琉球エージェントの死遊戯紀行   作:アヤ・ノア

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ここで白井先生の正体が明かされます。
同時に、学校で大翔を襲った鬼の正体も明かされます。


36 蛙鬼

 上の宮への階段は、本当に長かった。

 数百と連なった段が、山の上に向かってどこまでも伸びている。

「……それで、お祓いの時に使う道具を、祓具っていうの。

 例えば注連縄や正月に飾る注連飾りも、禍を祓い、中を神域にする、

 ある種の祓具と言えるのよね……分かった?」

 ぜえぜえと息を切らしながら、葵は先程からお祓いについてのうんちくを語り続けている。

「後は神社の神主さんがよく持ってる、白い紙のたくさんついた棒も、祓具の大幣っていうの。

 そうした豊富な道具の数々によって、古くから神社というのは禍を祓う象徴として、

 人々の生活の中に溶け込み、根づいてきたっていうわけなの。

 ……ねえ、ちょっと休まない? 登りながら喋るのは、流石に疲れるわ」

「「「……喋らなければいいだけじゃ……」」」

 五人とエージェントは鳥居の下に腰を下ろした。

 階段のところどころに建てられた、朱色の鳥居。

 いくつもの鳥居を抜けて登っていくと、

 まるで知らない世界へ通じるトンネルでも潜っているような気分だ。

 

「それにしても、杉下先生は物知りなんだな」

「あら、有名よ?」

 章吾が言うと、葵は指を立てた。

「物知りなのもそうだけど、話すのが上手いのよね。

 他のどの先生より教え方が上手いって、勉強を教わりに行く子も多いの。

 言ってくれれば、あたしが教えてあげるのに」

「……そうなんだ」

「女子の間じゃ、凄く人気よ、杉下先生。密かにファンクラブがあるくらい。

 ……でもまあ、あたしの好みではないんだけどね」

「男子の間でも人気だぜ、杉下先生。あれで運動神経も凄くて、足だって速いんだ」

「優しいし。生徒の話、よく聞いてくれるしね」

「面白いもんな」

 大翔、葵、章吾、有栖は、うんうんと頷き合った。

 

「……そうかな……」

 ずっと黙って聞いていた悠が、膝を抱えたまま呟いた。

「……僕、あの先生、なんか好きじゃない」

「同じく」

 エージェント達は、彼の発言に同意する。

 彼らは杉下先生が人間ではない事を知っているからだ。

「……ま、俺達の体育の先生は、荒木先生だもんな」

 大翔は大きく頷いてそう言った。

 あの地獄化した小学校で、超能力を使うエージェントが先生を鬼から守ってくれた。

 だから、エージェントなら、杉下先生を殺せるだろう。

 

「エサ見っケ」

 

 突然声がした。

 五人とエージェントは、はっとして振り向いた。

 石段の左右には、背の高い木々が鬱蒼と枝を伸ばし、陽の光を遮っている。

 その木々の間から、ぎょろりとした一対の目玉が光って五人とエージェントを見下ろしていた。

 ペタ、ペタ、と足音を立てて、姿を表す。

「……な、なんか変なのでてきた……」

 悠が口元を引きつらせた。

 見た目は……カエルだった。

 つるんとした緑色の皮膚に、ぎょろっと飛び出した黒目の大きな目玉。

 吸盤のついた足が地面にペタリと貼りついており、小さな象くらいの大きさをしている。

 そして頭部からはにょっきりと、二本のツノ。

 大きな口を行儀よく閉じたまま、ぎょろぎょろと九人を見つめている。

「……あれは、大蝦蟇ね」

「蛙は、魔女が使い魔としてよく使う奴だな」

「ある怪盗は、こいつを呼び出していたとか」

 葵と狼王と阿藍が言う。

 巨大な蛙の口元からツンとする匂いが漂ってくる。

「ガマガエルが鬼になったものよ。

 口から虹のような息を吐いて、

 触れた鳥や虫なんかを、口の中に吸い込んで食べたって言われてる」

「またうんちくか」

「鳥や虫なんて食べないヨ。食べた気しないからネ」

 大蝦蟇と言われた化け物蛙はぱかりと口を開けた。

 鬼らしい、巨大な口だが、他の鬼のように、牙は生えていない。

 口の中には空洞のように、深い闇が広がっている。

「カエルって、獲物を丸呑みにするのよね。長い脚で物を捕らえて飲み込み、

 生きたまま胃の中で溶かすの。だから、歯はいらないわけ」

「アオイ、もう少し、聞いていて楽しい気分になる解説がほしいよ……」

 大蝦蟇の口の端から涎がこぼれて地面に落ちた。

 ジュウッ、と白い煙を上げて土が溶けた。

 口から漏れているのは、強すぎる酸の臭いだ。

 学校で大翔と麻麻を襲ってきたのは、これなのだ。

 エージェントの織美亜達は身構える。

「キミ達が悪いんだヨ? ボクは食べる気なかったのにサ」

 大蝦蟇はぎょろりと目玉を動かして大翔達を見ると、風船のように口をプクッと膨らませた。

「エサに目の前をこんなちょろちょろされたら……もうガマンできないよネ」

「危ない!」

 麻麻は両手から電撃を発生させ、大蝦蟇を一瞬だけ痺れさせた。

「危ないネ」

 すると、あの触手が、麻麻の手首に絡みついた。

 振り返ると、触手の正体は、大蝦蟇の口から伸びた舌だった。

 毒々しい赤色の、ゴムのように長く伸びる舌だ。

「今のうちに逃げて!」

「ああ!」

 麻麻が守ってくれたため、大翔達は急いで逃げ出した。

 

「は、放してっ……!」

「カエルの舌は、なーがいヨ」

 大蝦蟇は舌を動かした。

 麻麻は腕ごとぐいっと体を持ちあげられた。

 細い舌なのに相当な力で、麻麻はもがくが、まるで振りほどけない。

 舌がシュルルと引っ込んでいき、大蝦蟇の大口がみるみる近づく。

「じゃ、いっただっきまース!」

「させるか!」

「うあっ!」

 阿藍が手から光を放ち、大蝦蟇を目眩しした。

 大蝦蟇の触手は麻麻の腕から離れるが、次は織美亜を狙ってきた。

「――そんなわけで、こちらが本日のゴハンになりますネ」

「ちょっと、放しなさいよ」

 顔をあげると、大蝦蟇の舌が織美亜の腰にぐるぐると巻きつき、宙に釣り上げていた。

 織美亜は妖艶ながらも殺意を見せている。

「女の子を狙って食べるとか、ヘ・ン・タ・イねぇ」

「……キズつくなァ。ボクはこれでも紳士なのニ」

「人喰いガエルのどこが紳士よ」

「エモノに痛くしないところかナ? ボクの食べ方、ジェントルマン。

 紳士らしく丸呑みにして、消化液で優しく溶かすんダ」

「どこが紳士よ」

 織美亜は回復役なので、攻撃能力は低い。

 他のエージェントが大蝦蟇を倒すしかなかった。

 狼王は飛び出すと大蝦蟇の後ろから殴りかかった。

 大蝦蟇は背中に目があるように、ピョンと高く跳ねて避け、狼王の後ろに着地する。

「なんだヨ。ちょろちょろ五月蠅い奴だなァ」

 狼王は慌てて振り返った。

 大蝦蟇は目玉をぎょろりと動かして、迷惑そうに狼王を見下ろしていた。

「順番は守れヨ。この子を消化したら、キミも喰ってやるからサ。待ってろってバ」

「………No.6を放せ」

「分かんない奴だなァ。待てって言ってるんだヨ」

「黙れ」

 狼王は掌にぎゅっと力を込めて、大蝦蟇を睨みつけた。

「いいからNo.6を放せ、このクソガエル」

「……フーン。そこまで言われちゃ、仕方がないネ。……いいヨ。放してあげるヨ。神士だしネ」

 大蝦蟇はそう言うと、素直にシュルシュルと舌をほどいて、織美亜を地面に下ろした。

「大丈夫か……」

「バカが見るゥー」

「うわっ」

 シュルッと舌を狼王の足首に巻きつかせ、強引に引き倒した。

「キミさキミさ。車にひかれて潰れたカエル、見たことあル?

 あれ、同じカエルとして腹立つんだよねェ。ペラッと地面に貼りついて、無念だねェ」

 慌てて立ち上がろうとする狼王の目の前。

 ぐいっと目いっぱい顔を近づけて、大蝦蟇は狼王を睨みつけた。

「たまにはお返しに、カエルが人間を潰す事も、あっていいと思わなイ?」

「……」

「ボクの体重、キミより重そうだよね!? キミ、ペラッと地面に貼りついちゃうねェ?

 蛙の気持ち、よく分かるねェ? 蛙をバカにする気、もう起きなくなるかナ?」

 大蝦蟇はプクッと口を膨らませ狼王に笑いかけた。

 後ろ足に力を込めた。

「プチッとナ」

 

「――そこまでにしなさい」

「よく頑張ったな」

 声が響いた。

 はっとして顔を上げると、石段の下方に白井先生と荒木先生の姿が見えた。

 白井先生はパンパンに詰め込まれたビニル袋を提げている。

「……誰かと思えば、新入りじゃないノ。しかも、エージェントのせいで生き残りがいて」

 大蝦蟇は狼王を舌で押さえつけたまま、顔だけ白井先生に向けた。

「何か用? ボク、食事で忙しいんだヨ。それとも、ようやく食事する気になっタ?」

「……まあ、食事にはするわよ」

 白井先生は普通に答えた。

 自分がより巨大な化け物蛙を見ても、まるで驚いていないようだ。

 大蝦蟇はケロケロと笑った。

「それはよかったヨ。鬼になったのに人間を喰わないから、心配してたんダ。

 じゃあ、この子は譲るヨ」

 大蝦蟇は狼王の足首から舌を放し、ピョイと後ろへ下がった。

「……仲間だもんネ。助け合わなくちゃネ」

 白井先生は狼王を見下ろしている。

 ……その額には、ツノが生えていた。

「さあ、食事にしちゃいなヨ、妖鬼妃。美味いヨ? 人間の肉は。ケロケロケロ……」

 やはり、白井先生は鬼……名前は「妖鬼妃」だったのだ……。

 小学校には、大蝦蟇と白井先生、二匹の鬼が潜んでいた……。

 

 前と後ろを鬼に挟まれながらも、狼王は能力で斧を取り出す。

 阿藍は何故か、攻撃をしないでいた。

 白井先生は狼王にぐいと手を伸ばした。

「ぐっ!」

 抵抗する間もなく、強引に腕を掴まれる。

「美味しいヨー、人間の肉ハ。一度食べたら、やみつきになっちゃうヨー。ケロケロケロ」

 棒立ちになった狼王を見やり、大蝦蟇はごちそうを前にしたように、うっとりと目を細め、

 ジュルリ、と口の端から涎を零している。

「くそっ」

「人間の肉といえば、とっておきの面白い話があるヨ!

 初めて人間を食べた時、あまりの美味しさに感動したボクは、横にいた仲間に言ったんダ。

 やァ、この味、この世のものとは思えなイ! ここは天国に違いないヨ! っテ。

 ……するとそいつはこう答えたんダ……」

 ダラダラと涎を垂らして石段をジュウジュウと溶かしながら、

 大蝦蟇は面白くてたまらないような顔で、白井先生に笑いかけた。

「ここが天国に見えるなら、俺らの職場はどこにいったんだよ! ってネ!

 ジョーク! 地獄ジョーク! ケロケロケロケロ……ゲロベブエァオゥッ!」

 麻麻の電撃を食らった大蝦蟇は、変な声を上げて宙に舞った。

「……麻麻?」

「私、白井先生を助けたいの。あの人、鬼なんだけど、先生なのよ。だから……」

 白井先生はビニル袋を掲げた。

 袋の中には、出店の食べ物をしこたま詰め込んだパックが、ぎゅうぎゅう詰めになっている。

 頭のツノは、いつの間にかまた消え去っていた。

「あー、くソ。どいつもこいつモ。ヒトがちょっとカエルだからって舐めやがっテ」

「お前はそもそも人じゃないだろう」

 大蝦蟇は苛立たしげに首を振った。

 次の瞬間、巨体が跳ねた。

 白井先生の体を突き倒し、上に覆いかぶさる。

「せ、先生っ!」

「食べる側より食べられる側が好きかイ? 鬼が共喰いしないとでも思っタ?

 喰えりゃなんでもいいんだヨ。言う事聞かない鬼は、エサになっちゃうんダ」

 四つの足で先生の体を押さえ込み、パカッと口を開いた。

 涎が白井先生の服の上に垂れて、ジュウッと音を立てる。

「いっただっきまース」

「相手の下に潜り込む感覚ね」

 先生がボソリと呟いた。

「触手の勢いを利用して、バランスを崩す。自分が回転する勢いと合わせる。

 手の腹を、自分の足の裏に。タイミングが大事」

「何を言ってんノー」

「ふんっ」

 白井先生の体が、ぐるんと回った。

 次の瞬間、ふわっ、と大蝦蟇の巨体が宙に浮いた。

 ぽーんと舞って、飛んでいく。

―ズドンッ

「一番大事なのは受け身、なんてね。上手く受け身を取れないと、ケガのもと」

 白井先生は立ち上がると、パンパンと服の汚れを払い、礼をした。

 大蝦蟇は頭から地面に着地して、足をピクピクさせてノびている。

 

「……面倒をかけるなって、言ったでしょう?」

 白井先生は大翔達を振り返ると笑顔でそう言った。




次回は白井先生を討ち取るために、エージェントが動きます。
エージェントにとって鬼はただの討伐対象なのですから。
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