだ。

 

 世界と自分、狂っているのはどちらなのか、わからなくなる景色だった。

 

 エヴァというものは、以前のニュースに拠ると、使徒という人間と敵対する怪物を倒すために開発されたようだが、その使徒という化け物を倒すのには、あんな大砲の化け物が必要になるのか?

 

 第二次世界大戦で戦艦が海の上から仕掛ける艦砲射撃に匹敵する火力投射を、何を考えたかあの巨人は、敵軍の頭上から爆撃か砲撃かもわからぬような仕掛け方で行っている。そして、用いられている徹甲榴弾の、1発あたりの破壊半径は、モニタに示されたスペックシートによれば、地表で起爆した場合、半径250メートル程度。

 

 ただ1発で、直径にして半キロ、500メートルの円の敵を吹き飛ばせるのだ。田舎の都市の中央市街地が一撃で消滅する破壊規模といえる。そのような恐るべき代物を、あの鉄巨人は砲撃できるのをいいことに、敵軍目掛けてあちこちにデリバリーしてまわっているのだ。さきほど通信で言ったように、さながらジェド・マロースになったつもりで。

 

 ああ、そういえばジェド・マロースは、冬将軍に例えられることもあったな。

 

 昔から冬将軍はロシア人に容赦がないと専らの評判だが、ロシアに攻めてきた敵には、より一層容赦がない。伝統というやつだ。タタールの軛をロシアにかましたモンゴル人だって、北過ぎる地域は寒すぎて、攻めることができなかったらしいからな。

 

 それにしたって、いくら冬将軍殿でも、ここまで短時間にこんな無茶苦茶な殺戮行為ははやらねえだろ、とヴォルチコフ曹長は呆然と思う。

 

 250メートルという破壊半径は、あくまで地上で起爆した場合の数値だ。相手が歩兵などの『ソフトターゲット』であれば、上空で弾頭を起爆することで、より広範囲の、より多くの敵に、砲弾の破片と爆発に伴う爆圧を、さながらシャワーの如く降り注がせ、殺傷することができる。上から降り注ぐのであれば、露天の塹壕や防御陣地は、守りの意味をなさなくなってしまうのだ。

 

 そして、戦車や装甲車というものは、上面や下面にそれほど多くの装甲を貼らない。戦車砲の砲弾は、主に正面、場合によっては横から来る。故に最優先は正面、次に側面、後面は一番ガードが薄く、底面や上面はそのまた次だ。

 

 つまるところあの砲弾の化け物にとっては、戦車だろうが装甲車だろうが兵隊だろうが、等しくソフトターゲットに過ぎない。破片の一つが命中するだけでも、高確率で無力化されることだろう。

 

 自走砲や自走ロケット砲、移動式ミサイルに至ってはなおさらだ。あれらの兵科が装備する車輌には、装甲など全く存在せず、そして誘爆しやすい弾薬や、炎上しやすい固体燃料なりなんなりが、車体や周囲に山のようにある。燃やしてくれと言わんばかりに。 

 

 最遠方で15キロぐらい向こうまで、あの恐るべきグリーン・ジャイアントはエンドウ豆やトウモロコシの代わりに砲弾を配るのが義務であると思い込んで、実に砲撃を行っているようであり、彼方の敵地のあちこちで、花火のように砲弾が咲き、赤熱した破片が降り注ぎ、そしてその下で多くの兵隊や各種車両が犠牲になっている。 

 

 時折誘爆した弾薬やロケット、ミサイルが地上に閃光を咲かせ、さらに車体からこぼれたであろう燃料に引火し、火災と成って被害を広げていく有様は、端的に言って地獄そのものと言えた。誰かが撮ってたら映画の参考にするかもしれねえな、とヴォルチコフは益体もない感想を抱いた。 

 

 そして、その地獄を拡大するのに熱心な鉄巨人が空中の足場にしているのは、おそらくは敵のものであろう、四肢を翼のように広げた、白いエヴァのような巨人であった。 

 

 白い鳥のような巨人を踏みしめたロシアの緑の鉄巨人は、左手首から、なにか鎖に似たものを、飼い犬の首につけたリードのように伸ばしていた。 

 

 ヴォルチコフは、半ば呆然となりながら、ふとその映像を拡大し、そして、またしても唖然となった。 

 

 伸びているのは、犬の首輪につけるような、普通の縄状のリードではなかった。

 

 それは、V字型の楔のような刃を、モニタの表記が正しければだが、超高強度炭素繊維ワイヤー三条で連結した、巨大な蛇腹剣が伸びることによって形成された、刃だらけの鎖のようなものであった。 

 

 緑の鉄巨人は、それを手首から伸ばすようにして射出し、白い巨人の頸部に突き刺し、楔の部分を肉だか骨だかに引っ掛け、曲芸師が暴れ牛に立ち乗りするような塩梅で、両足と伸ばした楔刃と炭素繊維ワイヤーでもって、巧みに白い空飛ぶ巨人を乗りこなしているのだ。 

 

 おそらくは緑の鉄巨人に匹敵するであろう強さを誇るはずの白い巨人も、首に刃を突き刺されながら無慈悲に踏みしだかれつつ、大砲の化け物による『支援』砲撃の土台にされる、などという無法な運用は想定していないのだろう。

 

 時折振り落とそうとするような挙動をとっては、その都度緑の鉄巨人がそれに反応して楔のリードを引っ張り、あるいは左右の足を踏みこみ、あるいは背中を蹴りつけて無理やり空中でバランスを戻して水平体制を崩させない。

 

 そのような暴力を受けつづけた白い巨人は、次第に弱っていくようで、徐々に推進力を失い、高度を下げていく。

 

 すると、濃緑の鉄巨人は、白い巨人の頸部に鎖のリードを突き刺したまま、その背中から真上の方向へ思い切り跳躍した。そして、あのガトリングの化けものを、近場に展開するユーロ連合軍の戦車大隊や、砲兵大隊へ素早く照準し、砲撃を速射で放ってこれらを殲滅してのけた。

 

 まさに秒殺というやつだ。あの一掃射で、500人か1000人か、あるいはもっと多くかわからないが、それぐらいは戦死を遂げたことだろう。 

 

 そして連続砲撃で発生した、あまりにも巨大な反動を利して空中を機動しつつ、身をひねり、ブレイクダンスのように脚を振るいながら、その反動で首に楔が刺さったままであるため、あの暴力的にも程がある濃緑色の鉄巨人のとらわれびとのままとなっていた、白い飛行巨人を、楔のリードを伸ばしながら、右腕に力を込め、全力で振り回す。 

 

 そうやって砲丸投げのように、踏み台にしていた哀れな白い巨人を円状に旋回運動を強要して加速させると、濃緑の鉄巨人へ接近し突撃を仕掛けようとしていた別の白い巨人に向かって、おもむろに投擲した。

 

 当然接近してきた白い巨人は、とてつもない遠心力によって吹っ飛んできた、弱りきった白い巨人と相互に衝突する。さんざん踏まれ、背中という背中を蹴られ、砲台の基礎がわりにされ、弱りきった方の巨人の頭から、長く槍のように伸びた口吻のようなものが、衝突した相手の巨人のちょうど胸板のあたりに突き刺さる。

 

 そして両機は、さながら天に記された青い十字架のように、N2融合爆発の類かと疑うほどの輝きを放ちながら、空中で同時に爆発した。 

 

 そのような、およそ説明し難い景色が繰り広げられる一方で、エヴァンゲリオン・ツィガーニなる濃緑の鉄巨人はと言えば、より上方の別の白巨人の背へ、投擲の反動を利して、万事計算済みといわんばかりに着地を成功させていた。 

 

 当然、その白い巨人は、背中に突然乗ってきた、濃緑の鉄巨人を振り落とそうとする。しかし鉄巨人はそれを赦さず、白巨人の頸部目掛け、左腕をボクシングのジャブのように振るった。

 

 敵を投擲した直後、左腕部装甲内に巻き戻されるように格納されていた楔のリードが、一瞬長剣のような形状となり、拳の上面に展開される。 

 

 その剣は展開の勢いのままに、V字上の楔の連なりとなって真っ直ぐに伸び、白い巨人の頸部を容赦なく貫いた。直後、伸びた楔の連なりが、なにか得体のしれない赤い輝きを帯びた。リードを構成する楔が、90度の角度で、互い違いに、十字状に捩れる。

 

「ああやって内側でよじって、引っ掛けてやがるのかよ……」

 

 ヴォルチコフは思わず呻く。指に突き刺さった返しつきの釣り針を引き抜く時、ひどく痛い思いをして大泣きした子供の頃の思い出が脳裏に蘇った。あれのもたらす痛みは、おそらく釣り針の返しなど比べ物にならないほどだろう。

 

 それが首に突き刺さり、己の肉の内側で捩れる痛みなど、想像するのもおぞましい。

 

 あの白巨人が痛みを感じるかなど、ヴォルチコフの知ったことではないが、ただ、少なくともアレで突き刺され、肉を抉られた挙げ句、背中で鉄巨人の重量を強制的に支える羽目となるのは愉快な経験ではないだろう。

 

 さらには44センチ砲の連続砲撃の衝撃と、砲口から発生し続ける轟音で聴覚を苛まれ続けるのは、およそ人道とは程遠い拷問の類のように、彼には思われてならなかった。敵ながら気の毒になる、とはまさにこのことだろうなと彼は思う。

 それでもあの白い巨人の群れは、あの濃緑の鉄巨人をよほど倒したくてならないのだろう。それぞれに運動しながらタイミングを図り、そのうちの一体が、濃緑の鉄巨人を目指し、まっすぐに突っ込んでいく。

 

 しかし、それは当然読まれていた。 

 

 濃緑の鉄巨人は、素早く両足を踏ん張ると嫌がる足場の白巨人の背を蹴りつけ、下方へ押し込むようにして高度を下げることにより、突撃してきた白い巨人の、赤い口吻の一撃を躱す。 

 

 そして、重量が千トン以上あってもおかしくない多砲身機関砲を、突然片手で下に振るい、その質量の物理運動によって、凄まじい反動モーメントを発生させた。 

 

 その反動を用い、濃緑の鉄巨人は、その巨大さと重量をまるで感じさせないバレリーナのような鮮やかさで機体を旋回させ、右脚を軸とし、巨大な装甲で覆われた左足でもって、後ろ回し蹴りを繰り出した。 

 

 その一撃は恐るべき鋭さと素早さで弧を描き、踵が白巨人の胸部を打つ。 

 

 おそらくは、そこが白い巨人の弱点なのだろう。蹴られた白巨人の胸板装甲が穿たれ、なにか球のようなものが露出し、直後に砕け散った。そして、胸を蹴られた白い巨人は、またしても青白い閃光を放ちながら爆発四散する。

 

 その爆発の隙を突けると思ったのだろう。

 濃緑の鉄巨人の、機関砲を構えた右肩目掛け、突進して口吻を突き刺そうとした別の白巨人が現れた。 

 

 しかし、鉄の巨人に、油断はなかった。鉄巨人は足場の白巨人の首へ左足を伸ばし、蹴りつけるようにして踏み込んで、白い飛行巨人の頭を軽く下げる姿勢を無理やり取らせる。そして軽く上体をかがめ、ボクシングで言うところの、ステップインの姿勢を取った。

 

 結果、敵の一撃は、鉄巨人が上体を沈めたために、むなしく空を切り、その赤い口吻は鉄巨人の背の後ろへすり抜けることとなる。そして、後背を擦過しつつある、今まさに攻撃してきた白い巨人を、濃緑の鉄巨人が見逃す道理はない。

 

 濃緑の鉄巨人は、即座に右手の機関砲を別の陸上目標目掛け乱射し、巨大な砲撃反動を発生させた。そして腕力だけでなく、脚から生じさせた力を腰の閃転に載せ、いかなる巨砲の巨弾をも凌駕するかも知れないほどに運動エネルギーを孕んだ右肘の一撃を、背を擦過する白巨人の胸ぐらに、突き刺すようにして叩き込んだのだ。

 

 打撃によって生じた、砲撃にも勝るおそるべき轟音が、あたりを揺るがした。さながら毒針のごとき致命の肘打ちを受けた白い巨人は、その反動で軽く吹き飛び、耐えられずにゆらゆらと地上へ向かって落ちてゆく。

 

 そして地表近くでまたしても十文字爆発を遂げ、滅んだ。

 

 一時が万事。

 

 その調子で濃緑の鉄巨人は、地上へとてつもない大口径弾の雨を降らせてゆく。

 

 その片手間に、次々に突っ込んでくる白い巨人を、肘で、膝で、爪先で、踵で、チョップで、拳で迎え撃ち、いともたやすく叩き落としてゆくのだ。 

 

 白い飛行巨人は、その気になれば自爆が可能なようだった。そして、それを試みたものもいた。

 

 しかしその予兆を見て取ったのだろう、鉄巨人は先程の要領で素早く砲丸投げの砲丸にしてしまい、別の鉄巨人に叩きつけて諸共に爆発させた。

 

 当然、その間黙って落ちているわけがなく、鉄巨人は、ボリショイ・サーカスのピエロでも真似できないのではないかと言うほどの軽業で、まんまと別の白い甲巨人に、例の伸びる楔の鎖をもってして突き刺し、取り付き、乗り移る。

 

 また、相手の位置の関係で乗り移れない場合、濃緑の鉄巨人の行動は、より無慈悲なものとなった。

 

 腕の蛇腹のような楔のリードを下方から素早く射出し、離脱しようと腹を見せた空中の白い飛行巨人の腹なり首なりに、楔のリードの先端を突き刺す。 

 

 そうやって蔦から蔦へ飛び移る映画の野人のような要領で、空中を自在に運動し、振り子の要領で体を刺した相手の上方へはねあげて、いとも容易くの背に乗ってしまうのだ。

 

「あいつ、特殊部隊(スペツナズ)の出か何かか?」

 

 思わず呻いたヴォルチコフの言葉を抜け目なく聞いていたのだろう。実に自慢げな少女の声が、通信回線の向こうから聞こえてきた。

 

『おっしゃるとおりだ、ヴォルチョク曹長。自慢だが、これでも国家より赤いベレーを頂いている。だからエヴァを壊すなりしてネルフを首になっても、私は食い扶持に困らんのだ。

 その時は内務省で雇ってくれると、既にして内定が決まっているからな。縁故採用というやつだ。羨ましいだろう」

 

「マジかよ」

 

 ヴォルチコフは思わず呻いた。

 

 ロシアにおいて、軍人がかぶる赤いベレー帽といえば、特殊部隊に入隊していることを示す証である。軍人として不名誉なことをすれば、それは直ちに没収される。

 

 それを得ることによって昇給することはないが、しかしそれを持つものはいくつになろうと名誉あるものと見なされる。いわば誇りと栄光の証であり、証明書すら発行され、なんなら普段から身につけて、誇ることすら許される代物だ。

 

 それが事実であるならば、声音と、そして戦術イントラネットの映像データを見る限り、どうも一応は14才の子供であるらしいあの少女は、ロシアの特殊部隊入隊試験の際に行われる、正気を疑うようなカルト的な訓練や試験をこなしきったということになる。

 

 防弾装備をしているとは言え、味方同士で実銃で撃ち合う訓練をやり、普通に自動車爆弾の実物を用いるだけでなく、その爆発を前提にして訓練するという、死体を作りたくてたまらないやつでなければ組まないようなプログラム。それをこなしたのだ。

 

 つまり、いかに声音や見てくれが少女であろうが、彼女はおそらく、ナイフ一本あればヒグマでも仕留めかねない人間の姿をした怪物ということになる。

 

 そういう、同じ人間なのか果たして怪しい存在が、あの緑の鉄巨人を自由自在に振り回しているからこそ、あのように無茶苦茶な機動をやらかすのだ、ということを彼はようやく理解した。

 

 呆然と、思う。

 

 国が揺らぐほどの大金がかかる兵器であれば、それは確かに化け物に預けるのも筋だろうが、それにしたって、あれは、やりすぎじゃねえのか。

 

 いや、良いのか。戦闘前のブリーフィングじゃあ、この戦いで人類の存亡がどうのこうのらしいし、そういう場では、ああいう化け物みたいな女が必要なのかもしれねえ。 

 

 そして気づけば、少女と、少女が操る緑の鉄巨人は、つい先程まで彼の後方にいたはずが、破壊と惨殺をばら撒きながら好き放題に空中を嵐のように暴れまわりつつ順調に前進を続け、無数の白い巨人と、地上の無数の兵器や敵兵を、食べ放題パーティのような感覚で次々に血祭りに上げながら、とうとう敵地との境界たる西のナルヴァ川、その上空を越えた。 

 

 その空域は、その地域は、もはやロシアではない。 

 

 そこは地図の上ではエストニアであり、かつてナルヴァと呼ばれ、やはりセカンドインパクトに伴う水害や疫病によって、放棄された街だ。ユーロ連合軍がロシア侵攻のため、拠点として陣地化した地域へ、彼女と彼女の鉄巨人は踏み入ろうとしているのだ。

 

 当然、ナルヴァは無人であったのを良いことに、完全に陣地化されているため、それまで隠匿されていた無数の対空砲火が一斉に火を吹く。

 

 しかし、どういうわけか、それらは濃緑の鉄巨人と、白い巨人の腹側やや下方に展開された、赤く発光する薄膜のような力場に阻まれ、一発も通らないようだった。

 

 その癖、濃緑の鉄巨人は、これ幸いとばかりに発砲した敵対空陣地目掛け、一発一発、丁寧に巨弾を放ち、陣地を蹂躙し、崩壊させていく。

 

 挙句の果て、とうとう最後の一体に成り果てた、足場にしている白い巨人から、楔のリードを把握したまま、飛び降りた。その下方には、ユーロ連合軍が陣地化した、前線の拠点たる旧ナルヴァ市街地がある。鉄巨人はもはやその上空までたどり着いてしまっていたのだ。

 

 濃緑の鉄巨人は、落下しながら、上昇して一時離脱しようとする白い巨人を、強引に空中で見をひねりながら振り回す。さながら縦回転の動きの旋風と化しながら、白い巨人と己を繋ぐ紐帯たる、楔のリードを伸ばしていった。

 

 リードによってハンマー投げの球状ハンマーよろしく振り回される白い飛行巨人の速度が、これまでの惨たらしい戦闘行為でも見られなかったほどに加速する。白い飛行巨人にかかっている遠心力の凄まじさを、ヴォルチコフは想像したくなかった。20Gではすまないだろう。人間ならば潰れトマトになる程度の力はかかっているはずだ。

 

 緑と白の二体の巨人は、そのように旋回しながら重力に引かれて落下していった。

 

 当然、縦に振り回された白い巨人が、先に地面に接触する。というよりも、叩きつけられたという方が正確だろう。

 

 落着時の終端速度は、おそらく音速を超えていた。濃緑の鉄巨人によって、旧市街地の中央目掛け、陣地破壊用穿孔爆弾代わりに叩き込まれたのだ。 

 

 白い飛行巨人は、叩きつけられた勢いのまま、口吻とそれが生えた頭部から真っ直ぐに地面に突き刺し、そのまま一瞬で地中へとその全身をめり込ませ、爪先まで50メートルか、100メートルほど、軟泥に石を落としたような滑らかさで潜り込んだのち、巨大な十文字爆発を引き起こした。

 

 その地点の地下に隠匿されていたと思しき弾薬にでも引火したか、それこそ核爆発を疑う規模の巨大な爆発とキノコ雲が発生する。そのおぞましい火薬爆発の輝きは、かつて人が暮らした廃墟を、更に惨たらしく彩った。

 

 数十機の巨人の群れによって、空中で戦われていたギリシア神話のティタノマキアの如き闘争を、一対数十という戦力不利など関係ないとイワンばかりに容易く覆した濃緑の鉄巨人は、驚くべきことに、まだ空中に有った。 

 

 白い飛行巨人を地面に叩きつけた反動が、落下の勢いを若干相殺し、故に未だに鉄巨人は浮遊している。

 

 おそらく、何かを狙っているのだ。ヴォルチコフは、理由もなく革新した。

 

 何を狙うんだ。 

 

 この期に及んで、ここまでやって、まだ何かをやるってのかあの小娘は。

 

 ヴォルチコフが呆然と見つめるモニタの映像の中、鉄巨人は、むしろ驚くほどの緩やかさで落下していく。落下してくる鉄巨人目掛け、火砲が必死に抵抗すべく発砲するが、それは尽く無意味だった。すべてが、あの薄赤く輝く力場に弾かれ虚しく爆発する。

 

 その、全ての弾丸を防いだ赤い力場が、落下の瞬間、恐ろしく広い範囲に広がった。

 

 直後、鉄巨人は着地した。それに伴い、およそ直径500メートル範囲の、鉄巨人の下にあった建物やその他の何もかもすべてが、鉄巨人が脚下に展開していた六角形の力場によって、まったく同時に押しつぶされ、地面に押し込まれるようにして、尽く平らに整地されるのが見えた。

 

 おそらくその地点に居たユーロ連合軍の司令部要員や兵士も、展開された赤い力場に押しつぶされたことだろう。

 

 あの巨体、そして体の重量を思えば自身も地面にめり込んでも不思議ではないのに、いかなる加減によるものか、鉄巨人は悠然とナルヴァ旧市街地であった、押しつぶされた円状の平野、その中央に佇んでいる。 

 

 直後、弾薬が切れたか、虚しく空転していた巨大なる多砲身機関砲を、緑の鉄巨人は手放した。

 

 回転砲身を守っていた、濃緑のハンドガード装甲に、白のペンキで描かれた「Беспощадный(無慈悲)」の文字を、ヴォルチコフ曹長は呆然と見つめる。

 

 ユーロ連合軍の抵抗が、止まっていた。 

 

 つい先程まで圧倒的にロシア軍にとって不利だったはずの戦場は、突如として出現した濃緑の鉄巨人の、無法という言葉すら生ぬるい猛撃によって、カイジュウ映画のカイジュウが暴れたい放題に暴れた市街地のごとく悲惨なありさまとなっている。 

 

 平原の、湿地帯の、河川のあらゆる場所で何かが燃え、時折残置された弾薬に引火でもしたのか、どこかしらで何かが爆発し、そして炸裂している、まさに燃える地獄と成り果てたのだ。『神曲』のヴェルギリウスですら、このような景色は知らぬと断じるであろう。 

 

 この情景をもたらした少女の声が、通信回線ごしに響く。まるで平静であり、驚いたことに、どこか楽しんでいるような気配すらあった。 

 

『撃ちすぎたか、流石に弾切れだな。

 弾薬の再生産は望めんだろう。EM-226回転式多砲身機関砲殿、短い付き合いだが見事な働きだった。故障一つ起こさぬとは、おそらく設計が良いのだな。大したものだ。敵戦力打倒の功績に免じ、退役を許可する。ゆっくり休め』

 

 福音の名を与えられし濃緑の鉄巨人の操り手たる少女は、巨砲の最終進化系の如き怪物へ別れの挨拶を告げる。

 

 そして、緑の鉄巨人は、突如大出力の電波を発した。

 

 VHF波、150MHz帯。すなわち、国際VHFである。国際的に利用される共用チャンネルの一つで、主に船舶で利用されてきた無線周波数帯だ。

 

 つまり、敵味方問わず、この場にある全ての人間に告げるべきことがあると、彼女は波帯で訴えているのだ。ヴォルチコフ曹長は、慌てて非常用の無線のチャンネルを、その周波数帯に合わせた。

 

 恐れ知らず、屈することをきっと知らぬ、ともすれば不遜で不敵でさえある声音の少女の言葉が、車内に響き渡る。

 

『マイクテスト。うむ、この程度でいいか。我が母国あるロシア軍の諸兄、および我が国へ攻めきたるユーロ連合軍の諸君。我が名はサージャ。サージャ・アヤナミ。人類の脅威たる使徒の殲滅のため、母国たるロシアへ、パンと塩を以て迎えられた女だ。

 ユーロ連合軍の諸君、貴官らが何を聞かされて来たかは知らんが、助かりたいならば降伏せよ。

 我々は、サードインパクトによって発生する赤い大海嘯への防ぎを構築しつつある。

 戦い続けるならば、人類生存を阻む脅威と認定する。つまり、諸君らを使徒とみなす。

 わかるな? 人類存続、使徒殲滅はネルフの義務である。よその支部と本部が放り出そうが、我らには関係ない。ロシア支部以外が全て義務を放り出したとしても、我々はネルフとして、人類生存を阻む脅威全てを、何者であろうが躊躇なく粉砕する。躊躇なくだ』

 

 軽やかさのある声でありながら、しかし容赦なく少女は告げた。

 

『我らに使徒と認定されたくなくば、直ちに降伏せよ。

 あるいはこのくだらぬ戦争にいまだ未練があるならばかかってくるがいい。容赦なく使徒として殲滅する。使徒ゆえに人扱いは受けられず、墓も残らぬと知れ。

 これより決断のための思考時間を与える。制限時間15秒!』

 

「短すぎだろ!!」

 

『14!』

 

 ヴォルチコフの言葉が聞こえているだろうに、少女は決断的に無視したようだった。

 

 カウントは無慈悲に減少していく。

 

 濃緑色の鉄巨人、その巨大な小手の上面から、太く短い、大砲が伸びた。

 

 25口径短砲身125 mm電熱化学砲。開発コード2A51M。次期主力戦車用に開発された主砲の短砲身改造モデルであり、その初速は条件次第ではマッハ7を超える代物だった。

 

 敵するならば戦うのみ。

 

 多砲身機関砲のハンドガードに記されていた文字そのままに、敵対する道を選ぶものを容赦なく彼女は殲滅するつもりのようだった。

 

続く

 

 

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