あれから10年経ちました。 続・使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について   作:モーター戦車

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第1話「ヴンダー、新たなる旅立ち」Fパート

 パパは知らない。

 ママはいる。

 

 これは、誰が一番ママの娘にふさわしいかを決める儀式。

 

 期待はずれだったプロトタイプを射落として、あの船を落とすか奪う。

 それができた子が娘にふさわしい。

 

 これはそういうゲーム。

 まだ名のない姉妹である私達が、名を得たただ一人になるための選定の儀式。

 

 だから、協調なんて誰も考えていない。連携もしない。

 みんな、ママの唯一になりたい。

 

 だから、編隊を組んでいるとは言え、みんな最後には敵になる以上は出し抜き合い。

 勿論、私に負ける気なんてカケラもないけれど。

 姉妹で一番優れている自信が私には在る。私こそ、ママの娘にふさわしい。

 

 まだ名のない彼女はそう思いつつ、眼下の戦況を眺めた。

 NHGBußeの今の主とプロトタイプは、10年戦ってきただけあって、悪あがきが流石に巧い。

 

 水面下のアヤナミシリーズの魚雷を畏れず急降下をかけた。

 結果、海が邪魔となる。迂闊に低空飛行もできない。

 何しろあの魚雷の弾頭を務める人形には、ろくな知恵が与えられていないのだ、私たちとBußeの区別もつかない。

 

 さらには敵の8号機に撃破された連中を見て、狼狽──あろうことか新型の身でありながら、怯える個体すら出てくる始末。

 情けない、と憤るけれど、どうせ最後には敵対する相手、助けてあげる義理もない。

 

 無論その狼狽を見逃す相手ではなかった。

 すかさず、8号機を穂先に、敵防空VTOL部隊20機が、ダイヤモンド隊形を敷き、上空目掛けて吶喊を仕掛けてきた。

 

 まず垂直に包囲網へ切り込んできた8号機が、両手のサブマシンガンを振り回すようにして乱射、射程に入ったこっちの44AのATフィールドを片端から中和しながら叩き落とす。それだけで15機が叩き落された。

 

 そのまま8号機は中和可能範囲内の44AのATフィールドを中和しつつ、一気に包囲網後方、直上方向へすり抜ける。

 

 追撃はかけられない。8号機に後続する重VTOL隊が、すかさず追撃を仕掛けてくる。

 ATフィールドを中和されたばかりで再展開ができていない44Aに照準をあわせ、一斉にロケット弾を斉射してきた。

 鈍重な重VTOLとはいえ、VTOLだけに小回りは効く。照準から発射まではコンマ秒単位の速さ。

 ATフィールドを回復する前に無数のミサイルが炸裂し、大量のフレシェットの鏃をばらまき、さらに20機ほどが叩き落される。

 

 Der Grosse Schlag!

 

 私が相手なら快哉を叫ぶところだろう。一瞬でこちらの編隊の3分の1を撃破したのだから。

 狼狽は波紋のように姉妹たちに広がった。無論兵装たるアヤナミシリーズも同様。

 

 眼下、VTOLの群れがスラスターを稼働させ、即座に急速散開をかける。まるでなにかから逃れるかのように。

 そして、今度は上から鋼鉄の驟雨が振ってきた。

 

 言うまでもない、反転した敵8号機が落下しながら機銃掃射を仕掛けてきたのだ。

 さらに無数の44Aが上から下、背中から腹、コアを射抜かれ爆発する。

 

 咄嗟に重力制御機動でロールターンし、逃れようとする44Aの群れが複数でたけれど、無論下のVTOL隊がそれを見逃さない。

 再度のロケット弾斉射が、それら離脱を図った44Aの群れに襲いかかる。

 

 今度はATフィールドがフレシェットを防いたけれど、防いだとしてもフレシェットに押されるようにして、無数の機体が上に弾かれる。

 一瞬だがコントロールを失った以上、それらは落下中の8号機にとって当然好餌。

 再び無慈悲な鋼鉄の驟雨がそれら無防備な機体をフィールドもろとも打ち抜き、爆発四散せしめる。

 

 10年のキャリアは伊達じゃないってことかしらね、プロトタイプ。

 そうでなければ、狩りがいがない。

 

 私は緩やかに44Aを旋回させながら、様子を見る。

 馬鹿な姉妹のおもりなんてしてやらない。

 

 NHGBußeと、愛を知らない哀れなプロトタイプの首を手土産に、私はママの唯一になる。

 LCLの中、私は軽く舌なめずりをした。

 

 アスカ。漢字表記では飛鳥。

 プロトタイプなんかにはふさわしくない、いい名前だと思う。だから、その名前は私のもの。

 

 そう。私だけ。

 ママの娘としてその名前を名乗るのにふさわしいのは、この私だけなんだから!

 

 

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 EVANGELION ∧ i : AAA Wunder S 3.33 『YOU CAN (NOT) TRIP.』Prototype

 

 

 

 EPISODE:1 The Blazer

 

 

 

 Fpart

 

 

 

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「赤木技術班長、問題はなさそうですか」

 

 碇シンジ艦長は、通信士席の赤木リツコに語りかけた。

 

「各種数値を見参したけれど、私の見た限り問題はなさそうよ。

 この艦の権能なら可能とはいえ、よくでっち上げたわね。感心するわ」

 

 赤木リツコが呆れ半分の笑みを艦長に返す。

 

「師匠がいいですからね」

 

 艦長は軍帽をあみだにかぶり直し、コンソールに指を走らせる。

 彼と同期した4基のマギプラスにより、ヴンダーの下部各種センサーを爆雷戦用射撃管制装置として運用するための発射プログラムの構築が既に完了していた。攻撃可能。

 

「日向戦術長、敵空間魚雷展開状況知らせ」

 

「現在、敵空間魚雷十数基が水面下300メートルの位置で遊弋、各個に本艦へ接近中。

 吶喊体制に入ったものと思われます」

 

 日向の言葉に、艦長が頷く。

 

「艦長了解。本艦はこれより爆雷戦を開始する。起爆深度、水深100メートルに調停。

 ……爆雷、射出!」

 

 艦長の叫びと同時、ヴンダー中央胴体下面、通常は艦体制御用重力子射出に用いる射出孔の一つから、漆黒の『何か』が投射された。

 

 その漆黒のものはさながらレンズのように周囲の景色を歪めながら、赤い海面を大きく持ち上げ、その盛り上がった海面へたどり着き、そのまま水没する。

 

 それは無尽蔵に周囲の水を吸い上げながら地球の重力と惹かれ合うようにして落下、ちょうど深度100メートルで『限界』に達し、『蒸発』した。

 

『蒸発』に伴って発生した膨大な『熱』が、大量の海水を一瞬で蒸発させ、海中に巨大な『泡』を形成した。

 

 水分は、蒸発し気体化すると、その体積は1700倍となる。

 

 突如として海中に出現した水蒸気の巨大な泡は、必然として周囲の海水を押しのけながら急激な拡大を開始する。瞬間的に発生した海水の巨大な運動は、そのまま海中360度四方へ向かう恐るべき規模のと威力を祕めた衝撃波へと転化された。

 

 衝撃波を発散した泡は、その浮力によって海面へ向け上昇しながら、徐々に水圧に押しつぶされ、水蒸気の一部は冷却により再び液体の水へと戻ったが、それは全てではなく一部でしかない。

 

 気泡は水圧に押しつぶされ縮小したことで、再びバネのように反発力を取り戻し、急激な再拡大を開始、またしても、衝撃波を360度四方へ撒き散らす。

 

 いわゆる、バブルパルスと呼ばれる現象である。

 

 立て続けに発生した幾重もの衝撃波、破壊のために生み出された不可視の大嵐が、海中を遊弋していた十数基の空間魚雷へと襲いかかった。

 

 ATフィールドが衝撃波を一度は防ぐが、しかし衝撃波は泡の収斂と拡大のたび発生する。

 

 もとより防備ではなく自爆をこそ目的とした、劣化コアを基軸とした空間魚雷のATフィールドの強度は高いものとはいえなかった。衝撃波の破壊の嵐の前に、文字通り粉砕される。

 

 続いて魚雷を包む外郭が、脆い劣化コアが、メイン動力コアが、衝撃波の猛攻に耐えきれず破砕、本体もろとも全体が砕け散り、巨大な十字爆発を引き起こした。

 

 またしても水中に衝撃波が奔り、その熱エネルギーは海面にたどり着いた『泡』ともども、ヴンダーはるか後方の海上で、とてつもなく大きな一本の水柱を形成し、それはやがて巨大なキノコ雲を形成した。

 

 水柱と共に発生した凄まじい轟音が、ようやくヴンダーに届く。

 音響の凄まじさに、目を白黒させながら、多摩ヒデキ少尉は赤木リツコに質問を発した。

 

「い、一体なにが起こったんですか……?」

 

「本艦の権能の一つは重力制御。艦長は船体中央に電力を光子に変換し、艦体中央に集中させた重力子のところへその光子を運び込んで、これを重力子の重力によって縮退させたの。

 

 つまりは、純粋なエネルギーのみで生成された特殊ブラックホール、クーゲルブリッツがその正体。

 

 E=mc2。この有名な式は、質量とエネルギーを結びつける数式。故に、質量無きエネルギーのみでもブラックホールは理論上形成可能なのよ。

 

 クーゲルブリッツの生成には本来ならば太陽の放射する光量の0.1秒分の発散される光子が必要となるけれど、爆雷代わりに使うなら、それほどのエネルギーは必要ではない。

 

 あくまでも擬似的なもの、極小の特殊マイクロブラックホールでしか無いけれど、ブラックホールである以上、性質は同様よ。

 

 投射されたクーゲルブリッツは地球の重力と引き合いながら、艦長の計算通りに降下、ATフィールドの殻で庇護されたそれは深度100メートルでATフィールドから解放され『蒸発』したの。

 

 これによって発生したホーキング輻射を熱源として、水中で巨大な水蒸気爆発が発生。結果、付近の海域に展開する空間魚雷は根こそぎになった。そんなところかしら。

 

 音波探査が不能な状況だけれど、生き残りの敵空間魚雷も衝撃波に伴う海水の擾乱でまともに動けないでしょうね」

 

 赤木リツコの言葉に、艦長が頷く。

 

「向こうが同様の手を打ってくるなら、今後は本兵装で邀撃が可能となります。長持ちさせられないシロモノですから、現状はそのばその場で生成するほかありませんが、安定化と生産、保管、応用は今後の研究課題となりますね。

 

 以後、兵装を光子爆雷と命名します。

 青葉戦術長補佐、今戦闘終了後、マギプラスのログを参照し、運用マニュアルの製作および、戦術科各員への光子爆雷戦教育をお願いします」

 

「青葉戦術長補佐、了解しました。しかし、とんでもないシロモノを作ってくれたもんですね」

 

「アダムスとエヴァは、人類には本来製造不能の特異点のようなものですよ。しかしそれが生みうるものは、この世界の法則と技術で、ある程度解明と応用が可能です。

 

 なにしろ貧乏所帯ですからね、ありもので何事も対応する他ありませんし、作れるものは何でも作りますよ。幸い、それが可能なのが本艦の強みです」

 

 青葉の苦笑に、艦長が頷く。

 日向戦術長がその言葉に答えるように、戦術科全員へ号令を発した。

 

「多次元ソナー、再度投下します。戦術科各員、現状海水擾乱で音波探査は不能。敵空間魚雷ATフィールドの発するリビドー・デストルドー、重力波を主体として敵魚雷位置を特定せよ。投下!」

 

「日向戦術長は仕事が早い。助かります。

 高雄機関長、N2リアクターの面倒を引き続き見てあげてください。後一撃は必要です」

 

「高雄機関長了解、N2リアクター補助用マクスウェルシステム再設定、爆雷戦に対応し発電の最適化を実施する!」

 

 高雄機関長が艦長の指示に答え、素早くオーバーロード状態となっているN2リアクターの再調整に入る。

 

 下は片付く目処がついた。問題は、上だね。そちらもあの調子なら、ほどなく片付きそうだけれど。

 

 けれど、と艦長はつぶやいた。

 

「指揮官タイプを投入したにも関わらず、上の44Aが存外脆いね。このレベルのものであるなら、わざわざ投入はしてこない。

 ……冬月副司令は、まだ奥の手を隠していると考えるべきかな」

 

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『あらよっとーぃ!』

 

 8号機がばらまいた30ミリ劣化ウラン弾が、またしても3機の44Aを爆散せしめた。

 案の定派手に連射しやがったわね、と私はぼやきつつ、VTOL編隊を操演。

 ヴンダー包囲網を形成する敵44Aの各分隊へ向け、牽制のロケット弾を投射した。

 ATフィールドで防いでも、弾着の反動は消せない。一瞬とは言え機体が制御不能になる。なら、あとは真希波大尉の8号機がそいつを喰うだけ。勿論ATフィールドが中和状態になっていれば、VTOLの攻撃でも仕留める事が可能だから、それも積極的に狙っていく。

 

 アヴェンジャー改、銃身保てばいいんだけど。

 まあ壊れなきゃ伊吹整備長と間宮さんがなんとかしてくれるでしょ、ったくホント真希波大尉は問題児なんだから。

 それはそれとして。

 

『驚いたわね、もう操演に慣れたみたいじゃない、長良中尉』

 

 私はまた1機の44Aをロケット弾で叩き落とした長良スミレ中尉に通信を繋いだ。

 

『はい、副長。操縦経験が生きました。ボクシングの経験もですが』

 

『ボクシング?』

 

『はい。フィットネスと訓練目的で、少し。ジャブでガードさせ、8号機がストレートで仕留める。

 

 相手がガードを上げる……8号機が中和のみをかけた、無防備の44Aには迷わずボディを叩き込んで落とす。

 

 尻と言われまして、要するに腰かなと思ったので、発想を転換してみたんです。案外妙なものが応用できるものですね、実戦というものは』

 

 私の声に、長良中尉が答える。声音に僅かに喜色が混じっていた。

 初陣でここまで動ければ、機嫌もよくなるわよね。それに私も助かっているわけで、ホント長良中尉はいい出物だった。

 

 5機分の操演タスクをセずに済む分、思考負荷は当然減る。そのリソースを戦術運動や敵未来位置予測に回すことができるから、戦闘効率はより向上する。

 

 それも初陣、ぶっつけ本番でここまで私に合わせてくるんだから、天性の操演センスがあるのはもう疑いようがないわけで。

 

 VTOLを300時間程度の訓練期間でここまで動かせるセンスの持ち主なら、将来的にはヴンダーの舵だって預けられるかもしれない。

 

 そうすればこれまで操舵に回さざるを得なかった時間を、いろいろな将来のための研究に当てられるわけで、私としても助かるのだ。

 

『にしても、ボクシングかー。後で教えてもらえない? 私、色々やってたけど、ボクシングはかじったこと無いのよ』

 

『副長も格闘技をなさっていたのですか? エヴァパイロットの技能として求められたのでしょうか』

 

『それもあるけど趣味もね。体型維持したいし。そんな食べなくてもいい体だけど、身体のキレとか体重とか、ほら、維持したいじゃない?』

 

『何をなさっておられたんです?』

 

『キックとサバット、あと柔術。対複数目標を想定してクラヴ・マガ少々ってとこね。

 だから、なんかあると拳より先に足が出ちゃうのよ。なのでちょっとボクシングには興味あるわけ。身体の使い方違うしね』

 

『色々なさっておられたのですね。

 

 柔道家がボクシングを覚えると強くなると聞きますし、流儀を複数覚えるのは得るものが大きいのは私もわかります。

 

 訓練室の位置は既に確認しています、後で軽くお手合わせ願えればと』

 

『お手合わせって』

 

『副長はノウハウがあるようですから、スパーリングの方がよいかと思ったんです。ただ、蹴らないでくださいよ?

 

 私も戦自徒手格闘は仕込まれてるから多分対応できますが、そうなると日本拳法が混じるかもしれないので、多分ボクシングの鍛錬になりません』

 

『アイアイ。楽しみにさせてもらうわね』

 

『こちらこそ』

 

 8号機の真希波大尉がにゃにゃにゃにゃにゃーとか叫びながら派手に乱射して派手に敵機を撃墜する景色を眺めつつ、牽制と撃墜を繰り返しながら、私達は戦場真っ只中というのに、プライベートな会話に興じる。

 

 なんというか、思ったよりあっけないというか。

 

 高度2000ぐらいをキープすると、敵が露骨に攻めあぐねだす。そうなると8号機にとっては好餌もいい状態になるわけで、重力・斥力操演でトランポリンよろしく、跳ねては落とし跳ねては落としの繰り返し。

 

 向こうはこちらの無人機相手だと、中に誰も居ないので『槍』を励起できないし、だからといって8号機相手に『槍』を励起する場合、励起による加速前にVTOLのロケット弾で突きを入れて乱せば、あとはその隙に8号機が掃射を入れて叩き落とす。

 

 なんというか、あっけない。

 

 下の空間魚雷も、艦長が手ごねで作った光子爆雷で大半が吹き飛び、日向戦術長が残敵掃討すべく目下多次元ソナーヴイで索敵中。

 上空の敵も、残す所、あと5機といったところか。

 

 私のコピーなんだからもそっと頑張りなさいよを思わなくもないけれど、なんというか乗っている機体が悪い。

 

 44Aは武装が槍しかない、実質特攻とATフィールドしか能がないシロモノだ。ATフィールドの攻性投射くらいは応用でしてくるか? と思ったけれど、三号機前の私のデータが元なら無理だろう。できるなら、とうの昔に仕掛けてきてもおかしくないのだから。

 

 8号機がヴンダー目掛け落下していく。斥力による再上昇準備体制。こちらも損害なし。21対5、完封試合といったところか。

 

『OK、長良中尉。8号機の再上昇に合わせて仕掛け──』

 

 指示しかけたその瞬間、敵残余編隊のうち、3機の動きが、突如変化した。

 

 2機のアヤナミシリーズ操る44Aが、『槍』を励起したのだ。目標は8号機ではなく、ヴンダーでもない。

 敵機2機から放たれるデストルドー波の経路を咄嗟に視覚データ化し、その線を見て私は困惑した。

 

『あの44A指揮官機、味方を狙ってるの!?』

 

 言葉と同時、『槍』を励起したアヤナミシリーズの44Aが加速、別分隊の2機へと突進、それぞれが別の機体へ『槍』もろとも激突、空中で4機が一斉に爆発する。

 

 敵残機、1。

 味方を殺したの、あいつ。

 どういうことよ、これ。敵指揮官機、狂ったの?

 

 眼前の光景を理解できず、私は困惑した。

 ともかくも材料を脳裏に並べ、状況を分析する。

 

 シキナミシリーズの複数投入、それによる部隊の戦闘力の総合的向上が目的かと思いきや、実際殴り合いが終わってみると、さほど向上していない。つまりはコスパが悪い。

 

 なら、そっちが目的ではないということ。

 

 脳裏を過去の記憶ががよぎった。

 

 10年前。私が私になるための最後の戦い。

 数多の式波シリーズを選別し、優れた個体を選別するという、合理性に欠けた奇妙な術式。その産物たる私自身。

 

 胃の腑に、黒く重いものを感じる。

 

 同時に、敵44AのATフィールドが『揺れ』、ヴンダー外皮へとATフィールドを揺らす不可視の波を送り込んでくる。

 

 フィールド振動による思念通信波だ。

 もとより同型。周波数帯は最初から合っていて、脳髄に相手の言葉が速やかに染み込んでくる。

 

《やっと全員片付いた。手際がいいのか悪いのか。

 でも正直少し待ちくたびれた、そのあたりが、所詮プロトタイプってことよね》

 

 私と、同じ声、同じ思考。それは明白な嘲りを孕んでいた。

 内心で思わず舌打ちする。

 

『誰がプロトタイプですって?』

 

《あんた以外に誰が居るのよ。シキナミシリーズは、私のプロトタイプに過ぎなかったってこと。

 これまであんたらが散々おもちゃにしてきたNHGBuße、返してもらいにきたわ》

 

 私が返答するより先に、ヴンダーから一条の火線が走る。

 

 艦長が状況判断し、咄嗟にレールガンを撃ったのだ。

 無駄口長すぎ、44AのATフィールド出力では、ATフィールドを併用できない爆雷戦下の状況でも、その弾丸の威力だけで充分撃破可能よ。

 

 そう見込んだ私の予測は、しかし外れることになった。

 

 44Aを包む梱包が破れ、そこから赤い腕が迫り出している。その掌から発生した、44Aでは本来展開不能なはずの出力のATフィールドが、20インチ、2トンの巨弾を阻んだのだ。

 

 砲弾は、次の瞬間自らの運動エネルギーに耐えられず、ATフィールド表面で粉々に砕け飛散、爆発炎上する。

 

 その爆発と炎を浴びて、44A表面を覆う梱包材が剥がれる。

 現れたのは、赤いエヴァンゲリオン。それも、1機。

 

 頭部形状こそ三号機に似ていたけれど、カメラアイが2つではなく4つ、緑色に輝いている。

 

 背からX字上に44Aのフライトユニットが伸びているのがみえた。ウェポンラックは両肩のみでなく、おそらく融合したであろう側のラックが、腰の両サイドに装甲の如く移動している。

 

 その手には『槍』を握っている。

 ロンギヌスコピー。その長さが変化し、腹部懸吊時より、やや短くなっていた。槍自身に自己鍛造をかけさせ、短縮した分金属繊維密度を上げ、強度を増したのだろう。

 

『44Aは2機を1機として無理やり運用しているシロモノの筈──』

 

《バカね、オーバーラッピングの応用よ。

 

 44Aを形成する2機のエヴァをバラして単騎で使っても、粗製だから性能が落ちる。だからオーバーラッピングで片方を同化し、ニコイチにして粗製を真作に変えた。

 

 プロトタイプは頭が悪いわね。だから気づかない。

 そうね、こいつに命名するなら、エヴァンゲリオン試作4号機A型ってとこかしら?》

 

 嘲るような思念が、私の脳に直接響く。この声は戦闘艦橋にも流れていた。皆の思念に困惑が感じられる。LCLガスが充満したシンクロ運用状況だから、当然この波は艦橋要員全員に聞こえてしまうわけで。

 

 なにしろ私と同型だ、声も私と瓜二つ。思考パターンも同質ときた、紛らわしいったらありゃしないわよね!

 

 私の怒りを察したのか察してないのか、相手の煽る言葉は続いた。

 

《うん、やっぱりアンタに名前は勿体ない。私がもらって帰るわね。

 母さんの唯一の子供になるために殺すのは、後はアンタ一人だけだもの。

 

 ま、あんたはプロトタイプだから、名前なんていらないわよね? 旧式の粗製のシキナミシリーズなんかには勿体ないもの》

 

『面白いこと言うじゃない。名乗りなさいよ。殺すのは聞いてからにしてあげる』

 

《名乗っていいの? つまり、名前を返上するってことよね。

 そっちが先にくれるというなら、ありがたく頂いてあげるわ。

 

 私は翔覚・アスカ・ラングレー。

 

 選定を終え、ママの名を継ぐ唯一の真打ち。身体を使徒なんかに汚され、ママに由来するアスカの名を穢したプロトタイプは、ここで処刑してあげる。感謝してほしいところよね? 酷い人生みたいだったし》

 

『あげるなんて一言も言った覚えはないけど。

 それに、数は1対21、ヴンダー含めて22。

 海面下をうろつく空間魚雷を含めても、アンタの不利は覆らないわよ』

 

《数的不利? は。なんで私が単騎だと思ったの?》

 

 次の瞬間、ヴンダー上空、その恐ろしく広い範囲が白く変色し──六角形の無数の破片となり、砕けた。

 

『量子迷彩!?』

 

 高度6万メートルに突如として出没したそれは、ヴンダーよりも遥かに大きい。

 

 目測、全幅10キロ。体色、赤。かつて海に居たという海星に似た二つの翼の中央に、巨大な目のような文様。

 その背後には赤い光輪。すかさず各部センサーを動かし、突如出現した目標への精査をかける。

 

 その巨大な太古の海棲生物じみた体躯は、実のところ無数のエヴァンゲリオンが組み合わさって形成されている。バカげた数のエヴァによる、組体操のシロモノで、幅10キロの化け物を作り上げているわけだ。

 

 フィールドの波形パターンは──オレンジと青の明滅。44A同様に活動期間向上のため、紛いの使徒の要素をいれてあると私は気づく。

 

『第8の使徒、そのエヴァによる再現って──』

 

 これが副司令の本命か、と私は唸った。

 

 新たなるシキナミ──いや、あいついわくショウカクの選別、44Aをベースとした新たなるエヴァの鍛造。

 

 さらに紛いの第8の使徒による質量爆撃。 冬月副司令らしいいやらしさ、上に引きつけて下、下に引きつけて本命はやはり上!

 

 しかも足場は海ときた、以前のようにエヴァで支えるのは不可能だ。

 

 爆雷戦の最中ではヴンダーを上げられない、仮にむりやりヴンダーで支えたとしても、あの敵性エヴァが、44Aのような粗製ではなく、真作としてのエヴァの戦力を持ちうるなら、連携してヴンダーを襲撃する腹積もりなのだろう。

 

 第8の使徒と異なり、ギリギリまで引きつけてからの量子迷彩解除、ヴンダーの各種センサーのレンジと欺瞞可能距離も計算済みか。

 

 ったくいい性格してるわよねあの副司令! 対使徒戦闘ではずっと三味線ひいてたか、ホント最悪よあの爺さん!

 

 こちらの苛立ちを読み取ったか、哀れみ嘲笑うような思考が脳裏に響いた。

 

《本当は私一人で充分なんだろうけど、私のママは優しいの。

 NHGBuße鹵獲のために応援をくれたのよね。

 疑似使徒のL結界で、Bußeを構成するアダムス組織が、多少コア化しても構わないから回収してきなさいって。

 ほんと、その頭の悪さでよく10年生き延びてこられたわね、プロトタイプ?》

 

 相手の嘲笑を無視し、私は思念を艦長に走らせた。

 

(どうする、艦長。あの使徒もどきの落着まで時間がないわよ。

 あの大きさと質量が海に落ちれば、L結界下とはいえ巨大津波を発生させるには充分。

 

 ヴンダーと、こっちの主要拠点であるオアフ島を同時に狙って来たってことよね、これ)

 

(下はもう問題ない。問題は上とあの戦力不明のエヴァだ)

 

 艦長の思念と同時、ヴンダー後方に巨大な水柱が発生した。

 水柱の中に無数の輝きが見える。ギリギリのタイミングで、空間魚雷は撃滅できたようだった。

 

(でもN2オーバーロード、そろそろ限界よね)

 

(問題ない。『衝角』を使う電力と時間はあるよ)

 

(『衝角』を!?)

 

 私は呻いた。予算を分割、ヴンダー艦体の応急修理を装い、極秘裏に進められた、書類上は存在しない第三次改装。

 

 その主目的は『衝角』の増設。けれど、その使用にはヴィレ総司令の認可が必要のはず。

 

(承諾取る時間無いわよ!?)

 

(そのために名代としてリツコさんに乗ってもらっている。この状況だ。リツコさんの代理承諾と事後承認で納得してもらうしか無い。

 

 副司令はどうやら本艦の全性能を確かめたくてならないようだね。

 

 生命の書、そして数ある裏死海文書の中でも外典の中の外典のシナリオで現状は推移している。

 渚カヲル元司令曰く、今回は相当ろくでもないシナリオらしいけれど──関係ない。そんなもので悩む季節は通り過ぎたよ)

 

 かつて柔らかで繊細だった、けれどこの10年の闘いを経て鍛造された、硬い鋼のような心が、惑いなく私に答えた。

 

(副司令が見たいと言うなら見せてあげよう。向こうには『鍵』があるけれど、『衝角』が『鍵』の観測閾値内かどうかはわからない。

 

 もとより『鍵』の権能を超える手段の一つとして増設したものだ。どの道使うためのもの、使うべき時が来た。だから、使う。今を生きるヒトのために)

 

 そして、その決意は、声となって艦橋に響いた。

 

「『衝角』を使用します。本来葛城総司令の承認が必要ですが、現状その時間はありません。

 赤木リツコ博士、葛城総司令名代として決裁をお願いします」

 

 リツコは──諦めたような、笑みを浮かべていた。

 

「人の傲慢、その極み。私、反対していたのは覚えているわよね?」

 

「ええ、けれど時間がありません。あれが落ちればオアフ島が津波に飲まれます。

 そうなれば現人類生存圏は生残に必須の物流センターと戦力、そして文明存続のための人口を失います。

 時間がありません。決裁願います」

 

「──他に手はないわね。赤木リツコ、葛城ミサト総司令に代わり、『衝角』使用を承認します」

 

 リツコが首肯した。

 

「了解。8号機は直ちに着艦、VTOL操演停止、自立運転に切り替え、各個にオアフ島ヴィレ軍管区へ帰還指示。

 本艦は突撃形態へと移行。上空疑似第8使徒を殲滅。『衝角』を以て決着をつける」

 

 突撃形態。

 

 ヴンダーに本来備わっていた機能、統合体化──アダムスとしての本来の、ヒトとしての姿へと戻る機能を悪用した、『衝角』使用に特化した、ヴンダー決戦形態だ。

 

 危険すぎるがゆえにその存在を極秘とされた凶器を、碇シンジは使うと決断したわけだ。

 

 決意したのなら、もう、シンジは曲げないだろう。

 ならば、副長として考えるべきことは。

 

『VTOLと8号機抜きであいつを──』

 

《何か企んでいるようだけれど、その紛い物の出来損ないの主機を潰して乗っ取る!

 プロトタイプはこの海でおしまい、私がBußeの権能を掌握すればいい!》

 

 けれど、相手の邪気が脳裏を奔る。

 敵エヴァが、落下──いや重力制御でさらに加速をかけてる。

 

 かなり速い。海面すれすれを這うように敵が突進する。

 狙うはヴンダーの今の主機が備わる横腹か。

 乗っ取りに来たわね。

 

 艦長がレールガンを照準する、けれど『衝角』使用を踏まえればコンデンサ電力は無駄遣いできない、厄介な──

 

「問題ない」

 

 私の憂慮に答えるように、艦長が小さく呟く。

 

 その言葉に答えるように、別の気配──本来の『槍』の出力すら凌駕するかもしれない、圧倒的なデストルドーの不可視の線が、敵性エヴァンゲリオンを貫くように奔るのを私は感じた。

 

《何、これ──!?》

 

 敵の新型シキナミシリーズの意思が困惑する。

 

 それが『槍』の照準と咄嗟に気づいたか、即座にATフィールドを展開し、波の到来方向から想定される『槍』の進路に複数枚の光の波紋が出現する。

 

 昔の私は知らなかったろうに、艦長の砲撃からATフィールドの複層展開術式を学び取ったのかしらね。無駄に頭のつくりがいいけれど──

 

 描かれたデストルドーの線を伝い、視認すら困難な速度で、蒼い巨体が疾風のごとく、敵性エヴァンゲリオンへ迫るのを、ヴンダーの光学センサーが捉えた。

 

 フライトシステムの加速限界を越えた、N2セイリングでも併用したのかと思われるほどの速さで迫るそれが手にするは、緋色の刃金の巨大刀──!

 

『艦長、副長。少し遅れた』

 

 通信が入ると同時。

 蒼の巨人が、立ちふさがる複層ATフィールド、その最前列の一枚目掛け、渾身の刺突を繰り出すのを私はみた。

 

 試製AA刀。もとを辿れば、44Aの模造の『槍』であったものを鍛造整形した、生きる意思を断つ呪詛の刀。

 

 そして、あいつらは今日、『槍』の励起の仕方を見せてしまった。

 敵が見て学べるならば、無論こちらも見て学べるってことよね。

 

 刀でありながら『槍』としての権能を持つそれによる刺突は、無数の槍の鍛造体であるがゆえに、敵の粗製の『槍』よりも数段速い加速力を見せた。

 

 そしてその刀の本質はATフィールドを切り裂き貫くことにあり、複層展開されたATフィールドを問答無用で貫き砕きながら、敵のATフィールドの基、エントリープラグを目指し──

 

《アヤナミシリーズのプロトタイプ!》

 

 敵の意思が忌々しそうにうめきながら、ATフィールド解除と同時、両腰のウェポンラックから6本の超硬金属ニードルを射出、そのまま一気に上空へ飛び上がる。

 

 デストルドーの線が消えた。レイが状況判断し、試製AA刀の励起を解除したのだ。

 

 飛来する超硬金属ニードルを、蒼い弐号機が展開したATフィールドが迅速に防ぐ。

 

 赤い波紋の壁に遮られたニードルは、弐号機を貫くこと叶わず、虚しく赤い海へと落下していった。

 

《プロトタイプじゃない。私は綾波レイ。エヴァンゲリオン弐号機パイロット。あなたは誰?》

 

 右腕から伸びた単分子ワイヤーで、背後に牽引していたフライトシステムを再起動し、その上に弐号機を着地させながら、綾波レイは敵の思念に対して名乗る。

 

《プロトタイプはプロトタイプでしょう? 武器の弾頭にしか使えない、粗製の頭の悪い人形ども、そのプロトタイプ。

 

 それがアスカを名乗る個体にのみ搭乗が赦される弐号機に乗っている。ヴィレの野良犬共らしい。私に対するひどい侮辱よね》

 

《そう。貴女には関係ない。これは副長からもらったものだもの》

 

《プロトタイプ同士の譲り合いなんて関係ないわよ!》

 

 思念が凄まじい怒りを孕む。オーバーラッピングで強化した機体に乗ってもなお、弐号機への渇望感は残ったままなのか。

 

《私はプロトタイプじゃない》

 

 フライトシステムを飛翔させ、敵性エヴァへ接近しながら、弐号機が左腕の40ミリボフォース連装機関砲を頭上の敵機目掛けて連射する。

 

 敵が展開したATフィールドに弾丸は阻まれるが、敵の動きの軌道が着弾の衝撃で上方へ、直線的なものへと変わる。

 

 右手の緋色の巨大刀は、デストルドー負荷を抑えるためか、再び黒き鞘に納刀されていたけれど、敵はすでにあの刀の本質が『槍』であることに気づいている。

 

 だからだろう、弐号機に対して迂闊に踏み込めずに、40ミリ劣化ウラン弾への防御と回避に専念している。

 

 飛行能力こそあるとはいえ、10年前の私と判断力と技量に差があるとは思えない。

 

 アドバンスではなく、同型の再生産と見て良さそうね、アレ。

 差があるとすればATフィールド出力で、ヴンダーのレールガンを受け止めたときのそれの強度は、多分10年前の私を凌駕していた。

 

 基本設計、思考パターンは同じ。とすれば、違いは制御術式か。

 私は相手のパイロットに聞こえるよう、大きめの思念の波をフィールド振動で赤い敵性エヴァへ向けて送り込んだ。

 

『両親を知らない、寂しい私に親として現れ、希求させた……寂しさを埋めたい、親の胸に縋りたい、捨てられたくない。捨てられないためなら何でもする。なんでもできる。

 そういう強い猟犬を仕立て上げる、そのための選定の再演よね。

 

 そしてとうとう自分ひとりになったから、もう自分は一人で、だから親の娘だと胸を張れるって思ってるわけだ。

 

 母の愛を確信でき、心の欠落が埋まってのATフィールドの出力向上、ってなとこかしら? ママっ子なのね、アンタ。あんな女に──』

 

《ママを侮辱しないで! 所詮ママに愛されなかった、出来損ないのプロトタイプのくせに!》

 

 私の嘲りの意志に気づいた敵パイロットの意思が、私に向く。

 ──青い。やっぱりシングルコンバットにこだわる気質も10年前のそれ、しかしこの程度の煽りに乗るか。思わず笑みが浮かんでしまう。

 

『あんたバカ? 今の相手は私じゃないでしょ』

 

 私の言葉に応えるように、敵性エヴァ表面装甲に、40ミリ劣化ウラン弾が連続で着弾した。装甲材に弾丸が無数に食い込み、砕け、発火する。

 

 敵性エヴァの装甲材質は、オーバーラッピングを踏まえれば、変性している可能性が高い。強度については未知数と言える。

 

 しかしその表面に食い込み発火した劣化ウラン弾の破片は、1000度以上の熱で、装甲内側のエヴァの肉を焼いたようだった。

 

《こん畜生ーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!》

 

 弾着の痛みと熱を味わった、敵パイロットの意思が苦痛の絶叫を上げる。ATフィールド中和可能レンジに入ったレイの弐号機が、フィールドを中和し、敵性エヴァに40ミリボフォース弾を複数命中させたのだ。

 

 折角積層防御を学んでも、即座に生かせなければ意味がない。

 

 私に気がそれてしまった結果、咄嗟に手癖の一枚展開で防御してしまったようで、一枚しか無い薄いATフィールドを中和するなんて、今の綾波レイには造作もない。

  

《戦闘に必要なのはシングルコンバット能力ではないの。副長と私が学んだことを貴女は学んでいない。甘いのね。シキナミシリーズの人》

 

《私をシキナミシリーズと言うなぁ!!》

 

 苦痛混じりの意思が憎悪に歪む。敵性エヴァは両肩のウェポンラックから超硬金属ニードルを弐号機目掛けて撃ち下ろすけれど、レイは既にそれを読んでいる。

 

 フライトシステムを軽く沈み込ませ、さらに弐号機の両膝を屈伸させ、身を沈ませてニードルの嵐を回避したレイは、すでにして腰マウントに接合されたプログレッシブナイフPK-01に手をかけていた。

 

 その動きはまさに攻防一体、フライトシステムで上昇をかけ、弐号機は敵機の懐へ飛び込みながら、同時に立ち上がるようにして身を相手へ目掛け伸ばす。

 抜き放ったPK-01の刃を、そのまま敵機の腹へと突き立てた。

 

 装甲と超振動刃が接触し、結果として壮絶な摩擦熱が発生、砕けた敵性エヴァの装甲の破片が、火花となり、さながら花火のように輝く飛沫をばらまきながら飛び散り続ける。

 

 そして、刃はとうとう装甲を貫き、深く敵性エヴァの腹の肉を抉った。

 

《ああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!》

 

 臓腑をえぐる苦痛とのシンクロに、敵パイロットが凄まじい悲鳴を上げた。

 咄嗟に敵性エヴァが弐号機を蹴り飛ばし、突き放す。そして左手で刺さったままになっていたPK-01を抜き、捨てた。

 

 敵性エヴァの傷口から、大量の血が迸る。けれど、それは僅かの間で止まった。ATフィールドで傷を塞いだか、それとも激怒と憎悪の感情が、エヴァの回復力を向上させたか。

 

 けれど、綾波レイの思念は、どこまでも涼しいものだった。

 

《艦長と副長は『衝角』の準備をお願い。

 来なさい、シキナミシリーズの人。遊んであげる。待たせてる子たちがいるから、あまり長くは無理だけれど》

 

《私は旧式なんかじゃない。

 プロトタイプの、駄作の粗製の人形のくせに……親の居ない人形のくせにィィィ!! 殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!》

 

 激昂のままに振るわれた敵性エヴァの『槍』を、電磁高速抜刀された試製AA刀が即座に弾いてのける。

 

 レイは自分の仕事を認識している。あいつの相手はレイに任せていい。

 

 なら、私達も仕事を果たそう。

 私は真希波大尉の8号機の状況を確認した。8号機は既に着艦を終え、格納庫所定位置へ移動し、待機している。

 

『真希波大尉。悪いけど、使うわよ』

 

 私は彼女に通信を送った。彼女もリツコ同様、『衝角』装備に反対した人間の一人だ。

 理由は勿論、危険すぎるから。けれど艦長の勝利に必要だという信念を認めたミサトにより、第三次改装は承認された。

 

『ヒトの滅びを阻止するためとは言え、危険な火遊びだにゃあ。んにゃ、氷遊び?

 どっちでもいいし、この状況じゃ使うしか無い。でも、ホント気をつけてね? ホント危ないおもちゃだよそれ』

 

『わかってる。

 演算は完全にする。制御も。約束する』

 

 真希波大尉の警告に、私は頷く。危険だ。けれど、どれほど危険なものであろうと、この宇宙にソレは存在してしまっている。つまり、この宇宙は、残念ながらひどく脆いのだ。いつ砕けてもおかしくない。

 

 けれど、その脆い宇宙が、思いの外に長持ちしている。理論上、とっくに砕けていておかしくないのに。ならば、存在を保っている理由があるはずだ。

 仮説が成り立ち、それを計算に入れた上で艦長と私、そして整備帳が研究開発した『衝角』。前提が仮説、検証データはNASAのSETIでの超光速通信運用時のものしかない。

 

 そんなものが基となった『衝角』であるなら、リツコや真希波大尉が反対するのは当然と言える。けれど、頼らざるを得ない状況になってしまった。今はこの危ういシロモノに、全てを託すほかないのだ。

 

『……始めるわよ、艦長』

 

『艦長了解。コクマー・ユニット権限返還、操舵系を副長へ。主機及び補機、最大出力』

 

『副長了解、赤木リツコ総司令代理の承認を確認。ヴンダー、突撃形態へ移行! 両翼旋転! 艦体右胴および及び左胴、後部スライドかけ、中央胴体部への接合開始!』

 

 ヴンダー艦首を、重力・斥力制御で持ち上げる。

 艦首が、天を覆う、紛いの使徒を睨んだ。

 

 同時に翼の稼働機構が動作、羽ばたくようにして艦体基部下方へ90度曲がり、そのまま後方へ旋転した。

 

 翼が右胴と左銅に張り付き、その先端が後方へ伸ばされた形となる。

 

 更に右胴艦体と左胴艦体が後部へスライド、格納庫の中空構造へ、接合部が食い込む形で中央胴体への接合を開始した。

 

 右胴と左胴が後退接合されたことにより、ヴンダー独特の、怪鳥のような艦首が突き出た形となる。

 

 その首周りの装甲が開き、6枚の花弁のような超硬アダムス組織内包アモルファス合金ブレードがせりだした。

 

 合金ブレードが、ヴンダー艦首を覆うように包み、そして同時に螺旋に捻じれて変形、密封結合した。

 

 黒鉄のような光沢を放つ巨大な鋼鉄の螺旋の塔、ヴンダー最強最後の禁断の牙、艦首螺旋衝角が形成される。

 

 衝角が轟音を立て、電磁レール運動により、回転を開始する。

 支度は整った。

 艦長の命令が思念とともに奔る。

 

「全重力・斥力系制御、攻性運用開始。

 全電力、艦体アダムス組織へ注入。

 

 各種重力子・各種斥力子・正電荷疑似タキオン・負電荷疑似タキオン・疑似タキオン進路制御荷電粒子群、生成・散布開始」

 

 ヴンダー艦内に、怪物の悲鳴のような啼声が響く。

 

 ヴンダー艦体を形成する全アダムス組織に、補機が生み出す電力が注ぎ込まれ、人類の現代の科学技術力では本来生成不能であるはずの粒子・量子の群れが、次々に生成されていく。

 

 さらにヴンダー上部に備えられた巨大なパラボラアンテナ状構造物、かつてNASAが地球外知的生命体探査(SETI)のため開発・運用していた大型タキオン通信実験システム、現呼称『冷線砲』へ電力が供給されはじめた。

 

 ヴンダー艦体周囲素粒子の群れが、複雑な運動の果て、ヴンダー胴体の周囲を回転運動し始める。

 

 それら素粒子群を目掛け、三基の冷線砲が、パラボラアンテナ中央構造物先端部から、蒼い光線を照射し始めた。

 

 放たれた光線が、素粒子たちの回転運動に吸い込まれるようにねじ曲がり、溝を切ったレコードのような円を描く。

 

 それらはやがて三枚の、土星の輪を想起させる光輪となり、ヴンダー艦体を軸に回転運動を開始した。

 

 その光輪を見た北上ミドリが、息を呑む。

 

「これって、ニアサーのときのエヴァの……!?」

 

「違うわ、別物よ」

 

 恐怖の入り混じった北上少尉の叫びを、赤木リツコが冷静に否定する。

 

「この光輪は、ヴンダー艦体から放たれた重力子や斥力子、そして荷電された疑似タキオンによって形成されたものよ。

 

 荷電粒子と重力子・斥力子に拠る重力制御で、ヴンダーを中心とした一種の重力場を形成、円形状にレールを形成した後、冷線砲より射出した荷電疑似タキオンを撃ち込み続けているのが現在の状況。

 

 疑似タキオンは常に超光速状態で動き続けるけれど、荷電が可能であることから電磁場の影響を受けるため、重力・斥力制御で円運動させた荷電粒子を利用して収束させるの。

 

 正負電荷の発生させる電磁気力の反発力と吸着力を利用し、ヴンダーの生成した荷電粒子を重力制御することで、間接的に重力制御と閉じ込めを可能としているの。

 

 あの青い光は、荷電粒子によって形成されたサーキット内部を、正・負電荷の疑似タキオンが超光速で通過することによって発生したチェレンコフ放射に由来するものなのよ」

 

 艦長──シンジにも私にも、もう言葉を発する余裕がない。だから、リツコがわかってない連中に説明しているけれど、一体どこまで伝わるだろう。

 

 しかし書類にはそう記されているとは言え、いちいち『疑似』と大嘘を律儀につくあたり、リツコのリツコらしい所だと思う。あれはタキオンそのものなのに。

 

 とにかく、私とシンジは脳機能を全てのマギプラスユニットと接続し、自他境界消滅限界までシンクロ率を向上させ、各種素粒子及び投射結果演算をノイマン式・量子演算式併用で全力で行っている。

 

 本来ならば私とシンジの自我が完全に混濁してもおかしくない状態で、お互いの思念が、幾重にも演算結果を最高効率で譲り合えるよう、混ざり合っている異常な状況となっている。

 

 平たく言ってしまえば、私とシンジの思念状態は、コーヒーとミルクを混ぜて、スプーンで引っ掻き回したような状態だ。肉眼観測ではもうコーヒーとミルクの判別がつかないほどに、入り混じってしまっている。

 

 L結界が存在する状況での自他境界喪失は肉体の形象崩壊、すなわちLCL化を招きかねない、本当に危険な行為らしい。

 

 私達はその危険を回避するため、N2リアクターの制御用に用いられているマクスウェル・システムを併用していた。

 

 シンクロ状況でお互いの思考を形作る電子の粒子の一つ一つを「マクスウェルの悪魔」に類似した形式で情報付け・分別している。

 

 本来ならば自他が溶融して戻らないレベルで相互脳機能を交換している状況だけれど、それらの思考を形成する素粒子の流れを「一匹の悪魔」に観察させ、タグ付けさせ、区別させているのだ。

 

 素粒子レベルでグシャグシャに混じり合ったシンジと私の思考を選り分け、さらにはマギプラスによるシンクロ量子演算を加速させるアクセラレータとしての役割も果たしている。

 

 そもそもこの術式は、本来演算用でない、N2リアクター補機の発電アシスト用のシステムの転用であり、10年前、咄嗟に閃いたバカと無茶を試した結果生まれたものだ。

 

 こういう自我状態に成り果てて、なぜLCL化しないのか、形而上生物学では説明困難な事象であるらしいし、目玉の中にいる9番目の使徒が役割を果たしている可能性はあるが、ともかくコレのおかげで思考を極限までシンクロ演算しても肉体が溶解せずにすんでいるので、本当にいざというときにかぎって使っているのが現状。

 

 マギプラスの通常運用でもなお困難な演算を行い、極小単位から極大単位の現象に至る恐るべき規模の演算が奔る。

 

 閃転する螺旋衝角内部のアダムス組織も連動させ、螺旋円錐表面に、回転する電磁力場の螺旋状タキオン粒子射出レールを形成した。

 

 これが、最終的に生成された電荷タキオンを集約し、一種のレーザーとして目標に撃ち放つバレルとしての役割を果たすのだ。

 

 目標相対距離、15000。そして、演算は終了に至る。

 

「新冷線砲、発射」

 

 シンジの言葉を、私は聞いた。

 

=====================================

 

 艦長が言葉を紡ぎ、その言葉がトリガーとなり、3枚の光輪が艦首方向のものから順に回転する螺旋衝角に吸い込まれるようにして消える。

 

 タキオンを覆い、その針路を妨げていた各種素粒子が螺旋衝角先端部に至って消滅、衝角先端に運動エネルギー方向を誘導され、レーザー用に指向性を与えられた収束タキオンが解放され、破滅の光が撃ち放たれた。

 

 虚数の質量を持つタキオンの群れは、時間を逆行しながら超光速で上空の贋造の使徒へと着弾。

 

 同時に拡散し、タキオン場と呼ばれる、エネルギーが虚数状態の場を使徒を包むように形成、それと同時に凝集を開始した。

 

 タキオンの存在を許すがゆえに偽の真空たる世界に、凝集によって間隙を生成、いわゆる『真の真空』を創り出した。

 

 局所的に出現した真の真空は、周囲の偽の真空を引きずり込むようにして連鎖的相転移を開始した。

 

 真空崩壊、と呼ばれる現象である。

 

 相転移により偽の真空が真の真空へ移行する際に発生するポテンシャル差が、膨大なエネルギーとなり、さながら光の泡の如くに変化して贋造の使徒を飲み込む。螺旋より放たれた轟きが、天もろともに使徒の居た空間を穿ったのだ。世界を引き裂く禁忌の螺旋。

 

 即ち艦首螺旋衝角『轟天』。艦長の研究を元に基礎設計をおこなった担当者はこの恐るべき兵器をそう命名した。

 

 そして、本来であれば光速で広がり、全てを相転移させるまで終わらぬはずであった光の泡は、唐突に拡大を止め、まるで自身の内側に吸い込まれるかのようにして消失した。

 

=====================================

 

「なによ、あれ」

 

 シキナミシリーズを超えるものとして、『ショウカク』の名字を与えられた彼女は、呻く。

 

 一瞬前まで存在していたはずの上空の贋造の使徒が、突然の輝きとともに、跡形もなく消えていたのだ。

 

 画像及び各種データ解析も、『贋造の使徒がヴンダー目掛けて蒼い光線を放った』瞬間、跡形もなく消えてしまったことを示していた。

 

 また、ATフィールド検知システムも異常値を示していた。

 

 意思無き空間が、まるで突然意思を持ったかのように、ATフィールドを発散し、何かを押しつぶしてしまうかのような挙動を、贋造の使徒のいた空間付近で示していたのだ。

 

 あえて例えるならば、まるで体内に出現した癌細胞を、免疫システムが攻撃して殺してしまうような挙動に、それは似ていたかもしれない。

 

 それが何を意味するのか、ショウカクの名を与えられた彼女は理解できない。そして、それを理解する機会を失ったことも理解していなかった。

 

 突然の光景に絶句し、気を取られた彼女は、弐号機との至近距離戦闘である、ということをつかの間失念してしまっていた。

 

 それが、致命の隙だと彼女は思い出す。

 

 眼前に迫る蒼い弐号機目掛け、『槍』を咄嗟に振るうが、遅すぎた。

 その瞬間には既に綾波レイは攻撃準備としての納刀を終えており、黒き月の鞘に仕込まれた電磁抜刀機構を、再び作動させていた。

 

 エヴァ単騎の腕力では不可能な、恐るべき速度の電磁加速斬撃が、『槍』ごと彼女の操るエヴァの胸部およびコアユニットを両断する。

 

 両断され不安定化したコアが、ヒヒイロカネの放つ恐るべきデストルドー波を受け、急激に崩壊してゆく。

 

 そのコアにシンクロしていた彼女の自我と肉体、そして脳も、崩壊するコアにより増幅放射されたデストルドー波の直撃を受け、機能を停止し、彼女は己に何が起きたかも理解できないまま、完全な死を迎えていた。

 

 コアがデストルドー崩壊したために、爆発は発生しなかった。

 両断された赤いエヴァンゲリオンが、赤い海に落ちていく。

 

 綾波レイは一瞬まぶたを閉じた。

『槍』を持つ敵に手は抜けない。万一自棄を起こされ、ヴンダーに『投擲』されるようなことにでもなれば、それは最悪の結果を招くだろう。

 

 本当の新型だったら、生かせたかも知れないけれど、愛を得たと思って盲目になった貴女には言葉は通らない。そう綾波レイは判断した。

 

 私の術式ではまだ、生きたいアヤナミレイしか生かせない。

 シキナミシリーズの人、私達が生きるためには、貴女を殺すしかなかった。名前を呼べなくてごめんなさい。

 

 内心で死者への謝罪を告げると、フライトシステムをヴンダーとは別の方向へと向ける。

 

 死への恐れを知り、生きたいという感情が生まれた彼女たちの元へ。

 

 まだアヤナミレイ以外の名をもたない彼女の妹たちが、どこへ行けばわからないまま、彼女のことを待っている。

 

 ヴンダーへの応援に駆けつけるため、待機ポイントで待機するよう言い聞かせた彼女たちは、一度ヴンダーへと連れ帰る必要がある。

 

 一時離脱する旨をヴンダーへ通信すると、綾波レイは妹たちの待機する海域へ、フライトシステムを走らせた。

 

=====================================

 

「当海域における敵の殲滅を確認。N2リアクター、オーバーロード状態より通常運転へ移行。出力70%。

 

 突撃形態解除、通常形態へ。

 

 作戦行動を終了、本艦は準戦闘態勢へ移行します。

 艦橋内シンクロ同調解除、LCLガス放出。戦闘艦橋、通常艦橋へ移行してください」

 

 壮絶な演算を終え、流石に顔に疲弊の色をだした艦長が、各センサー系の情報を確認し、敵の増援の可能性が無いことを確認した上で、帽子を目深にかぶり直しながら、戦闘の終了を宣言した。戦闘が終わっても、戦後処理が残っている。全員即座に休息というわけにはゆかない。

 戦闘艦橋下部の隔壁が解放され、艦橋構造物が通常艦橋位置へと降下した。

 艦長の指示が、矢継ぎ早に飛ぶ。

 

「整備班は8号機の状態確認・整備を最優先。

 なお、弐号機よりアヤナミシリーズ8名の保護、エヴァ44A8機鹵獲の旨、通信を受けています。レフトハンガー・ライトハンガーにわけ、各4機駐機。主計科および医務科はアヤナミシリーズ受け入れおよび身体状況検査の準備をお願いします。

 稼働限界を迎えている場合、生命維持措置を行う必要がありますので、その場合はオペの準備を──」

 

 指示を下していると、不意に頭の上に手を置かれた。

 戦闘艦橋移動用キャットウォークづたいに歩いてきた赤木リツコが、艦長の頭を撫でているのだ。

 

「少し休んだほうがいいわよ、碇艦長。

 

 想定以上に無茶な演算になったわね。

 第10の使徒以来のバカげた演算だったもの。

 

 脳にどれだけ負荷がかかったかわかったものではないし、部署ごとの指示ぐらい各科長に任せなさい。

 

 そのための人員増でしょう? 

 何から何まで指示出ししていては、下がかえって動きづらいのよ。指示出しの経験を部下に積ませるのも艦長の仕事。

 

 そういうわけだから、あなたは少し部屋で休みなさい。これ、艦長付きの医者としての諫言よ」

 

「笑いながらキツイこといいますね、リツコさん」

 

 艦長が苦く笑う。

 

「あなたと副長、身体強度の高さをいいことに、限界を越えた無茶をするものね。普通だったらあれ、形象崩壊を起こしてないほうがおかしい状況よ。

 

 扱うものが扱うもので、起きた現象が現象であれば、無茶もしかたないけれど。NASAのSETIのデータサンプル通りの挙動を前提とした演算が、あの規模での運用で通じて、正直安心したわ。

 

 興味深い現象やデータも取れたし、あなた達の疲れが取れたら、そのことについて詰めましょう。

 

 とりあえず今は、休息なさい。それとも、総司令の名代として命令する必要があるかしら?」

 

「おとなしく休みますよ。アスカも心配ですし。

 バイタルデータは正常ですが、ヴンダーのアダムス組織の制御をかけたのは大半が彼女です。

 僕以上に無理がかかっているでしょうし、一度様子を見てきます。

 

 リツコさん、日向さん、青葉さん、高雄さん、すみませんが、あとをよろしくお願いします」

 

「戦術長了解」

 

「戦術長補佐了解。ホント、ちゃんと休んでくださいよ?」

 

「機関長了解。こっちのことは任せとけ」

 

 彼らの言葉に艦長が頷き、席を立つ。

 どこかふらついた足取りで、疲弊も顕にドアを開け、艦橋を退出した。

 

 日向戦術長が、苦笑を浮かべて呟く。

 

「艦長、完全に素が出てましたね。敬礼なし、階級も呼び忘れ。

 ボロボロに疲れ切ってますよ。それだけ無茶をしたということなんでしょうが。副長からの通信が止まってますし、心配でしかたないんでしょうね」

 

「そういうとこ、シンジくんはシンジくんのままなんだよ。

 腹はくくったし決断もできるようになった、でもまあ、そのへんは変わらない。

 艦長のいいとこだよ。だから葛城総司令もヴンダーを安心して任せられる。

 ま、御目付の赤木博士がいるからってのもあるだろうけどな」

 

 青葉戦術長補佐の言葉に、高雄機関長が頷いた。

 

「艦長が操るこのフネに乗ったのは久々だが、無茶をするところは変わらん。

 腹をくくったら強いところもだ。ただまあ、気を張りすぎるところが気に入らん。

 生真面目なんだろうが、もう少し気楽にやれるようになってくれりゃあいいんだが。

 長良、初の実戦で初の操演、ご苦労さん。どうだった」

 

 高雄機関長の言葉に、長良中尉が頷く。

 

「思いの外落とせましたし、やれそうです……といいたい所ですが、正直不安です。

 私は5機で手一杯のところを、15機軽々と動かしながら戦況分析もできるし、自分の同型の挑発にも乗らず、むしろ逆手にとってすらいました。

 いずれにせよ、副長は噂以上に有能な方のようです。趣味も合いそうですし、私はこの艦、案外好きになれるかもしれません」

 

「そうか、そりゃ良かった。副長は昔ぁそれこそ他人と見たら喧嘩を売らずに……」

 

「昔のことは昔のことよ、高雄機関長。昔のあの子は他人と見たら噛み付く臆病なヤマアラシだけれど、あれで昔からあの子は優しかったのよ」

 

「そういうもんか、まあ昔なじみで今師匠の、アンタが言うならそうなんだろうな」

 

 リツコの言葉に、高雄は笑んだ。とてつもない無茶な負荷をかけられた補機や動力伝達系にどれほどダメージが生じたかわかったものではないと内心思っているが、それはやりがいのある苦労でもある。

 

 なにしろ艦長たちの創意工夫と決断がなければ、この一戦でヴンダーは沈み、物流センターとしてのオアフ島は壊滅。

 

 人類は滅びへ一直線であったかもしれないのだ。その尻拭いぐらいは喜んでできるってもんだ、と高雄は内心ひとりごちた。

 

 一方、複雑な表情を浮かべているものも居た。

 北上ミドリ少尉である。

 

 これが碇シンジか。これが式波・アスカ・ラングレーか。

 ここまでできるっていうなら、あのいつもの大本営発表も、あながち嘘じゃないのかもしんない。でも。

 

「でも、姉さんは帰ってこなかったよね」

 

 助けられなかった。

 コレほどすごい船でも。あれだけやれる人たちでも。

 いや、姉さんが死んだから? それが理由でここまで強くなった?

 

 でも、あいつは諦めてないって。

 わからなくなる。

 

 しかも最後の攻撃は、起きた事自体よく理解できなかったけれど。

 ヴィレ総司令の承認が必要な武器って、一体どういうシロモノなのよ。

 

 10キロもあったバカでかいのが一瞬で消えるって、どういう武器よ、それ。

 

 相当危ない橋わたったんじゃないの。

 

 シンクロ状態だって、どう考えてもメチャクチャだった。砲撃演算中、あいつヒトの思考完全にやめて、機械なんだか副長なんだかわからない、かき混ぜたミルクとコーヒーみたいな思考になってた。それが、ちゃんともとに戻るって、どうなってんのあいつら。

 

 いろいろおかしいよ、あいつ。あいつ、わかんないけど、絶対危ない。

 

 10年前だって、そういう博打をやって、それに姉さんが巻き込まれたのかもしんないし。

 

 疑心が湧く。拭う気にもなれない。

 心に灯ったワンアウトのライトは、まだ消えないまま静かに光っている。

 

 ツーアウトまではいい。でもスリーアウトになったら?

 

 その時は。腰の拳銃が収まったポーチに、北上ミドリは手を当てた。

 

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 かつて使徒とエヴァによって呪われ、本来眠りを必要としない体となったはずなのに、今にも意識が消えそうなほどに疲弊した式波・アスカ・ラングレー中佐が操るヴンダーは、駆けつけた艦長の思考シンクロアシストを得て、オアフ島沖の停泊地へと帰還を遂げる。

 

 かくて、ハワイ沖防空戦と呼称される一連の戦闘は終結を迎えるに至った。

 

 本来局地戦でしか無い防空戦とはいえ、贋造の第8の使徒が落着し、大津波を発生させていたならば、オアフ島を守護する封印柱は津波の直撃をうけ、その倒壊と機能停止は必定であった。

 

 そうなればオアフ島は津波に依って完膚なきまでに全土を破壊された後、L結界に包まれて完全に潰滅し、人類生存に必要となる物資を送るためのセンターとしての機能を喪失していたことは疑いない。

 

 そして人類はまた一歩滅亡へ足を進めていたことであろう。

 

 AAAヴンダーは、遺憾なくその力を示し、そして新たな乗員たちはその力に瞠目した。

 

 数億の人類が生き残った以上、派閥闘争や政治は必然として生じている。

 

 無論、最後にヴンダーが放った恐るべき轟天の光芒を、フォースインパクト阻止のために暴走するヤマト計画派閥の危険性の現れとみなし、自らが仕える『本当の主』に伝える必要がある、と考える者たちも、新たな乗員の中には混じっていた。

 

 しかし、それらが伝えられ、状況への変動を引き起こすのは、当分先のこととなるだろう。ともかくも闘いは終わったのだ。

 

 オアフ島停泊地にヴンダーが停泊後、姿を見せない艦長と副長を訝しみ、主機エントリープラグ内監視カメラを稼働させた赤木リツコが目にしたものは、疲弊のあまり脳髄が稼働限界を迎えた、二人の使徒憑きたちの姿であった。

 

 LCLの只中、主機シートの上で眠る碇シンジ艦長の上で、艦長を椅子にするようにして、式波・アスカ・ラングレー副長も眠っていた。

 

「……寝るのなら、せめてプラグの外にしなさい」

 

 ヒトたることを半ば止めた肉体、その気になれば一ヶ月不眠でも問題ない脳機能を、どこまで酷使すればこのような状態になり果てるのか。

 

 呆れ果てた、と言わんばかりに赤木リツコは頭を抱えた。

 連絡を受けた医療科が駆けつけて二人をエントリープラグから引きずり出したのは、その10分後のことである。

 

 

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