琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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閉ざされた小学校の中で、鬼ごっこが始まろうとしています。

まぁ、エージェントはそんなものは無視できるんですけどね。


1 鬼ごっこの始まり

『子供は、鬼から逃げなければならない』

 

 顔を上げると、最初に目に飛び込んできたのは、その一文だった。

 黒板に大きく、太い文字で書き殴ってあるのだ。

 チャイムの音が鳴り響いている。

 

 少年、大場大翔は欠伸を噛み殺しながら、周りを見回した。

 見慣れた6年2組の教室だった。

 皆が机に伏せて、寝息を立てている。

 それを見て、何だか変な光景だと思った。

 授業中に眠ってしまう奴はよくいるけれど、教室中の全員が眠っているなんて。

(なんで教室にいるんだっけ?)

 大翔は瞼をこすりながら、まだぼんやりとした頭で、考え込んだ。

(なんで、俺達、教室で眠ってるんだっけ?)

 

『ことろことろのルール』

『ルール1:子供は、鬼から逃げなければならない』

 思い出そうと首を捻りながら、黒板に書かれた文字を、読むともなしに読んでみる。

 

『ルール2:鬼は、子供を捕まえなければならない』

『ルール3:決められた範囲を超えて、逃げてはならない』

『ルール4:時間いっぱい鬼から逃げ切れれば、その子供は勝ちとなる』

 

(……なんだ、これ?)

 大翔は瞬きした。

(『鬼ごっこ』のルールじゃないか。

 なんでこんなものが、黒板にずらずらっと書いてあるんだ?)

 ようやく、しっかりと目が覚めてきた。

 さっぱり訳が分からなくて、大翔は何度も黒板に書かれたその文章を読み直した。

 ことろことろ、という言葉はよく分からない。

 けれど、書いてあるのはただの鬼ごっこの事だ。

 なんでわざわざこんなもの書いてあるんだろうか。

 誰でも知ってる事なのに。

 

 いや。

 ルールは全部で七つ、書かれている。

 その最後の三つのルールだけは、大翔の知っている鬼ごっこのルールには、ないものだった。

 

『ルール5:親は、子供を守らなければならない』

『ルール6:能力者は、鬼と戦わなければならない』

『ルール7:鬼に捕まった子供は、――』

 

「ふあぁぁ……。もう朝? 嫌だ。運動会嫌だよう」

 隣の席で声がした。

 眠っていた桜井悠が、目を覚ましたのだ。

「……あれ? ヒロトじゃないか」

 顔を上げて大翔と目が合うと、キョトンとした顔をする。

 ぐるりと教室を見回すと、不思議そうに首を傾げた。

「僕、どうして学校にいるんだっけ? 寝ながら歩いてきたんだっけ?

 なんでみんな寝てるんだっけ?」

 寝ぼけているのか、まだとろんとした目を閉じ、考え込む。

「分からないや。……よし、夢という事にして、もう一度寝よう」

「悠、起きろよ」

 肩を掴んで揺さぶると、悠はようやくきちんと目を覚ました。

 悠と大翔は幼馴染だ。

 同じマンションに住んでいて、幼稚園も同じ。

 6年生までずっと同じクラス。

 何でも言い合える親友だと大翔は思っている。

「悠。俺達、何してたか、覚えてるか?」

「何って……? うーん……覚えてないなぁ……」

 まだ眠たそうに、むにゃむにゃとあくびを一つ。

「……思い出さなきゃいけなさそう?」

「様子がヘンじゃないか? どうして、みんな眠ってるんだ?」

 その時、窓の外で、大きな音が鳴った。

―パンパンパンッ

 銃声のような音だった。

 眠っていたみんなが、それで目を覚ました。

 顔を上げて、口々に喋り始める。

「あれ? なんで寝てたんだ?」

 大翔は窓の方へ駆け寄った。

 鳴っているのは、打ち上げ花火だった。

 窓の向こうに見える空は、血のように真っ赤に濁っている。

 そこで火花がぱらぱらと散っている。

 それで、思い出した。

 今日は、運動会の日だったんだ。

 6年生の各クラスから選ばれた、大道具係の6人。

 準備のために、朝から学校の教室に、集まる事になっていたんだった。

 大翔も係だったから、学校に向かった。

 集合の時よりも、うんと早く。

 叩きつけるように玄関のドアを閉めて、家を出てきた。

 だって、母さんと顔を合わせたくなかったから。

 

「さて、と」

「ここが桜ヶ島のようだな」

 桜ヶ島にやってきた、織美亜と狼王。

 見たところ、普通の島のように見えるが、その中に一つだけ、ぼやけた場所があった。

 織美亜には、あそこが目的地である事が分かっていた。

「……合図が来たら、行くのよ」

「ああ……」

 織美亜と狼王は慎重に近づく。

 罠にかかったりしたら、能力者生命が絶たれる可能性がある。

 ゆっくりと織美亜がぼやけた場所に触れると、突然、吸い込まれるような感覚に襲われた。

「な、何!?」

「織美亜!」

 狼王は慌てて織美亜の腕を掴む。

 織美亜が引き込まれるのを防ぐためだ。

 だが引き込む力はどんどん強くなっていき、やがて二人は、その中に吸い込まれた。

 

 窓の向こうに広がった真っ赤な空に、黒い雲が蛇のようにぐるぐるととぐろを巻いている。

 校庭に人の姿はなかった。

 昨日、みんなで立てておいた入場門や、玉入れのカゴが積んであるのが見えるだけだ。

 遠くの方は濃い霧が立ち込めていて何も見えない。

「俺達、どうしてみんな寝てたんだ?」

「やばいな。準備、サボっちゃった事になるのか?」

 教室の中、みんなが口々に話し始める。

「確か、先生を待ってたんだよな?」

 運動会当部の最終設営は、体育教師の指示で、大道具係の生徒達がやる事になっていた。

 早朝の教室に集まって、教師が来るのを待っていた。

 どうして、全員が眠ってしまうような事になったんだろう。

 

「……なんなのかしら、この空模様」

 窓の向こうを見ながら言ったのは、大翔と同じクラスの宮原葵だ。

 悠と同じく大翔とは幼馴染で、集団下校の班も同じ。

 学年トップの秀才で、「ガリ勉宮原」と言われている。

 頭が良く、可愛いと評判だが……言いたい事をズケズケ言うのが玉に瑕だ。

 良く言えば正直者、悪く言えば毒舌な少女、それが宮原葵である。

 

「……午前9時」

 葵は時計を見上げた。

「運動会、どうなっちゃったのかしら。もうこんな時間なのに、校庭に人が一人もいないなんて」

「ひょっとして、中止になったのかなぁ?」

 ちょっぴり嬉しそうな声で、悠が答えた。

 運動音痴な悠にとって、

 運動会は『この世からなくなってしまえ行事ランキング』ぶっちぎりの1位に輝いている。

「何かトラブルがあって、中止になった、とか……」

「トラブルって何よ?」

「学校に保管してあった睡眠ガスか何かが漏れちゃった、とか。

 それで、騒ぎで運動会も中止になった、とか。そう考えれば辻褄が合うと思わない?」

「思わないわ。睡眠ガスを保管してる小学校ってなんなのよ。

 運動嫌いの希望的観測は大概にしてよね。0点」

「0点かぁ……」

 葵に一刀両断されて、悠がしょんぼり肩を落とす。

 彼女は、いつもこんな感じだ。

「なんで鬼ごっこのルールなんて書いてあるんだ?」

「おかしいわよね、しかも能力者ですって?」

 と、声を上げたのは、金谷章吾と彼の双子の姉、金谷だ。

 二人とも運動神経抜群で、弟はクラスリレーのアンカー、姉はムカデ競走のリーダーを務める。

 成績も、葵に次いで高く(国語は姉、算数は弟が上)、何をやっても上手くこなす。

 当然、二人とも異性にモテるが、弟は興味がないようだった。

 姉の周りには男子達もよく子分みたいに集まっていて、慕われている。

 弟は誰とも仲良くしない、深く付き合わない。

 姉は誰とでも仲良くなれるか、もしくは拒否されるかのどちらか。

 それがこの双子、金谷姉弟だ。

「書いた人はいないの?」

 みんな、伺うように互いの顔を見合うだけだ。

 誰も、この状況の謎は分からないみたいだった。

 ふと、大翔は、教卓の上にあったタブレット端末に、妙な画面が映っているのに気がついた。

 文部科学省推進の情報教育だとかで、各クラスに配られているものだ。

 教師達はいまいち使い方が分からないらしく、いつもは放っておかれている。

 今、画面には、何やら見取り図らしいものが表示されていた。

「ともかく、先生を呼んでくるよっ!」

 そう言って、男子が1人、教室を飛び出していった。

 ガタンと勢いよくドアを開くと、あっという間に廊下の向こうへ消えていく。

 

「……どうしたの? 大翔」

 画面を覗き込む大翔に気がついて、葵が声をかけてきた。

「何これ?」

 タブレットの画面を見ると、眉をひそめた。

 脇から悠が覗き込んで、うわお、と声を上げた。

「うちの学校じゃん!」

 表示されているのは、この学校――桜ヶ島小学校の、見取り図なのだった。

 3階建て2棟の校舎。

 その中に並んだ、1年生から6年生までの4の教室。

 図書室、理科室、音楽室、保健室、給食室、その他の各室。

 校庭、体育郎、体育倉庫、プール、ウサギ小屋、校庭の隅にある池まで全て。

 小学校の敷地がまるごと、タブレットの画面の中に映し出されているのだ。

「誰が作ったんだろー? すっごいな~」

 悠が面白そうに画面に指を走らせる。

「おかしいわ、これ。どうしてあたし達の位置が分かるの?」

 見取り図の3階東棟。

 6年2組の教室の中に、小さな子供のアイコンが16個ある。

「凄いじゃん。僕達の動きが表示されてるの? あ、これは伊藤君かな」

 画面の中で、子供のアイコンが一つ、1階に降りたところだった。

 そのまま廊下を進んでいく。

 職員室は西棟の1階の端っこにある。

 アイコンは一直線にそこに向かっていた。

 

 そして。

 職員室の中には、また別の種類のアイコンが、表示されていた。

 文字を象ったアイコンだ。

 職員室の中を、ぐるぐると動き回っている3文字。

 

 鬼 能力者 能力者

 

 能力者の字が手から光を放ち、もう一つの能力者の字が鬼に斬りかかる。

 鬼の字が、あっという間に消えた。

 誰からともなく、黒板を見た。

 

『能力者は、鬼と戦わなければならない』

 

 静まり返った教室の中。

 チャイムが鳴り響いた。




有栖は、オリジナルキャラクターの一人です。
章吾にきょうだいがいないのは「う~ん」と思ったので、姉を作りました。

次回はいよいよ、本格的な鬼ごっこが始まります。
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