原作とルートを変えているので、そこら辺の辻褄合わせに少し苦労しました。
「脱出しましょう」
本を閉じると、葵は五人に頷きかけた。
「このままここにいても、どうしようもないわ。隠れてるみんなと合流しましょう。
力を合わせて、学校から抜け出すの」
「うん!」
「ああ!」
「ええ!」
悠、荒木先生、織美亜が頷いた。
「……ムリだよ」
「無理ではない。消耗しているとはいえ、能力者がいるんだぞ?」
「それはそうだけど、カギがなければ、校門は開かないんだろ?」
「だから、まず探そうって言ってるんじゃない」
「場所は分かってる。俺、見たんだ、カギ。……多分、あれが校門のカギだ」
「なんだ」
葵は、ほっと胸を撫で下ろした。
得意そうにピンと指を立てた。
「それなら話は簡単ね。今すぐ、取りに――」
「あの鬼の! 牛頭鬼のいる中庭の地面に! 刺さってるのを見たんだよ!」
「……はぁ」
堪え切れずに、大翔は叫んだ。
悠が青い顔をして黙り込み、ごくりと唾を呑む。
葵は難しい顔をして腕を組んだ。
荒木先生はふむぅ、と唸り、織美亜と狼王は溜息をつく。
牛頭鬼と戦ったが、撤退したからだ。
「……それはちょっと、厄介そうね」
「厄介とかいう話じゃない! 葵はあいつを見てないから、そんな事を言えるんだ!」
もう声を抑えられなくて、大翔は叫んだ。
「あんな奴のいるところから、カギを奪えるわけない!
あの二人でも歯が立たなかっただろ? ……ムリなんだよ」
「……それでも、まずはみんなと合流しましょう。
隠れてる男子達に、鬼の位置、伝えてあげないと」
怒鳴る大翔に、葵は冷静な声で応じた。
「このタブレットの情報が、今のあたし達の命綱なの。
闇雲に動き回って鬼に捕まっちゃう子が出る前に、合流して情報を共有しないと」
「……」
「校庭の方も、もう安全じゃないの。
女の子達も武器を持って頑張ってるけど、そんな鬼がいるならどうしようもないわ。
一刻も早く、脱出しないと」
葵は何気なくタブレットを見下ろし……。
あっ、と声を上げた。
タブレットの画面表示が、変わっていた。
前面に乾電池のようなアイコンが表示されて、ちかちかと点滅している。
『バッテリーを充電してください。充電しない場合、まもなく電源が切れます』
「………次から次へと……」
葵は舌打ちした。
「先に充電しないとダメね。充電器探しから始めないと」
「『雷鳴』の能力者、この場にいてほしかったわ」
「タブレットの傍にケーブルがあったぞ。まだ6年2組の教室にあると思うぞ」
荒木先生が答えた。
こういう時、荒木先生は頼りになる。
「なら、一旦教室へ戻りましょう」
「時間は、大丈夫かな……」
チャイムの音は、ほぼ1時起きに鳴っている。
次に鬼が追加されるまでに残された時間は、あと40分もない事になる。
やる事はたくさんだ。
6年2組の教室まで戻り、タブレットを充電する。
校舎の中でバラバラになった男子達と合流する。
中庭のカギを奪って、校門から逃げ出す。
充電の時間なんて、ほんの少ししか取れない。
校舎から出てしまえば、充電のためのコンセントもない。
タブレットの電源が切れたまま、数の増えた鬼に襲われたら……。
「……なんかもう、頭で考えても仕方ないわね」
もうどうにでもなれみたいに、葵が肩を竦めた。
「出たとこ勝負だわ。葵さん、腹くくりました」
くすくすと悠が笑った。
「ガリ勉宮原が、そんな事言うの聞けるとはね」
「長生きはするもんだな」
「12年だけどねぇ」
苦笑いだが、三人で笑い合った。
顔をひきしめると、五人はドアへ向かった。
「さあ、行くぞ、大場」
「……俺は、いい」
大翔は首を振った。
すると、荒木先生は大声で怒鳴った。
「このままここにいるのは愚策だと宮原が言ってるだろ!
次のチャイムで、お前らは鬼に食われるんだぞ!
俺はみんなに、誰も死んでほしくないんだ!」
それが、荒木先生の本心だった。
生徒も能力者も、誰一人死なずに脱出する。
先生らしい、力ある言葉だった。
「……荒木先生……俺……」
荒木先生に助けられた大翔は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、悠、葵、織美亜、狼王と共に歩き出した。
教卓の上には、電源タップとケーブルが、置かれたままになっていた。
タブレットに繋ぎ、電源に差し込むと、充電中を示すアイコンが表示された。
6年2組の教室。
幸い、鬼はこの近くにはいないようだった。
次のチャイムまでに残された時間は30分強。
10分前には行動開始。
それまでは充電を待つ事にして、四人とも黙って席につき、荒木先生は教卓の前に立つ。
教室は、いつもと何一つ変わらない。
それがなんだか、不思議な事のように思えた。
訳もなく教科書を引っ張り出して開いてみると、以前描いたラクガキが目に飛び込んだ。
また授業を受ける事ができたら、今度は真面目に聞こうと決めた。
「……ん?」
ふと、大翔は違和感に気づいて、瞬きした。
小さな違和感だった。
最初は、何に引っかかったのか、自分でも分からないくらいだった。
机は、いつも通りだ。
隅っこに彫り傷がついている大翔の机。
上でプリントに字を書こうとすると穴が開く。
机の横には、掛け金がついている。
そこに、靴袋がかけられている。
何年か前に、母さんに買ってもらった靴袋だった。
黒の生地に一点だけ、スポーツメーカーのロゴマークが入ったもの。
それまで使っていたアニメ柄のものが、急に恥ずかしくなったから。
「何が気になるんだ?」
自分に問いかけてみる。
袋の紐が、いつもと違う。
紐を締める時、大翔はいつも適当に引っ張っただけにしておく。
いちいち結ぶの、面倒くさいから。
大翔の母は、靴が転がり落ちないように、丁寧に結ぶ。
ちゃんとしなさいと、大翔を注意する。
今、袋の紐は、丁寧に結ばれているのだった。
昨日、大翔は靴袋を玄関に出しておいた。
ボロボロになったシューズを突っ込み、いつも通り、適当に紐を締めて。
朝、出掛けに手に取ると、玄関を出た。
紐の事なんて気にしなかったが、思い返すと、
その時にはもうきちんと結ばれていたような気がする。
大翔は靴袋を手に取ると、紐をほどいた。
中身を取り出した。
出てきたのは、真っ白なシューズだった。
ぴかぴかの新品だ。
見覚えがあった。
以前、母とデパートに行った時に、大翔が気に入ってずっと見ていたものだ。
物欲しそうに見ていたら、怒られた。
「そんなに高い靴、いらないでしょ」
(どうして、こんなものが入ってるんだろう?)
靴袋から、ぽろっと何かが転がり出て床に落ちた。
四角く折りたたまれた、紙切れだった。
大翔は紙を拾い上げると、手の中で広げた。
紙には、たった一文、こう書かれていた。
ごめんね。
ちょっと角ばった字。
見慣れた字だった。
家の中に溢れている。
冷蔵庫に貼りつけられたホワイトボードに。
壁掛けカレンダーに並んだマス目の中に。
大翔の母の字だった。
「……大翔?」
悠、葵、織美亜、狼王、荒木先生が不思議そうにこっちを見ている。
視界が滲んだ。
ぽろっと涙が頬を伝った。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、止まらなくて、雨が降ったように紙が濡れた。
母が、買ってきてくれたんだ。
喧嘩して、大翔が部屋に引っ込んだ後、街に飛び出して。
もう遅い時、店は閉まりかけてただろうに、
置いてる店だって多くなかっただろうに、何軒も店を走り回って。
母が用意してくれたんだ。
約束、守ろうとしてくれた。
(『母さんなんて、母さん失格だ』。俺、あんな事、言ったのに。俺のために)
大翔は乱暴に涙を拭うと、履いていた靴を脱ぎ、真新しいシューズを床に置いた。
右足を入れ、紐をぎゅっと結び付けた。
左足を入れ、ぎゅっと結んだ。
痛いくらいに。
シューズはぴたりと足に合った。
立ち上がると、葵と悠に力強く頷きかけた。
「……家に帰ろう」
二人も強く頷き返した。
もう時間だ。
行かなくちゃいけない。
6時間目のチャイムが鳴る。
それが終われば、もう下校の時間だ。
いつまでも学校に残ってたら、きっと荒木先生とかの先生に叱られる。
きっと親達が心配してるから暗くなる前に帰ろう。
(家に帰ろう。帰って、母さんに謝らなくちゃ)
次回はいよいよ、鬼の看守との戦いです。
といっても、一般人である大翔達は基本的に逃げる事しかできませんが、能力者ならば……。