琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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原作2巻編はこれで終了です。
馬頭鬼から逃げるために、子供とエージェントが挑みます。


28 大脱走、再び

―ヒヒィイン!

 

 声が響き渡り、三人は飛び上がり、エージェントは身構える。

 振り向くと、四階の手すりの脇に馬頭鬼が立っていた。

 左手にショッピングモールの紙袋を持ち、手すりから身を乗り出して、こちらを見下ろしている。

「しつっこい鬼ね……」

 葵が毒づく。

「だ、大丈夫だよね。上の階だし……」

 不安そうに、悠。

 馬頭鬼は紙袋に手を突っ込んだ。

 取り出したのは、二丁の銃。

 黒光りする箱のような銃と、おもちゃのようにカラフルな銃を、両手に構えた。

 箱のような銃は……【商品No.3 サブマシンガン】。

「ほんと、なんなんだよっ。このショッピングモールっ!」

「だが、光速には敵わないぞ」

 阿藍は目に見えない速度で馬頭鬼に突っ込み、サブマシンガンを盗む事に成功した。

 盗んだサブマシンガンは狼王が回収し、馬頭鬼に向けて撃つ。

 馬頭鬼は逆にダメージを受けたため、エージェントに対して怒りを見せた。

 調子に乗った阿藍は、次々と紙袋のものを盗んでいく。

 【商品No.2 パラシュート】、【商品No.4 ゴムネット銃】。

 光の速さで動く阿藍は鬼すらも捉えられなかった。

 ようやく馬頭鬼が阿藍に近づくと、何かを紙袋から取り出す。

【商品No.1 金棒。鬼に金棒。強いものが何かを得て、さらに強くなる事の例え。無敵。

 威力・高】

 無数のトゲの生えた巨大な金棒。

 紙袋から取り出し、肩に担ぐと、馬頭鬼は阿藍の方へ歩いてくる。

 これすらも盗もうとした阿藍だが、今度こそ馬頭鬼に気付かれた。

 馬頭鬼の顔は、口の部分が歪み、歯を剥き出しにして……笑っている。

(餓鬼どもと違って、馬頭鬼はグルメなんだ)

 ツノウサギが言っていた。

(人間の肉っていうのは、そいつが恐怖を感じるほど、旨味が出て味がよくなるもんだ。

 よく怖がらせた肉はコクが出て、まろやかな舌ざわりになる。

 だから馬頭鬼は、いただく前に、獲物をきっちりいたぶるのさ)

 一歩、一歩、馬頭鬼は歩いてくる。

 走ろうとせず、ゆっくり獲物を追い詰める。

 背中を向けたら殺される――直感で分かった。

 大翔、悠、葵は、ゆっくり後ろへ下がっていき、阿藍は身構えたまま、体勢を崩さない。

 鬼ごっこのCMが頭に浮かんだ。

 逃げる子供に、背後から飛びかかる馬男。

 捕まえた子供を、みるみる食いちぎるところ。

 

「まずいぞ……」

 三人は、背中に硬い感触を感じて止まった。

 壁だ。

 右か、左ヘ……影が落ちた。

 顔を上げると、目の前に馬頭鬼が立って、にやにや笑って四人を見下ろしていた。

 CMの子供が、大翔達の姿に変わった。

 骸骨になって挨拶している自分の姿。

 こめかみを冷や汗が伝い落ちた。

 馬頭鬼は金棒を軽く振るい、大翔の額にピタリと当てた。

 額に冷たい金属の感触。

 僅かにトゲが食い込んで、血が伝い落ちる。

 また振るった、今度は強く。

 三人の肩の上の壁に、罅が入った。

 がくがくと足が震え始めた。

(ちきしょう、今の俺、食ったら滅茶苦茶美味いぞ)

(それは、あたしだって同じよ)

(僕を食べても美味しくないと思うけど)

(さっき盗んだ時に、力を使いすぎたからな……)

 馬頭鬼は、震える三人をじっと見ている。

 鉄板の上に乗せた肉が、美味しく焼けるのをじっと待っているような目。

―ジュウジュウジュウ……

 恐怖で肉に旨味が広がり、獲物が動けなくなったら、食べ頃だ。

 がくがくがくがく――三人の全身が震え、壁に体重を預けている。

 馬頭鬼は流れ落ちる涎を拭うと、口を開いた。

 顔の半分以上ある大口だ。

 並んだ牙の向こう、喉の奥に、底なしの闇が広がっている。

 ゆっくりと、大翔の頭へ近づけていった。

 

「おにいちゃん……?」

 声が聞こえた。

 大翔は瞑っていた目を見開いた。

 すぐ脇の階段の上に……結衣が立っていた。

 アニメキャラクター柄のプリントシャツに、クリーム色のスカート。

 今朝、出掛けに見た時と同じ格好。

 状況が分からないのか、不思議そうに大翔達を見下ろしている。

 馬頭鬼を見た。

 ぱち、ぱち、とまばたきをした。

(……駄目だ)

 大翔は息を呑んだ。

 気配に気づき、馬頭鬼が後ろを振り向いた。

 結衣の姿を見て、ブルッと鼻から息を漏らした。

(駄目だ……駄目だ)

 馬頭鬼が一瞬だけ、考え込んだ。

 その考えが、大翔の頭に、電流のように伝わった。

 小さければ小さいほど、ウマいんだよなぁ、ガキの肉って。

 大翔達をそのままにして、結衣の方へ歩き始めた。

(駄目だ、駄目だ、駄目だ!)

 馬頭鬼の口が、ペロリと舌なめずりするのを見た瞬間。

 

 体の震えはピタリと止まった。

 足の痛みも綺麗に忘れた。

 大翔は吠えた。

 

どっせええええええええっいっ!

 

 タックルで飛びかかった。

 油断していた馬頭鬼の腰へ、ぶちかます。

 盛大にもつれ合いながら、階段に倒れ込んだ。

 すぐさま跳ね起き、足を踏ん張る。

 痛みも怖さも全部吹っ飛んで……もうよく分からなくなりながら、

 転げた馬頭鬼に、指を突きつけた。

「やい、こら! この鬼! あのなぁ!」

 強がりだっていいだろ。

「こいつは、確かにグズで、泣き虫で……我儘で、甘ったれで……その他、色々!

 どうしようもない奴なんだ! めんどくせーってよく思ったよ!」

 だって、俺は兄ちゃんなんだ。

「でも……それでもな!」

 大翔は叫んだ。

「こいつは俺の、世界でたった一人の、大事な妹なんだ! 手を出すんじゃねえよ、バカ野郎!」

 

「大翔、これを使って!」

 その時、聞き覚えのある声が響き渡った。

 同時に、目の前にガシャンと何かが落ちてきた。

 スポーツショップに置いてあった、スケボーだ。

 振り向くと、階段の脇に、金谷章吾と金谷有栖が立っていた。

 弟はゴルフクラブを持ち、足にはインラインスケート。

 姉はデイパックを肩にかけている。

 倒れた馬頭鬼が立ち上がる。

 

ゴールデンっ!

ハンマぁーっ!

 鉄アレイが落下してきて、馬頭鬼の頭にぶち当たった。

 和也と孝司が、ぜぇぜぇ息を切らしながら、インラインスケートで滑ってきたのだ。

「ここで助っ人参上だぜぇ!」

「ピンチの時に颯爽と! カッコいいっ!」

 二人は何故かそれぞれ、カウボーイハットに鉢巻き姿。

「……って、なんで、みんな無事なんだ?」

「俺が盗んだからだよ……」

「まあいいや。とうっ!」

 気合いの掛け声と共に、手すりを乗り越える。

 二階から颯爽と飛び降りた。

 格好よく着地……はできずに、コケてゴロゴロ滑っていく。

「やっぱりジャンプはムリだったあああああああぁ」

「……なんか、私の出番、なくない?」

 

「……全員、逃げるぞ! 突っ走れ!」

 章吾がゴルフクラブを馬頭鬼の頭目がけてぶん投げた。

 立ち上がった馬頭鬼がよろめく。

「いくぞ!」

 狼王は怪力によって、馬頭鬼の頭を殴る。

 馬頭鬼が怒りで吠えた。

「GO!」

 葵がスケボーで走り始めた。

 何度も床を蹴って飛び乗ると、一直線に通路を駆ける。

 織美亜と有栖は、阿藍が放った光により、身体能力が上がっているため、自力で走れる。

 和也ががらがらと押してきたのは、ショッピングカート。

「えっ。みんなスケートとスケボーで僕だけこれ?」

 おろおろする悠を、和也と考司が二人がかりで担いで、カートに乗せる。

「僕ももっと、カッコいいのないの?」

「何言ってるんだ! 鬼に食われるのと、カッコ悪いの、どっちを選ぶんだっ!」

「そうだぞ桜井! いいから乗ってろっ! 発車しまああぁあああああっす!

カッコいいのないのおおおおおっ?

 ショッピングカートをガタゴト転がし、和也と考司と悠が通路を走っていく。

「大翔も早くしろっ!」

「分かってる!」

 大翔は結衣を抱き上げると、一蹴りでスケボーに飛び乗った。

 そのまま前傾になって、加速する。

 横を章吾、織美亜と有栖、阿藍と狼王が並走する。

 全員、一階通路を全力疾走。

 

『ぴんぽんぱんぽん。ご来店のお客様へお知らせいたします。

 モール内での、インラインスケート、スケボー、

 ショッピングカートなどを使った暴走行為は、大変危険です。

 ご遠慮くださいますよう、お願いいたします』

「知るかよっ!」

「メーワクな警備員を何とかしてから言えっての!」

「そうだそうだーっ!」

『えー……』

 皆で抗議すると、放送は困ったような声を出した。

 ぴんぽんぱんぽーん、と言って切れた。

 案外、押しに弱いのかもしれない。

 

 馬頭鬼は立ち上がり、逃げていく子供とエージェントの方を振り返った。

 紙袋に手を突っ込んだ。

 ごそごそと中身を探っていたが……やがて、何かをがしりと掴んだ。

 ゆっくりと、取り出していく。

 黒く鈍い色をした、鉄の塊だ。

 少しずつ、中身が見え始め、少しずつ、少しずつ、外に出し、

 少しずつ、少しずつ、少しずつ……。

 

 全部出ると、全長5.34mに、重量8トン。

 

【商品No.0 大砲。ドカーン。威力・激高】

 

「「そんな」」

「「商品が」」

「「あるかあっ!」」

 思わず子供達全員でツッコんだ。

(どんだけなんでも揃うんだよ、このショッピングモール!)

 

「……やっぱり……」

 有栖は、乾いた笑いを浮かべた。

(ていうか紙袋ん中、入るわけねーだろそれっ!)

「せめて、あの子がいれば、電撃の盾で守れるのに……!」

 織美亜の呟きを聞かずに、馬頭鬼は警備服の胸ポケットから、マッチ棒を取り出した。

 床で擦って火をつける。

 大砲の後ろから伸びた導火線に、近づけた。

 火が燃え移り、パチパチ音を立てながら、導火線を上っていく。

 馬頭鬼が両手で耳を塞いで、後ろを向いた。

 

「全員、伏せろぉっ!」

 

 次の瞬間、音が聞こえなくなった。

 あまりに音が大きすぎて耳がおかしくなったのだ。

 口径890mm、速度は毎秒約500m。

 巨大な砲弾が――発射!

 転ぶように伏せた皆の頭上を、轟音と共に通り過ぎる。

 

 並んだ店先の商品が、全部ふっ飛んだ。

 コーヒーカップ、ネックレス、アイスのコーン、

 Tシャツにチラシ……ショッピングモールの様々な品物が、全部、宙に舞い上がった。

 皆、飛ばされないように踏ん張った。

 砲弾は売り場を滅茶苦茶に壊していく。

 置かれたカートを薙ぎ倒し、彫刻を木っ端微塵に破壊し、ガラスをバラバラに割って……。

 

―ドゴン!

 入り口を封鎖していたシャッターにぶち当たった。

 分厚いシャッターを突き抜け、大きな穴を開ける。

 そのまま飛んでいき――見えなくなった。

 

「……みんな、無事かぁ~!?」

 ぱらぱらと埃が舞い散っている。

 ショッピングモールはもう滅茶苦茶だ。

「無事ー!」

「何とかぁー!」

 コンクリートの欠片や洋服やチラシが、ぐちゃぐちゃになって辺りに散らばっている。

「あそこから、外に出ましょっ……!」

 けほけほと咳き込みながら、葵が言った。

 シャッターに開いた穴の向こうは、霧が薄くなっていた。

 行き交う車が見える。

 通り過ぎる人々の姿が見える。

 いつも通りの現実の、ショッピングモール入り口。

 大砲で騒ぎにもなっていない。

 あのシャッターの境目は異世界になっていたのだ。

 あそこが、ゴールだ。

「全員、走れっ!」

 スケボーやインラインスケートを捨ておくと、全員、全速力で走り始めた。

 章吾と有栖が駆け出していき、後ろから馬頭鬼が追いかけてくる。

「……結衣!」

 大翔は結衣に背中を向けた。

 屈み込んで、後ろに手を回す。

「乗れっ」

「でも……」

 結衣は泣きそうな顔をして、大翔を見ている。

 左足は見て分かるくらい、酷いのかもしれない。

「大丈夫! いいから乗れよ!」

 ぽんと背中を叩いてやると、結衣はようやく背中に乗ってきた。

 落ちないようにしっかり背負い直し、大翔は立ち上がる。

(さあ、走るんだ。痛くないぞ。いつもこうやって、おぶってるんだ。

 迷子の結衣を見つけた時も、こうやって帰ったんだ。家族でハイキングに行った時もそうだ。

 母さんの長い長い買い物に付き合う時もそうだ)

 いつも大翔だってへとへとだった。

 もう歩けないと何度も思ったが、妹がいたから頑張れた。

 大翔の大事な妹が、いつでも背中を見ていたから。

 もらった貝殻は、今も大翔の部屋にある机の引き出しの奥にしまってある。

 

「しっかり掴まってろよ!」

 大翔は兄として、走り始めた。

 一人で走ってる時より速いくらい、速い。

 馬頭鬼を引き離す。

 ちっとも疲れない。

 悔し気な馬頭鬼の嘶きがどんどん遠くなっていく。

 

「ゴール!」

 穴から外へ、飛び出した。

 真っ赤な空は、もうなくて。

 いつも通りの、青空が広がっていた。

 

「任務完了」

 そして、エージェント達も、テレポートで帰還するのだった。




次回は3巻編です。
ややネタバレですが、原作とはかなり違う展開にしていますので、ご了承ください。
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