あれから10年経ちました。 続・使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

6 / 15
第1話「ヴンダー、新たなる旅立ち」Eパート

 乗り物の歴史って考えたこと、あるかにゃ?

 

 ケモノのレベルの生物が無自覚かつ緊急避難的に、溺れそうなときに流木に捉まってたり葉っぱに乗っかってた頃はカウントしないとして、意図的に創り出した乗り物としては、一万二千年前に、丸太だのを蔓草だのなんだのを束ねたロープを使ってこさえた船モドキが最初になるのかもしれない。

 

 そういう、強い波を浴びたら容易に分解するかもしれないシロモノを浮かべて川や沖にでて、えっちらおっちら魚とりをしてたのね。実は遠くの島までいい石器になる黒曜石を求めに、海上貿易なんかもしてたり。

 度胸あるよね。ま、生きるためならなんだってしてたのさ。

 

 木はなんとなく浮かぶから、それを集めればもっと浮かぶ。

 原始的だけど、なるほど知性の顕れだ。

 

 枯れ草を集めて束ねて縄にするのも知恵、それで木で束ねるのも知恵。

 原始的ながら、知恵と知恵を組み合わせ、足し算して掛け算して、人は乗り物を作ってきた。

 

 で、ほかの生き物に『乗れるかも知れない』と思って挑みはじめて、ものにしたのが五千年前。

 四本脚の大きな哺乳動物を見て、背中に乗っかれるんじゃないかなんて考えて、ものにするまでに意外と時間がかかったわけさ。

 

 で、その問いに答えてくれたのが馬。つまりは騎馬民族の出現ってわけ。

 もちろん、騎乗に適さない馬が多い地域では、小柄な馬に車を牽かせて戦車に設える、なんてこともしたりした。車輪の発明の賜物ってこと。

 

 もちろん、最初は雑に木を組み合わせただけの筏も、どんどん設計が洗練されていったわけで、大木を掘り上げた丸木舟のカヌー、大きな方舟、ガレー船、帆船、人の歴史とともにどんどん乗り物は発展していった。

 

 鉄道、蒸気船、グライダー、飛行機、モーターボート、各種多様な動力を利用した各種船舶、自動車、電気鉄道、リニアモーターカー。

 

 人の歴史は乗り物の歴史。

 

 こうやってどんどん乗り物は発展していったわけさ、人の歴史とともに。

 で、私も勿論、いろんな乗り物に乗ってきた。

 

 馬を乗り物とみなすのは、実のところ個人的に気が引けるかなー。異種生物だからね、これは共生関係に近い。安定した食事のかわりに労働力を提供する関係性。人と馬の相補性。

 

 帆船は、まああんまり思い出したくないねー。

 まーとにかくご飯がまずい、腐りかけた塩っぽいクラッカー、腐った水、壊血病の船員の歯茎の腐臭、まあほんとろくな思い出がない、安定したインド航路ですらひどいもん。

 

 でも、カリブの海賊黄金期の、バミューダの海賊連中は案外いいもの食ってたそうだからねー、なんだっけ、サルマガンディ? ウミガメのスープ、とかいうと今じゃ別の意味になるらしいけど、当時カリブで取れた陸と海の幸とスパイスだの野菜だののごった煮さ。

 

 人種宗教関係なし、共通するのは国から背いた、あるいは国からはぐれた犯罪者集団ってとこ。却って民主的で、取引も平等で、取り分に関しても案外民主的だったとか?

 行きそびれたの、今でもちょっと後悔してるかにゃー。絶対面白かったもん。

 

 ま、取り逃した魚はいつだって大きいし、世界中面白いことはこの世界に沢山ありすぎるのに、私の身体は一つしか無い。まーったく不具合もいいところ、ただその分濃厚に体験はできたのかもしれないって納得はしてるし、勿論後悔なんて全然ない。

 

 やー、まあ鍵一つで全部見れたけどね? それって絶対つまんないじゃん。

 

 あれよあれ、百科事典みたいなもの。なんでも載ってるけど、そのものの味がなくなってるやつ。食べ物ってそれの味がして初めて美味しいやつじゃん? バーコードとその製品の名前書かれた値札食べて味がしますかって言われて、するわけないしね。

 

 なんで、鍵はご免こうむって、バックれ一人旅。

 出会いと別れがたくさんあって、喜怒哀楽も一通り、他人以上に味わった。

 でもいい人生で、後悔はない。  

 

 で、今私はこの世界の乗り物における最新の乗り物に乗っている。

 最新って言えば最新だけど、原理自体は最古のもの。

 

 最古のテックでは扱いきれなかったシロモノを、現代のテックで無理やり挙動させ制御しようとしてるあがき。ま、タイムオーバーが近いからかな。こういう無茶なシロモノを使いもするよね。

 

 今のテックで作ったシロモノがどんなものか、北極でためしたけれど、案外面白い乗り心地でねー、身体で使ってる気がするのは、昔のに比べてだいぶいいかにゃ。

 

 ただまあその時のは創りがわるくて、だいぶヒトの形からはなれてるもんだから、動きが悪いし色々重いし、シンクロしてるもんだからダメージ食らうたびバカみたいに痛いし。

 

 たーだ、そういう苦痛とかは、エンジンのっけたスピードボートなんかも変わんないしねー。

 乗り物の定め。

 100キロ越えた波しぶき食らっても死ぬ時は人間死ぬし、ま、リスクは大差なくて、面白さもかわんない。飛行機と違ってへんなめまい、ヴァーティゴっていうやつ? 起こさないのもいいし、乗り心地は大変良くなってる。 

 

 でも、それが齎すものがろくでもないことも知ってるわけで、こうして儚いレジスタンスを、私は仲間と試みてるわけだ。

 

 過去から現在、未来、あるいはその終わりに至るまでを観測する、人間、その一人、そう、あくまで一個人。私は私をそう定義した。

 

 頑張るときは、勿論頑張る。

 ただ、100%越えると、人間壊れちゃうからねー。越えなきゃならないときは越えるけど、きっとそれは今じゃない。

 

 だから、まあ、無理をしても8割ぐらい?

 そんなペースで頑張ってる。

 ソレぐらいで丁度いい。

 

 いつまで続くかわからない戦いだし、ソッコーで燃え尽きても意味がない。

 この世界を、私は叶うなら最後まで吟味したい。というか、吟味しきれなきゃ意味がないよねー。

 

 人間はやり通す力があるかないかによってのみ、. 称賛、又は非難に値するってね。

 私の昔の親友の口癖。

 

 さて、それじゃあいい加減名乗ろうか。

 

 名前なんて何度も都合で替えてきたし、髪の色から瞳の色、肌の色まで都合で変えてきた。なんなら骨のつくりもにゃ。

 

 昔から今に至るまでに、顕れては消えた技術って案外あって、それでずーっとごまかしてきたってわけ。

 だから、名前なんて何度も変えたから、実のところ、私という存在にとって、それはそこまで大きなファクトじゃない。

 

 いや、ちょっとだけこだわりがあって、なるべく胸の大きいいい女を、時代時代に合わせて演ってたかな。

 っても時代の変化は本当に早いからねー。美人の基準だって10年もすればだいぶかわっちゃう。

 歌の流行りに追いつくのも大変、ヒットチャートを追ってるつもりなのに、昭和臭いなんてよく言われるわけ。

 

 なので、色々諸事情混み。

 名乗るのはあくまで今の名前でゴメン。

 

 真希波・マリ・イラストリアス。

 

 エヴァンゲリオン8号機パイロット、人類補完計画と称する、世界おかたづけ計画に必死こいて抗い背く、人類世界保障連合ヴィレに色々あって所属中。

 

 階級は大尉。乗ってる船はよりにもよって因果も因果。

 私にとってはある意味、世界の終わりにしてはじまりの船ときた。

 

 今の名前はヴンダーというらしいけれど、そもそも名無しの、大いに慌てて寄せ集めでこさえた船を、今の技術で無理やり再生したしろもの。ツギハギもツギハギの、それこそイカダもどきの魔改造なフネだ。

 

 運命を渦に例えるのなら、私はちょうど一回転して、すこしだけ渦の中心に近づいた結果、またこの船に乗っているのかも知れない。渦の流れに乗れば擬似的な円運動、時を経て、過去に起きたことがらと座標の近い、似た運命にたどり着くことも案外ある。

 

 けれど乗っているのは家族じゃなくて、身も知らない500人の乗組員、命の書に名を連ねた艦長と、存在を暗示された副長とその仲間たち。

 

 このイカダは明確に渦に飲み込まれつつある。世界そのものが、というべきかもしれない。

 けれど、飲み込まれないかも知れない。それは、たぶん、ごく低い確率だけれどね。

 その低い確率のほうが好ましいから、私はこっちにコインを積んだ。

 

 因果のルーレットは赤に転ぶか黒に転ぶか、回りだしてもう止まらない。

 

 皆が命を賭けているように、私も命を賭けている。

 けれど、相手だって命を賭けている。その願いの必死さにかけては、きっとこちらに劣らない。

 

 それが、ごく私的でつまらない願いだとしても、純度で言えば劣らない。

 むしろ長さで言えば彼らが上だろうし、彼らには彼らの悲願があり、叶えたいものもあり、届かないからこその諦めや妥協さえあるかもしれない。

 

 それでも、ヒトは、きっと美しい道を選ぶ。

 

 妥協と諦観ではなく、それでも空に海に大地に美しさを見て、その美しさに手を伸ばし、余人には見えない道を見出し、本来ならばありえなかった生存を成し遂げてきたのも、ヒトという種族の一側面なのだから。

 

 私は。

 とても沢山、醜いものを見た。

 

 沢山の疫病、沢山の差別、沢山の戦争、沢山の屍。

 

 人の歴史は醜さと死に満ちている。

 だからといって、軽蔑して捨てるには、ときに出力される美しさと強さと意思は、私を惹きつけずにはおかない。

 

 昔、また別の友達に警告されたことがある。

 鶏肋、だったかなぁ。その部位は確かに美味しいけれど、肉が少なくて骨ばかりで、滋養にならない。

 だから、捨てるなりスープに仕立てたほうがいい、みたいなね。

 

 けれど、そういう、骨の多い、つまらなくて醜いものだと割り切りたくても、なかなかわりきれないんだよね、これが。

 つまり、私、真希波・マリ・イラストリアスはそういう女だ。

 いくつものヒトの醜さをみて、けれどその美しさに惹かれずに居られない、ただのつまらない女ってわけ。

 

=====================================

 

 EVANGELION ∧ i : AAA Wunder S 3.33 『YOU CAN (NOT) TRIP.』Prototype

 

 EPISODE:1 The Blazer

 

 Epart

 

=====================================

 

 しっかし、44A如きを相手にエヴァだけじゃなくてVTOLを出すとは、わんこくん結構危機感あるのかにゃ?

 

 ライトハンガー後方、カタパルト駐機中のエヴァンゲリオン8号機前方で出撃準備を整えつつある近接航空支援用垂直離着陸対地攻撃機『YAGR-3B』20機へ向けて、エントリープラグ内部のモニタ越しに、真希波・マリ・イラストリアスは興味深く視線を投げた。

 

 ある程度重力・斥力制御により、ライトハンガー内部では、先程のGセイリングの暴力的加速によって発生した先程のGを除けば、戦術機動等によって生じる遠心力の類は今の所発生していない。

 

 モーメント的な意味合いで言えば、静謐と言って良い状況である。

 

 しかし、総員戦闘配置という状況である。

 

 艦体機動に伴う遠心力やGによる壁面衝突のリスクを避けるために、YAGR-3Bへの燃料充填、および兵装ポートへの兵装装備は、VTOL用カタパルトに積載された自動整備システムによって行われていた。

 

 YAGR-3BのエンジンはAL-51F1ターボファンエンジンをヴィレがリバースエンジニアリングしてデッドコピーし量産した代物であり、原型のエンジンはアフターバーナー使用時2万1千kgを発揮可能な、控えめに言って怪物と言ってもいい、セカンドインパクトに伴う技術統合の結果生まれた怪物のような代物である。

 

 これを左右稼働ティルトエンジンユニットに各1基、胴体中央リフトジェット用に1基、合計三基を搭載していた。

 胴体中央のノズルは左右に分岐し、それぞれが胴体下部に備え付けられた可動式推力偏向ノズルに繋がっている。

 

 左右のティルトエンジンユニット及び胴体推力偏向ノズル2つの、言わば4本のジェットの足で、高速で空を飛ぶにはおよそ向かない角張った異形の機体を空中で保持できるよう創られているのがこの機体である。

 

 これらエンジンの動力源となるジェット燃料は、フィッシャー・トロプシュ法により一酸化炭素と水素を化合させて得られた炭化水素より生産されたものである。

 

 L結界汚染により著しく減産した石油産出量状況でも、この重VTOL攻撃機を稼働できる程度の備蓄量がヴンダーの航空機用燃料タンク内に確保されており、今まさに出撃に備え、自動接続された燃料注入器によって、燃料タンク内に急速に燃料が充填されていた。

 

 また、兵装ポートには、ハイドラ70系ロケット弾に対応した大型ロケットポッドが両翼に合計2基、小型ロケットポッドが2基搭載されている。

 

 そこで真希波・マリ・イラストリアスは考える。

 

 わんこくんとその奥さんの狙いとしては、44AがヴンダーのATフィールドに食いついて、フィールドを中和中の無防備なところを、横合いから殴りつけて撃破するのが目的。

 

 ──それだといつもどおりなんだけど、ちょっとばかり布陣が違うにゃー。相手のね。

  無理をする必要はない。私だけで本来充分駆逐できる相手ではある。

  なのに、わざわざVTOLを出す、と。

 

「なら、狙いは別口、と見てるのかにゃー?」

 

 彼女の呟きに答えるかのように、アクティブ・パッシブ多元探査用ポッドが数機のYAGR-3Bの兵装マウントに搭載されるのが見えた。

 

 

「『目』を増やしたいかー、ただでさえ広い視界を更に広げるの、頭に負荷がかかってしょうがないっぽいのに、いつもながらわんこくん、用心深いことで。

 でも、相手が妙な動きをしてるあたり、やり口が冬月先生の指し手っぽいし、用心深くなるのもしょうがないか~」

 

『そういうこと』

 

 唐突な音声がエントリープラグ内部に響いた。

 聞き慣れた副長の声音に、真希波マリは猫めいて口角を上げ笑みを浮かべる。

 

「おー。奥さんもご出陣?」

 

『だから奥さんゆーなっつに。

 ──シキナミシリーズのパターンが確認されてる。この10年、一切再生産されてなかった型を今更生産して繰り出してくるあたり、多分糸がある。

 けれど、正直手筋が読めない。

 私も大尉の実力は買ってるけど、普段と違って自分から死にに来るみたいな雑な仕掛け方は多分してこない。

 その場合、多分8号機単騎だと防空面での手数と、純粋に砲門の数が足りないのよね。

 

 そういうわけで私が出張るわけ。

 あ、それといきなり実戦だけど、長良スミレ中尉が今回VTOLの操演担当として入るから。

 って言っても最初は見学だけどね。大尉も余裕があるなら、なるべく面倒見てあげて』

 

「初日から?」

 

 この夫婦は、と真希波マリは思う。

 

 本来、無人運用が前提であったものに、耐圧プレハブの有人構造物を組み立て、有人制御を可能とした、強引な改造の産物であるこの船を、それこそぶっつけ本番で運用しはじめて以来、使徒憑きで身体が頑丈になったのをいいことに、無理と無茶を艦体限界まで強いてきた二人だ。

 

 旧ネルフスタッフ、つまりは自分たちではない他人を艦橋に招き入れたころからそうで、まだヴンダーに乗り慣れていない人間にまで、自分たちがしてきた無理と無茶を強いる傾向がある。

 

 弐号機および八号機のヴンダーによる運用、旧ネルフ司令部スタッフの搭乗が決まったときからそんな調子で、あれで二人とも手加減しているつもりのようだった。

 

 しかし、実際のところを言えば、常人よりもよほど身体が頑丈なエヴァパイロットでさえ、根を上げかねない作戦行動ばかりなのにゃー、と真希波マリは思う。

 

 そしてそれは今もなお、か。これ主計の間宮っち、更に胃がいたくなるんじゃないかな。

 ま、主計のお仕事はそれだからしょうがない。

 前線の後方への無茶なお願いと、後方からは正気とは思えない要求、つまりはお互いの常識の致命的相違をすり合わせてなんとかする仕事だしねー。

.

 真希波マリは、長良スミレ中尉のコンソールへ通信回線を繋いだ。

 

「長良、んーと、長良っち中尉だっけ? 真希波マリ大尉、エヴァンゲリオン8号機パイロット! 改めてよろしく~♪」

 

『いや言葉を選びなさいよ大尉……階級が下とは言え長良っちって。あんたさっき初対面よね?』

 

『長良スミレ中尉です、副長の操演補助を担当いたします。宜しくお願いいたします』

 

 副長の呆れたため息交じりの言葉に、長良少尉の返信が続く。

 

「気をつけてねー長良っち、艦長わんこくんと副長奥さん、人使いホンット荒いから」

 

 わざとヒソヒソ声で長良中尉に聞こえるよう、真希波マリはほくそ笑みながらつぶやく。

 すると、言葉こそないもの、通信の向こう側から長良中尉の緊張するような、息を呑む音が聴こえた。直後、副長が強く咳払いする。

 

『入ったばかりの子に、人聞き悪いこと言わない!』

 

「いや人聞きもなにも事実じゃ……」

 

『だから緊張してる子にさらに緊張煽るようなことをゆーなと! とーもーかーく! こっちは飛行隊だせるけど、8号機はスタンバイOK?』

 

「アイアイ、FCSなら調整すんでるよー。っていうかいつもの40ミリじゃないんだ。30ミリだとちょーっち弾が小さいかにゃー、サイクルレートで補う感じ?」

 

 エヴァ8号機が二丁拳銃よろしく両手に下げた、30ミリGAU-8アヴェンジャー改ハンドマシンガンを、真希波マリはモニタ越しに見る。

 

 鉄板を四角くプレスしたような角張った外見の鼻面から、多銃身砲の砲口が除き、そこから後部に四角く破片防護用の装甲が伸びている。

 

 銃身の後端の開孔部から給弾ベルトが伸び、8号機腰椎の兵装マウントに取り付けた上下二箱の大型弾倉に繋がっていた。上の弾倉が右手の、下の弾倉が左手のマシンガンへ30ミリ劣化ウラン焼夷徹甲弾を給弾する方式となっていた。

 

『そら、新式弾薬つかったレイのボフォース40ミリよりかは弾頭の初速遅いし、それにこちとら貧乏所帯、あんまり無駄弾ばらまかれても困るのよね。

 

 サイクルレートは整備班に依頼して分間1800まで落としてあるけど、それでも秒間30発でるし、大尉好みに派手にばらまけるやつ。

 ジャケット内部工夫して、冷却は工夫してあるけど、そんでも2秒以上連射しないよーに』

 

「えー。みじかいー」

 

『艦載装備ならいざ知らず、エヴァも部類で言えば艦載機、機銃の類をバカみたいに連射してたらあっちゅーまに弾がつきるっつーの! しかもあんた熱管理も砲身交換も考えずに好みで景気よくぶっぱなすから、こないだとうとう砲身が膅中爆発起こしておしゃかになったじゃないの。

 

 またぞろ砲身壊したら、さすがの仏の間宮さんでも流石に鬼モードよ多分。少なくとも泣くわね。後方の兵站担当の連中が無駄遣い無駄遣いいって煩いのを、いつもネゴってくれてるの間宮さんなんだし、あんま無理させないだげて。いやほんとマジで』

 

 マリの不平そうな声に、副長の頭痛が痛そうな呆れ声兼宥め声が答える。

 

「でもわんこくんと奥さん、私たちには超無茶振るじゃん」

 

『振らなきゃ負けるし負けたら死ぬからしょうがないでしょ!ったく……』

 

 などと真希波マリが言う間に、YAGR-3Bへの全ての兵装の装備、燃料補給が終了した。

 

 各機体左側で各種メンテナンスアームと、それに接続されていた燃料・オイル交換用チューブが一斉に自動整備システム機器内部に格納されるのと同時、それらの機器がライトハンガー内部甲板下に、沈むように一斉に格納される。

 

『VTOL隊、出撃準備完了、長良中尉、準備いい?』

 

「え、はい、長良、操演準備問題ありません」

 

 無駄話は終わり、と言わんばかりの副長の言葉に、長良中尉の了解の声が続いた。

 

『OK、VTOL隊及びエヴァ8号機、発進準備完了。

 艦長、発艦許可求む』

 

『艦長了解。

 VTOL隊及びエヴァ8号機は出撃後、ヴンダーATフィールド圏内で待機。

 守りに回るのは気に入らないけれど、相手の情報が足りない以上、拙速はかえって危険だよ。敵の動きを見つつ、攻撃態勢を見せた敵へ、フィールド中和能力を保有する8号機が先制、VTOL隊はその支援。

 

 防空戦用に、機動補助の重力・斥力場を随時放出する。マリさん好みとはいい難い、地に足もつかなければ安全帯もない空間戦闘になるけれど、そこは我慢して』

 

『副長了解』

 

『長良少尉、了解しました』

 

「8号機了解~、ほんとは吊り操演、他人任せの重力制御でのんびりやりたいにゃ~」

 

 そんなマリの言葉に、艦長の冷静な否決の言葉が答える。

 

『……残念ですが、その要請への返答はネガティブ(否)ですよマリさん。

 本艦には十全と呼べる数の対空装備がありません。8号機にはいつもどおりの機動対空戦をお願いします。

 VTOL隊およびエヴァンゲリオン8号機、発進準備。交戦開始後の航空戦力の指揮は、副長に一任する』

 

『副長了解。

 VTOL隊は発艦後、ヴンダー上方10機、下方10機、180度に展開。

 

 展開後、多元探査用ポッドを起動する。戦術科各オペレーターおよび操演補助担当の長良中尉、妙な変化があったら随時報告!』

 

 いつもどおりの冷静な声に、溌剌と副長が応答を返し、続いて慣れた調子で各部署に通達を下していく。

 

『長良中尉、了解しました』

 

『戦術科日向、了解。

 戦術科各員、本艦の性質上、重力波を含め、各種センサーの検知するデータは、戦闘行動に伴って展開される重力・斥力場により影響を受ける。

 

 マギプラスがデータ補正を入れるが、最終的には各々の知識と経験、勘が頼みだ。

 波形パターンの揺らぎに異常が出たならば一つも見逃すな!』

 

 

 副長の指示への応答に、サブモニタ内の艦長が頷いた。

 

『全機、発進!』

 

 号令が、下る。それに、まず副長が答えた。

 

『YAGR-3B全機発進! 長良中尉はモニタのデータを目で追いながら、ともかく私の思考に集中!』

 

 かつての飛行機乗りとしての精神が騒ぐのか、いつも以上に気合の入った叫びが通信ラインに響き、次々に前方のVTOLが次々にカタパルトで牽引射出されていく。

 

 長良中尉へ思念を走らせるのも忘れてないね。随分暖かくて、柔らかい。昔はあんなに刺々しかったのに。

 旧司令部メンバーが居着いてから随分かかったけど、副長奥さんも人に指示出しするのにすっかり慣れちゃったなー、などと真希波マリは僅かに微笑む。

 

 10年前は、判断が遅い他人に合わせることなんて考えないタイプだったのにね?

 正しく言えば、他人を決して受け入れない、って方が正しいのかな。

 それが、ヒトを、他人を使う。

 その人の心情と心境を、不器用ながらも想像しながらだ。

 

 式波・アスカ・ラングレー中佐。

 10年前だったら、そんなことなんて絶対できなかったはずなのに。

 いつだってヒトは思いの外に成長を遂げる。

 時と経験が思いも寄らない方向に人間を変える。

 良い方にも、悪い方にも。

 

 ただ、悪い方に転んでも、それを元に改善を行うこともできるのがヒトだ。

 思いの外に頑固だけれど、けれど案外柔軟でもある。

 

 だから、見ていて飽きない。いつの時代も、誰を見ていても。

 人という命の強さってやつは、いつだって想定外の方向に転ぶものだし。 

 

 Mai si è troppo giovani o troppo vecchi per la conoscenza della felicità.

 今の君たちは幸せなのかな? わんこくん達。 

 

 真希波マリもエヴァ8号機に膝を曲げ、腰をやや落とした射出時の対G姿勢を取らせつつ、発艦に備えた。

 

 にしても左右のハンガー、推進系のないエヴァ専用に、わざわざ電磁カタパルトを設えたあたり、伊吹整備長の趣味なのか、艦長と副長独特の無茶苦茶な艦載機運用から生じた必然なのか。

 

 ま、両方なんだろうけどねー。

 

 それにこないだのヴンダー改装のとき、イズモ派閥がヤマト派閥に負けて、ヴンダーの生命種保管機能を下ろした分、いろいろ戦闘方面機能を拡張できるようになったのも大きいんだろうかにゃ。

 

 などと彼女が物思いに耽る間にも、右サブモニタに、デジタル音とともに、電磁カタパルトが発艦可能状態となったことを示すアイコンがあらわれた。

 

 つまりはVTOL隊が迅速に防空エリアへの移動を開始し、発進進路がクリアとなったわけだ。

 さすが副長、手際がいいねー。さて、こちらも行きますか!

 

「真希波マリ、エヴァンゲリオン8号機、発進!」

 

 左右の操縦桿を、僅かに前に押し、電磁カタパルトのロックを解除、進路上のリニアレールに通電する。

 ATフィールド保護がかかっているとは言え、それでもGによる負荷を真希波マリの全身が感じる。

 

 うん、この安定した加速感、やっぱり悪くない!

 

 バスや大型トラック、輸送機や爆撃機みたいに、身体で感じられない乗り物って、やっぱ、いまいちつまらない!

 

 そのあたり、この時代のエヴァははっきり言って一等級!

 なにしろ機体が身体そのものになる!

 身体そのものになるぶん、機体ダメージも痛みとして感じてしまうけれど、その痛みすら気持ちよく思えるほどに、シンクロを深めれば深めるほど、鋭く反応してくれる!

 まさに人機一体、ヒトが未知を手探りした果てにたどり着いた極地!

 

 ただ、ここから先が艦長は人使いが荒い!

 それこそ死ぬほど大変なんだけど、にゃ!

 

 視界の上下左右を覆っていたライトハンガー隔壁が、後方に流れ去る景色は一瞬で過ぎる。

 

 桃色と呼ぶには、まばゆいほどの鮮やかさのピンクでその全身を彩った、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン8号機は、暗い格納庫から躍り出て、今や赤いL結界が満ち変容した、しかし変わらず太陽が差す大気、大空の只中に踊りだしていた。

 

=====================================

 

 艦橋の操舵手席に座する長良スミレ中尉が副長の命令を聞いたとき、狼狽がなかったと言えば嘘になる。

 

 無論、彼女自身、YAGR-3B自体の実機訓練は受けていたし、訓練での飛行時間も300時間を越えていた。

 

 無人機化されたタイプについての遠隔操作についても、一通り訓練は受けており、機体の挙動自体は完全にものにした、と彼女自身は思っていた。

 

 しかし、その機体を、ヴンダーの艦体が生成する重力子や斥力子を利用しての重力操演制御で運用するとなると、まるで話が変わってくる。

 

 それも、マギシステムを併用した機械による自動制御のみではなく、オペレーターの手動・音声入力と思考入力を併用した、複合的でなおかつ複雑なオペレーティングによってである。

 

 長良スミレ中尉の思考シンクロ自体の経験は、実際のところ、シンクロ適合テストに軽い練習を行った程度で、それこそ素人に毛が生えたレベルしかない、というのが現状である。

 

 大型の艦艇を吊り上げ振り回すだけのシンプルな操演ならいざしらず、軽量で可動箇所が極めて多く、操作系が複雑極まりないYAGR-3B攻撃機、その複数機の同時制御の自信など、欠片も持てないというのが彼女の偽りのない本音だった。

 

 眼前の3Dモニタに目を落とす。

 

 すでに副長の操演でカタパルト発艦を終えたYAGR-3B20機は、カタパルト発艦を終えた直後、ヴンダーを包み込むように一斉にヴンダーの上下へ散開していた。

 

 ヴンダー上部に10機。それぞれのティルトエンジンユニットが、ガスジェットを全力で斜め下方に噴射しながら、自動車がバックするかのように、けれど機体が本来発揮しうる速度を越えた迅速さで、さながらヴンダーの巨大な冠、あるいは後光のようにヴンダー推進軸にたいして水平、艦橋を中心に等間隔をとって円陣を敷いていた。

 

 息を呑むほど有機的で、調律と統制の取れた動き。

 それぞれバラバラに動いているはずなのに、その鮮やかな運動は、まるで一個の生き物であるかのようにすら思われてならないほどに統率が効いていた。

 

 そもそも、各機の動きが、長良中尉の常識を完全に逸脱してしまっている。

 

 長良中尉の知っているYAGR-3Bは、もっと鈍重である。

 

 重く空力性能もいいとは言えない機体を、両翼ティルトエンジンユニットニ基と、胴体中央の推力偏向ノズル二基から発生するジェットの四足で無理やり地上を這うような機体だ。

 

 水平飛行もできなくはないが、出せて時速700から800キロがせいぜい。

 

 もともとが地上攻撃用にへばりつきながら戦車や歩兵を掃討するために設計された攻撃機であるのだから、さほど速力は求められない。空対空任務などもとより想定外の機体と言ってすらいい。

 

 それが、先程まで音速を遥か越えて飛行していたヴンダーから飛び出し、如何にヴンダー自体が重力場として働いているとはいえ、700キロ超えの速度で、しかもそれぞれが熟達したパイロットが乗り込んででもいるかのような編隊飛行でもって既定の迎撃位置に展開したのだ。

 

 無論、ジェットエンジンの推力のみで機動を行ったわけではない。

 ヴンダー自体が発生させる重力場のみならず、ATフィールド内部に放出された、局所的な小規模重力・斥力場を併用した運動であることは、長良中尉にも理解できている。

 

 しかし理解できているだけだ。3Dモニタ内部、ヴンダー上下各所にプロットされた赤の重力場反応と緑の斥力場反応は、まるで大気内部でブラウン運動によって蠢く微粒子のように場所を変え、それらは時に消失し、時に出現しながら、目まぐるしく位置を変えていく。

 

 さながら夜空の星ぼしが、好き勝手に運動と明滅を3次元的にはじめたような景色。

 

 つまりはヴンダーを包む巨大なATフィールド内部で、それだけの数の重力・斥力場変動が断続的に発生していることになる。

 

 ヴンダー自体も重力・斥力推進をかけているため、ATフィールド内部の大気を構成する分子は、それら重力に引き込まれ、あるいは斥力に弾かれ、さらには最低出力とは言えエンジンから吐き出されるジェットで、ヴンダー近傍の気流の状態は、もはや最悪のタービュランスも同然の状態だった。

 

 であるのに、一種の輪形陣を敷いたヴンダー上部に展開したYAGR-3B飛行隊は、重力・斥力場偏向制御と、ジェットエンジンのアシストで、またたく間に整然たる隊列を組みあげたのだ。

 

 無論、マギシステムに組み込んだ自動制御による補助はかけているだろうけれど、これが人間業であるというのがそもそも信じられない。

 

 まして、これから迎撃体制に入る以上、ヴンダーは戦術機動を開始するはずだ。

 

 当然その機動に合わせ、上面だけで10機、さらに上面同様、整然と展開を終えている、もう10機の下方に展開した編隊をも統御しなければならない。

 

 マギプラスの補助を受けてなお、それが人類一人に可能な行動とは、長良中尉には思えなかった。

 まして、今の式波副長はマギを一基欠いた状態であるという。その状況での航空管制が、この精度なのだ。

 

 自分にこれが、つとまるのか。

 黒く、強いわだかまりが長良中尉の胸の中を覆う。

 

 その影に答えるように、コンソール右上方に通信シグナルが点灯した。

 副長からの通信回線のコールだ。

 一瞬迷い、しかし長良中尉は通信回線を開いた。

 

『副長より長良中尉、VTOL全機所定位置に到達。

 とりあえず、いきなりここまでの精度は求めてないから、先ずは要領を掴んで。

 さっきも言ったけれど、私と貴女のシンクロレベル、閾値を5%まで上昇させる。

 

 今まで以上に頭の中に言葉というか、他人が入ってくる感覚に悩むかも知れないけれど、慣れてしまえばハグされてるようなものだから、悪いけど慣れて。

 副長より医務室、鈴原少尉。聞こえる?』

 

 副長が、医務室に回線をつないだ。

 

『長良中尉のモニタリングよろしく。思いの外、シンクロに対してみんな反応がいい。

 そうね、良すぎるのよ。低減させてこれなら、脳波の特変もあり得る。お願い』

 

『鈴原少尉、了解です』

 

 生真面目な表情を顔に作った鈴原サクラ少尉の顔が、一瞬サイドモニタに移り、消えた。

 

 いよいよ、か。

 知らず、首筋に汗がにじむのを感じる。恐怖か、緊張か、長良中尉には原因が判別できなかった。

 

 コンソール右上の点灯が、赤色に切り替わる。

 副長の声が、長良中尉に呼びかけてきた。

 

『行くわよ。シンクロレベル、上昇。VTOL全機、戦術行動開始、これより接近中の敵機迎撃に移る!』

 

『長良中尉、了解しま──』

 

 いいかけた言葉が、途切れた。

 なにか、奔流のようなものが、脳の中を走り抜けていく。

 

 強い。

 

 それが言葉であり、数字であり、空間情報を示すパラメータであり、エンジンおよびフライ・バイ・ワイヤシステムを含めた制御式が機械的に継続する状況対応への数値入力と演算の乱流であると、長良中尉は認識した。

 

 およそヒトの思考ではありえないソレを、視覚で捉えればよいのか、脳裏で捉えれば良いのか、耳で捉えれば良いのかわからず、一瞬、恐怖と混乱に陥りかける。

 

(落ち着きなさい)

 

 不意に、気配を感じた。

 匂い? 子供の。

 違う。気配だ。副長の言葉。ヒトの思念。それが、脳の奥を奔る。

 次の瞬間、ヒトからかけ離れた数字と文字の乱舞は脳裏からかき消えた。

 

(繋いだとき、私とマギプラスのシンクロ情報が見えたのね。

 いきなり頭にアレ流れたらそれは怖いか、

 注意不足だった。私の疑似人格有機コンピュータっても、基本はマシン。他人からみるとどうしてもね。次からは注意するわ。

 

 それはともかく、戦闘行動開始するわよ。各モニタのデータ諸元を肉眼で確認しつつ、脳内に流れる情報を同調させて。肉体の肉眼で確認した数字と、脳内に流れてくる感覚情報のすり合わせに慣れてくれば、自然とオペレーティング速度は向上してくる。じゃ、行くわよ)

 

『副長より北上少尉、敵編隊位置報告!』

 

 副長の通信音声が、長良中尉の肉体の耳朶を叩いた。

 長良中尉からも見て取れるほどに艦長と副長に憎悪を向けていた北上少尉は、とつぜんその副長から声をかけられるとは思っていなかったのか、少し驚きながら曖昧な報告を始めた。

 

「は、はい、上にいっぱい、下はすくなめでー」

 

『数字!』

 

「りょ、了解!

 概算数、L結界濃度変動により不明なるも、上に7割、下に3割、さっきと違って散開しています!

 

 敵集団散開状況、各種諸元データより、三機編成と推定、上方集団は本艦の展開状況を確認するように距離7000を保ちつつ右舷後方へ向け徐々に隊列を伸ばし、半包囲するように展開中。

 

 下方集団、3個群に別れ、正面、4時、8時、三方からやはり本艦を包囲するように、距離を保ちつつ下降中。現在本艦へ接近する兆候は見られません!」

 

『近づきすぎれば重力井戸に飲まれるのを知って、距離取って来たわね。

 

 こちらのロール範囲ぎりぎりまで接近して、槍を入れてくる、五月雨式で来る上にこちらは砲門もたりない、一挙殲滅は困難。

 なるほど敵も隊長つき、いらない知恵がついたわね。艦長、どうする?』

 

 一瞬、長良中尉は艦長席を見上げた。艦長はどこか苦そうな表情を浮かべ、白い軍帽を目深にかぶり直していた。

 

「気に食わないけれど、降下を続ける下方の敵に合わせ、本艦も降下する。下方に兵装が無いのは本艦の明確な弱点だ、当然敵も突きにくる。下面はなるべく見せたくないけれど……」

 

 その上で、艦長は明確に命令を発した。

 

「下面VTOL隊は直ちに上昇、本艦上面へ全機展開。下面空域防衛はエヴァ8号機単独で行う。

 8号機は直ちに降下、本艦直下800で待機。敵が攻撃を開始次第、各個に迎撃を開始する」

 

『ってわんこくん、下全部私任せー?!』

 

 8号機パイロット、真希波大尉の驚愕の声が通信回線に響いた。

 

「申し訳ないけどね。数に優位な敵が、一気呵成に来ない。狙いがある。

 だから少しばかり誘いをかけてみようと思うんだ。そういうわけだから、下は任せた」

 

『30対1、いつもの44Aなら大した相手じゃないけれど、ああいうふうに散らばってくるってーのは、つまり厄介ってことよねー、君はホント部下使い荒いよね、少しは仕事楽にさせてくれないと部下に嫌われるよー?』

 

「普通の仕事ならできるだけ汲んであげたいところだけれど、あいにく戦争だからね」

 

『しょーがないにゃー、8号機了解。それにしても射程1220メートルとは、カリッカリのインファイト。いっそがしー!』

 

 真希波大尉が通信を終えると同時、ヴンダー進路前方、重力中和領域に占位していた8号機が、潜り込むようにしてヴンダー下方へ曲線を描きながら機動した。

 

 長良中尉は、その機動の描く曲線に、式波副長の思念の動きを見る。

 

 ヴンダー前方、8号機が待機していた重力中和領域から、孤を描くように副長は斥力子をヴンダー船体より次々に射出、雨樋にも似た斥力場を形成した。

 

 それと同時にヴンダー前方の重力中和領域が消失、8号機が落下する。樋状に形成された斥力場の上を、地球の重力に引かれるようにして8号機が滑り、ヴンダー下方へとたどり着く。

 

 すかさず副長の思念が8号機の進路前に走り、クッションのように斥力場を展開、8号機がそれ以上斜め下方へ落下するのを抑止しつつ、重力・斥力場を変異させ、ヴンダー直下800メートルにひたりと8号機を静止させた。

 

 無論、その状況を長良中尉は副長より送られた脳の感覚だけではなく、コンソール状の3次元ディスプレー上に表示された重力変異マップ及び、各パラメータの変位を目視でも確かめている

 

 手際こそ素早い。けれど、目で追えない数値変異でもなかった。

 

 諸元データさえ入力できれば、おそらく副長ほど高速ではないにせよ、長良中尉自身でも行うこと自体は可能だろう。

 

 何よりも脳が、今しがた空間を『弾いた』副長の脳波の奔りを、自らの感覚のように覚えていたのだ。できるかもしれない、という気持ちが、彼女の中で高まっていく。

 

(OK、いいわね。やっぱり筋がいい。飲み込み早いじゃないの。

 そういう感じ。近づける力、突き放す力、その均衡を操るのが重力・斥力制御の要点。

 

 エヴァぐらい大物で重いのになると、重さ踏まえた上で相応の斥力の『足場』を組んでやってもいいし、勿論重力源で『吊って』もいい。他にも気流や、L結界圧の高い地域では、物理法則の変異を踏まえた上で実践しないといけないけどね)

 

 安堵の気配を纏う声音と響きが、長良少尉の脳に走る。不快ではない。

 下方に展開したYAGR-3B全機が、艦長の命令通りにシンプルに重力場の重力のみで釣り上げられてゆくのを、長良中尉は副長の思念越しに感じた。

 

 重力子と斥力子の併用ではない。重力子のみなら、地球の重力と重力子が互いの重力で引き合ってしまう。どうやって──思い立ち、正面2Dモニタ、艦外カメラ映像を操作し、求めるポイントを映し出すよう画像を操作した。

 そこに、ATフィールド揺らぎが見える。

 

(そう。ヴンダーのATフィールドで、疑似粒子化した重力子の高度を固定し、地球の重力に引かれて落下するのを防げば、重力だけで物体を引っ張り上げることもできる。

 

 ヴンダーの高度が低いときに使うと、地表の水だの土まで重力場が引っ張り上げちゃうから、使うのには意外と神経要るけれど、便利な手よ。。

 

 ATフィールド周りは、現状私と艦長持ちだけど、マギプラス経由でオペレーターが任意に操作・展開が可能となるよう計算式を組んでるとこ。

 まあでもそれは先の話で、今は重力、斥力制御方法の把握に尽力してちょうだい)

 

「了解です、副長」

 

 応答する声音に、意識せずして敬意がこもった。

 

 気配も声音も14の子供にしか見えない副長は、しかし10年のキャリアを積んだ軍人でもあるのだということを、長良中尉は改めて思い知る。敢えてシンクロ率を上げたのも、この身体によるダイレクトな経験を踏ませるためのものと思えば、納得がいった。

 

 無論、彼女もニア・サードインパクトでは相応に辛酸を舐めた。

 

 故に、北上少尉ほどではないにせよ、副長に対して思うところがないでもなかったが、未経験の自分に、重力・斥力制御の要諦を、端緒とは言え掴ませた彼女の心のかたちと有り様を、長良は手応えとして感じ取った。

 

 己にそうあれと、装い偽っているだけなのかも知れないにせよ。

 少なくとも、副長が教官たろうとして示した心根は、真摯であると彼女は受け取った。

 

 未だ未熟、まして実戦。

 一手過てば艦艇を、命を失うこの戦場で、副長は私を投資するに足る存在と認めているということだろう。

 

 ならば、受ける側も真摯でないといけない。

 心の中、副長が彼女の気持ちに気づいたのか、頷くような気配がした。

 

(よろしい。余裕がある内に、エヴァより軽いVTOLを回すのも感覚で覚えておいて。

 あれだけ軽いと気流もからむから、体感で覚えた方が早いわけ。

 L結界が濃い地域での復旧オペで、DSRVを下ろすときにも、重力操演を使ったりするから、将来的には大物から小物まで、幅広くやれるよう努力してくれるとありがたいわね。

 

 ま、油断ならない相手だから、今回は実習してる余裕はなさそうだし、ともかく私のやり口盗むのに集中! いいわね、長良中尉!)

 

「了解!」

 

 知らず、声に力が入る。

 視界の端、多摩少尉が驚いたような顔を向けるのが、長良中尉には見えた。

 

(それにしても、仕掛けて来ないわね……。ちょっと声出す)

 

 副長が一瞬思案し、長良中尉の脳裏に断りの言葉を投げた。

 次いで、北上少尉の通信回線から、式波副長の声が響く。

 

『こちら副長、上方の敵、半包囲隊形のまま動きを見せず。

 

 敵編隊の各隊編成分析官僚、44Aの3機編隊。隊形、ATフィールドのアヤナミシリーズが2機前衛、後方にシキナミシリーズが1機の逆三角隊形。

 

 突撃体勢、ってとこかしらね。これまでの敵のアヤナミシリーズの運用からして、アヤナミシリーズの44Aは空対空ミサイル代わり、シキナミシリーズの44Aが母機ってとこ? 

 

 シキナミシリーズの機体、改造を加えられてる可能性もあるかもしれないし、油断ならないっちゃならないけど、VTOLじゃ仕掛けるのは不利なのも間違いなしよね。ったく、焦らしてくれる。

 

 北上少尉、海面高度2000を切ったけれど、敵状況に変化はない?』

 

『レーダー等、特に状況に変化ありません。下方にも特に異変は──』

 

「下、か」

 

 艦長が、呟いた。

 

「謀られたかな」

 

『謀られたって──』

 

 副長が、疑念の声を投げる。

 

「第一波、第二波でこちらの現状と、対応能力を見た。

 その上で半方位しつつ、こちらを下に押し込んだ。そして、下には何もないわけじゃない。海がある。

 つまり本艦は押し込まれた形になる。それが狙いだね。

 

     ・・・・・・

 つまりは雷爆同時攻撃。8号機、直ちに上昇。

 戦術科はソナーブイを緊急投下、海中探査開始。敵はおそらく海中から仕掛けてくる」

 

「了解、ソナーブイ投下、直ちに探査開始!」

 

 日向戦術長がすかさずコンソールを操作、ヴンダー下部より無線多次元ソナーブイが投下され、赤い海へと着水し、潜航を開始した。

 

『上とか下とか忙しい! それにしてもこの詰めるような指し手は流石冬月先生かな。

 つくづくあの人は将棋が巧い』

 

 8号機が、再び副長の重力操演で艦上に舞いあがる。

 

 パイロットである真希波・マリ・イラストリアスの愚痴めいた言葉、しかしその声音は異様なほどに冷えていた。

 日向戦術長の切迫した叫びが艦橋に響く。

 

「海中航走音、多数! 音響データなし、速力、最大200ノットと推定! 音波ベクトルより、いずれも本艦を目指しています!」

 

『再度のN2セイリングによる急加速で離脱……はできないか、レイが取り残される、いつもの連中ならともかくシキナミシリーズ入りなら要警戒、鹵獲を考えている可能性は捨てきれない!

 

 ただでさえ少ないヴィレ保有のエヴァを捨てるわけにはいかない、まして儀礼転用可能の弐号機はネルフには渡せないってーのに! 速攻で各個撃破のつもりが、まんまと分断されたわね! やってくれる!』

 

 副長が苛立ちも顕に舌打ちをした。

 

 艦長は目深にかぶった軍帽の奥、眼帯で隠されていない左目を軽く閉じた。

 

「戦術長、アンチATフィールド反応および、現海域デストルドー値、リビドー値は」

「アンチATフィールド反応、確認できません。現海域デストルドー値は通常値、変動の気配なし!」

 

「槍ではないね。なら。

 VTOL隊及び8号機は引き続き上空を警戒。

 機関長、補機出力最大。 ATオーバーロードモード起動準備、補機供給電力及び推力、緊急発揮備え」

 

「航走音本艦に近づく! 海面から出ます! 5、4、3……!」

 

 青葉戦術長補佐の緊迫した叫びに、艦長が

 

「──ATフィールド、本艦下方に集中。総員、爆圧に備え。全艦対ショック防御」

 

 直後、海中から尖塔めいたものが恐るべき速度で45度の角度を取り、血潮めいた赤い海水をまといながら噴火の如く水面より踊りだした。

 それは回避する暇すら与えず音速を突破、巨大なるヴンダーの下面に多層展開されたATフィールド、その下端面と垂直に衝突した。

 

 その正体は、要塞都市にして古戦場たる第3新東京市の中枢、旧ネルフ本部にて製造された、不良品のエヴァンゲリオン2機を継ぎ合わせ、装甲剤によって尖塔状に加工された超大型対艦特攻魚雷である。

 

 航行用に備えられた1基の、本来は44A用に生産されたコアを動力源として、無限に近い航続力を発揮するそれは、海中航行時、進路上に展開したATフィールドによって微細な泡を発生させ、その泡の中を通過することによって、水の抵抗を限りなく極減する。

 

 スーパーキャビテーション効果。

 それにより、最大水中速力200ノットという、水中航行体としてはまさに桁外れの速力の達成を可能としていた。

 

 他の44A同様、Buße探索のため、L結界に満ちた海の中を長年航行し続けていた超大型魚雷を操る、そのナンバーすらなきアヤナミシリーズの一人は、オアフ島沖を示す座標への移動する内容の量子通信命令を受信した。

 

 彼女は、脳に刻まれた命令コードに従い、機体を『泳がせ』始めた。同時に、海中にアクティブソナーで音波を放つ。音波は彼女の同族に届き、その同族がまた音波を放つ。音波は連鎖し、周囲数百キロに展開する仲間への巨大な招集命令と変化した。

 

 彼女たちは、製造時に設定された目標の『におい』がする方向──オアフ島沖を目指し、進撃を開始する。

 

 そして、彼女は意識に連結された戦術システムが示す最適の射撃ポイントに到達。本体に結合された『爆薬』たる、4基の不良コアに通電、シンクロを開始した。

 

 4基の不良品コアは、不良品であるが故に即座に暴走を開始、主機たるメインコアが増幅したアヤナミシリーズのデストルドーに反応し、急速に臨界。

 

 それは不良品であるが故に、一つになろうという願望など一切もたない。

 心に宿すのは唯一つ、滅びたい、滅ぼしたいという願望のみだ。

 

 累計5つのコアが同時に起爆した。

 N2爆雷も凌駕するかと思わしめる、恐るべき衝撃波と閃光が、ヴンダー下方を保護するATフィールドに巨大な十字光となり炸裂する。

 

 巨大なるヴンダー、その脊椎が秘める無数のコアより出力されたATフィールドは、艦長の鋼めいた強靭の意志を得て、その恐るべき打撃に耐え抜いたが、フィールドで防いでなお、複数コアの異常臨界爆発という想定外の事象はフィールドを伝播し、急速に減衰しながらも、しかし衝撃波となってヴンダー艦体へと襲いかかる。

 

 全長2キロの巨体が、文字通り上方へ跳ね上げられた。

 先程実施したN2セイリングと同様の事象が、今度は敵の攻撃によって行われたに等しい状態と言える。

 

「咄嗟制動! 副長へ伝達! VTOL各機に緊急ATフィールド固定かける、相対座標維持!」

 

 叫びよりなお早く、碇艦長の意思が艦橋に、そしてヴンダーの船体に伝播し、膨大な量の重力子と斥力子が艦内艦外問わず吐き出され、発生した壮絶なGより乗員全員を保護しつつ艦内の繊細な箇所を斥力場により衝撃とGより保護をかける。

 

 さらに限定的に上面へATフィールドを展開、VTOL隊をフィールドで『絡め取り』、ヴンダーの突然の上昇によってVTOL隊がその位置に『取り残されない』よう、ヴンダーとの相対位置を保つ。無人機故に、パイロットの人名保護を考えずに済む分、むしろ艦長にとっては楽な部類の作業ですらあった。

 

 そして碇艦長がヴンダー外部に広げた重力子と斥力子の複雑極まる乱舞は波となり、重力波動とでもいうべきものを発生させ、コア臨界爆発に依って生じた衝撃波と干渉した。

 

 波というものは干渉し合うものであり、逆位相の波同士が干渉し合うと互いの波のエネルギーを相殺し合う。無論重力子と斥力子によって生み出された波はヴンダーの方向へも広がるが、これを艦長は断続的なATフィールドの生成と消失により可能な限り軽減させてのけたのである。

 

 結果、ヴンダーの受けた損害は、一部のクルーの負傷や、艦内居住用耐圧プレハブ部分の施工不良を要因とした脆弱箇所の破断および破損、弐号機及び8号機パイロット私室の四方の壁に設けられた本棚の中身の大規模崩壊により部屋の床とベッドが埋め尽くされる程度の被害で済んだ。

 

 本来ならば即座にATフィールド諸共ヴンダー艦体を破砕せしめるに充分であったはずの爆発エネルギーは、しかしてマギプラスとシンクロした碇艦長の、ヴンダーが展開したATフィールド内部に存在する物質、それを構成する素粒子規模での、想像を絶する規模の並列同時演算および重力・斥力場制動によって、遂に甚大なダメージをヴンダーに与え得なかったのである。

 

「戦術科、海中の動体数は」

 

 艦長の問いに、素早く日向戦術長が返答した。

 

「距離不明なれど音紋探知により個数推定終了、総数約60、スーパーキャビテーション現象に伴う表面気泡のため、海中敵性体の位置特定至難なれど、いずれも本艦を包囲する挙動を見せつつ、200ノットにて躍進中!」

 

「エヴァを無尽蔵に生産し、それをスーパーキャビテーション魚雷に仕立てる。

 父さんと冬月副司令らしくもない、『軍隊らしい』工夫だね。

 

 それなら、こちらも軍隊らしい仕事で応じるまでだ。

 

 艦長より副長、重力・斥力制御系を、8号機以外ヴンダーに回す。すまないけれどVTOLは自前のジェットで頼むよ。普段どおりに行かない以上、長良中尉にお願いしたい業務が増えた。重力制御に慣れてほしかったけれど状況がそれを許さない。

 

 長良中尉、君のYAGR-3Bの飛行時間は約300時間と記憶しているけれど」

 

「はい、艦長。本艦に乗務を命ぜられる前、たしかに訓練を受けておりますが……」

 

 長良中尉が、質問の意図を飲み込めず発した疑義の声に、艦長が僅かに頷いた。

 

「未経験に等しい重力制御を絡めたものではなく、手慣れたジェット推進系の方が、君は楽ができるだろうと踏んだ。無論楽ができるよう努力はする。本艦の『下』の心配はしなくていい。

 

 上空・水平方向の44Aの邀撃に専念してくれ。管制しきれないYAGR-3Bは都度無人運用時用の自動操縦に切り替えて構わない。副長、初日から新人を甘やかすのはよくないかも知れないが、状況が悪いからね。赦してほしい。

 ATフィールドロック解除、副長へVTOL隊操演権限を再移譲」

 

『副長了解。海面下に敵がいるんじゃしょうがないわよね。私が15機、長良中尉が5機の割合でいく。で、下はどうするのよ。手は?』

 

 副長の問いに、艦長が笑む。14才の頃は浮かべなかった不敵さが、その口角に僅かに滲んだ。

 

「僕はヴンダーを飛ばすのが副長ほど巧くはない。

 海鳥は猛禽ほど上手には飛べない、しかしこの状況には却って誂え向きじゃないかと思うんだ。 

 

 高雄機関長、高度を限界まで落とし、本艦は補機推力主体の航行へ切り替える。飛翔と進路制御に斥力子は使えるけれど、重力子系は使用不能と考えてほしい。補機、ATオーバーロード運転用意」

 

 艦長の言葉に、機関長席の高雄が不敵な笑みを以て答えた。

 

「久方ぶりだが、手荒く面白い采配を目論んでいるってとこですな。高雄機関長了解、リアクター内ATフィールド保護は艦長が頼みです、あまり無理をせんでくださいよ」

 

「貴重なN2リアクターを、この程度の戦いで使い潰すわけにはいかないからね。総員、急降下に備え。

 戦術科は海中内敵の探査に専心。高度10、海面ギリギリを這うことになる。

 外海です、L結界内部とはいえ荒れる時は荒れる。高波に翼が衝突しないよう厳に警戒を」

 

「艦長、一体何を……」

 

 多摩少尉が状況の進展についていけないという表情を浮かべながら口を開いた。

 その言葉に答えたのは、艦長ではなく副長の音声である。

 

『相手はトビウオ、こちらが猛禽みたいに慌ただしく飛んでも疲れるだけよ。

 何も羽ばたくだけが翼の使い方じゃないの。大気に乗り、風を掴み長く飛ぶ海鳥のような使い方もある。

 見てればわかるわ。それより多分艦長が、無茶な急降下かけるから、舌噛まないように総員要注意!』

 

「そういうことだ、多摩少尉。わざわざ敵が優位な位置につくまで攻撃を待ってやる必要を僕は感じない。水中速力200ノットとはいえ、空中に飛び出した後よりも動きは鈍い。つまり水中にいる内が狙い目だ。叩きやすいうちにこれを叩く」

 

「了解……」

 

 なにもかも飲み込めていない多摩少尉に一瞬碇艦長は視線を投げたが、再び眼光を正面にもどした。

 

「武装選定をどうなさるおつもりです。艦首ランチャーのN2爆雷ですか?」

 

 日向戦術長の言葉に、艦長はしかし頭を振った。

 

「強力だが効率がよくない。それに本艦の搭載するN2爆雷弾頭は、本来水中での運用を想定していない。

 今後を考えると節約したいというのもある。目標に対し使用する武装は、自弁するから問題ない。

 多分、理論上はいけるよ」

 

「また艦長殿の『理論上は』ですか」

 

 青葉戦術長補佐が、呆れたような笑みを浮かべた。

 

「貧乏所帯だからね、有り物で取り繕うしかない。いつものことだよ」

 

「いつもどおりのマニュアル皆無の思いつき、了解しました。お手並み拝見させていただきますよ」

 

 青葉のどこか楽しげな視線と、しかし唇に浮かんだ明確な苦笑に対し、艦長は微かな笑みで答える。一次は地上勤務と実戦部隊で部門が別れたことがあったものの、二人共かれこれ十年来の関係となる。互いの気心は知れていた。

 

「飛んでくるか、陸を歩いてくるかだけだった敵が、水中も意識してきた。シキナミシリーズ投入も含め、油断ならない状況といえるね。青葉戦術長補佐、データ収集および、事後は今戦闘における運用実績に基づいた兵装運用マニュアルの製作を。おそらく、今後必要になります」

 

「青葉戦術長了解。艦長のアドリブ演奏、俺は嫌いじゃないですよ」

 

「ありがとうございます。艦首下げ40、急降下。

 補機各部ATフィールド保護実施。

 機関長、補機ATオーバーロード開始します。推力および発電量向上、150%」

 

「機関長了解。補機出力、150%!

 機関長より機関科総員、補機はこれよりN2リアクターの設計限界を越えた運転状態となる、機関負荷および蓄熱監視を厳重に成せ! 核融合とは原理が違う、管理をしくじればATフィールド内部でN2融合反応の炎に飲まれて本艦が焼失するリスクがあることを忘れるな!」

 

 艦長の言葉を受けた高雄機関長が号令を叫ぶ。

 同時に、彼はコンソールタッチパネルを操作し機関N2融合反応燃料弁を全開と成した後、更にサイドコンソール端のアクリルカバー保護が施された、N2オーバーロード機能ロックボタンを、カバーごと拳で叩き割りつつ深く押し込んだ。

 

 補機が、本来設計された基礎設計を凌駕する恐るべきエネルギーが内部で生成され始めたのに呼応するように鳴動しはじめる。その鳴動が生み出す音響は、さながら補機が断末魔の苦痛に悲鳴を上げ続けているかのようでもあった。

 

 左右両舷に備え付けられた、それぞれの補機N2リアクターが、これまでスラスターより吐き出していた青い炎の光量を強め、それは壮絶な閃光を伴いながら、膨大な推進エネルギーを吐き出し始めた。

 

 同時に、大量の電流が艦体の大半を構成するアダムス組織へと流れ込み、重力子が産生され、それらは艦体中央へと集まっていった。

 日向戦術長が、警告の叫びを発する。 

 

「海中敵性体2、海面に近づく! 

 それぞれ右舷9時、左舷7時方向、相対距離2000! 目標本艦! 来ます!」

 

「両舷補機、出力全開、最大戦速! 一気に高度を落とす!」

 

 艦長の咆哮と同時、ヴンダーは頭を垂れるがごとくに俯角40度の角度を取り、獲物たる魚群を見つけたカモメのように、急激に海面を目掛け降下してゆく。

 

 音速に近づくか、と思われるほどの速度。海面から浮上、そのまま虚空へと跳ね上がった二基の自動索敵型対艦巡航空間魚雷とでもいうべきそれらはヴンダーを狙い、先程同様凄まじい急加速をかけたが、しかしヴンダーの下降速度はN2オーバーロード運転により得られた推力を利して、空間魚雷を制御するダミープラグの想定速度を凌駕する。

 

 結果、ヴンダーの上方100メートルを交錯するように魚雷二基が通過した。それらは管制制御でヴンダーを追撃スべく、孤を描きながら再びヴンダーを照準せんと機動した。

 

 しかし、その針路を演算していた式波・アスカ・ラングレー副長自らが操演する4機のYAGR-3Bが、待機空域より離脱しており、左右のスラスターを自在に蠢かせながら、2機づつに分派し空中を機動。

 空中を飛翔する空間魚雷二基に対し、前後方向から邀撃可能位置につけていた。

 

『的をはずしたのが命取りよ! 選定弾頭フレシェット、各機攻撃開始!』

 

 直後、飛翔するミサイル前後に展開したYAGR-3B各機が、翼下に懸吊した大型ロケットポッドより、各機二発のハイドラ70改ロケット弾を射出した。空中を推進するそれらはまたたく間に秒速700メートルへ加速し空間魚雷の前後に到達し炸裂。クロスボウの矢に酷似した金属の矢を超高速で空間魚雷目掛けて吐き出した。

 

 自らの防備を考えぬ、攻撃のみを目的として編まれた空間魚雷用ダミープラグは、もとよりATフィールドによる防備を想定していない。自らの死と目標の死のみを強い衝動として与えられているがゆえに、自らを護るリビドーを存在可能極小域まで抑えられているがゆえの、攻撃のみに特化した仕様であるがゆえの欠点である。

 

 結果、空間魚雷二機は前後より無数の矢に全身とコアを貫かれ、もとより爆発時の破壊力以外求められていない劣化コアはその衝撃に耐えることができず暴走、臨界を起こし起爆。虚空に虚しく十字光の華を咲かせた。

 

 しかし成果を味わう暇もなく、長良スミレ中尉の叫びが艦橋に響く。

 

「副長、上空の敵44A、3機編成3個分隊がヴンダー目掛けて降下開始!

 それぞれ12時、3時、6時方向!

 私の担当する機体群では邀撃間に合いません、副長の──」

 

 しかし、その叫びに答えたのは副長ではない。

 軽やかな、弾むような別の声が、通信開戦ごしに長良中尉へ応答する。

 

『ご心配無用長良っち! 斥力跳躍かける、戦術機動パターン送った、わんこくんよろしく!』

 

「艦長了解、斥力系諸元入力完了。8号機戦術機動に合わせ斥力場複数展開」 

 

 艦長の応答と同時、ヴンダー艦橋直上の虚空に佇むがごとく構えていた8号機が、何かに弾かれたように上空目掛けて飛び上がる。ヴンダー上方のアダムス構造体が産生した負の質量物質が甲板上より射出され、それらが発した斥力場が8号機を跳ね上げたのだ。

 

 斥力場は複数射出され、パイロットたる真希波・マリ・イラストリアスが発信した戦術機動パターンに応じ、それぞれ異なる座標から異なる出力の斥力を発し、8号機が起動する斥力の空間レールとでも言うべきものを形成した。

 

 そのレールにそうようにして、エヴァンゲリオン8号機は壮絶な速度で降下するヴンダーよりさらに速く、ヴンダー正面方向、逆三角形の隊形を取りながらヴンダーを目掛けて降下を仕掛けてくる44Aの分隊へ突進した。

 

 先頭をゆく2機が、僅かに針路を変える。機体正面をヴンダーではなく、8号機に向けたのだ。

 

「ほほーう、指揮官付き、状況判断が違うか、にゃ。ヴンダーではなく標的を私に変えてくるとは」

 

 呟きつつ、真希波マリは軽く舌なめずりをした。

 

「けど遅い」

 

 44Aが下面の『槍』を励起させるより早く、8号機は44A2機の直前、距離300メートルの位置に飛び込んでいた。巨人の両手の指が、GAU-8アヴェンジャー改ハンドマシンガンのトリガーを引き絞る。

 

 ただ一機で44AのATフィールドが同時に中和され、フィールドに生じた2つの『穴』に左右各30発の30ミリ劣化ウラン弾が躍り込み、8号機左右の44A各機の機体へと、僅か一秒の間に突き刺さった。

 

 44Aに食い込んだ劣化ウラン弾頭は44A外皮を貫く間に自己先鋭化現象を発生させ、機体を貫く運動エネルギーを先端部へ集約させていく。同時に、変形に伴う結晶構造の編成により運動エネルギーが熱エネルギーへと変換され、1200度を越える高熱を44Aを構成する体細胞内部で発生させた。さらに弾体表層で砕けた劣化ウランが酸化、激甚な燃焼反応を開始する。

 

 2機の44Aは体内に生じた破孔内部から、字義通り生きながら焼かれたに等しく、それのみでも44Aを屠り去るには充分な威力であったが、さらに弾丸の数発が各44Aのコアへと踊り込み、暴走、臨界。それが両機の致命傷となった。二機の44Aは先程ヴンダーを襲撃した魚雷同様、空中でまたしても巨大な二輪の十字華の閃光と化した。

 

 真希波マリはすかさず8号機のATフィールドを展開、爆風を防ぎながらその衝撃波を利用しN2セイリングの要領で加速、両機の爆発で機位を揺らがせた後続の指揮官機を無視し、斥力場のレールへと舞い戻り、規定通りの斥力による再加速を開始する。

 

 目指すはヴンダー3時方向よりヴンダーへ接近していた別の飛行分隊。

 しかし、直後に北上少尉の警告の声が響いた。

 

「正面、残存機付近、8号機後方にデストルドー反応検知! 正面の44A、『槍』を励起してます!

 ベクトル検知……目標、こっちじゃない? たぶん8号機と推定です! 突撃する気、これ!?」

 

「丁度いい。多摩少尉、本艦の主兵装である20インチレールガンの運用の要領を教えておこうと思う」

 

 ヴンダーを急激に海面目掛けて降下させながら、しかし僅かに艦首左方と艦尾右方に斥力場を展開しつつ、ヴンダー艦首を僅かに右方向へ傾けた艦長は、モニタ上の『槍』を励起しつつある44A指揮官機を見つめつつ、新任の戦術科少尉へ語りかけた。艦長の右手は、すでに艦長席の、肘掛けに相当するシンクロ操作ユニットの先頭部の球状シンクロ制御装置、通称アームレイカーを握り込んでいる。

 返答もできず、目をしばたたかせる多摩少尉に、言葉だけで艦長は語り続けた。

 

「44Aは飛行特化型、そのATフィールドは汎用型に比べ強力ではないけれど、通常兵器での撃破は本来困難だ。

 パイロット及び機体状態にもよるけれど、汎用型ならばさらに難しい。故に、砲撃による確実な撃破には少しばかり要領が要る」

 

 8号機が第一撃を完了させ、ヴンダー3時方向の敵へ針路を変更した時点で、既にヴンダー右胴上部一番砲塔は、アームレイカーを経由した艦長の思念に連動し、敵指揮官機へ旋回・照準を完了させていたのだ。その砲身は、敵指揮官機の機動に連動し、僅かだが生物的に運動を続けていた。

 艦長の言葉が続く。

 

「エヴァのATフィールドを突破するには、原則として接近・中和しての攻撃ないしは、ATフィールドを突破可能な運動エネルギーを持つ実体弾、あるいは光学兵器や反陽子砲を用いる必要がある。だが、それには大量の電力が必要となり、効率が良くない。そして、本艦脊椎ユニットには、通常のエヴァと異なり、大量のコアユニットが連結されている。本艦が通常のエヴァとは比較にならない規模の大きさのATフィールドを展開するのはそのためだ。

 そして、このATフィールドは、無論中和・攻撃にも転用することが可能だ」

 

 そして、艦長は『引き金を引いた』。

 その思念の流れが回路を奔り、一番主砲用コンデンサに封じられていた膨大な電力を解放、砲身内部の弾体加速用電磁レールに、膨大な電力を通電させ、砲弾へ浸透。電流は逃れる場所を求め、電流解放用のレールへと流れる。

 

 放たれる砲弾は、ただ一発。

 

 フレミング左手の法則に従って生じた凄まじい電磁力が、2トンの巨弾を瞬時に秒速3キロメートルまで加速させた。ヒトならざる動体視力をもつものならば、空中に踊りだした砲弾を導くように、無数の光の波紋──局所展開されたATフィールドが敵指揮官機目掛けて走るのがみえたことだろう。

 

「普通に撃った場合、砲弾は敵の前に、まず巨大な空気の壁に衝突する。どんな火砲にも射程が有るのは、重力はもちろん、大気という目標との間に横たわる膨大な質量が一種の防壁として作用するからだ。

 

 これを貫くため、まずATフィールドを使う。砲弾が空気に衝突する直前、砲弾全面にATフィールドを砲弾口径に合わせ、展開し砲弾進路上の大気を『弾く』。

 

 つまり空気抵抗をなくすため、砲弾進路上に真空の道をつくるわけだ。そして生成されたATフィールドを媒介し思念を展開、更にATフィールドを形成し、またかき分ける。

 これをヴンダー脊椎出力の叶う限り続け、射程を延伸する。

 

 君は知らないだろうが、第10使徒が敵性存在へ、腕部を使用してATフィールド浸透斬撃を放つ際に用いた原理の応用だよ。フィールドを収束することで中和力を格段に高め、複層化によりATフィールド捕捉範囲をも延伸できる。

 

 そして、ATフィールド射程内であれば、こちらのATフィールドの最後の仕事は敵ATフィールドの中和・弱体化となる。そして、弾体はその速度を保ったまま目標に着弾」

 

 漸く、艦長の説明が一段落した。

 無論、その言葉が終わる頃には、44A指揮官機は超超音速の砲弾、9ギガジュールのエネルギーの直撃により、跡形ものこさず粉砕されてしまっていた。

 砲弾の弾速が弾速である。それこそ、一瞬の出来事であった。

 

「着弾のとき、ATフィールド中和時に若干だが敵の行動を抑制することもできる。ATフィールド同士が干渉するからね。応用としては相手を近づけない、あるいは球状に展開し拘束する、いろいろだ。

 

 心の具象化だからね、形は容易に変えられる。もっとも一般オペレーター向けのATフィールド運用システムは現状まだ開発中だから、『こういう使いみちもある』ということだけ覚えておいてくれればいい。いずれ君に砲撃をお願いすることもあるだろうからね」

 

 艦体の機首上げを行いつつ、着水時に近い高度調節を行いながら、碇艦長は一連の砲撃についての説明を終えた。

 しかし、多摩少尉から奇妙な思考を感じる。それは困惑という言葉が、もっとも近い感情のようだった。

 

 言葉にも思念にも出さず、艦長は素早くコンソールに指を走らせ、多摩少尉座席コンソールモニタにメッセージを送った。彼はまだ思念シンクロに慣れていない。視界を用いた文字会話の方が彼には楽だろう。

 

【先程の砲撃に、なにか違和感でもあったかな、多摩少尉】

 

【いえ、違和感というか……指揮官機って、シキナミシリーズですよね】

 

 碇艦長は、視線を多摩少尉の座席に落とした。

 多摩少尉も、艦長を見ていた。困惑と、少し恐怖の混ざった目をしていた。

 続きのメッセージを、多摩少尉が送信してくる。

 

【副長と同じ人ですよね】

 

 言葉を選んでいるのだろう。ただ、彼の感情は碇艦長には容易に汲み取れた。

 知人と同じ存在を殺して、平然としていられる理由に、得心が行かないのだろう。

 

 多摩ヒデキ少尉。碇艦長は、彼の経歴に思いを巡らせた。戦闘経験、記録なし。

 つまりは兵士を志願しただけの、ごく一般的な男性。

 

『第三村』に比べ、比較的豊かな『生存圏』で育ったためだろう、犯罪経歴もない。ニアサードインパクト世代であるにも関わらず、微罪すらないというのは、この時代ではよほど生活に恵まれた地域の存在と言っていい。例えば4時間も待てば、必ず配給にありつける程度の裕福さ。誰かから奪わずとも生きて行けるだけの豊かさ。

 

 他人を殺してまで生き延びる必要がなかった、故に他人を殺すという行為に、妥当性を見出し難いメンタリティ。

 碇艦長は多摩ヒデキの心理をそう分析した。

 

 碇艦長の脳裏に、かつての自分の心理に走った言葉の残響が響く。

 

──人殺しなんてできない。誰かを殺して生き延びるよりは。

 

 その時の決断の果てに、この世界と自分がある。その決断に至るまでの自分の迷いに、多摩ヒデキ少尉の困惑が重なる。彼の疑念はそれ故か、と思う。

 14才のままの肉体の彼よりも、顔立ちこそ大人びているが、感じ取れる精神性には、過去の自分に似た幼さがあった。

 

 彼の年齢は、たしか17、8才だったろうか。

 昔ならば高校生。子供と言うには大人びているが、大人と言うには子供さが残る年頃。

 そういう扱いを受けられる年齢だった。

 少なくとも、碇シンジがかつて少年であったころ、14才だった時代はそうだったのだ。

 

 アスカなら、説明は『かかる火の粉は振り払うだけ』で片付けてしまうかもしれないけれど、と碇艦長は思う。

 そして、コンソールに指を走らせ、多摩少尉のメッセージに返信を送った。

 

【答えに時間が必要な問いだ。戦闘中の即答は難しい。終わった後に話そう】

 

 返答は待たない。

 碇艦長はヴンダーを水平飛行に移らせる。海抜10メートルという高度は、ヴンダーの巨体を思えば、恐るべき低空飛行と言って良かった。

 碇艦長は艦橋に号令を発する。

 

「これより本艦は表面効果利用にて航行します。

 主推進力は補機のみ。針路調整は補機スラスター角制御および,斥力場による当て舵によって行う。

 

 外海である以上、L結界領域内とはいえ波が荒い。10m級の波も珍しくない海域です。

 戦術科および航海科は海面を随時探査、高波に警戒。ATフィールドで防げるけれど、動力をそちらに無駄遣いしたくない」

 

「このAAAヴンダーをエクラノプランとして飛ばす、ですか。

 カスピアン・モンスターならぬ、ハワイアン・モンスターってところですな。

 相変わらず、いや昔以上に無茶をする艦長だ」

 

 高雄機関長が、不敵に笑む。

 もっとも、そのこめかみには、一筋の汗が伝っていた。

 

 表面効果は、航空機が地表、ないしは海面から翼幅の半分の高度となると発生する現象である。

 翼を用いて飛翔する航空機は、基本的にその翼を用いて『空気に乗って』飛翔している。

 言わば大気を押しつぶしながら足場を作り、その上を進んでいると言ってもいい。

 

 下に押された大気は「吹き下ろし」と呼ばれ、下向きの空気の流れとなり、本来であればそのまま流れ去って終りとなる。だが、地面や海面を低空で飛行する場合、この下向きの空気の流れが遮られ、翼下面と地面、海面の間の空気圧が高くなる。故に、翼の揚力が強くなり、より容易に『飛べる』ようになるのだ。

 

 しかし、表面効果はメリットばかりではない。水平尾翼を用いて機体を制御する形式の航空機の場合、中~高高度では吹き下ろしの気流を前提として尾翼が設計されているため、表面効果が出る高度では吹き下ろしの気流が水平に流れるため、尾翼の効きが変化してしまう。つまりは効きづらくなってしまう。

 

 巨艦でありながら航空機であり、更に言えば無尾翼で、空力設定を考えたとは合切思えない形状のヴンダーが飛翔できるのは、重力・斥力制御及びATフィールドによる気流調整に拠るところが大きい。もとより翼面効果など想定して飛ばす艦ではないのだ。

 

 まして、ヴンダーの操艦を担当するのは副長であり、艦長はむしろ作戦や砲撃に専念することのほうが多いのだ。

 艦長が副長よりも飛ばすのが巧くない、というのは、おそらく事実なのだろう。

 

(だが、本来がそのようにできていないこの艦を、このように飛ばせる存在が下手だっていうなら、艦長と副長以外は全員素人のターキーばかりってことになるんじゃないのか?)

 

 そう内心で高雄機関長は思う。

 

 何しろ、素人の群れ500人だ。

 全員がものになるまで、一年で済めば御の字だろう。空力、重力・斥力、ATフィールド、主機・補機制御、飛ばすだけで覚えなければならないことが大量にある。自分にしてからが、まず長いブランクを埋めなければならない。無茶な改装を入れたとも効いている。地球外移民を主張するイズモ計画派が勢力を弱め、ヴンダーより生命種保管用の『方舟』としての機能が取り除かれた第一次改装、さらに本格的な有人化を目的とした第二次改装。噂では、また別の改装が入ったとも聞く。

 何しろ昔と異なり、インターネットなど望むべくもない時代だ。高雄コウジですら、乗艦までに全ての情報を入手できたわけではない。ともかくも、昔より、さらに扱いづらい艦になったことは疑いないだろう。

 

 しかし、何のために、500人も。

 自らに敵が多いことを知らない艦長や副長ではない。そして、皮肉な話だが、『アスクレピオスの杖』作戦は、巧くいってしまった。結果、数億の人類が未だ生き延びた。

 

 3人人間がいれば、派閥ができる。それが数億。

 人種、言語、宗教、宗派。

 ヒトという種を分かち隔てる理由は、有史以来うんざりするほど出現し、そしてそれは今も変わらず、世を経て移り変わり続けながら何らかの形で存在している。

 

 憎悪か、政治か。

 艦長と副長は、フォースインパクト阻止を目的とするヤマト計画派閥と認識されている。また、同時に彼ら自身がインパクトトリガーたりうることは、三号機事件のおりのメディアへの情報暴露によって暴かれてしまっていた。

 

 如何に彼らの活躍によって人類が僅かずつとは言え再び生存域を広げ、文明を回復させる要因の一つとして機能したとは言え、彼らを仇と憎む人類は、万単位でも効かないほど存在するだろう。現に乗艦早々、艦長たちの側近となるべき艦橋スタッフが、艦長や副長に言葉で噛みつくなどという自体が発生してしまっている。

 

 無論、憎悪していなくても、食事と権利のためならば、人殺しも厭わない連中がくさるほどいる時代だ。『政治』のために、刺客を買って出たものすら混じっているかも知れない。

 

 少なくとも地球を諦め、火星なりなんなりでヴンダーの権能を利用して旧生命の生残を願うイズモ派閥にしてみれば、第二次改装によるヴンダー有人化を、艦長および副長の排除および、ヤマト計画破棄、イズモ計画再始動の好機とみなすこともできるだろう。

 

 いずれにせよ、今はこの戦闘を生き延びる必要がある。

 高雄コウジは思考を切り替える。

 

 水鳥、か。

 

 敵空間魚雷もおそらくエヴァベース、しかしリビドー・デストルドー諸元から空間魚雷群には指揮官型、シキナミシリーズなき非統制状態、タイミングを合わせただけの飽和攻撃とみなしてのこの機動だろう。

 

 敵が知恵の回るやつなら、水中からの奇襲を捨て、遠距離から浮上をかけ、上空から強襲を仕掛ける機会だろう。なにしろヴンダーは低空飛行で『楽に飛べる』かわりに、高度を失っている。44Aと連携し、立体的に波状攻撃を仕掛ければ、この状況は撃沈を狙う好機ともいえる。

 

 それを、してこない。つまりは上とした、44Aと空間魚雷は連携が取れていない。

 同時攻撃までは旧ネルフ本部で仕込めるが、連携はタイミングを合わせた、擬似的な連携が限度、までは見える。

 

 とはいえ、ヴンダー側もいつまでも飛べるわけではない。

 

 ATオーバーロードでの過負荷運転は、長時間使える代物ではない。基本構造の多くをATフィールドで保護でき、さらに本来の主機の出力を想定した、電気・推進系に余裕がだいぶある設計であるからこそ、この無謀にもほどが有る過負荷運転が可能となっているものの、どこかしら細かい消耗品が過負荷に耐えかね、壊れ続ける。

 

 その割に、VTOLを重力制御で派手に動かすでもなく、むしろ空を完全に副長たちに任せ、むしろ出力を絞るように艦長は艦艇を動かしている。

 

 碇艦長との再会は、高雄機関長にとり数年ぶりである。故に、その才がどのように変質したか、期待半分不安半分なところがあった。無論信頼はあるが、再会までに時間が経っている。

 危険な男に成り果てていなければいいがという思いもあれば、そうなっておらずとも、危険な男と見なされる振る舞いをしなければよいが、とも思う。

 

 さて、お手並み拝見だ、碇シンジ艦長。

 無茶に輪をかけてさらに無茶なのは昔通り。直感は、彼が他人の期待に答えてくれる男であると告げている。

 ならば、俺も仕事をせにゃならんな。補機N2リアクターに無茶をさせつつ、さらに長生きするよう機嫌をとってやらにゃあならん、いやはや、初日からやりがいのあるこった!

 

 高雄コウジ機関長は、自らの両頬を両手で叩き、活を入れた。N2リアクターおよびスラスター周りの状況を示す各種パラメータに、鋭く目を走らせる。

 

 そして、一つ気になった。

 

 ヴンダーの重力子系の産生数が止まっていない。重力・斥力推進全開時とほぼ変わらない数値となっていた。全力で重力子を産生しては、8号機の防空戦闘機動に必要な分以外、艦体中央アダムス構造部に。にろくに放出もせずかき集めている。

 

 更に言えば、電力もそうだ。とてつもない量の重力子と電力を、艦体アダムス構造部が喰らい蕩尽しているといってもいい。だが、アダムス構造部が空腹だから食い散らかしているわけではない。艦長が何らかの意図を持って、それらを 『使って』いるのだ。あるいは『作って』いるのか。

 

 ああ、わからんが、こいつァたぶん勝算ありだな。

 だが仕掛けるのに時間がかかる。だから副長と真希波大尉に上をしばらく支えてもらう、か。

 切れ味ァ少なくとも鈍っとらんようだ。高雄コウジは思わず笑んだ。

 

===================================== 

 

『ヴンダーをWIGとして飛ばすのって贅沢よねー。

 重力・斥力制御が主力なのを、パワー不足の補機で飛ばすためとはいえ』

 

 呆れ半分で呟きながら、式波・アスカ・ラングレーこと私は、ヴンダー上空を舞う無人制御のYAGR-3Bの一機のカメラ映像と、ヴンダーのシンクロ制御を介して視界を手早くリンクした。

 

 視界がヴンダーの視点から、天高く舞うVTOLのそれへ入れ替わる。

 ヴンダーの『下』に44Aが回り込むリスクがなくなった分、防空戦闘は現状、かなり楽に進められている。

 

 高度が下がった分、L結界濃度が濃い海中でも、多次元モニターでの探査は容易になっているし、敵魚雷の速力の秘訣はスーパーキャビテーション原理を利用した超加速。あの魚雷、意図的にコアを『壊れやすく』作ってる都合上、たぶんだけど、急な方向転換はやりづらい。

 

 気泡を前方に発生させることで、水の抵抗を弱めて速力を発揮するという特性上、急激に転舵すれば泡の守りを失った状態で横腹に高速の海水を浴びることになるわけで。

 

 出来のよくないコア、判断力の悪さを考えるに、管制系は44A用以上に安普請の死にたがりに調整され、自殺願望を強められている気配。

 

 言わば自爆任務専用型アヤナミシリーズといったところか。ヴンダーの、多分ATフィールドの固有周波数帯の匂いを嗅ぎ、気付き次第、飛びつくように仕込まれているだけ。

 空間戦闘心得の類の、贅沢で高度な戦術運動や、まして連携戦術なんて仕込まれていない。

 

 となるとそういう生きた磁気感知機雷もいいとこのシンプル思考な連中を、どうやってここまで誘導して、擬似的とは言え上下両面からの連携を可能としたか。問題はそこ。

 

 シキナミシリーズ。指揮官機。ヴンダー主機。

 ATフィールド。固有波帯。におい。

 で、今ヴンダーの仕切りをやってるのは。

 

 急速に思考が結びついた。

 私と艦長だけなら情報交換はすぐにすむ、というかもう済んでいるけれど、他の艦橋スタッフにも、伝えておく必要はある。なので手早く艦橋内放送へ音声データを送った。

 

『副長より各員。

 推測するに、下の連中、ええもう面倒だから勝手に命名するけど、敵空間魚雷のターゲット。

 多分私のATフィールドの波帯に設定されてるわ。

 

 艦長がメインでヴンダーを制御するようになってから、下からの攻撃が鈍ったのも、私の匂いが薄まって、たぶん艦長のにおい、艦長のATフィールド波帯が優勢になったから。匂いが変わったってわけよ。

 

 理論上、衛星軌道上からでも、精度のいいアダムス組織系センサーを使えば、エヴァなりなんなりで増幅されたATフィールドなら探知は可能。

 

 ただ、多分そんな質のいいものを下の連中は与えられてない。

 だから、44A指揮官機とヴンダーの区別がつかなくなっちゃってとまどってんのよ、あいつら」

 

 告げながら、敵航空部隊の機動パターンを探りつつ、過去の運動データと照合する。

 案の定、高度2000以下にはまったく降りていない。

 距離の設定がそうなのだろう。それ以下まで落とせば、指揮官機のにおい、ATフィールド固有波帯を誤検知され、においの区別がつかない水面下の猟犬に食らいつかれる。

 

 多分イカリシリーズでもいればそちらに波長も合わせられたのかもしれないけれど、あいにく艦長はオンリーワンのホームメイドだ。インダストリアルに量産はできない。

 

『敵指揮官機は指揮機能だけじゃない、魚雷群の誘導も兼ねていたって推測。今交戦中の部隊が、シキナミシリーズ固有のATフィールド波形を利用して魚雷部隊を誘導したわけ。上がったり下がったり、交戦前から妙な運動してたのもそれが理由かしらね。

 

 長らく私が主機やってた以上、たしかにシキナミシリーズのATフィールドの気配はヴンダー探知に最適。ATフィールドは艦長に任せられても、主機まわりの波帯は消せない。ATフィールドは生きている証。主機系を動かすのもBMIオンリーってわけじゃなし、個体ATフィールドの波形変動との連動もあるし。BMIだけでいいなら『仕組まれた子供』なんて必要ナシなのよね、実際。

 

 それにしても、任務のための猟犬、兵器、そして贄。そういう目的で自分が生産されたと知識で知ってても、やんなっちんぐねー、お前はそういう道具ですよーって実感させられるの』

 

「手段を選ばなくなったというのは、いい兆候でもある。変化の兆候。潮目の変化と言っていい。

 まあ、この手を考えられるのは3人と、あとゼーレか。後で聞き出して……いや、全員だ。全員前歯折る。

 

 約束はともかく、主機を完全に静止させれば、空間魚雷が44A指揮官機に食らいついてくれる……かもしれないが、確実性にかけるし、僕が代わっている暇はないし、やれる自身も正直ない。

 とはいえ、習性が知れた以上は、下の連中の挙動も読める」

 

 艦長の狙いは一つ。海鳥としてヴンダーを飛ばす。その一点。

 最適解。副長として不満もない。問題は魚の撥ねさせ方なわけよね、艦長殿。

 

『艦長。15分?』

 

 私は艦長に必要な時間を聞いた。

 

「20分でもいい。早いなら10分でもいいけれど。

 補機が心配だ、オーバーロードには限度がある」

 

『早いほうが、いいわけね』

 

「ああ、早いほうがいい。概ね仕込みは済んでる」

 

『副長了解。8号機、長良中尉、話聞いたわね?

 シングルコンバット向けのパーソナルが、無理やり指揮官やらされてる。運用慣れしてないのが見え見え。

 しかも下が、味方というよりは地雷原。うかつに動けば命取り。

 

 艦長の話したとおり、補機にあまり無理はさせられない。向こうはうかつに飛び込めず腰が引けてる、弾も実質一機二発。どこまで経験と記憶をコピーしたか知らないけど、動き見る限りは劣化コピーよ。

 速攻で片付ける。8号機を主攻とし、VTOLでも食える限り食ってかまわないわ。

 5分、は無理として10分目標。最優先目標は指揮官機、下の連中の迷いを消す。魚、撥ねさせるわよ』

 

 一気に飽和攻撃を仕掛けてこない、その理由はなんとなく察せた。

 仕掛けた最初の編隊、その指揮官機がヴンダーに拠る精密砲撃により、一瞬一撃で粉砕されたことにおののき、怯えているのよね。

 

 自分の中の怖さの使い方を知らない。ヒトの感情、その本質はヒトという生物の生存の手段であるという前提を踏まえずに、知識と技術で調子に乗って感情を飼いならすことを知らない14才。ガキね。そして運もない。

 

 アヤナミシリーズだったら、10年の蓄積もある。鹵獲の余地もあったかもしれないけれど、シキナミシリーズの量産型実戦タイプは今回がお初でデータ不足。鹵獲の余地もないわけで。

 

 ええ、どうせ手下のミサイル代わりのアヤナミシリーズ44Aを小馬鹿にしながら使いつつ、自分の本音の死にたくなさにすら気づいてない。ただ怖いとだけ思ってる。使う機体が44Aだけれど、その飛び方で察しがつく。

 

 ヴンダー右舷、3時方向より接近中だった分隊は、艦長の砲戦講座中に、手早くマリの8号機が殲滅した。

 先に倒された分隊の倒され方を見て、焦ったであろう指揮官のシキナミシリーズが、8号機相手に進路を変え、アヤナミシリーズの前衛二機の『槍』を発動させたけれど、それはあまりにも早すぎた。

 

 励起自体は想定外とはいえ、使うとわかっているのなら、性質と性能は実のところ解析可能だ。贋作とは言えインパクトトリガーとなる可能性があるかどうか、可能な限り鹵獲した端から分析して調べ抜き、なんなら試製AA刀なんて副産物を鍛造するにいたるまで調べて調べて調べぬいた。

 

 武装として発動した場合の加速度、ATフィールド浸透速度に至るまで、性質その他演算済み。

 ミサイル宜しく発射することすらできず、本体ごと突っ込んで自爆するのが前提の粗悪品。

 

 最初の分隊の指揮官機が8号機相手に『槍』を励起したのも、殺されるぐらいなら相打ち、ぐらいの気持ちだったろう。自己満足のやけくそ、死にたくはないけれど負けたくもない、文字通りの自棄でしかないし、そんなものは狙い撃てるわけで、案の定軌道を読んだシンジのレールガンの餌食になった。

 

 そしてヴンダーではなく8号機を狙った3時方向の分隊も同様だった。奇策もなく包囲もなく隠れもせず、量子迷彩すら施さず、まっしぐらに死にに来るのだから、まっしぐらに射抜いてやるだけのことで、マリはそのようにした。

 

 そして、今度の指揮官機は右ロール運動で離脱をかけようと重力ローターで加速したところに、咄嗟のアドリブで艦長が足場として展開したATフィールドを蹴って、三角蹴りよろしく、脚力で急加速した8号機の飛び蹴りを浴び、粉微塵に四散を遂げた。

 

 二個小隊のまたたく間の殲滅劇の結果の狼狽した動き。それが動きに見える。わかる。

 自分では認められないけれど、内心では認めている自分と同レベルの、自分自身と等しいであろう自分が死ぬ。

 それがどれほど怖いか、私だから、わかる。哀れとは思うし、辛さもわかる。

 

『幼稚園』で自分と同じ顔をした子が『消える』だけでも怖かったのに、今回は目前で吹っ飛んで惨死されたわけで。

 

 そりゃまあ、怖いわよね。

 

 自分も死ぬかも知れない。跡形もなく吹き飛ぶかも知れない。

 その現実を見て、自分もそうなる可能性を認識したら、そりゃ怖い。

 

 機体の振り回し方からして、14才の頃のパーソナルが、各個体の脳に、塑形され、運用に都合よくインストールされていると踏んでいいだろうし。幼い頃から、うんざりするほど自分のスペックばかり試してきたから、動きでどの時期の『自分』がベースか、見当がつく。

 

 そもそもマギプラス開発・運用の時点で、自分のいろんな側面だのなんだのとずーっと向き合ってきたのだ。なので、いやでもわかってしまう。

 

 推定だけれど、パーソナルの時期的に、ネルフ時代に、私が弐号機を運用したり、シンクロテストしている間に密かにデータ取りして、アヤナミシリーズ同様に、量産に備え、人格データと記憶を保管したのだろう。

 

 あるいは他所から引っ張ってきたか。

 どちらか知らないし検討材料もないけれど、量産方式は見当がつく。私か、ないしは私の元になった細胞をベースとしてクローンを成体培養。

 

 そしてコア封入で一度情報化した後、サルベージを実施して、量産をかけたのだろう。一体ベーシックとなるものができれば、あとはLCLを基として、その成分を利用し大量生成をかけられる。

 

 あるいは三号機事件のとき、バラバラに解体された三号機に搭載されていた、私用のコアから直接サルベージをかけたのかもしれないけれど。あの事件の後はえらくすったもんだしたものだけれど、何しろ相手は碇ゲンドウ、どさくさ紛れにそれをキープしていてもおかしくはない。

 

 したくなくても同情はしてしまう。したくなくても想像もしてしまう。

 けれど、戦争だから容赦はしない。

 

 この私の手は、とうの昔にあの選別のときの、無数の私の血で血まみれになった。

 相手も同族同類だからと遠慮してくる類いで無いのも想像がつく。

 

 むしろ私のことをポンコツの旧式だとでも仕込まれてる可能性すらある。

 自己の唯一性を欲してやまない。消えない保証が欲しい。そういうのわかるんだけどね。いやほんとに。

 ただ問題は、そういう自分だからこそ、説得たぶん効かないんだろうな、って想像がついてしまうことなのだけれど。

 

 たぶん、量産したならそう仕込むし、そう躾ける。

 自我が皆無ではエヴァが動かせない。けれど、自我の強すぎる道具は、道具として使うには不便にすぎる。

 

 人格を意図的に欠落させ、病ませ、一種の偏執状態としてパーソナルの行動パターンを絞り、なんなら強迫観念も植え付け、行動の自由度をなくさせる。

 自認では自分の意志で動いているつもりになっている人形。

 しかし実際のところは、使い手が狙ったとおりに動くよう仕向ければ、猟犬として使うには丁度いいわけで。

 

 で、相手の投入したシキナミシリーズについての戦力評価だけれど、そこまで悪くない。

 人型の汎用性の高いまともな人型のエヴァだったら、きっと手こずったことだろう。

 

 今回の戦闘でも、突っ込んで死ぬよう仕組まれ、突っ込んで死ぬばかりのアヤナミシリーズだけで構成されていた群体に、分隊長を用意して分隊として編成し、多少なりとも組織だって活動できるようになっただけ、マシになったのは確か。

 

 兵器として運用しやすいようにするためか、あえて死にたがりに調整された後期量産型のアヤナミシリーズには、とかく戦術行動が単純と言うか、ときに自ら死にに突っ込んでくるような、自滅的なところがある。

 

 そういう連中を『死にたくない』パーソナルを持ったシキナミシリーズに率いさせるのは、まあ関係最悪なのは想像つくけれど、敵に回す分には割れ鍋に綴じ蓋。

 

 前のように群れで雑に単縦陣で集団自殺みたいに死にに来ない分、厄介になったとは思う。

 

 けれど、分隊になったところで、それ率いる小隊長がいない。

 群体よりちょっとまし程度、組織的脅威とはとても言えない。

 

 アヤナミシリーズとシキナミシリーズの数を揃えることで、攻性をもった群体にはなれても、軍隊には決してなれない。いや、ならせない。

 

 道具以上のパーソナリティを備えたもの、ヒトに近づきすぎたもの、他人をそばに置きたくない……他人を許容できない。あるいはネルフのトップの心の顕れか。

 

 碇ゲンドウ。断片でもパーソナルと過去経歴は知れている。証言も有る。その性格の分析には足りる。

 ごく一部の例外を除き、他者を疎み拒絶する、あの男らしい運用だし、その手駒として、案外丁度いいのかも知れない。ムカッ腹は死ぬほど立つけど。

 

 うん、敵首魁たる碇ゲンドウを首尾よく運良くとっ捕まえたとして、艦長が折る分の前歯、果たして残るか我ながら疑問ね。多分奥歯も全部折るかもしれない。

 

 長い思考。

 けれど、二基とはいえ、マギシリーズとのシンクロ思考であり、この思考も刹那の間に終わる。

 さて、始めますか。十数年ぶりの私殺し。

 

 私を殺し、他人も殺した。

 とっくの昔に私の両手は血まみれだけれど、それでも贖罪だけは絶対しない。

 世界の創りが基本的に脆いのだ。バッドエンドに陥りやすい。カヲル野郎のお墨付きだ。

 

 それに私に幸せは似合わないらしい。

 生憎生まれたときから、幸せなんてものに縁がない。

 

 だから、知ったことではない。幸せなんて知る気もない。

 ただ、楽しいは少しだけ分かる。気持ちいいも、美味しいも、まだ感覚で捉えられる。

 

 それでいい。その程度でいい。

 一命を賭して戦う理由なんて、その程度で事足りる。

 仮に艦長の策が間に合わなかったとしても、最悪の手は考えてある。

 なんのことはない。空間魚雷の目標、誘導目標はATフィールドの特定波形。

 

 いざとなったら仮設主機ごとヴンダーからパージすればいい。

 一度こっきり使えるデコイ。

 

 次の仮設主機設置までヴンダー運用は困難になるだろうし、補機のみでの戦闘は大変かもだけど、艦長ならなんとかしてくれる。

 

『8号機、VTOL隊全機、これより──』

 

 そう命令を下そうとした時。

 

「副長」

 

 唐突に、艦長からの声が、艦内放送で響いた。

 

「綾波大尉には随分長らく言ったことで、君に対しては初めてになる。

 シキナミシリーズの量産が再開されたとはいえ、君の代わりはいない。

 無論軍事的な意味ではない。君や僕が戦闘不可能になろうと、代替は用意する。その必要がある。

 そのための有人化改装でもあるしね。

 

 代わりが効かないのは、人間としての話だ。だから安易に自己を捨てるプランはなしだ。

 君の今の発案だが、艦長権限で却下する。それは、綾波の決意と努力の10年の否定だ。

 えこひいきで申し訳ないけれどね」

 

 まあ、そうなるだろうな、とは思った。

 こういう考えはすぐ伝わってしまう。

 碇艦長は案の定、主機パージ用爆圧ボルト機能を全部機能停止させてくれてやがっていた。

 

 そういうやつである。もう10年の付き合いだ。嫌でもわかる。

 妄執と意地で10年戦ってきた男は、本人も自認がある通りえこひいきな男だ。

 とはいえ、えこひいきする理由もわからなくもない。

 

 綾波レイが安易に自己愛を捨て他者愛に奔り、自らの命をなげうとうとしたことが何度あったか。

 自分の生を、戦いながらも認められるようになった時、戦ってきたアヤナミシリーズの中にも自分のように生きられる存在がいたのではないかと苦しんだことも知っている。

 

 その果ての今で、その果てにたどり着いたのが、あの子の今の戦い方だ。

 偽善か自己欺瞞か悩む段階を通り過ぎ、行動として染み付いた、綾波レイの人生なのだ。

 

 それに、自己犠牲をやられる辛さは、私も艦長もよく知っている。

 のわりに、しばしばこういう刹那的な考えをしてしまうのは、性分なのか、癖なのか。

 幸せが理解できない女だから、そういうところがよく思考から欠け落ちる。

 

『──わーってるっつーの、お互い長い付き合いだもの。

 最悪の時よ、あくまで最悪の時を想定しての。

 だいたいちょっと考えただけで、稟議も提議もしてないでしょ。

 

 しかも、この通信内容、全艦放送の必要ないじゃない。

 副長の立場とメンツ考えなさいよアンタ、丸聞こえだっつーの』

 

「聞かせたんだ。必要だから」

 

『はいはい』

 

 ため息を吐きつつ、一度咳払い。

 そして、改めて指示を下す。

 

『8号機、VTOL隊全機、これよりヴンダーを攻囲する敵航空編隊を撃滅する。

 数的不利だけど、動きは見ての通り、連携はこっちのほうが上。

 ATフィールドを中和可能な8号機を中核として、VTOL隊は牽制及び8号機の援護。

 

 アヤナミシリーズの44Aは言ってみればシキナミシリーズの44Aが懸吊する空対空ミサイルみたいなものだから、『槍』の励起に最大警戒。

 ただ、『槍』を起動する時は『槍』の影響で44AのATフィールドが甘くなる。

 指揮官機の挙動からして、励起はできても機体からの投射は不可能。つまりはVTOLのハイドラでも44Aを叩ける好機ってこと。

 長良中尉、研修でも習っただろうしさっきも見ただろうけど、操演の場合、無人だからYAGR-3Bはかなり無茶な操縦でも保つ。

 マンポイント、一番脆いヒトという部品を気にしなくていいのが無人機のいいとこ。

 そこんとこ気をつける! いいわね!』

 

「長良、了解しました。8号機支援を主軸として、敵『槍』励起を見逃さないよう尽力します」

 

『8号機了解ー。どうでもいいけど副長奥さん、全艦放送で夫婦全開をやらないでもらえるとありがたいにゃー』

 

 長良中尉の生真面目な返答に、真希波大尉の相変わらず物事を楽しむネコ科の動物のような愉悦のにじむ応答が重なる。

 夫婦節全開ってなんだ。

 

『だから夫婦じゃないし籍入れてないっつーの。戦闘中に緩むな!』

 

『だからそういうところが副長奥さんは奥さんなんだよ。わかる?』 

 

『10年腐れ縁であって奥さんじゃない! それこそあんたと夫婦漫才やっていい状況じゃないのわかれっつーの!』

 

 思わず声を荒げると、なぜか真希波大尉が深々とため息を付いた。

 

『いつまで無自覚だこの奥さんは。まあいい、奥さんで遊ぶのは後回し。

 わんこくん、斥力場おもいっきり! 全力で上吹っ飛んで敵中突破、後背取って上から叩くでいいかな?』

 

「艦長了解、斥力場、8号機下面に全力展開する。先程同様、必要なら『足場』も展開する。

 副長、長良中尉、無人VTOLの機動性は、副長の言う通り44Aを凌駕しうる。上は任せた」

 

『副長了解。改めて通達、防空隊の最優先目標は敵44A各飛行分隊の指揮官機!

 フィールド波形で敵指揮官機にマーカーを付けるから、可能な限り優先して撃破!

 ヴンダー防空隊、全機、上方へ向け吶喊!』

 

 艦長の言葉をトリガーに、気合を入れて私が叫ぶ。

 直後、爆弾の炸裂じみて放出された斥力を得て、8号機が敵包囲網中央たる上空目掛け、弾丸の如き速さで飛翔する。

 

 そして私と長良中尉の操るYAGR-3B総勢20機が、アフターバーナーを全開とし、AL-51F1ターボファンエンジン3基、6万3千キロの推力を持って8号機を追い、その周囲をカバーするように、上方へダイヤモンド隊形を取りながら追随する。

 

 状況推移を見届けた艦長の意識が、ヴンダー下方の海中を指向するのに私は気づいた。

 撃滅前に叩けるぶんは叩く腹積もり、か。しかしまあ、応急とは言えよくわからないものをこさえてくれる、そりゃ覿面に効くだろうけれど、クルーに運用やら原理やらどうせつめいしたものやら。

 

「上が乱戦状態となり、敵指揮官機が乱高下を繰り返すようになれば、下でまどっている空間魚雷の群れも本艦主機の判別がつくだろうね。こちらは準備済み。昔の漁業にダイナマイト漁というのがあったそうだけれど、これより本艦も同様の作戦行動を取る。

 

 戦術科、敵空間魚雷の海域へのプロッティング続行。攻撃方式が特殊であるため、攻撃は艦長の任意タイミングにて行う。

 総員、爆雷戦備え」

 

 私は艦長の思念を見た。

 空同様に自由に泳げるようでいて、しかし赤く命なき水だけで満たされた暗い世界。

 陸の上を生きる生命であるヒトが本来生きることを赦されない出口のない海。

 

 陽光遠き、風吹かぬ奈落。

 

 そこを艦長は、自死と他殺のみを唯一の願望とする、自爆するための生きた信管として生み出された彼女たちの、碑無き無銘の墓所にすることに決めたようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。