馬頭鬼から逃げるために、子供とエージェントが挑みます。
―ヒヒィイン!
声が響き渡り、三人は飛び上がり、エージェントは身構える。
振り向くと、四階の手すりの脇に馬頭鬼が立っていた。
左手にショッピングモールの紙袋を持ち、手すりから身を乗り出して、こちらを見下ろしている。
「しつっこい鬼ね……」
葵が毒づく。
「だ、大丈夫だよね。上の階だし……」
不安そうに、悠。
馬頭鬼は紙袋に手を突っ込んだ。
取り出したのは、二丁の銃。
黒光りする箱のような銃と、おもちゃのようにカラフルな銃を、両手に構えた。
箱のような銃は……【商品No.3 サブマシンガン】。
「ほんと、なんなんだよっ。このショッピングモールっ!」
「だが、光速には敵わないぞ」
阿藍は目に見えない速度で馬頭鬼に突っ込み、サブマシンガンを盗む事に成功した。
盗んだサブマシンガンは狼王が回収し、馬頭鬼に向けて撃つ。
馬頭鬼は逆にダメージを受けたため、エージェントに対して怒りを見せた。
調子に乗った阿藍は、次々と紙袋のものを盗んでいく。
【商品No.2 パラシュート】、【商品No.4 ゴムネット銃】。
光の速さで動く阿藍は鬼すらも捉えられなかった。
ようやく馬頭鬼が阿藍に近づくと、何かを紙袋から取り出す。
【商品No.1 金棒。鬼に金棒。強いものが何かを得て、さらに強くなる事の例え。無敵。
威力・高】
無数のトゲの生えた巨大な金棒。
紙袋から取り出し、肩に担ぐと、馬頭鬼は阿藍の方へ歩いてくる。
これすらも盗もうとした阿藍だが、今度こそ馬頭鬼に気付かれた。
馬頭鬼の顔は、口の部分が歪み、歯を剥き出しにして……笑っている。
(餓鬼どもと違って、馬頭鬼はグルメなんだ)
ツノウサギが言っていた。
(人間の肉っていうのは、そいつが恐怖を感じるほど、旨味が出て味がよくなるもんだ。
よく怖がらせた肉はコクが出て、まろやかな舌ざわりになる。
だから馬頭鬼は、いただく前に、獲物をきっちりいたぶるのさ)
一歩、一歩、馬頭鬼は歩いてくる。
走ろうとせず、ゆっくり獲物を追い詰める。
背中を向けたら殺される――直感で分かった。
大翔、悠、葵は、ゆっくり後ろへ下がっていき、阿藍は身構えたまま、体勢を崩さない。
鬼ごっこのCMが頭に浮かんだ。
逃げる子供に、背後から飛びかかる馬男。
捕まえた子供を、みるみる食いちぎるところ。
「まずいぞ……」
三人は、背中に硬い感触を感じて止まった。
壁だ。
右か、左ヘ……影が落ちた。
顔を上げると、目の前に馬頭鬼が立って、にやにや笑って四人を見下ろしていた。
CMの子供が、大翔達の姿に変わった。
骸骨になって挨拶している自分の姿。
こめかみを冷や汗が伝い落ちた。
馬頭鬼は金棒を軽く振るい、大翔の額にピタリと当てた。
額に冷たい金属の感触。
僅かにトゲが食い込んで、血が伝い落ちる。
また振るった、今度は強く。
三人の肩の上の壁に、罅が入った。
がくがくと足が震え始めた。
(ちきしょう、今の俺、食ったら滅茶苦茶美味いぞ)
(それは、あたしだって同じよ)
(僕を食べても美味しくないと思うけど)
(さっき盗んだ時に、力を使いすぎたからな……)
馬頭鬼は、震える三人をじっと見ている。
鉄板の上に乗せた肉が、美味しく焼けるのをじっと待っているような目。
―ジュウジュウジュウ……
恐怖で肉に旨味が広がり、獲物が動けなくなったら、食べ頃だ。
がくがくがくがく――三人の全身が震え、壁に体重を預けている。
馬頭鬼は流れ落ちる涎を拭うと、口を開いた。
顔の半分以上ある大口だ。
並んだ牙の向こう、喉の奥に、底なしの闇が広がっている。
ゆっくりと、大翔の頭へ近づけていった。
「おにいちゃん……?」
声が聞こえた。
大翔は瞑っていた目を見開いた。
すぐ脇の階段の上に……結衣が立っていた。
アニメキャラクター柄のプリントシャツに、クリーム色のスカート。
今朝、出掛けに見た時と同じ格好。
状況が分からないのか、不思議そうに大翔達を見下ろしている。
馬頭鬼を見た。
ぱち、ぱち、とまばたきをした。
(……駄目だ)
大翔は息を呑んだ。
気配に気づき、馬頭鬼が後ろを振り向いた。
結衣の姿を見て、ブルッと鼻から息を漏らした。
(駄目だ……駄目だ)
馬頭鬼が一瞬だけ、考え込んだ。
その考えが、大翔の頭に、電流のように伝わった。
小さければ小さいほど、ウマいんだよなぁ、ガキの肉って。
大翔達をそのままにして、結衣の方へ歩き始めた。
(駄目だ、駄目だ、駄目だ!)
馬頭鬼の口が、ペロリと舌なめずりするのを見た瞬間。
体の震えはピタリと止まった。
足の痛みも綺麗に忘れた。
大翔は吠えた。
「どっせええええええええっいっ!」
タックルで飛びかかった。
油断していた馬頭鬼の腰へ、ぶちかます。
盛大にもつれ合いながら、階段に倒れ込んだ。
すぐさま跳ね起き、足を踏ん張る。
痛みも怖さも全部吹っ飛んで……もうよく分からなくなりながら、
転げた馬頭鬼に、指を突きつけた。
「やい、こら! この鬼! あのなぁ!」
強がりだっていいだろ。
「こいつは、確かにグズで、泣き虫で……我儘で、甘ったれで……その他、色々!
どうしようもない奴なんだ! めんどくせーってよく思ったよ!」
だって、俺は兄ちゃんなんだ。
「でも……それでもな!」
大翔は叫んだ。
「こいつは俺の、世界でたった一人の、大事な妹なんだ! 手を出すんじゃねえよ、バカ野郎!」
「大翔、これを使って!」
その時、聞き覚えのある声が響き渡った。
同時に、目の前にガシャンと何かが落ちてきた。
スポーツショップに置いてあった、スケボーだ。
振り向くと、階段の脇に、金谷章吾と金谷有栖が立っていた。
弟はゴルフクラブを持ち、足にはインラインスケート。
姉はデイパックを肩にかけている。
倒れた馬頭鬼が立ち上がる。
「ゴールデンっ!」
「ハンマぁーっ!」
鉄アレイが落下してきて、馬頭鬼の頭にぶち当たった。
和也と孝司が、ぜぇぜぇ息を切らしながら、インラインスケートで滑ってきたのだ。
「ここで助っ人参上だぜぇ!」
「ピンチの時に颯爽と! カッコいいっ!」
二人は何故かそれぞれ、カウボーイハットに鉢巻き姿。
「……って、なんで、みんな無事なんだ?」
「俺が盗んだからだよ……」
「まあいいや。とうっ!」
気合いの掛け声と共に、手すりを乗り越える。
二階から颯爽と飛び降りた。
格好よく着地……はできずに、コケてゴロゴロ滑っていく。
「やっぱりジャンプはムリだったあああああああぁ」
「……なんか、私の出番、なくない?」
「……全員、逃げるぞ! 突っ走れ!」
章吾がゴルフクラブを馬頭鬼の頭目がけてぶん投げた。
立ち上がった馬頭鬼がよろめく。
「いくぞ!」
狼王は怪力によって、馬頭鬼の頭を殴る。
馬頭鬼が怒りで吠えた。
「GO!」
葵がスケボーで走り始めた。
何度も床を蹴って飛び乗ると、一直線に通路を駆ける。
織美亜と有栖は、阿藍が放った光により、身体能力が上がっているため、自力で走れる。
和也ががらがらと押してきたのは、ショッピングカート。
「えっ。みんなスケートとスケボーで僕だけこれ?」
おろおろする悠を、和也と考司が二人がかりで担いで、カートに乗せる。
「僕ももっと、カッコいいのないの?」
「何言ってるんだ! 鬼に食われるのと、カッコ悪いの、どっちを選ぶんだっ!」
「そうだぞ桜井! いいから乗ってろっ! 発車しまああぁあああああっす!」
「カッコいいのないのおおおおおっ?」
ショッピングカートをガタゴト転がし、和也と考司と悠が通路を走っていく。
「大翔も早くしろっ!」
「分かってる!」
大翔は結衣を抱き上げると、一蹴りでスケボーに飛び乗った。
そのまま前傾になって、加速する。
横を章吾、織美亜と有栖、阿藍と狼王が並走する。
全員、一階通路を全力疾走。
『ぴんぽんぱんぽん。ご来店のお客様へお知らせいたします。
モール内での、インラインスケート、スケボー、
ショッピングカートなどを使った暴走行為は、大変危険です。
ご遠慮くださいますよう、お願いいたします』
「知るかよっ!」
「メーワクな警備員を何とかしてから言えっての!」
「そうだそうだーっ!」
『えー……』
皆で抗議すると、放送は困ったような声を出した。
ぴんぽんぱんぽーん、と言って切れた。
案外、押しに弱いのかもしれない。
馬頭鬼は立ち上がり、逃げていく子供とエージェントの方を振り返った。
紙袋に手を突っ込んだ。
ごそごそと中身を探っていたが……やがて、何かをがしりと掴んだ。
ゆっくりと、取り出していく。
黒く鈍い色をした、鉄の塊だ。
少しずつ、中身が見え始め、少しずつ、少しずつ、外に出し、
少しずつ、少しずつ、少しずつ……。
全部出ると、全長5.34mに、重量8トン。
【商品No.0 大砲。ドカーン。威力・激高】
「「そんな」」
「「商品が」」
「「あるかあっ!」」
思わず子供達全員でツッコんだ。
(どんだけなんでも揃うんだよ、このショッピングモール!)
「……やっぱり……」
有栖は、乾いた笑いを浮かべた。
(ていうか紙袋ん中、入るわけねーだろそれっ!)
「せめて、あの子がいれば、電撃の盾で守れるのに……!」
織美亜の呟きを聞かずに、馬頭鬼は警備服の胸ポケットから、マッチ棒を取り出した。
床で擦って火をつける。
大砲の後ろから伸びた導火線に、近づけた。
火が燃え移り、パチパチ音を立てながら、導火線を上っていく。
馬頭鬼が両手で耳を塞いで、後ろを向いた。
「全員、伏せろぉっ!」
次の瞬間、音が聞こえなくなった。
あまりに音が大きすぎて耳がおかしくなったのだ。
口径890mm、速度は毎秒約500m。
巨大な砲弾が――発射!
転ぶように伏せた皆の頭上を、轟音と共に通り過ぎる。
並んだ店先の商品が、全部ふっ飛んだ。
コーヒーカップ、ネックレス、アイスのコーン、
Tシャツにチラシ……ショッピングモールの様々な品物が、全部、宙に舞い上がった。
皆、飛ばされないように踏ん張った。
砲弾は売り場を滅茶苦茶に壊していく。
置かれたカートを薙ぎ倒し、彫刻を木っ端微塵に破壊し、ガラスをバラバラに割って……。
―ドゴン!
入り口を封鎖していたシャッターにぶち当たった。
分厚いシャッターを突き抜け、大きな穴を開ける。
そのまま飛んでいき――見えなくなった。
「……みんな、無事かぁ~!?」
ぱらぱらと埃が舞い散っている。
ショッピングモールはもう滅茶苦茶だ。
「無事ー!」
「何とかぁー!」
コンクリートの欠片や洋服やチラシが、ぐちゃぐちゃになって辺りに散らばっている。
「あそこから、外に出ましょっ……!」
けほけほと咳き込みながら、葵が言った。
シャッターに開いた穴の向こうは、霧が薄くなっていた。
行き交う車が見える。
通り過ぎる人々の姿が見える。
いつも通りの現実の、ショッピングモール入り口。
大砲で騒ぎにもなっていない。
あのシャッターの境目は異世界になっていたのだ。
あそこが、ゴールだ。
「全員、走れっ!」
スケボーやインラインスケートを捨ておくと、全員、全速力で走り始めた。
章吾と有栖が駆け出していき、後ろから馬頭鬼が追いかけてくる。
「……結衣!」
大翔は結衣に背中を向けた。
屈み込んで、後ろに手を回す。
「乗れっ」
「でも……」
結衣は泣きそうな顔をして、大翔を見ている。
左足は見て分かるくらい、酷いのかもしれない。
「大丈夫! いいから乗れよ!」
ぽんと背中を叩いてやると、結衣はようやく背中に乗ってきた。
落ちないようにしっかり背負い直し、大翔は立ち上がる。
(さあ、走るんだ。痛くないぞ。いつもこうやって、おぶってるんだ。
迷子の結衣を見つけた時も、こうやって帰ったんだ。家族でハイキングに行った時もそうだ。
母さんの長い長い買い物に付き合う時もそうだ)
いつも大翔だってへとへとだった。
もう歩けないと何度も思ったが、妹がいたから頑張れた。
大翔の大事な妹が、いつでも背中を見ていたから。
もらった貝殻は、今も大翔の部屋にある机の引き出しの奥にしまってある。
「しっかり掴まってろよ!」
大翔は兄として、走り始めた。
一人で走ってる時より速いくらい、速い。
馬頭鬼を引き離す。
ちっとも疲れない。
悔し気な馬頭鬼の嘶きがどんどん遠くなっていく。
「ゴール!」
穴から外へ、飛び出した。
真っ赤な空は、もうなくて。
いつも通りの、青空が広がっていた。
「任務完了」
そして、エージェント達も、テレポートで帰還するのだった。
次回は3巻編です。
ややネタバレですが、原作とはかなり違う展開にしていますので、ご了承ください。