ただ、再会にはまだ時間がかかるようで……。
『問題です。まずは、この音声をお聞きください』
亡者達は、【非常用】ボタンを押すように促した。
緊急時用の通報ボタンだ。
ボタンを押すと、ブツッ、とスピーカーが音を立てた。
マイクが切り替わった。
泣き声が聞こえてきて、大翔はハッとした。
「結衣!?」
スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れた妹の泣き声だった。
ぐすっ、ぐすっと、すすり泣いている。
「結衣! 無事か?」
『……おにーちゃん?』
こっちの声も届くようだ。
大翔が呼びかけると、結衣が気づいて声を張り上げた。
辺りを見回して大翔の姿を探しているのか、声が遠くなったり近くなったりする。
『おにーちゃん、どこ……?』
「結衣、どこにいるんだ! ケガはないか? 大丈夫か!」
『だいじょうぶ……』
「今、どこにいるんだ? 家じゃないのか?」
「……」
何故だか、結衣は黙り込んだ。
言うと怒られるとでもいうみたいに。
「結衣!」
『あ、あのね、おにーちゃん、でかけたあとね……』
結衣は大翔の顔色を伺うように、しゅんとした声を出してよこした。
『ゆいも、いえ、でたの……』
大翔は、頭がかっとなった。
『それで、きがついたら、たくさんおみせがあるところに……』
「どうしてついてきたりしたんだよ!」
大声を出していた。
「あれだけ言ったのに! バカ結衣!」
頭が熱くなって、くらくらする。
結衣は間違いなく、ここにいるのだ。
鬼のうろつくショッピングモールにたった一人で。
『だ、だって、だってね……』
ぐすっ、ぐすっと結衣がまた泣き出した。
「……今、自分がどこにいるか、分かるか?」
深呼吸して大翔はなるべく落ち着いた声を出した。
ともかく、居場所を聞き出さないといけない。
それで、迎えにいかないと。
何故なら、店の中は鬼がうろついているから。
生者を地獄へ落としたい亡者が手薬煉を引く。
小さい結衣は、すぐに捕まって食われてしまう。
スピーカーがいつまで通じているかも分からない。
「答えろ、結衣!」
待ちきれずに大翔が声を張り上げると、結衣はまたぐずり始めた。
『だ、だって……。わ、わかんないよぉ……。おみせ、たくさんあるんだもん……』
「なんていう店だよ?」
『わかんないの……』
「何か目印になるものはないか? 泣いてないで答えろ!
……おい、結衣! 大事な事なんだ! 結衣っ!」
『ぐすっ、ぐすっ……。わかんないっていってるじゃん、おこんないでよぉ……』
結衣はもうこっちの言う事なんて聞こえていないように、ぐすぐすと泣きじゃくっている。
いつもの口ゲンカを思い出した。
大翔が友達と遊んでいるところに交ざってきた結衣は、いつも大翔の邪魔ばかりする。
「結衣、早く。結衣、ちゃんとしろよ」
大翔が言うと、泣いてしまう。
(結衣はまだ小さいんだから、私達と同じようにはできないのよ。心を広く、見守ってあげてね)
母はそう言って、大人のヨユウを見せる。
大翔だってもちろん、そんな事は分かっている。
だが、気づくといつもケンカになっていた。
『お、おにぃっ……ちゃんっ……のっ……ば、バカぁっ……っ』
結衣はひっくひっくと泣きじゃくっている。
もう居場所なんてとても聞きだせない。
『お、おにぃっちゃ、んっ……なんて……だ、だいっきらっい……だもん……』
―ブツッ
断ち切るような音を立てて、スピーカーが切れた。
もう結衣の声は聞こえない。
『……それでは、問題です』
まるで何事もなかったように亡者達の声が響いた。
呆然と立ち尽くした大翔に向けて、くすくす忍び笑いを漏らしながら、一斉に問いかけた。
『『『きょうだいは、あなたにとって、どんな存在ですか?』』』
『以下の中から、お答えください』
『B1、嫌い』
『1、邪魔』
『2、うざい』
『3、顔も見たくない』
亡者達は、一つ一つ代わる代わるに、選択肢を読み上げていく。
その声は徐々に甲高くなり、ケタケタとおかしそうにバカ笑いを始めた。
『4、どっか行っちまえよ、バーカー』
『5、心の底から嫌いだ、クーズ!』
『開、勝手に迷子になっとけよ! いい気味だっつうの!』
『閉、あーあ! いっそ、鬼にでも食われちまえばせいぜいするのになぁ!』
『ギャハハハハ!』
『ギャーハッハッハッ!』
大翔は体の脇で、ぎゅうっと拳を握り締めた。
『『『さあ、お答えください!』』』
(答えるな、壊すんだ)
狼王が小声で大翔に伝えると、大翔は頷いた。
大翔はすうっと息を吸い込むと、並んだボタンをじっと見つめた。
「答えは……」
亡者達が見つめる。
悠と葵とエージェント達が見つめる。
大翔はサッカーでシュートを決めるように、右足を振り上げた。
「こいつだっ!!」
並んだボタンを――力いっぱい蹴り上げた。
―バキイィッ
ボタンの表面に罅が入り、砕けたガラスが床に散らばる。
バチッと火花が散り、スピーカーが静まり返った。
バカ笑いしていた声が聞こえなくなった。
「……」
三人は、ぎゅっと目をつぶって待った。
エージェント達は、頷いている。
たった数秒が、1時間にも2時間にも感じた。
しばらくして、音が鳴った。
―ピンポン
恐る恐る目を開くと、エレベーターのドアがのろのろと開いていた。
ドアの向こうには、ショッピングモールのB1フロアが広がっている。
振り返ると、エレベーターの窓の向こうに、もう景色なんてなかった。
地下フロアの壁が、暗くそびえているだけだ。
群がっていた亡者達の姿も、消え去っていた。
「……行こう」
「ああ……」
大翔は、足を踏み出した。
砕けたガラス片を踏んで、エレベーターを出る。
「結衣を探しに行かなくちゃ」
ふと気づいて、振り返った。
もう姿の見えない亡者達に向けて、言ってやった。
「……バカ笑いすんのは、間違えてからにしろって言っただろ」
―ちっ
悔しげな舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。
きょうだいの絆は、誰にも破れないのです。
ま、エージェントにも、きょうだいがいるのは出てくるんですけどね。