あれから10年経ちました。 続・使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

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第1話「ヴンダー、新たなる旅立ち」Cパート

 何か、例えがたい規模の、とてつもなく巨大なものが、『世界』に飛び込んできた。

 

『彼女たち』は、正面に突然発生した時空振動を、そのように感じた。

 それぞれの機体に備えられた機体管制コンピュータが、その時空振動の波形パターンを迅速に精査する。

 

 照合完了。

 ガフの守人級戦艦一番艦、NHGBußeと質量、波形共に一致。

 

 どれほどの時間、この紅い世界を漂ってきたか、彼女たちは記憶していない。

 そのための機能も、そのための思考も与えられていない。

 

 ただ、それを探し、見つけ、鹵獲ないしは破壊するためだけ生まれた、エヴァ44Aを運用するための制御装置として仕込まれたマテリアル、生きた自動操縦装置にして自動戦闘システムとしての機能以外を削ぎ落とされ、この世に産声を上げた存在だ。

 

 長き辺獄の放浪の旅路の終わりが来たのだと、彼女たちは理解した。

 皆の胸には、歓喜。誰からともなく、微笑し始めた。

 彼女たちをつなぐ通信システムに、意味をなさない笑い声が響く。

 

 他の『彼女たち』の群れも、あの船を目指し、迫ってきているようだった。

 他に2つ。

 

 一番近いのは、私達。

 

 あの船も、私達を目指している。

 

 機体管制コンピュータが、彼女たちの操る44Aに備えられていた唯一の兵装たる、コピーロンギヌスへ給電を開始する。

 

 祭具としての機能をオミットされたデッドコピーに過ぎないが、パイロットたる彼女たちのタナトスに感応しデストルドーを励起、その槍先に強烈なアンチATフィールドを発生させる。

 通常兵器の装甲のみならず、ATフィールドという通常兵器では突破不可能な心理障壁をも中和し貫く、万物を殺すためのみに生まれた偽りの槍。希望も絶望も司ることを赦されなかった、乱造されしただの処刑器具。

 

 その槍の齎す衝動に踊らされたか、あるいは彼女たち自身の本来の望みが叶う時が近づいたからか。

 彼女たちの想いに答えるように、エヴァ44Aは目標をめがけ、巨大な投擲槍の如く、音速を超えて加速した。

 

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 EVANGELION ∧ i : AAA Wunder S 3.33 『YOU CAN (NOT) TRIP.』Prototype

 

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 EPISODE:1 The Blazer

 Cpart

 

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「南西方面、敵飛行群、距離2万!」

 

 日向戦術長の声が艦橋に響くのを、私は聴音機を通じて聞いた。

 同時に、マギプラスを通じて、戦術長の思念がブリッジクルー全員の脳に伝播したのをモニタで確認する。

 シンクロ率をかなり低減したとは言え、自分の意思で発生したわけではない他人の声が頭に直接響くのは、決して快適な経験ではないはずで、ブリッジクルーの新人3人の脳波グラフには、早くも平常時とは異なる異常波形が発生していた。

 

 3人とも、頭の中に制御不能な他人の囁きが響くことに、混乱しているんだと気づく。

 私は素早く喉頭マイクを起動した。

 

『副長より艦橋総員へ。

 

 作戦行動時の提案や作業内容は、シンクロ状態に慣れるまで、まず音声で報告して。

 思考と声をなるべく合わせるの。

 声に自分の思いを添わせれば、聴覚が自分の声を聞き取って、自分の頭の中の声が静かになるわけ。

 聴覚野が自分の声を聞くぶん、前頭葉に余計な情報を入れる余裕ができて、他人の思念を聞き取りやすくなる。ともかく自分の考えは声で出す、そして脳内に響く他のクルーの声を『聞く』ことに集中する。

 

 あと、私と艦長の思考は、『聞く』んじゃなくて、私と艦長、マギプラスの間に流れる思考の波形を『眺める』感じで構わない。実戦だから、悪いけど思考も最大戦速、さすがに初心者に合わせてられない。

 ただ、なるべく『これぐらいのスピードで回す必要がある』っていう感覚は覚えてちょうだい。

 波形を見て取りながら、頭と身体の両方に、闘い方の『感覚』を刻み込む感じ。自分の体を制御する五感に、さらにヴンダーを感じる六つ目の感覚を追加するのがとりあえずの目標となるわ。みんな、いいわね。

 副長からのアドバイス、以上よ』

 

 思考と言葉を調節し、ブレがないようにしながら艦橋内に音声と思惟を同調させて伝えたけれど、新人たちに伝わるかどうか。ともかく、助言はしたのだしと意識を切り替える。 

 

「敵、距離1万5000。相対速度2000。

 主砲による撃破可能圏内に入ります」

 

 日向戦術長の報告に、艦長は頷いた。

 

「了解。主砲発射準備、弾種榴弾。

 起爆時間調定及び、主砲照準、発砲は艦長が行う。

 

 進路このまま。主機及び補機出力120%、増速せよ。

 ヴンダー最大戦速。全艦交戦用意!」

 

「何故撃たないんですか!?」

 

 多摩少尉が驚愕したような声を上げた。

 

 互いに音速を超える速度で突進している以上、もはや互いが交錯するまで分の時間すら無い。

 44Aの武装はATフィールド中和突破に特化したコピーロンギヌスのみ。

 防御の多くをATフィールドに頼むヴンダーやエヴァにとっては、天敵と言っていい兵装。

 

 多摩少尉は訓練過程でそれを知っていればこそ、発砲しないことに恐怖を覚えたのだろう。

 敵が遠くにいるうちに、無害なうちに脅威を排除してしまいたいという、本能からくる衝動。

 敵を撃つことで安心したいのだ。

 新兵がよく陥る、トリガーハッピーという症状に、彼が陥りかけているのは明白だった。

 

 実際のところ、L結界内部で、充分な観測なしに遠距離砲戦を行っても、まず当たらない。

 L結界内部は磁場、重力を含めたあらゆる物理法則に異常が発生してしまっている。

 

 例えば重力異常が酷いところだと、第3新東京市戦役で撃破されたVTOLの残骸が、地面へ落下することも赦されず、いつまでも落ちないまま、まるで見えない糸に宙吊りにされたかのごとく、浮かんだままになっていたりする。

 

 実のところ、こうしてヴンダーが直進できるのも、常時各種センサーで磁場・時空間乱れを観測しつつ、常時重力子や斥力子等で微細な乱れの補正を事前入力し、重力子および斥力子、ATフィールドで随時干渉を入れ、L結界を切り破るようにして進路を確保しているからだ。

 

 この海域はL結界が比較的薄いのでまだいいけれど、L結界圧力が高い地域だと、マギプラスを噛ませても大変であり、無人ドローン等を先行させて進路状況を確認する必要すら生じることもあった。

 

 そして、その影響は、もちろんレールガンで発射する砲弾も受けてしまう。

 大遠距離砲戦、アウトレンジを図って、雑に弾丸を目標めがけて打ち込んでも、高確率でL結界の物理法則異常に囚えられ、まずまともに当たらない。

 故に、大遠距離砲戦を行う場合には、L結界を前提とした演算が必須となる。

 

 けれど、流石に今の多摩少尉にそれを理解してもらうのは難しいだろう。

 自分自身の胸の中の不安を取り除くため、ともかく敵めがけて一刻も早く砲弾を撃ちたいだけなのだから。

 

「艦長には艦長の考えが有る!」

 

 すかさず日向戦術長が多摩少尉を叱咤した。

 その思念には戦術長の艦長への信頼の感情が強く含まれていたが、多摩少尉はそれを感じ取れただろうか。現状、彼の思考パターンを見る限り、その余裕は無いように思われた。

 

 いずれにせよ最初はそんなもの。経験を重ねれば、否応なしに慣れていくはず。

 その『次』を作るのが、私とシンジの仕事となる。

 

 敵エヴァ44Aの群れが単縦陣を描きながら、ヴンダーめがけ突進してくるのが、もはや望遠なしでモニタから確認できる距離まで迫っていた。

 

「敵、単縦陣で接近、彼我の距離5000!

 突撃態勢に入ります!」

 

 敵単縦陣が、蛇のようにうねる。

 

 敵の攻撃パターンは、私にも読めていた。敵単縦陣の先頭の機体がまずヴンダーに突撃してくる。

 これが迎撃、ないしは回避された場合、後続の機体がヴンダーの行動に合わせ、より回避困難なコースをとって突撃する。

 それが、単縦陣を構成する敵の機数分だけ繰りかえされる。44Aの突撃のいずれか一つでも直撃すれば、ヴンダーは撃沈ないしは無力化されるだろう。何しろ贋作同然の数打ちとはいえ、相手はロンギヌスの槍を携えている。ATフィールド防御が通じない相手だけに、シンプルながら極めて厄介な手法と言えた。

 

 すかさず艦長の指令が下る。

 

「艦首下げ40、敵下方へ潜り込む。

 地球重力に乗せ増速、両翼へ電力電動、制動重力子射出用意」

 

『副長了解、艦首下げ40。

 伊吹整備長、レフトハンガー、いける!?』

 

 派手な戦術運動に入る以上、問題は作業中のレフトハンガーだ。

 

 下手な艦体運動を行えば、重力制御が追いつかず、発生した巨大な遠心力なり、加速にともなって発生したGにより、例えば数十メートル上の『天井』へ『転落死』する整備員がでるかもしれない。航空機事故でも、不慮の急降下で、シートベルトを締めていなかった乗客や乗員が、旅客機の天井に叩きつけられて大怪我を負う、なんてインシデントがあったりする。ヴンダーほどの巨船でそれをやらかせば、巻き込まれたクルーは死を免れないと言っていい。

 そんな私の不安に答えるように、伊吹整備長の気合の入った返答が、通信回線に響いた。

 

『弐号機およびフライトシステム、カタパルトに固定完了、射出準備よし!

 ハンガー要員退避完了まであと20秒、今走ってます!』

 

 5分と言いながら4分で終わらせたか。

 さすがの伊吹整備長と舌を巻きながら、レフトハンガーの全センサーおよびATフィールド分布を観測する。

 ハンガー要員の作業状況及び位置、行動状態を把握した。それぞれ、各自の所定位置から、全力で待機所へ退避のために走っている真っ最中のようだった。

 

『了解、要員位置はこっちで捕捉して、その間ATフィールドと重力制御でもたせる!

 退避したら対G防御、ベルト忘れたら、悪いけど命保証できないからね!』

 

『整備長了解、ともかく走る。……走れお前達、死にたいのか!』

 

 若いのが何人か、へたばりかけたのだろう、通信の最後に伊吹整備長の叱咤が飛んだ。

 ……間に合わないか!

 

『艦長、副長はレフトハンガーの重力制御に専念する!』

 

 返答をまたず、私の思考の9割以上がレフトハンガー内部の重力制御のために、レフトハンガー重力制御系へ取り付いた次の瞬間には、もう艦長の思念がヴンダーの推進系制御を完全に掌握していた。

 ユニゾン・ダブルエントリーのみが可能とする、刹那の連携行動ってやつ。 

 

「艦長了解、重力バラスト60、一息に敵飛行群単縦陣の腹に潜り込む!」

 

 彼我相対距離、2000。ヴンダーが重力の助けを得て、さらに増速する。

 こちらへ食い込もうと突進を続け、推定一秒後にはヴンダー艦体へ直撃していたであろう隊列の、更に下へ潜り込む。

 

 突進を外された敵機先鋒が、狙いを外しヴンダー後方へフライパスを強いられ、遠ざかる。

 敵中列以降はヴンダーへの突撃進路を取るため、軌道修正を目的とした上昇をかけ、後列は逆に増速し、ヴンダーめがけ、先鋒に次ぐ第二波として突撃体制に移りつつ有る。

 

『副長、レフトハンガー総員退避終了しました!』

『副長了解! アイハブコントロール!』

 

 退避確認ができたならこっちのもの、号令をまたず、けれど艦長の……ああもう面倒、シンジの思念通り、私がヴンダーの制御を取り戻した。敵先鋒から後方まで、敵の全機体がヴンダーの距離2000メートル以内に接近している。

 

 ヴンダーの表層に張り巡らされたATフィールドに、わずかながら敵機群ATフィールドの余波が干渉し、さざ波、のように私の脳裏に『彼女たち』の思念を伝えた。

 

──ああ、意思を全く感じられない、虚無そのものの笑い声が聞こえる。

 

 マギプラスに照会をかけるまでもない。いつもの生体制御ユニットの群れのお出ましだ。

 アヤナミシリーズ、44A管制特化型。自我なき殺人特化人形。

 その戦術行動パターンも、もとよりそのように条件づけされた、DNAレベルでデザインされた、脳内の反射行動が織りなす擬似的な群体行動にすぎない。

 

──この船を捜索するために、彼女たちは何年この紅い空を飛び続けたのか。

 

 飛ぶ意味も知らない哀れな小鳥の群れ。

 きっと無知ゆえに知らないのだ。

 小鳥が迂闊に巨鳥に近づくということが、どれだけ迂闊で危険であるかということを。

 

 シンジと二人編み上げた戦術行動を、私は詠唱のように号令する。

 

『重力バラスト右翼移動、右翼上面、斥力場展開しつつ艦体をロール、右舷補機推力下げ60!

 進路維持しつつコースターン!』

 

「艦長了解、両翼より重力子散布。ロールに合わせ空間歪曲」

 

『歪曲開始、飛び方も知らない哀れな小鳥ども、重力井戸に落ちろってーの!』

 

 44Aの群れがヴンダーを再び囲い込もうとした刹那、ヴンダーは右翼を下げるようにしてローリングした。

 2キロの巨体からは想像もつかない、飛ぶことに特化した猛禽のような軽やかさ。

 そしてそれが、碇シンジが仕掛けた罠へと迅速に連携する。

 

 両翼よりばらまかれた大量の重力子が、ロールに合わせヴンダーを囲むようにドーナツ状の重力場を形成し、発生した重力が、ヴンダーの周囲を取り囲む44Aを一気に引き寄せた。

 

 ヴンダーはその巨大な質量があるから、この程度の重力場なら、前進のモーメントを利用した慣性飛行だけで進路が充分に安定する。

 

 けれど、ヴンダーよりも遥かに質量の小さい、44Aはそうは行かない。

 全長2キロの巨鳥の羽ばたきの、恐るべき重力の生み出した風圧に飲まれ、44Aという小鳥の群れが飲み込まれた。c字状に変形していた隊列が崩れ、擾乱され、敵機の全てがコントロールを失い、錐揉み状態に陥っていく。

 

 そして、私の操るヴンダーは両舷補機の推力を偏向させ、左舷補機推力で、さながら車でドリフトをかけるように、突進しながら空中で艦首の前後を入れ替えた。

 私は再び重力子散布をヴンダー周囲に行う。

 艦体各部の運動エネルギーのモーメントを安定させる。

 混乱している敵機の群れを艦正面に捉えた。

 

『副長より艦長、艦体安定完了!』

 

「艦長了解。

 ATフィールド攻性展開開始。

 マギプラス、榴弾起爆時の破片散布パターン演算終了。

 主砲、各個に照準。一番より順次発砲する」

 

 すかさず、シンジの思念が主砲に走る。

 ヴンダーの左右船胴上面に備わるこの艦の牙、45口径20インチレールガン連装砲四基の砲塔が、それぞれに僅かな円運動を行って旋回、各砲塔に備わった砲身がそれぞれ僅かずつ仰角・俯角を変えながら、シンジの狙う空間をめがけ照準を行う。

 砲身が、固定された。

 

「撃ち方、始め」

 

 無慈悲な号令が飛ぶ。

 コンデンサに蓄えられた膨大な電力が、砲身内部のレールに流れる。

 生じた膨大な電磁力が、直径51センチ、重量2トンの弾丸を、むしろ緩やかに押し出した。

 

 それぞれの砲身より、偏差をつけられて飛び出した榴弾8発が、崩れたc字型の、未だ機位を立て直せずにいる44Aの群れの只中に均等な間隔を置いて飛び込み、そして同時に炸裂した。

 

 もちろん、通常兵器の、まして榴弾なんて、本来ATフィールドの有るエヴァンゲリオンに通じる道理など無い。けれど、あの小鳥たちは、あまりにもヴンダーに近づきすぎていた。

 

 つまりヴンダーのATフィールド展開範囲内にあり、あの小鳥たちが発揮できるATフィールドなど、私とシンジのATフィールドならば容易に中和、消滅させられる。

 

 エヴァとしてはおよそ出来の良くない、飛ぶこと以外まるで取り柄のない脆弱な機体とコアが、人類世界でも稀有な巨弾、重量実に2トンにもなる、高性能爆薬を満載した超重榴弾の爆風と破片を防げる道理がない。

 さらに、敵編隊はなまじ単縦陣間隔を狭めていた。まとめて吹き飛ばしてくれと言っているようなもの。

 

 ……艦長がエヴァンゲリオン44A第一波、100機以上を殲滅するのに要した斉射回数は4回、榴弾32発だった。

 

「敵、第一波の撃破を確認」

 

 落ち着いた声で艦長が、戦闘状況に一段落ついたことをブリッジ要員に告げる。

 日向戦術長や青葉戦術長補佐、リツコは呆れたような、安心したような複雑な表情をシンジ、もとい艦長に向けていた。

 つい艦長と私だけでヴンダーを動かしていたころのノリで振り回してしまったけれど、思考パターンを見てもらえたか、正直不安になっている。

 

 まあ、マギプラスに戦闘データは記録してあるので、何度でもこの戦闘の『追体験』は可能になっている。

 新人の皆には、後でゆっくりと補修してもらえばいいかしらね。

 

 で、その新人3人はと言えば……それぞれに放心していた。

 

 多摩ヒデキ少尉は、この世で最悪のジェットコースターで20時間振り回せれたらこうなるか、というくらい魂が抜けきった表情で視線が泳いでおり、長良スミレ中尉は、どこか不安そうな表情を浮かべていた。

 彼女は航海科だ。つまり、将来的に『このレベルの操艦を期待している』と告げられたに等しいわけで、それが顔に出ているのだと思う。

 私達のように、エヴァでシンクロ制御が当たり前の状態でヴンダーに乗り込んだわけでない以上、不安になるのは仕方ないわよね。

 

 そして、北上ミドリ少尉はと言えば……一瞬だけ艦長に戸惑ったような視線を向け、そしてまた俯いた。

 LCLガスを通じてシンクロしているだけに、彼女の内側に怒りが有るのが、わかる。

 僅かに、本当に小さく、彼女の内心のつぶやきが、伝わった。

 

 

 こんな凄いのに。こんな強いのに。

 どうして、こいつらは。

 

 

 過去にとらわれているのは、明白だった。

 私達への怒り。けれどヴンダーへと乗り込んだ矛盾。

 おそらく、この気持ちへの整理が動機なのかもしれないと、ふと思う。

 

 根拠はない。

 

 けれど、態度はともかく、彼女の才能と努力は本物だ。

 訓練時の成績の伸び方が、それを物語っている。

 生き残るために幼少の頃訓練を積み重ねてきた私には、それがわかる。

 

 私と、動機は違うのだろう。けれど、彼女には譲れないなにかがあり、だからこそ、厳しく苦しい訓練に耐え抜き、ヴンダー艦橋要員に選ばれるほどの成績を達成した。

 ただ、それは今彼女に問うても聞けないだろう。明らかに思念を絞って、聴こえないようにした思念だった。それに、問うているタイミングでもない。

 

 私は気持ちを切り替える。

 私は艦長脇のホログラム像を通じ、艦長に視線で促した。

 艦長が頷き、日向戦術長に問う。

 

「日向戦術長、北方及び東方の敵飛行群の相対距離の報告願います」

 

「現在、敵両飛行群はオアフ島封印柱地域を迂回しつつ、本艦に接近中。

 北方敵飛行群との距離、64000。現在、上昇軌道を取っています。

 東方敵飛行群、距離42000。高度変化なし。速度、変わらず」

 

 報告を機器、思わず私は眉をひそめた。

 事前に仕込まれた単純なロジックを元に、突進するしか能のない連中が、上昇。

 航空戦において高度を敵より高く取ることには色々と意味がある。

 問題は、その『意味』を考える権能を与えられていないはずの連中が、それを行使してきたという点にある。

 

『上昇してるの? 本当に?』

 

 私の問いに、日向戦術長が頷く。

 

「はい、たしかに上昇しています」

 

『臭うわね』

 

 私の言葉に、艦長が頷く。

 

「時間をかけないほうがいいね。従来と手筋が違う。

 レフトハンガー、弐号機発進用意。

 東方飛行群を弐号機で叩き、北方の敵はヴンダーで引き受ける。

 8号機をサポートにつけたいけど、相手の動きに妙なところがあるし、フライトシステムは現状一機しかない」

 

『弐号機了解。東方の飛行群は私が引き受ける。

 艦長たちは北をお願い』

 

「了解。

こちら艦長、勘だけど、時間がない。

 N2セイリングによる強襲を仕掛ける。

 現状、北方の敵の動きが読めない。よって、迅速にこれを捕捉撃滅し、敵の罠が閉じる前にカタをつける」

 

『弐号機、綾波、N2セイリング了解。

 フライトシステムのATフィールドを併用し加速、東方敵飛行群に強襲をかける』

 

 レイから了承の旨の通信が届いた。

 N2セイリングとは、N2爆雷起爆時の爆圧と爆風を、ATフィールドを帆として受け止めて加速するという加速方式だ。風を受けて進む帆船と同じ原理と言っていい。風をN2爆雷で起こすだけのこと。

 

 質量が軽いエヴァ弐号機はもちろん、ヴンダーも受けるメリットは大きい。

 後方の空間拡張にまわしていた出力を、前方の空間圧縮によって生じる重力偏向加速にまわすことができるので、文字通り爆発的な加速を行うことができるわけだ。

 

 威力で言えばかつての核兵器すら凌駕する代物をただ加速だけのために使うというのは、滅茶苦茶のように聞こえるかもしれないけれど、そうでもしないと生き残れない闘いが過去、何度もあった。

 

 現状のヴンダーは、覚醒アダムスという本来の主機を欠いている以上、正直、出力に欠けているところがある。その不利を補うためには、手段を選んでいられない。

 

 それに、ここはL結界内部海域。物理法則異常のるつぼ。

 N2爆雷の爆風の影響は、L結界に擾乱されたあげく、オアフ島方面へたどり着いた余波も、封印柱のアンチL結界に阻まれる程度のものでしかないため、まずオアフ島には及ばない。

 

 一度艦長に視線を合わせると、艦長が頷いた。

 私はマイクのスイッチを入れ、全艦放送で乗員全員に告げる。

 

『副長より全艦に通達。

 艦長指示により、本艦はN2セイリング航行を実施する。

 先手を打つわ。悪いけど、G補正が効かない分、きついから覚悟しといて。以上』

 

「L結界内部とは言え、迷いが無いのね、式波副長。

 大量破壊兵器を、ただ推進のためだけに使う。狂気の沙汰よ」

 

 艦橋ホログラムの私を、リツコが呆れたように見ている。

 使徒のATフィールドでも防ぎきれない代物の爆圧を、ただ推進のために使う。

 確かに狂気の沙汰かも知れない。

 

『そう思われてもしょうがないわよね。

 でも、臭いから。向こうの想定するより早く叩く必要がある……ただの勘よ。

 こういう勘、無視するとだいたいろくなことにならないの。艦長と私の経験』

 

「経験者は語る、ということね。

 マヤにぼやかれるわよ。本体はともかく、人工区画は再生が効かないもの」

 

『直せる程度に収まるよう、努力はするわよ』

 

 思わずぼやく。

 修理が効くならいい。相手の狙いが読みきれない以上、下策は打てない。

 失策で誰かが死ぬ、という事態は、正直を言えば避けたいという本音もあった。

 

「不可能と無茶を履き違えないでね、これは忠告よ」

 

『人生の先達の意見ね、重みが違うわ。

 でも、どっちかというと、私よりもシンジに言ったほうがいいやつよ、それ』

 

「あの子は決めたらまず聞かないわ。

 多分父親に似たのね」

 

『違いない』

 

 私とリツコは、二人で揃ってため息を付いた。

 リツコにはミサト。私にはシンジ。

 危うい判断を平然と下せる無茶を人間にしたらこうなる、の権化のような相方を持ってしまった人間同士の奇妙な共感が、お互いの間に漂った。

 などという変な空気に、戦闘中を感じさせない気楽な通信がとどいた。

 

『エヴァ8号機、真希波よりわんこくんと奥さーん。

 8号機出番まだかなー?』

 

『だーかーらー奥さんいうなっちゅーの! 未婚だから!

 艦長、どうする?』

 

 ひとまず艦長に判断を仰ぐ。

 

「8号機はハンガーで待機。

 勘だけど、北は危ない。予備戦力は残しておきたい。

 現状、ヴンダーは正直防空火力が足りない。

 武装選定はマリさんに一任する」

 

『いつもの無茶振りりょーかーい。

 重力管理、任せたよ奥さん♪』

 

『……他に呼び方無いのか。まあいいわ、管理はきっちりやるから交戦時は安心して、副長以上!』

 

 乱暴に通信を切る。

 相変わらず多摩少尉が騒いでいるがどうでもいい。

 初日の初日で急展開の結果質問マンになる新人っているわよねーみたいなツラになりながら、立ったまま(といってもあくまでホログラム像であり、私自身は主機エントリープラグ内に浸かりっぱなしだ)艦長に視線を投げる。

 

『艦長、N2セイリング、いつでも行ける。

 全乗員に、対ショック、対閃光防御お願い』

 

「艦長より総員に告ぐ。

 本艦及び弐号機はこれよりN2セイリングにより北方、及び東方敵勢力を個別撃破する。

 

 弐号機はカタパルト射出後、所定位置にてフライトシステムで待機。

 戦闘科は予定通りN2爆雷を左胴艦首マルチミサイルランチャーに装填。

 誘導、起爆は艦長が執り行う。

 全艦、対ショック、対閃光防御用意」

 

『弐号機、了解。伊吹整備長、カタパルト発艦許可を』

 

 弐号機パイロットが、いつもどおりの感情のない声で、整備長に発艦許可を求めた。

 

『伊吹了解。無茶はしないでね』

 

 伊吹整備長が、少しだけ昔の、優しく弱かったころの声音に戻る。

 綾波レイというパイロットの危うさを、まだ覚えているからこそ、そう思ってしまうんだろう。

 

『分かってる。パインサラダを作って待ってて。チキンブロスでもいい』

 

 しかし、いつもどおりの無表情な声で、しかしどこか余裕を感じさせる気配を発しながら、綾波レイは平然と答えた。

 

『……了解。射出します。

 本当に、無理しないでね。危ないと思ったら、退避して。

 艦長命令じゃなくて、私のお願い』

 

『……弐号機、了解』

 

 伊吹整備長の真摯な言葉に対し、どこか不服そうな声音で答えるレイ。

 

 ……多分ツッコミ待ちだったんだろう。真希波マリに妙なものを見せられたか読まされたに違いない。

 なんというか、真希波マリとヴンダーで暮らし始めてから、あの子は稀に妙な言動をするようになった。 いい影響と捉えるべきか、悪い影響と捉えるべきか。

 

 とりあえず真希波マリに匹敵する扱いが難しい人間になられたら困るなあと思いながら、艦外カメラに視界を切り替え、フライトシステムに立膝で座した青い弐号機に視線を投げる。

 

 高効率バッテリー及び給電系の改良により、アンビリカルケーブルなしでも15分以上の交戦継続が可能となった弐号機綾波レイ仕様であり、過去に比べ、より長時間の作戦行動継続が可能となっている。

 

 その上、フライトシステムには追加のバッテリーとコンデンサ、さらに44A由来の、出力こそ限られるもののほぼ永続に近い給電により、パレットガンどころかポジトロンライフルなどの電力消費が激しい兵装でも、長時間の戦闘に耐えうる状態となっている。

 

 願わくばフライトシステムを壊さず帰還してほしいと思ってしまう。

 伊吹整備長が『グッドニュース』と先輩たる赤木リツコを真似て胸を張る程度には、出来のいい代物だ。44Aを二機、つまりは粗悪とは言えエヴァ4機分をユニットに使っているだけに、ATフィールドを補助に用いれば速力もかなり出せる。今ひとつアテにできない防空用無人操演ドローンよりは、遥かに有用な防空戦力足りうるだろう。

 それでも、必要であれば壊すときは平然と壊してしまうのが、綾波レイという女なのだが。

 次いで、高雄機関長からも要望が飛んできた。

 

『機関長より副長、補機へのATフィールド防御だが、可能なら電磁波帯域の防御も頼む。

 前の──もう10年も昔か、あのときのセイリングでは、かなりの部品を電磁パルスに持っていかれたからな。本艦が宇宙での行動も想定して作られて居るのは知っているが、乗艦前に資料を読んだ限りでは、部品供給の関係で、高電磁波を食らうと本体はともかく、居住区画の多くの電子部品が死ぬ。正直、内装や艤装のシールドが完全じゃないからな。すまんが、頼む』

 

 交戦時間自体はさほど長くないとはいえ、表情に僅かに疲れが滲んで見えた。無理もないわね、と思う。

 ヴンダーのN2リアクターの戦闘運用自体彼にとっては本当に久々なのだし、さらに実戦という人間にとっての異常状態は、10分を100分にも200分にも感じさせる、超高ストレス環境なのだから。

 

 先程の戦闘では、私が次から次へと思考スピードで繰り出す補機コントロールの無茶振りに対して、返信の言葉を返す暇すらないほどに、高雄機関長はそれこそ必死で補機の面倒を見てくれていた。

 

 お陰で、事前に想定していたより補機のダメージが少ないし、全体の蓄熱状態も、思いの外に低温だった。

 つまり、そのぶんまだ派手に回すことができる。

 

 補機からの給電を失ってしまえば、ヴンダーは身動きがまともに取れなくなってしまう。

 言ってしまえば石のタヌキだ。

 浮かぶしか能がないドンガラに成り果ててしまう。

 

 エヴァはパイロットの意志に答える祭具として生まれた側面が有るため、電力が切れてもなおパイロット次第で再起動することがある。

 

 けれど、異相次元への扉たるガフの扉の管制・維持が目的に創られた、所詮はアダムスの器でしかないヴンダーでは、暴走だの再起動だのは多分決して望めない。

 

 つまり、無茶のしすぎによる補機損失というのは、現状では絶対にさけなければならないわけで。

 

『副長了解。

 精密機器がある箇所の被爆は極力防御するから安心して。

 戦場で本気が出せなきゃ意味ないから、そこは保証する』

 

『安心した。理解してもらえているようで助かる。

 それでこそ、命を預けるに足りると言うもんだ。機関長以上』

 

『お互い様よ。

 補機がまともに動かなきゃ、私たちもまともに動けないもの。副長以上』

 

 そして、そうしている間に、艦長と戦術科の話し合いも終わったようだった。

 N2爆雷が左胴艦首マルチミサイルランチャーへ装填されたことを示すサインが、マギプラス内部、ひいてはヴンダー艦橋の各端末のディスプレイに送られる。

 艦長は状況を確認した上で頷き、全てが所定状況にあると納得したようだった。

 

「N2爆雷投射」

「戦術長了解。N2爆雷、本艦後方に投射します」

「艦長了解。投射直後より誘導を開始する」

 

 左胴艦首マルチミサイルランチャーより、N2爆雷弾頭を搭載した大型ミサイルが射出される。

 ミサイルは発射後僅かに直進した後、左方向へ旋回、起爆地点へむかい飛翔を開始した。

 

「N2爆雷起爆カウントダウン、開始」

 

『綾波レイ。エヴァンゲリオン弐号機、フライトシステムで出る』

 

 艦長の号令開始と同時、ミサイル発射のタイミングを待っていた、レイの操る青いエヴァ弐号機がフライトシステム諸共、電磁カタパルトで射出される。

 

 射出と同時に、弐号機を乗せたフライトシステムが、さらなる加速を開始する。

 フライトシステムの加速性能は、マギプラス上に上げられたデータ以上のようだった。レイのシンクロ率の高まりが、素体である44Aの出力を跳ね上げているのかもしれない。

 エヴァンゲリオン弐号機は、またたく間にN2セイリング前の待機位置にたどり着いた。

 

 そして私も、N2セイリングに向け、素早く準備を始め、終わらせる。

 乗員が被るであろうG負担緩和および、Gに持ちこたえられないだろう艦内構造の脆弱箇所のため、各所の重力制御に偏差を加え、特に危ない箇所には、斥力場による干渉スプリング場を設置しておく。

 

 さらにN2爆雷の爆圧を受けて加速するため、ヴンダー後部にN2爆雷の爆風と爆圧を受け止めるための大規模なATフィールドを形成した。

 

 機関長への要望を入れ、ATフィールドの位相を若干修正。

 電子機器にダメージを与える可能性のある電磁波のたぐいもシャットアウトできるよう、フィールド密度を上昇させ、電磁波の浸透を食い止められるよう備える。

 

 このため、私の側では前方へのATフィールド展開が不可能になっている状況だけれど、そこは艦長が巧くやるだろう。

 艦を操るパイロットが二人いるために、様々な方向へ様々な形にATフィールドを展開できるのが、ダブルエントリー方式の強みなのだ。

 将来的にはさらに枚数を増やせる。ATフィールドは心の壁。乗員それぞれが相応のシンクロ能力を確保し、ヴンダー脊椎部への干渉が可能となれば、ATフィールドの展開枚数も、必然として増えることとなる。

 もちろん、それはクルーの教育が無事進めばの話で、当分は私と艦長でATフィールド周りは制御する他ない。容赦なく艦長のカウントダウンが進む。

 

「3,2,1。N2爆雷、起爆します。総員、対ショック、対閃光防御」

 

 起爆座標に到達したN2爆雷が、艦長のカウントダウンがゼロになると同時、予定通りに起爆した。

 

 恐るべき閃光。

 セカンド・インパクトにおける各国動乱に置いて二度と消えない傷跡を大地に無数に刻んだ、核兵器を凌駕する恐るべき爆発が発生した。

 

 ヴンダー後部と、零号機下部に展開された巨大なATフィールドが、それを受け止め、恐るべき速度で両者を目的の戦場へ突進させる。

 後にハワイ沖防空戦と呼ばれるこの闘いは、最終局面へと移行しつつあった。

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