階段を上がると、ショッピングモール1階に出た。
全面開けた吹き抜けのフロアになっていて、手すり越しに4階まで見通せる。
幅の広い通路にたくさんのショップが並んでいる。
おしゃれなカフェ、ハンバーガーショップ、まだ甘い匂いの漂うクレープ屋、
お菓子屋、土産物屋、旅行カウンター……。
「結衣ーっ!」
妹の姿はどこにも見当たらない。
夕暮れのような光が射し込み床に濃い影を落とす。
噴水から流れる水が血のように赤く染まっている。
大翔の声が、だだっぴろいフロアに、どこまでも空しく響き渡っていく。
「結衣ー、返事しろよーっ!」
大翔は、だんだん頭がぼんやりしてきた。
左足が腫れ上がってきている。
それと一緒に、体まで熱っぽくなってきたようで、ふらふらする。
ここは、織美亜に治してもらうしかなかった。
「アタシが治してあげようか?」
「頼む」
「といっても、アタシは傷専門なんだけどね……」
織美亜に癒してもらいながら、大翔はふと、昔、結衣が迷子になった時の事を思い出した。
結衣が今よりも、もっと小さかった頃の事だ。
家族三人で、海に出かけた事があった。
真夏の海、晴れ渡った空、人でごった返した砂浜。
久しぶりの家族旅行で、大翔はすっかりはしゃいでしまい、失敗した。
「ちょっと買い物に行ってくるから、結衣をお願いね」
母に頼まれたのに、つい目を離して、砂浜で遊んでいたのだ。
そのちょっとの隙に、結衣はいなくなっていた。
母さんは真っ青になって、結衣を探して走り回った。
「誘拐されたんじゃないか、警察を……」
大人達が深刻な顔で相談している。
自分のせいだと思い、大翔は浜辺を走り回った。
目を離したからとかではない。
妹なんて欲しくなかった――結衣が生まれてから、事あるごとに、そんな事を思っていた。
だからきっと、神様が、結衣をどこかへやっちゃったんだ……そう思った。
結衣の名前を叫んで、大翔は走り回った。
夕暮れになっても、結衣は見つからなかった。
「これで、治ったかしら」
「ああ……全然痛くない」
織美亜のおかげで大翔の体力は回復したが、まだ、大翔は真剣な表情をしていた。
「結衣を……結衣を、早く見つけないといけないんだ。あいつ、鬼に見つかって食われちまう」
「でも……」
「結衣、歩くのすげえ遅いんだ。保育園の運動会でもビリばっかなんだ。
年少の頃から、ずっとだぜ。
そもそも歩けるようになるまでだって、他の子より遅かったくらいなんだ」
結衣が初めて歩いた日の事を思い出した。
母さんが結衣にかまけて自分を構ってくれなくなって、大翔が拗ねていた頃の事。
遊びに出かけようと玄関で靴紐を結んでいたら、結衣がハイハイして寄ってきたのだ。
大翔の服の裾をぎゅっと掴んで、立ち上がった。
にーに、と舌たらずに言って笑うと、大翔を追いかけるように1歩、歩いた。
直後に転んで、大泣きした。
「……初めて歩いたの、そんな感じなんだ。運動音痴なんだよ。
鬼なんかに見つかったら、逃げ切れなくて、すぐに捕まって食われちまうよ。
それに、体力もねぇんだよ……」
大翔は喋り続けて、文句ばかり出てくる。
「どっかに出かけたら、すぐにさ。もう歩けない、おぶってって、ぐずりだすんだよ」
一緒に出かけると、いつもそうだ。
おにーちゃん、つかれた。おにーちゃん、おんぶ。ワガママばっかり。
根負けして仕方なくおぶってやると、
結衣は大翔の肩に掴まって、安心したように寝息を立て始める。
「グズで。泣き虫で。我儘で。甘ったれで。……ほんと、どうしようもない妹なんだよ」
文句を並べながら、大翔はなんだか、泣きたくなってきた。
あの日、結衣を見つけたのは、絶局、浜辺のすぐ近くの岩場の陰だった。
大翔が見つけた時、結衣は岩の上に寝そべって、幸せそうに寝息を立てていた。
(なんだよ、こんなところで眠りやがって)
大翔は腹が立って、どんどんムカついてきた。
「結衣、起きろよ。みんな、探してたんだぞ。バカ」
肩を揺すって呼びかけると、結衣はようやく目を開けた。
起こしたのが大翔だと分かると、まだ眠たそうに瞼をこすりながら、
はい、と大翔の手に何かを押しつけてきた。
それは、貝殻だった。
綺麗な貝が、たくさん。
プレゼントだよ、と結衣は胸を張った。
「おにーちゃんに。たくさんあつめたの」
怒りたかったのに、それで大翔は、怒れなくなってしまう。ずるい。
「おにーちゃん、だいすき」
結衣はそう言って、にっこり笑った。
人にとって大事なのは、絆です。
だから、鬼にも対抗できるんですよね。